香帆と鬼人族シリーズ

巴月のん

文字の大きさ
上 下
16 / 58

自重は大事

しおりを挟む




香帆は迷っていた。
いつものように、屋上へ行けないのは珍しく八尋の機嫌が悪いから。
虎矢からの連絡が莉里経由で届き、今日は会わない方がいいということだった。
イロイロ悩んだ末に、香帆と莉里は空いている教室でお弁当を広げることに決めた。

「うーん、どうしたらよいですかね、莉里ちゃん?」
「総長・・・めずらしい」
「うん。せっかく作ったのにびっくりですよ」

香帆は毎回、お弁当に八尋の好物を1品か2品ぐらいこっそりと入れている。たまに八尋がつまむことを予想して入れているのは言うまでもない。
今日も八尋の好物であるエビチリを入れてきていた。

「うーん、お兄ちゃんのお店でもよく食べていたから、たくさん食べてくれると思ったんですけれど」
「香帆」
「どうしたの、莉里ちゃん?」

珍しく目を細めた莉里が乗り上げて、香帆の耳元に口を寄せた。

「自重するべき」
「・・・・・・っ・・」

顔を真っ赤にしたのは、莉里に言われた意味が解ったから。
というのも、香帆は確かに最近ちょっと自重できていないところがあるかもと、うすうす感じていた。

「アレの、どこ、好き?」
「どこ、と言われても・・・」

莉里からすればアレのどこが良いのかさっぱりわからない。でも、香帆は昔から八尋を見てきた。
香帆がなかなか乗り気にならなかったのは自分に自信がなかったからにほかならない。
でも、なんとなく、最近の香帆は前向きだと感じる。
やはり、八尋と確認しあったからだろうかと、莉里は思ったが敢えて口に出さなかった。

「そうですね・・・うううん・・・・」

莉里の言葉に考え込んだ香帆は少しの間をおいて、呟いた。
ちなみに香帆の机の上には、弁当とは別にタッパーに詰めたエビチリがある。

「なんでか解らないんですけど、付き合っていくうちにハマるタイプなのかもしれないです」

自分が。と加えつけた香帆に、莉里は呆れたのか何も言わずご飯を食べ続けていた。
つまりはスルー。そういうことですね。
香帆はスルーされたことに気づいて少し拗ねだした。

「・・・虎矢さんに頼んで、エビチリのタッパーだけでも持って行ってもらいます」

どうせ、莉里ちゃんは持って行ってくれないだろうし。自分で頼みますと言った香帆、正解。
莉里は香帆の言葉にその通りとリスのように両頬を膨らませながら縦に頷いた。

そんなわけで、香帆は帰りに虎矢と八尋の教室に寄った。八尋が昼休みに帰ったことは、教室から外を見て確認しているので、最初から虎矢を呼び出した。

「ということで、八尋先輩に渡してくださいますか?」
「はいはいー渡せばいいのね。了解、任せられたっ!!」
「虎矢さんも食べて良いですから」
「あーそれは無理無理。八尋が絶対にわけてくれねぇもん」

顔の前で手を振ってから、八尋の真似とばかりに虎矢は口を開いた。

『だめっ、これは香帆が俺のために作ってくれたものなのーっ!!お前らが食べていいもんじゃないのね。コレ、彼氏限定の特権だからねっ!お分かり―?』

「・・・似てますね!」
「伊達に幼馴染やってないからねっ!」

胸を逸らした虎矢に香帆はふと思い出した。

「そうだ・・・そういえば、どうして、不機嫌だったんですか?私のせいじゃないってことは鬱陶しいほどに謝罪されたので解っているんですけど」
「うっとうしいって・・・?」
「ああ、SNSで謝罪を示すスタンプがたくさん来ているんです。この通り・・・あまりにも多すぎるので既読スルーしていますけど」

