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第20話 剣士、孤軍奮闘 その3

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「それで? 一体どういう手を使って、倒すっていうの?」
「単純な方法だ。それは――」

 話を聞いて、マントを纏った女性はあまりの安直さに、思わず顔を引きつらせてしまった。
 だが、あそこまでノせられた以上、“やっぱ止めた”は死んでも言えない。
 女性は返事の代わりに、魔法を行使するため、内なる魔力の操作を開始する。

「名前は?」
「エイルよ! エイル・ルスボーン!」
「アルム・ルーベンだ。しくじるなよエイル」
「こっちの台詞よ!! しくじれば氷漬けにしてやる!!」

 こちらの様子を伺っていた骸骨騎士が、盾を突き出し、向かってきた。その所作に、思わずアルムは褒めてしまう。
 それだけ、動作だということだろう。骸骨騎士の元々の姿に対して、考察が捗るところだが、生憎と出会ったタイミングが悪すぎた。
 打倒すべき敵に対し、アルムもある種の敬意を込め、一歩を踏み出す。

「――勝負」

 まずは全てをへし切らんばかりの袈裟斬り。冷静に視ていた彼は大剣の重心を上手く操り、衝撃を限りなくゼロにしたうえで、受け流す。そして反撃の横薙ぎ。

「エイル、どれくらい掛かりそうだ!?」
「五秒よ! あれだけ大口叩いたんだから、耐えて見せなさい!」

 “了解”、と言い、ひたすら打ち合うムカつく奴アルムの後ろ姿をぼんやりと眺めるエイルは、聞こえないように一言。

「……余裕そうね、むかつくわ」

 すぅっと目を細め、彼女は集中する。
 内から湧き出る魔力。これではまだ意味を持たない。彼女の後方に、魔法陣が三つ浮かび上がる。これは、自身の魔力へ形と意味を与える書き込み作業ライティングだ。
 今からエイル・ルスボーンが行使するは、複雑な書き込みを要する攻撃魔法。
 簡単な魔法や、その魔法へ熟達していればもっと早く行使することが出来るのだが、生憎とエイルの力量では最速でも五秒欲しい。

「――轟く稲妻、地獄の業火、凍てつく氷風ひょうふう


 盾と剣を巧みに振るい、アルムにひたすら防御行動を強制させていた骸骨騎士が、エイルを視る。


「ひっ……!」
「俺達のやろうとしていることが分かっているのか……!」

 盾で弾き飛ばされたアルムは、すぐに体勢を整え、骸骨騎士の元へと走る。戦況を判断できる知能でもあるというのか。否、同じ戦士の道の上にいる彼は、その行動に正確な理由付けが出来る。

「オオオォ!!」

 なのだ。魂がどうにかなろうとも、身体が覚えている。自分の記憶以上に、経験が蓄積されているのだ。

 ――骨? 何を言っている? 纏っているモノがあるじゃないか。

 気合と共に、アルムは短剣を投擲し、一段階走力を上げた。

「俺が護り通す! 準備し続けろ!」

 一瞬、気を逸らされた骸骨騎士が立ち止まり、羽虫を払うかの如く剣を振るう。鈍い衝突音。大剣でがっちりと止めたアルムは、地面に食い込ませんばかりに脚へ力を込める。

「言われ、なくても……!」

 書き込み作業が、終了した。三つの魔法陣が回転を始める。それぞれに巨大な雷球、炎球、氷球が出現。狙いは骸骨騎士一択。
 魔法の用意終了を感じ取ったアルムが、防御から反撃へと転じる。

「予定通りいくぞエイル!」

 姿勢を低くして、骸骨騎士の足へ薙ぎ払い。直後、そのままの勢いでぐるりと回り、大剣を今度は縦に振るう。
 骨の砕ける大きな音が二度。下段から即座に上段への攻撃。この十文字斬りは、アルムが良く用いる崩しの連携。

「今!」
「――撃滅の三重奏、『トライ・エクステンション』!」

 エイルの言葉と同時に、あらゆる暴力を秘めた槍が三本、骸骨騎士へと穿たれる。突き刺さった槍から迸るは破壊の奔流。
 炎が、雷が、氷が、超回復の速度を上回る力で覆っていく。

「これが駄目なら、さらに本腰入れてやるしかないな……」

 回復をするなら、それを上回る攻撃力で叩き潰す。実に単純だが、戦いにおいてはそれ以上の真理はない。
 だが、アルムの考えているソレは杞憂であった。
 完全崩壊を迎えつつある骸骨騎士は、それ以上の戦闘行動を行うことはなかった。代わりに――。

「……それも戦士の本能か」

 ――ただ、盾と剣を真正面に掲げていた。
 その所作を騎士の礼と心得たアルムも黙祷で返礼する。
 時間にして、そう長くはない時が経ったころには、骸骨騎士の原型はもう留めていなかった。

「勝った、か」
「勝った……の? 私達が?」
「ああ、文句なしだ」

 途端、崩れ落ちるエイル。緊張が解けてしまい、もう立ち上がる力が残っていなかったのだ。
 そして、ぶっつけ本番で使った魔法『トライ・エクステンション』。属性の違う高威力魔法を同時発射するあの荒業を発動するのにも神経を使っていたことも原因の一つである。

「あの人だったら、まだこんなもんじゃ……」
「立てるか?」

 アルムはエイルへ手を差し伸べた。すると、彼女は、

「不要よ」

 手を払いのけ、自分で立ち上がる。

「……ッ痛」
「足でも痛めたのか? ……はぁ、今日は撤退だな」

 言いながら、アルムはエイルを背負い、出口へ向けて歩き出す。

「ってぇ!? ちょ! 待ちなさいよ貴方! 頼んでないわよ!」

 顔を真っ赤にしながら抗議をするも、一切聞く耳を持ってくれないアルム。両腕で何度も叩いても、止まる気配が無い。

「スケルトンの仲間に入りたいなら、そこら辺に置いていくぞ」

 そんなことをされたら堪ったものではないエイルはそこで押し黙った。実際、さっきの魔法で魔力が底を尽きそうであった。こんな状態でスケルトンにでも襲われたら本当に、奴らの仲間入りをする羽目になる。

「何なのよ、もう……」

 せめてもの抵抗とばかりに、軽くアルムの首を絞めてやった。
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