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第29話 剣士、『黒鳥』と対峙する その6
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シャロウが完全に消滅した瞬間、石壁が崩れた。それは彼の仕掛けた隔離魔法の解除を意味する。
「ふむふむ。階級持ちというのも、随分安い称号になったものよな」
『これが、ヴァイさんの本気……』
圧倒的な力、というのはまさにこの事であった。次元が違い過ぎた。武器を使った戦闘も、魔法を使った戦闘も、その全てが。
イーリスが感嘆の声を漏らすと、魔王はくつくつと笑う。
「我輩の本気、でもあるがこれは間違いなくお前の力でもあるぞイーリス」
『私の!? あんな魔法、出せませんよ!?』
「否。それはお前がそう思っているだけだ。我輩は終始ただ自分の魔力を少々、後は全てイーリスの力で戦っていただけに過ぎん」
『そんなこと……えぇ……?』
「まあ、追々分かるであろう。そら、そろそろ術を解除してやる」
そう言い、魔王が目を閉じると、次の瞬間にはイーリスは元通りの感覚に戻っていた。手を開いて閉じてみると、普通に動く。
それを確認するや否や、イーリスはすぐにウィスナとエイルの元へと走る。特に、ウィスナの方は急いで回復魔法を掛けなければならない。
「ウィスナさん! エイルさん! シャロウさんは倒しました! だから今、回復します!」
幸いどちらも肩の上下で呼吸を確認できる。
『アクア・ヒール』を念入りに掛け、少し時間が経った。すると、エイルがゆっくりと身体を起こした。
「わたし……は、何を……?」
エイルの声につられたように、ウィスナも目を覚ます。
「……不覚。やられた」
「ウィスナさぁん! エイルさーん!!」
飛び掛かるように二人へ抱き付いたイーリスは、そこで一気に緊張が解けてしまった。溢れ出る感情は涙となり、しがみつくように抱いている二人の衣服へ染み込んでいく。
「良かった……! 本当に、私、二人が死んじゃったかと……!!」
「実際、死んだかと思ってたわ……。壁に叩き付けられた瞬間にはもう意識が飛んじゃってたし」
エイルの言葉に、ウィスナも頷く。
「……私の剣が、まるで通用しなかった。悔しい」
「いや、命よりもまずそっちなの? って、その傷、私よりも酷いじゃない! どんな無茶したのよ!」
「……イーリスを守れるかな、と思ってシャロウの前に飛び出したらこうなった。次は完璧にこなす」
「貴方、次死ぬわよ絶対!」
イーリスがウィスナの手を握った。この両手で、ウィスナに護られた。血のにじんだ手のひらの感触に、イーリスはひたすら自分の不甲斐なさを痛感する。
彼女の言いたい事が分かったのか、ウィスナは手をひらひらとさせる。
「気にしないで。私が弱かっただけ、だから」
「それでも、私はウィスナさんに……」
「じゃあ次は、イーリスが私を守って、それでチャラ」
にこりと笑うウィスナを見て、これ以上の謝罪はむしろ失礼に当たると判断したイーリスは、謝罪の代わりに笑顔で返した。
「はい! 任せてください!」
「ところでイーリス」
エイルのイーリスを見る目が少しばかり鋭くなる。これから来る質問を、イーリスは分かっていた。恐らくこう来るのであろう、
「どうやってあんな化物を倒したの?」
当然の疑問だろう。先ほどまで苦戦していたのに、こうまであっさりと倒していたら、誰もがそう聞くに決まっている。
「それは――」
遠くから足音が聞こえた。そのリズムはとても早く、走っていることが分かる。
イーリスはその足音の主に見当がついていた。何せ、彼女が知る限り、たった一人しかいないのだから。
「お前ら! 生きてるか!?」
「やっぱり! アルムさん!」
アルムがすぐに剣の柄に手をやりながら、周囲の索敵を開始する。首を動かしても、感覚を研ぎ澄ませても、あの黒翼の気配は感じられない。
そこから導き出される結論に、彼は目を丸くした。
「まさか……倒したのか? シャロウを?」
