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第17話 剣士、おさらいをする
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ウィスナとイーリス、二人と解散したアルムは冒険者ギルドの二階にある宿場に来ていた。そこの一番奥が今現在のアルムの拠点である。
「……さて」
寝るためのベッドと、簡素なテーブルと椅子。他、簡素な雑貨類。このシンプルなレイアウトが実に好みだった彼は、早速寝転がった。
既に、太陽は落ち、暗くなっていた。
最近、荒事が多いせいか、すぐに微睡むのは良い事か悪い事か。
「…………」
完全に意識が落ちるまで、もう少しかかる。なので、今夜は少しばかり情報の整理をすることにした。
何せ、この世界に来てからアレな人間と出会う機会が多すぎたのだ。
まずは何と言っても、彼女だろう。
(まずはネイム・フローライン、か)
この世界に来て、一番最初に出会った人間。
そして、現状自分の知る中で一、二を争う腕前の女性剣士でもある。それは、前の世界を含めても、という意味だ。
ふわふわとしているが、それでも『暁の四英雄』のリーダー格。きっと一筋縄ではいかない、そんな人間であった。
(次は、キール・バームサスか)
この世界に来て、一番最初に絡まれた人間。
あとから聞くと、バームサス家というのは本当に有名なところだったようだ。何でも、代々騎士を輩出している名家とのことで、そのしきたりの中には『一定期間冒険者で経験を積む』というものがあるらしい。
だからといって、あの人格は如何なるものなのか。後々面倒な事にならなければいい、それだけがアルムの願いである。
(次は、そうアルテシア・カノンハート。あとついでに秘書のメイ)
王都サイファルの冒険者ギルドマスターにして、ネイムと同じ『暁の四英雄』の一人。《不死身のアルテシア》とも呼ばれている女傑。
実際に話してみて、断言できるが、舌戦では絶対に勝てない人間だ。味方にする分には心強いが、敵にすると脅威でしかないという典型的な人間。
そして、秘書のメイ。
アルテシアの腹心にして、狂犬。どこにいてもアルテシアの悪口を嗅ぎつけて、ナイフを投擲してくるようなそんな人間である。
(次は……そうだ、イーリス。イーリス・シルバートンに魔王ヴァイフリング)
非常に素直で、邪気の無い人間。性根が優しいので、アルムを以てして、邪険には出来ない稀有な存在であった。頭が柔らかく、水の魔法についてどんどん応用を利かせていく優秀な人物でもある。……言わないだけで。
そして、そんな彼女に憑りついているのが、この世界の魔王であるヴァイフリング。
感じる力は本物だ。封印されているとはいえ、身体の芯から冷えるあの感覚は、魔王ガルガディア・ニーヴァと相対した時と同じ。
だが、話していると、何故か“魔王”という感じがしないのはご愛敬……なのだろうか。これで明確にイーリスに危害を加えているのなら、まだ対処に本腰を入れられるのだが、彼の振る舞いに感じるものは――ここで、考えるのは止めた。
とにかく、油断ならない存在である。
(そして、サイファル王国のサイハ・ウィードナー、それにシアン・リーズファ)
ただの食い逃げ犯かと思えば、その実サイファルの治安維持部隊の副部隊長というのだから本気で驚いた。そして腕前も申し分ない。四本の剣のコンビネーション、“一発芸”を使わされるくらいだったのだから。
だが、何だか爽やかな感じがする人間だったのは間違いない。少なくとも、また会えればいいというくらいには。
次に思い返すのは、シアン・リーズファ。
サイファルの治安維持部隊隊長というだけあり、青いコートの威圧感と言えば例えるものが無い。あの堂々とした立ち振る舞い、そして言動は、アルテシア・カノンハートと同じく、舌戦では絶対に勝てないであろう人種であった。
