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第31話 剣士、『黒鳥』と対峙する その8

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「認めるわ。貴方が魔王ヴァイフリングだっていうことはね」
『そうだろうそうだろう。我輩から発せられるオーラは天を焼き、地を揺るがす。つまり最強! フハハハ! エリエの妹――否、エイルよ! 誇るが良い! 我輩を認めた貴様には誉れをやろう!』
「いらないに決まってるでしょこの害虫」
『貴様もアルムのような輩か!? 敬え! 我輩を敬え!』

 そこで、イーリスはおずおずと手を挙げた。

「あ、あの……」
『どうしたイーリスよ』
「先にアルムさんにあの石の話をした方が良いのではないかと思うんですけど、その……どうですか?」
『っかぁー! イーリスよ! 貴様はつくづくアルムに甘いな!』
「そ、そんなつもりはないですよ!」
『フハハハ! だが、今はこれ以上掘り返さないでやろう! 何せ! あのアルムに教えを授けることが出来る絶好のチャンスなのだからな!』

 絶対に彼の思惑通りになりたくない。そんな強い意志を込めて、ウィスナを見た。彼女ならば勝負をチラつかせれば教えてくれる、そんな打算をして。
 だが、そんな打算を容易く打ち砕くのもまた、ウィスナ・ハーディスなのである。

「なあウィスナ」
「ぜ っ た い に い や」
「……今なら本気で勝負してやるぞ!」
「……こんな狭い所で本気の勝負? 私は、フェアに戦いたい」

 今すぐに切り刻めば、話す気にもなるか――そんな思いを巡らせながら、青い剣に手を掛けるアルム。そんな彼の凶行の前兆に気付いたイーリスは必死に窘める。
 そんな彼女を流石に無視する訳にもいかないので、アルムは深く呼吸をし、怒りをやり過ごす。

「ちなみに私も教えないわよ」

 そんな時にエイルが追撃を加えてきたものだから、更に呼吸による感情のコントロールをアルムは強いられた。
 ここまで来るともう、覚悟を決めるしかなかった。

「分かったよもう……早く教えてくれ」
『フハハハ!! あのアルムが我輩に教えを乞うとは全く愉快だなぁ!』
「早くしないと叩くぞ」
『分かっておる分かっておる』

 ふわふわとヴァイフリングは石の元まで移動していく。
 改めて見ると、光の入り具合で色が変わっている訳ではなく、完全に七色になっている。そして心なしか中が蠢いている。

『これは『魔喰石まぐいせき』と呼ばれている魔道具だ。然るべき場所に設置するだけで大地から魔力を吸い取り、溜め込む』
「とんでもない石だな。シンプルな使い方の分、応用が利きそうだ」
『ああ実際こいつは色々出来る。我輩が全盛期だった頃、人間共がよくソレを炸裂させて魔族どもを吹っ飛ばしておったぞ』
「……どっちが魔族か分からなくなるな」

 ヴァイフリングの説明に、エイルが補足を入れる。

「ただでさえ貴重な石なのに、そういう使い方をしてしまったせいで今ではもう『魔喰石』は一級禁止魔道具に認定されてしまったのよ」
「一級禁止……?」
「使用すれば一発で死刑、凄く運が良くて数十年牢獄に入れられるレベルですね」

 そうイーリスが耳打ちした。用途を考えれば、その対応も頷ける。

『まあ、人間共はただただ破壊にしか使わなかったが、この石にはもっと効果的な使い道があるのだ』
「使い道か」
『分かるかアルムよ?』

 今までの説明を振り返りつつ、彼は黙考する。この世界における魔道具というのは一体どういう立ち位置で、どれほど流通しているのかも分からない。
 だが、アルム・ルーベン自身ならどう使うか。それを考えれば、案外スムーズに答えを出すことが出来た。

「それに溜め込まれている魔力を使って高度な魔法を発動させる、か?」
『ふん! 少しは考える脳があるようだな』

 ぷかぷかと浮いていたヴァイフリングが石へ手を掛ける。

『そうだ。この魔喰石の本来想定されている使い道は『魔力の代替』にある。これに溜め込まれた魔力はお前が思っている以上に膨大だ。故に――』

 そこでヴァイフリングは言葉を止め、しばし地面へ視線を移す。細めていた目が、僅かだが大きく開かれた。

『……『シーリング・コート』』

 詠唱を終えた瞬間、貴重な魔喰石が何の変哲もない石碑へと姿を変えた。

「ええっ!? ヴァイさん!? 何やっているんですか!?」
『戯れだ』
「何が戯れよ! こんな貴重な物をそう簡単に封じるだなんて!」

 すぐに解除しようとエイルが駆け寄るが、ヴァイフリングはつまらなさそうに言う。

『無駄だ。我輩が珍しく本気を出して封じたのだ。向こう数百年は解除できんだろうさ』
「……何で封印したの?」

 ウィスナが心底不思議な表情を浮かべ、聞いた。

『戯れだと言ったろうに。それ以外の理由はない! 強いて言うならば、こと魔王である我輩があのシャロウとかいう新参の魔族に好き勝手されるのが癪なだけだ!!』
「……はぁ、そういうことにしておくよ」

 シャロウを撃破し、魔喰石を封印した。これでこの遺跡にもう用はないとアルムは判断した。……そのはずなのだ。

(どうにもこれから、という感じがするのは俺だけなのだろうか)

 
 ――ひたすら打ち倒してね。アルム君は強い。そしてそれは、色んなゴタゴタに手を伸ばせる唯一の方法でもあるんだ。だから、頑張ってね。


 こんなタイミングで、ネイムが言っていた言葉を思い出したくはないアルムであった。
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