そう言いながら香帆がスマホの画面を見せてくる。それを覗き込んだ虎矢は、ゲロ甘だねとばかりに顔をしかめた。

「あっまいね~。そして、何気に香帆ちゃん鬼畜―☆」
「えっと・・っ・・じ、じゃあ、お願いしますね」
「らじゃりました☆」

虎矢に見送ってもらいながら、廊下を出た香帆はすぐに玄関へと向かった。バイトがあるので、急いで向かわなければいけない。

「おーい、田城さん、こっちに来てくれるー?」
「ありがとうございました!・・・あれ、お呼びですか、店長?」

香帆が、レジで営業スマイルを振りまいていたその時、店長に呼ばれたので、裏へとまわった。

「今日はもうあがっていいよ。というか、お願いだからあがってほしい」
「え、でもまだあと一時間あるんですけど」
「今日は特別に許可するよ。そのかわりといってはなんだけれど、表に君の彼氏がいるからなんとかしてもらえないかな・・・お客さんが入らないのも多分彼の不機嫌さが原因だとおもうんだよね。」
「え・・・?」

こっそりと裏口のドアから外を覗くと、コンビニの向かい側のカードレールにもたれながらスマホを持っている八尋が見えた。
珍しく髪の色も黄土色になっている・・・黄土色も一応茶系にはいるのかな?と思いながら、香帆は制服の上着を脱いだ。

「了解しました。お言葉に甘えて帰らせていただきます」
「頼んだよ」

片づけをして鞄を持ちながら外へ出る。すると、八尋と目があった。近寄ると、八尋の不機嫌な顔が少しずつとろけるような笑みに変わった。そして両手を広げて香帆を抱きしめてくる。
ぎゅうぎゅうに抱きしめられつつ、疑問を口にした。

「先輩・・・どうしたんですか?」
「あのねーエビチリを食べてたら、香帆にどうしても会いたくなってさー。スケジュール確認したら、今日バイトじゃんと思ってさ~」
「それで、慌ててきてくれたんですね」
「そーよ。もーエビチリ食べまくったね。ほんと、美味しかった。いやぁ、アジトに炊飯器を持ち込んでおいて正解」
「それは良かったです」

頬ずりされながらも、香帆はホッとした。
やっぱり八尋の不機嫌な様子はあまり見たくないと思うのは当然で。
八尋は抱きしめていた香帆を離して、手つなぎに切り替えた。少しずつ歩き出した2人は会話が弾んで楽し気だった。

「そうそう、あのエビチリってもしかして、志帆さんの店のやつー?」
「そうです、やっぱり解りました!?」
「やっぱりねー。俺アレが大好物でよく店でも頼んでいたからさー」
「ですよね」
「うん・・・どういうこと?」

頷いている香帆の様子に八尋は首を傾げているが、香帆は首を振って誤魔化した。

「なんでもないです。それはそうと、なんで不機嫌だったんですか?」
「うっ・・・恥ずかしいから言えないっ!!!でも、浮気とか女絡みじゃないからねっ?それだけは信じてねっ?!」
「え・・・あ、はい。よく、その発想が出てきましたね・・・もしかして、連続スタンプも関係してます?」
「ううーアジトで散々からかわれたんだよう・・・もしかしたら誤解されてるんじゃないかって」
「ああ・・・なるほど。面白がられたんですね」
「うー。ほんとに違うからねー?俺、香帆一筋だからっ!!」

はいはいと頷いた香帆は内心でほっとしていた。


(言えませんよね・・・お店でバイトしていた時に嬉しそうにエビチリを食べている八尋を見かけたことがあるとは・・・それを思いだしてお兄ちゃんが呆れるぐらいエビチリを作りまくったなんてことも言えません。)


・・・確かに莉里の言う通り、最近浮かれまくっているのかもしれないと香帆は改めて思い直した。
八尋が話しかけるのに相槌をうちながら、改めて決意した。




(先輩も気づいてなさそうだし、今のうちに気持ちを締め直そう・・・うん、惚気ちゃだめだよね。)









・・・後日、八尋が不機嫌だったのは虫歯が痛かったのと歯医者へ行くのが嫌だったという話を聞いた香帆が目を丸くし、莉里がねちねちと八尋をからかったことは言うまでもない。



しおりを挟む

処理中です...