【R18】王太子と月の末娘の結婚事情

巴月のん

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14)ディアとアリア(上)

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蒸気やオイルの匂いを感じながらあたりをきょろきょろと見回したディアは後ろを振り返り、アリアの方を見た。
魔法で髪や目の色を変えているとはいえ、かの大国の聖女様だ。ここに来る前にもスピカ様やザン様から散々目を離さないで欲しいと何度も繰り返し言われているだけに気を張らなければいけない。だというのに、当のアリア様は吞気な様子を見せている。

「ディア、あっちのフランクルトを食べてみたい!」
「あ、アリア様、あまり大声を出さないで」
「いいから早くいらっしゃい♪ あっ、あっちからもいいにおいがするね」

ぐいぐいと腕を引っ張ってはあちこち歩き出したアリアはこういってはなんだかイメージと少し違う。異世界から召喚されたというから悲壮な感じかと思っていたのに。それに、政略結婚と聞いていたのに、とても愛されている様子がわかる。
ディアは気づけばアリアをじっと見つめてしまっていた。その視線に気づいたアリアが首をかしげるとディアは我に返り慌てて首を振った。

「どうしたの、ディア」
「あ、な、なんでもありません」
「……ディアの視線は真っすぐだね」
「ええっ?」

初めて言われたと口にしながら頬に手を当てていると、アリアはディアの鼻を指さしてから笑った。

「うん、スピカ様がディアと話してほしいって言ったわけがなんとなくわかった」
「スピカ様が?」
「ちょうどあちらに公園もみえるからそこで休もう」

フランクルトをほおばりながらアリアは視線を空の方へと仰いだ。

「もうなんとなくわかってくれると思うけれど、私はとっくにザンの傍で生きる覚悟を決めてるの」
「それは聖女としての使命があるからですか?」
「ごめんなさいね、私そこまで崇高な人間じゃないの。最初の頃は帰れないと割り切っていてもやっぱり寂しくて何度も泣いたわ。でもね、ザンが私を必要としてくれたから今の私がいる」
「ザン様が」

つまりは、アリア様はザン様と出会ったからこそここで生きる覚悟を決めたってことだ。
それはある意味、この世界で生きる意味を見つけたということになる。

座ったアリアの隣でフランクルトをかじりながらぽつりとつぶやくディア。正直、ディアの目から見てアリアの生き方は不思議でしかたがないし、スピカのことも考えたくはないと思っていた。それだけに彼女の言葉が無責任にも聞こえてしまってしかたがない。

「私は……生まれた国を故郷だと思えてもここにいる意味を見出せないです。スピカ様だって私の意思を無視して婚約者に仕立て上げてるし、それに私の力も気になってるみたいだし」
「スピカ様から聞いたよ。聖女であることに困惑しているみたいだって」
「うっ」
「別に気にしなくてもいいと思うけれどね。むしろ祭り上げられなかっただけマシじゃないの?」
「アリア様」
「私は結界を維持する役目があるけれど、ディアの場合はそうじゃないでしょ?」
「はい」
「それに、私の目からするとディアはそんな聖女云々よりも転生者であることに悩んでるように思えるんだけれどなぁ」

アリアの言葉にばっと顔を向けたディア。それはアリアが言っていることを肯定したも当然で。フランクルトを食べ終えたアリアはごみを片付けながらディアに笑いかけた。

「――私でよかったら愚痴ぐらいは聞くけれど?」

――夢を見るんです。

日本にいた頃の夢。大学に通っていたこともそうだけれど、特に見るのは父母が揃っていた一番幸せだったころですかね。

「私が中学生の時に母が行方不明になったんですよ。」
「え。じゃあ、ずっとその時からお母さんと会ってないってこと?」
「はい。不思議なことに最後に乗ったであろう車の中には携帯電話とか鞄とか財布とかが全部残っていて。本当に母の姿だけが消えたような感じだったそうです」
「それは不思議ね」
「大学生になってからも探しました。その最中に事故に遭って転生して。でも、転生前の名前すら思い出せないのに、なぜか母のことだけが強烈に刷り込まれていて……」
「つまり、それだけ貴方にとって大事だったわけよね」
「おそらくは」

アリアの言葉に頷いたディアは遠い目になった。

「記憶がどころどころ抜けていてはっきりしないんです。中学生なら母の顔も覚えているはずなのにまったく思い出せないし、自分の名前も思い出せない。それでもなぜだろう。なんだか心が訴えているんですよね、お母さんのことを忘れないでって」

