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第30話 剣士、『黒鳥』と対峙する その7

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 三人を引き連れたアルムはシャロウと戦っていた広場へと赴いていた。
 道中、聞いてみると、三人が戦っていたのはシャロウの魔力が作り出した本物に限りなく近い幻影だったことが分かり、アルムは自分の幸運に感謝する。
 もし仮に、シャロウにもっと余力があり、何体にもそういった幻影を作り出すことが可能だったのなら。その時はもう少し手こずっていたであろう。

「……アルムに出来ていたのなら、私にも出来ていたはず」
「言いながら剣を抜くな。どれだけ戦闘好きなんだよお前」

 こと、戦闘の話題においてウィスナが昂らない訳はなかった。何せ、あの黒翼から放たれる死の雨。あの猛撃を凌いでみせたという彼の話を聞けば、競争心がメラメラと燃えてくるのは至極当然の結果なのだから。

「ウィスナさんとアルムさんはいつも楽しそうですよね!」
「どれだけお前の目には幸せに映っているんだよイーリス。それより、どうだエイル? 近づいてきたか?」

 話を振られたエイルが具合悪そうに頷いた。

「ええ、ビンゴみたいね。あの石壁が崩れた所、あそこに通路があるでしょ? 多分、あの奥にあるわ」
「よし、俺が最前衛だ。何かあったらフォローを頼む」

 言いながら、アルムは念のため短剣を一本抜いておいた。全くの未知なる空間、毒矢がいきなり飛んでくる可能性は無きにしも非ず。
 十分に警戒を抱き、アルムは入室した。

「どうですかアルムさん!?」
「……待っていろ」

 そこは、祭壇のような場所だった。部屋の真ん中にある台座には大きな七色に光る石が鎮座しており、周りには何やら呪文を思わせる落書きがあちこちに描かれている。
 三人を待機させ、アルムは念入りに部屋をチェックしてみるが、罠らしき物は何も見つからなかった。
 手早く安全を確認した彼は、手招きで三人を呼び寄せた。

「何で……こんなものがここに?」

 大きな七色の石を目の当たりにしたエイルは思わず両手で口を覆った。そして、アルムの方を見る。

「え、貴方これを見て何とも思わないの!?」
「何ともって……ただの石だろ、あれ。なあ?」

 イーリスとウィスナに同意を得ようとするも、その頼みの綱である二人もとても信じられないような眼で見ていたことに、流石のアルムも動揺してしまった。
 三人がそういう反応、ということはこの七色の石はそれだけ有名なものだということで。これで変に言い繕えば、不信感を抱かれることもあり得る。
 ならば、答えは一つ。

「……すまん、俺が物知らずなだけだな。教えてくれ」

 素直に無知を認めることであった。知ったかぶって後々それが原因で致命的な状況に陥る可能性を考えたら、今すぐにでも聞いておいた方が良い。
 教えを請われたことに意外な顔をしながら、すぐに快諾したイーリスが口を開こうとしたその時――、


『フハ! フフフ! フハハハ! 良かろう良かろう無知なるアルム・ルーベン殿に、我輩が手ずから教えを授けてやろうではないか! と! く! べ! つ! に! な!』


 物凄くイキイキとした魔王ヴァイフリングが彼女の頭からいつものように現れた。
 いつもならば、ここからアルムによる制裁が始まる。だが、今回は話が少しだけ違ってくる。
 この場に、もう一人いるのだ。

「な、ななななななに!? イーリスの頭からなんかこう、にゅっと! にゅっと変な男が出て来たー!?」

 エイルの目がグルグルと回り、今にも攻撃魔法を放たんとしていた。このような狭い所でエイルレベルの攻撃魔法を放たれたここが崩落する可能性が大いにある。
 エイル以外の三人は視線を交わす。即座に女性陣がエイルの両腕を拘束。アルムが両手を広げ、必死になだめに掛かる。
 時間にして、数分。ようやくエイルが落ち着きを見せた。

「……はぁ、はぁ。それでイーリス、ソレ何なの? 悪霊とかの類ならギルドマスター……アルテシアさんに頼み込めばきっと一撃で殺ってくれるわよ?」
『アルテシアだぁ!? イーリス、そいつだけはやめておけ! あんの殺戮マシーン、法術師のくせに肉弾戦仕掛けてくる気狂いだぞ! 我輩がいくら腕やら足やら吹っ飛ばしてやってもただ笑って回復を済ませる気狂いなんだぞ!!』
「ネイムさんといい、アルテシアさんといい、随分魔王様はご苦労されたんだな」
『バッカもの! この魔王ヴァイフリングがあんな奴ら如きにご苦労されるか!!』

 瞬間、エイルの顔つきが変わった。

「今、なんて?」
「ああ、そういえば言ってなかったな。魔王ヴァイフリングだそうだ、こんな奴がな」

 アルムはそう言い、ぷかぷかと浮かぶ魔王を親指で指した。
 対するエイルが取った行動は、ある意味なのかもしれない。

「何で、貴方がイーリスにくっついているの?」

 攻撃魔法を放たれる一歩手前、だというのに魔王ヴァイフリングはまじまじとエイルの顔を眺めていた。何かを考え込んでいるような素振りを何度かした後、手を叩いた。

『小娘、名は?』
「魔王に答える名は無いわ」
『ふむ質問を変えるか。貴様、『エリエ・ルスボーン』の関係者だな? その魔力の類似度でいうと……そうさな、姉妹――といった所か?』

 まるで雷を打たれたかのようにエイルは身体を震わせた。途端、目に暗い色が灯る。

『どうやら正解のようだな。全く……何なのだ、一体。あのイカレた奴らの関係者とどうにも縁があるようだな我輩は』
「……私の前で、の話はしないで」
「え、エリエ・ルスボーンってあの!? “姉さん”ということはもしかしてエイルさん……!」

 エリエ・ルスボーン。またの名を《灰燼かいじんのエリエ》。
 かの魔王ヴァイフリングを打倒した四人組である『暁の四英雄』の一人の名であった。
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