なるべく敵に回したくない、というのはアルテシアと同様である。
(最後に……ウィスナ・ハーディス)
炎と氷の魔剣を持つ剣士。実際に、手を合わせて良く分かったが、彼女はセンスの塊である。だが、まだ足りない。具体的には経験値が。それが補えた時――末恐ろしさを感じる。
それはともかくとして、事あるごとに勝負を持ちかけてくるのは止めて欲しいと思うアルムである。
(……こんなもんか。思い出すのに事欠かないな、本当に)
そろそろ眠くなってきた。思うままに、彼は睡魔に身をゆだねる――、
「誰だ?」
枕の下に隠していた短剣を手に取るアルムは、窓際に感じた気配へ向け、言った。
全く気付かなかった。いつもならもっと早く気付けた。だが、こんなに近くまで接近を許したこの不覚。
すると、気配はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「やっほーこんばんはーアルム君!」
聞き覚えのある声だった。自分の勘が間違っていなければ、この声は今しがた思い返していた彼女である。
「ネイム、さん?」
「うん! あのネイムさんだよー! 元気してたー?」
相も変わらずのこのテンション。久しぶりに会った、という感覚を全く感じさせないのが良い所なのであろう。
「元気、していたかは知らないが、それなりに上手くやれている。……というか、何でこの場所が」
「アルテシアちゃんから教えてもらってねー! ちゃんと過ごせているか気になって、来ちゃった!」
面倒見が良いのか悪いのか、少なくとも完全に善意でここに来た彼女を追い返すつもりはなかった。
近くの椅子に座ったネイムはピッと人差し指を立てた。
「どう? ご飯は食べてる? ちゃんと依頼こなせてる? 一緒に依頼引き受けてくれる仲間は出来た?」
「母親かよ……」
「もーそんなこと言わない!」
「まあ……少なくとも強烈な奴としか会ってないのは間違いない」
「おお! いいねいいね!」
ニコニコと話を聞いていたネイムだったが、少しだけ表情を引き締めた。
「今日はね? アルム君に一応、覚悟しておいてもらわないといけない話をしに来たんだ」
「……俺に?」
「うん。アルム君には一度、ヴァイフリングの話をしているよね?」
彼女の問いに頷いたアルム。というより、会っている。
「アルテシアちゃんがきっと、ヴァイフリングを復活させるための集団『魔王の爪』の話をしていると思うんだけど、それだけじゃなくて魔族も動きを見せてきているんだよね」
「……魔族もか」
「遠からず出会うと思うよ。だから、アルム君が探している魔族も関係しているのかは分からないけど、私から言えることはただ一つ」
すると、彼女はまた笑った。
「ひたすら打ち倒してね。アルム君は強い。そしてそれは、色んなゴタゴタに手を伸ばせる唯一の方法でもあるんだ。だから――頑張ってね」
どこまでも心配してくれるネイム。
アルムは一言だけ、礼を言った。ひたすら荒事を越え続ける。それは、自分でも良く理解していた、魔王ガルガディアへと辿り着ける唯一の方法で。
「それだけ言いに来たんだ! じゃ、私は行くね!」
「行く? どこへ?」
「そうだなぁ、とりあえず色んなところ! だから、また会おうね! アルム君!」
窓を開け、もう飛び降りる寸前のネイム。去り際、彼女はぽそっと一言。
「――イーリスちゃん、護ってあげなきゃダメだよ?」
「……ッ! それ、どういう」
強風がカーテンを大きく揺らした。風が止む頃にはもう彼女の姿はもう無かった。
彼女の最後の一言が妙に引っかかる。
「まさか、ネイムさんはヴァイフリングの事を知っている……のか?」
その疑問は、しばらく解決することはないだろう。
今度はいつ会うことになるのか、何も分からない。
しかし、これだけは言える。彼女は自分に何かかしらの期待をしてくれている。だったら、それを裏切る事だけはしてやりたくなかった。