そう問われた三人は視線を交わし、その内エイルとウィスナは首を傾げるが、イーリスだけは苦笑まじりに首肯する。
もっとも、倒した本人である魔王ヴァイフリングが一切喋らなくなってしまったが故の、微妙な肯定になってしまったのだが。
しかし、アルムは気づいていた。イーリスが浮かべるその表情を。彼女がこういった表情をするような案件なんて、だいたい決まっている。
「……そうか、とりあえず生きていて本当に良かった」
「あの、アルムさんの方はどうしたのですか?」
「こっちもこっちであの魔族、シャロウに絡まれたよ」
「アルムさんもですか!? あれ、そういえば……」
そこで、イーリスはシャロウの言葉を思い出していた。
――……ああ、何という事だ。まさか……まさか、私のオリジナルが……ならば、ここに来るのも時間の問題ですか。
こちら側のシャロウは確かにそう言っていた。
「もしかして……倒したんですか? 一人で?」
「ああ。それにしても、あんなのが階級持ちだったのは拍子抜けだったぞ。そのおかげでお前達が生きていたっていうのは不幸中の幸いという所か」
「……アルムには、まだ遠いのか。帰ったらまた、特訓しなきゃ」
アルムはウィスナが恨みがましい眼で睨んできていたことに気付かぬフリをした。ここで反応すると、きっと七面倒な展開になるのが目に見えていたからだ。
聞こえないフリを継続しつつ、彼はずっと無言でいるエイルの元まで歩いていく。
「どうしたエイル? どこか痛むのか?」
「……いいえ。魔族と戦うのは初めてだったからちょっと、ね」
「そうか」
「何よ? 馬鹿にしてるの?」
「まさか。死に掛けたら誰でもそうなるに決まっている。俺もそうだった、だから馬鹿に出来る訳がない」
咄嗟にエイルは顔を背けてしまった。皮肉の一つでも言われるかと思っていたところに、このような言葉だったので感情を処理しきれなかったのだ。
「何なのよもう……」
「ま、今回ビビれたんだ。次は大丈夫だろう」
「そう、ね……そうよ。あの人と並ぶにはもっと……」
三人の顔をもう一度見たアルムは先程走って来た道を親指で指した。
「お前ら、歩けるならもうひと頑張りだ。あのシャロウがここで何をしていたのかが気になる」
「ふむふむ。階級持ちというのも、随分安い称号になったものよな」
『これが、ヴァイさんの本気……』
圧倒的な力、というのはまさにこの事であった。次元が違い過ぎた。武器を使った戦闘も、魔法を使った戦闘も、その全てが。
イーリスが感嘆の声を漏らすと、魔王はくつくつと笑う。
「我輩の本気、でもあるがこれは間違いなくお前の力でもあるぞイーリス」
『私の!? あんな魔法、出せませんよ!?』
「否。それはお前がそう思っているだけだ。我輩は終始ただ自分の魔力を少々、後は全てイーリスの力で戦っていただけに過ぎん」
『そんなこと……えぇ……?』
「まあ、追々分かるであろう。そら、そろそろ術を解除してやる」
そう言い、魔王が目を閉じると、次の瞬間にはイーリスは元通りの感覚に戻っていた。手を開いて閉じてみると、普通に動く。
それを確認するや否や、イーリスはすぐにウィスナとエイルの元へと走る。特に、ウィスナの方は急いで回復魔法を掛けなければならない。
「ウィスナさん! エイルさん! シャロウさんは倒しました! だから今、回復します!」
幸いどちらも肩の上下で呼吸を確認できる。
『アクア・ヒール』を念入りに掛け、少し時間が経った。すると、エイルがゆっくりと身体を起こした。
「わたし……は、何を……?」
エイルの声につられたように、ウィスナも目を覚ます。
「……不覚。やられた」
「ウィスナさぁん! エイルさーん!!」
飛び掛かるように二人へ抱き付いたイーリスは、そこで一気に緊張が解けてしまった。溢れ出る感情は涙となり、しがみつくように抱いている二人の衣服へ染み込んでいく。
「良かった……! 本当に、私、二人が死んじゃったかと……!!」
「実際、死んだかと思ってたわ……。壁に叩き付けられた瞬間にはもう意識が飛んじゃってたし」
エイルの言葉に、ウィスナも頷く。
「……私の剣が、まるで通用しなかった。悔しい」