繰り返し夢で交わされる会話。

『―――――、ちゃんとご飯を食べるのよ』
『うるさい、お母さんなんて■■■■■・・・・・!!』
『■■、そういうことを言っちゃダメでしょう!』
『もういいっ!』
『■■!』

夢で、私とお母さんがケンカをするんです。その場面が切り替わったらいつも必ず出てくるのは、母の壊れた車。崖のすぐそばにある駐車場に止まっていた。中を見たら鞄や電話が残されていて、子ども心に思った。もしかしたらお母さんはもういないんじゃないかって。

「お母さんがいなくなったの、私のせいなんじゃないかって思うんです」
「ディア」
「思い出せないのも、きっとそれで自分が嫌になったからなんじゃないかって」

だから、夢を何度も見るんじゃないのかな。心が痛くなるけれど、向き合わなきゃと思って何度も何度も見てきた。

「ディア、もうそれ以上考えちゃダメ」

気づけばディアは抱きしめられていた。アリアの腕の中に包まれ、ぬくもりを感じた瞬間、ぽろりと涙が零れ落ちた。

「・・・・・私、どうしたらよかったんだろう」

そうつぶやいたディアはそのまま顔を伏せてしまった。抱きしめながらアリアは目を瞑った。女神から転生者の存在を聞いていなかったわけではない。ただ、世間一般で知られていないこともいくつかある。例えば、アリアが女神から聞いていたのは、この世界における転生者は、死んだ時に心残りがあって成仏できない魂が生まれ変わる姿なのだということ。だからディアが転生者だと聞いた時に思ったのは、何が心残りだったのかということ。そして、彼女は無意識ながらも母親のことを心残りに感じていた。そう結論づけるとなると、女神からさらに聞いていたことが気にかかる。

『じゃあ、転生者はその心残りをなんとかしないとまた転生することになるのね』
『そういうことになります。でも、記憶を持っている転生者の場合はまた少し異なりますね』
『え?』
『転生者に前世の記憶がある場合はその世界のどこかに心残りとなった原因に引き寄せられるのですよ。ただ、それがいいことかどうかは一概に言えません』
『それはそうよね。現世での記憶も生活もあるわけだし面倒なことにならないといいけれど』

アリアは内心で嫌な予感を感じてため息をついた。

つまり、彼女の心残りの原因である母親がこの世界のどこかにいることになるわけよね。

アリアはディアを抱きしめながらこの事実を伝えるかどうか迷った。泣いているということは彼女にとってはそれだけ重い事実なのだ。できるならこれ以上彼女が苦しまない事態になってほしくはない。

ディアにどう声をかけるか迷っていたその時、アリアの前にトンと降り立つ人物が現れた。その彼の言葉に目を細めたアリアはディアの耳元で囁いた。そのアリアの言葉にディアは思わず顔を上げた。

「ディア、敵襲よ」
「いったい…‥彼らは」
「おそらく、ザン様やスピカ様が言っていた貴族どもっスね~」

飄々とした彼がアリアを守るように構えていた。その彼に目を向けるとアリアがくすりと笑った。

「私の護衛でラティスというの。ずっと私達の後を追っていたのに気付かなかったでしょう?」
「え、え?」
「まぁ、俺の能力あってのものっスからね。それより、アリア様」
「ええ。わかっているわ、売られたケンカは倍返しが基本だものね」
「違います!」

ラティスの絶叫をよそにアリアは両手を広げて、呪文を唱えだした。

「大丈夫よ。仮に何かあったってザンがフォローしてくれるわ。それよりディアを下がらせて」
「そういう問題じゃないっスぅううう~ディア様、こちらへ!」
「でも、アリア様一人じゃあの人数は・・・・・・・!」

そう叫んだディアの前でアリアが呪文で魔法を展開していく。繰り出される無数の光の球に触れた敵たちが次々と倒れていった。

「え?」
「アリア様は五大属性を有していますのであらゆる魔法を展開できます。今のは雷の魔法ですね」
「これも聖女としての力……なの?」
「学のない自分にはわかりかねます。だけれど、唯一これだけは言えます。我らは彼女をブラパーラジュが誇る聖女として認めていますし、ザン様唯一の妃に値する方だと思っています」

―――それだけの力を持っているということを暗に言ってきたラティスのいうとおり、アリアの力は強烈で絶大だった。


「――さぁ、スピカ様にあなた達を引き渡さないとね」


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