「……眼が冴えたぞ」
だが、それとこれとは別。睡魔を再び召喚しなくてはならないことに、少しばかりモヤモヤとするアルムであった。
「……さて」
寝るためのベッドと、簡素なテーブルと椅子。他、簡素な雑貨類。このシンプルなレイアウトが実に好みだった彼は、早速寝転がった。
既に、太陽は落ち、暗くなっていた。
最近、荒事が多いせいか、すぐに微睡むのは良い事か悪い事か。
「…………」
完全に意識が落ちるまで、もう少しかかる。なので、今夜は少しばかり情報の整理をすることにした。
何せ、この世界に来てからアレな人間と出会う機会が多すぎたのだ。
まずは何と言っても、彼女だろう。
(まずはネイム・フローライン、か)
この世界に来て、一番最初に出会った人間。
そして、現状自分の知る中で一、二を争う腕前の女性剣士でもある。それは、前の世界を含めても、という意味だ。
ふわふわとしているが、それでも『暁の四英雄』のリーダー格。きっと一筋縄ではいかない、そんな人間であった。
(次は、キール・バームサスか)
この世界に来て、一番最初に絡まれた人間。
あとから聞くと、バームサス家というのは本当に有名なところだったようだ。何でも、代々騎士を輩出している名家とのことで、そのしきたりの中には『一定期間冒険者で経験を積む』というものがあるらしい。
だからといって、あの人格は如何なるものなのか。後々面倒な事にならなければいい、それだけがアルムの願いである。
(次は、そうアルテシア・カノンハート。あとついでに秘書のメイ)
王都サイファルの冒険者ギルドマスターにして、ネイムと同じ『暁の四英雄』の一人。《不死身のアルテシア》とも呼ばれている女傑。
実際に話してみて、断言できるが、舌戦では絶対に勝てない人間だ。味方にする分には心強いが、敵にすると脅威でしかないという典型的な人間。
そして、秘書のメイ。
アルテシアの腹心にして、狂犬。どこにいてもアルテシアの悪口を嗅ぎつけて、ナイフを投擲してくるようなそんな人間である。
(次は……そうだ、イーリス。イーリス・シルバートンに魔王ヴァイフリング)
非常に素直で、邪気の無い人間。性根が優しいので、アルムを以てして、邪険には出来ない稀有な存在であった。頭が柔らかく、水の魔法についてどんどん応用を利かせていく優秀な人物でもある。……言わないだけで。
そして、そんな彼女に憑りついているのが、この世界の魔王であるヴァイフリング。
感じる力は本物だ。封印されているとはいえ、身体の芯から冷えるあの感覚は、魔王ガルガディア・ニーヴァと相対した時と同じ。
だが、話していると、何故か“魔王”という感じがしないのはご愛敬……なのだろうか。これで明確にイーリスに危害を加えているのなら、まだ対処に本腰を入れられるのだが、彼の振る舞いに感じるものは――ここで、考えるのは止めた。
とにかく、油断ならない存在である。
(そして、サイファル王国のサイハ・ウィードナー、それにシアン・リーズファ)
ただの食い逃げ犯かと思えば、その実サイファルの治安維持部隊の副部隊長というのだから本気で驚いた。そして腕前も申し分ない。四本の剣のコンビネーション、“一発芸”を使わされるくらいだったのだから。
だが、何だか爽やかな感じがする人間だったのは間違いない。少なくとも、また会えればいいというくらいには。
次に思い返すのは、シアン・リーズファ。
サイファルの治安維持部隊隊長というだけあり、青いコートの威圧感と言えば例えるものが無い。あの堂々とした立ち振る舞い、そして言動は、アルテシア・カノンハートと同じく、舌戦では絶対に勝てないであろう人種であった。
なるべく敵に回したくない、というのはアルテシアと同様である。
(最後に……ウィスナ・ハーディス)