「いや、命よりもまずそっちなの? って、その傷、私よりも酷いじゃない! どんな無茶したのよ!」
「……イーリスを守れるかな、と思ってシャロウの前に飛び出したらこうなった。次は完璧にこなす」
「貴方、次死ぬわよ絶対!」
イーリスがウィスナの手を握った。この両手で、ウィスナに護られた。血のにじんだ手のひらの感触に、イーリスはひたすら自分の不甲斐なさを痛感する。
彼女の言いたい事が分かったのか、ウィスナは手をひらひらとさせる。
「気にしないで。私が弱かっただけ、だから」
「それでも、私はウィスナさんに……」
「じゃあ次は、イーリスが私を守って、それでチャラ」
にこりと笑うウィスナを見て、これ以上の謝罪はむしろ失礼に当たると判断したイーリスは、謝罪の代わりに笑顔で返した。
「はい! 任せてください!」
「ところでイーリス」
エイルのイーリスを見る目が少しばかり鋭くなる。これから来る質問を、イーリスは分かっていた。恐らくこう来るのであろう、
「どうやってあんな化物を倒したの?」
当然の疑問だろう。先ほどまで苦戦していたのに、こうまであっさりと倒していたら、誰もがそう聞くに決まっている。
「それは――」
遠くから足音が聞こえた。そのリズムはとても早く、走っていることが分かる。
イーリスはその足音の主に見当がついていた。何せ、彼女が知る限り、たった一人しかいないのだから。
「お前ら! 生きてるか!?」
「やっぱり! アルムさん!」
アルムがすぐに剣の柄に手をやりながら、周囲の索敵を開始する。首を動かしても、感覚を研ぎ澄ませても、あの黒翼の気配は感じられない。
そこから導き出される結論に、彼は目を丸くした。
「まさか……倒したのか? シャロウを?」
そう問われた三人は視線を交わし、その内エイルとウィスナは首を傾げるが、イーリスだけは苦笑まじりに首肯する。
もっとも、倒した本人である魔王ヴァイフリングが一切喋らなくなってしまったが故の、微妙な肯定になってしまったのだが。
しかし、アルムは気づいていた。イーリスが浮かべるその表情を。彼女がこういった表情をするような案件なんて、だいたい決まっている。
「……そうか、とりあえず生きていて本当に良かった」
「あの、アルムさんの方はどうしたのですか?」
「こっちもこっちであの魔族、シャロウに絡まれたよ」
「アルムさんもですか!? あれ、そういえば……」
そこで、イーリスはシャロウの言葉を思い出していた。
――……ああ、何という事だ。まさか……まさか、私のオリジナルが……ならば、ここに来るのも時間の問題ですか。
こちら側のシャロウは確かにそう言っていた。
「もしかして……倒したんですか? 一人で?」
「ああ。それにしても、あんなのが階級持ちだったのは拍子抜けだったぞ。そのおかげでお前達が生きていたっていうのは不幸中の幸いという所か」
「……アルムには、まだ遠いのか。帰ったらまた、特訓しなきゃ」
アルムはウィスナが恨みがましい眼で睨んできていたことに気付かぬフリをした。ここで反応すると、きっと七面倒な展開になるのが目に見えていたからだ。
聞こえないフリを継続しつつ、彼はずっと無言でいるエイルの元まで歩いていく。
「どうしたエイル? どこか痛むのか?」
「……いいえ。魔族と戦うのは初めてだったからちょっと、ね」
「そうか」
「何よ? 馬鹿にしてるの?」
「まさか。死に掛けたら誰でもそうなるに決まっている。俺もそうだった、だから馬鹿に出来る訳がない」
咄嗟にエイルは顔を背けてしまった。皮肉の一つでも言われるかと思っていたところに、このような言葉だったので感情を処理しきれなかったのだ。
「何なのよもう……」
「ま、今回ビビれたんだ。次は大丈夫だろう」
「そう、ね……そうよ。あの人と並ぶにはもっと……」
三人の顔をもう一度見たアルムは先程走って来た道を親指で指した。
「お前ら、歩けるならもうひと頑張りだ。あのシャロウがここで何をしていたのかが気になる」
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