炎と氷の魔剣を持つ剣士。実際に、手を合わせて良く分かったが、彼女はセンスの塊である。だが、まだ足りない。具体的には経験値が。それが補えた時――末恐ろしさを感じる。
それはともかくとして、事あるごとに勝負を持ちかけてくるのは止めて欲しいと思うアルムである。
(……こんなもんか。思い出すのに事欠かないな、本当に)
そろそろ眠くなってきた。思うままに、彼は睡魔に身をゆだねる――、
「誰だ?」
枕の下に隠していた短剣を手に取るアルムは、窓際に感じた気配へ向け、言った。
全く気付かなかった。いつもならもっと早く気付けた。だが、こんなに近くまで接近を許したこの不覚。
すると、気配はゆっくりとこちらに近づいてくる。
「やっほーこんばんはーアルム君!」
聞き覚えのある声だった。自分の勘が間違っていなければ、この声は今しがた思い返していた彼女である。
「ネイム、さん?」
「うん! あのネイムさんだよー! 元気してたー?」
相も変わらずのこのテンション。久しぶりに会った、という感覚を全く感じさせないのが良い所なのであろう。
「元気、していたかは知らないが、それなりに上手くやれている。……というか、何でこの場所が」
「アルテシアちゃんから教えてもらってねー! ちゃんと過ごせているか気になって、来ちゃった!」
面倒見が良いのか悪いのか、少なくとも完全に善意でここに来た彼女を追い返すつもりはなかった。
近くの椅子に座ったネイムはピッと人差し指を立てた。
「どう? ご飯は食べてる? ちゃんと依頼こなせてる? 一緒に依頼引き受けてくれる仲間は出来た?」
「母親かよ……」
「もーそんなこと言わない!」
「まあ……少なくとも強烈な奴としか会ってないのは間違いない」
「おお! いいねいいね!」
ニコニコと話を聞いていたネイムだったが、少しだけ表情を引き締めた。
「今日はね? アルム君に一応、覚悟しておいてもらわないといけない話をしに来たんだ」
「……俺に?」
「うん。アルム君には一度、ヴァイフリングの話をしているよね?」
彼女の問いに頷いたアルム。というより、会っている。
「アルテシアちゃんがきっと、ヴァイフリングを復活させるための集団『魔王の爪』の話をしていると思うんだけど、それだけじゃなくて魔族も動きを見せてきているんだよね」
「……魔族もか」
「遠からず出会うと思うよ。だから、アルム君が探している魔族も関係しているのかは分からないけど、私から言えることはただ一つ」
すると、彼女はまた笑った。
「ひたすら打ち倒してね。アルム君は強い。そしてそれは、色んなゴタゴタに手を伸ばせる唯一の方法でもあるんだ。だから――頑張ってね」
どこまでも心配してくれるネイム。
アルムは一言だけ、礼を言った。ひたすら荒事を越え続ける。それは、自分でも良く理解していた、魔王ガルガディアへと辿り着ける唯一の方法で。
「それだけ言いに来たんだ! じゃ、私は行くね!」
「行く? どこへ?」
「そうだなぁ、とりあえず色んなところ! だから、また会おうね! アルム君!」
窓を開け、もう飛び降りる寸前のネイム。去り際、彼女はぽそっと一言。
「――イーリスちゃん、護ってあげなきゃダメだよ?」
「……ッ! それ、どういう」
強風がカーテンを大きく揺らした。風が止む頃にはもう彼女の姿はもう無かった。
彼女の最後の一言が妙に引っかかる。
「まさか、ネイムさんはヴァイフリングの事を知っている……のか?」
その疑問は、しばらく解決することはないだろう。
今度はいつ会うことになるのか、何も分からない。
しかし、これだけは言える。彼女は自分に何かかしらの期待をしてくれている。だったら、それを裏切る事だけはしてやりたくなかった。
「……眼が冴えたぞ」
だが、それとこれとは別。睡魔を再び召喚しなくてはならないことに、少しばかりモヤモヤとするアルムであった。
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