【R18】王太子と月の末娘の結婚事情

巴月のん

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22)セイレーンの加護を失った国

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―――お母さん。


「この方は間違いなく俺の母上だ。それがなぜ君の前世での母親だと思うんだ?」

確かに前世の母とは顔立ちが変わっている。肌の色も目の色も日本人離れした色だし、今の王妃様とそっくりなことからスピカの言うことは正しい。

(パーティーで王妃が言っていたことを考えると転生者なのではと思ってはいた。でも、まさかそれが前世での母だったなんて。)

スピカが困惑顔で横に座ったのを見たディアはよく似た人を脳裏に思い浮かべつつ、涙声ながらも答えた。

「どうしてかはわからないけれど、わかるの」

(もしかしたらお母さんはあの日に死んだのかもしれない。そして、転生して…この世界でスピカを生んだのだわ。私が転生してこの世界に生まれたように。)

「…セイレーン様がディアを呼んだのは母上が関係していたからかもな」

そっと肩を支えてきたスピカが疑問を口にしたとき、ディアはハッと顔を見上げた。

「……」
「ディア?」
「誰かがこちらに向かってきています」
「なんだと?」
「でも、この気配はあなたにとても近いわ」

そう、スピカ様とそっくりな気配。これはもしかしてと思いながら、扉の方を見つめていると足音とともに扉が開いた。扉から現れた人物を見たスピカは思わず立ち上がった。

「なぜ、父上がここに…」
「わしがここに来れないとでも思っていたのか。彼女をここに隠したのはわしぞ」
「―――王様も彼女が転生者だとご存知だったのですね」
「彼女とは幼馴染も当然に育ったからの」

わしが飛行機を開発したのも昔に彼女から空を飛ぶ機械の話を聞いたことがきっかけよ。

とても懐かしいとばかりに目を瞑った王の言葉を聞いた瞬間、ディアの脳裏で全ての線が一本に繋がった。

「……母は異世界の知識があったから貴族たちに狙われたんですね」
「そのとおりだ。無知ゆえに新たな知識が入ることによって、自分たちの築き上げてきた体制が変わることを恐れたやつらはたびたび妻を狙ってきた。まぁ、妻はやられっぱなしは嫌だと対抗して精霊を憑依させたアンドロイドを作ったがな」
「もしや、それがアメジスですか」
「うむ。あれは彼女が丹精込めて作り上げた傑作よ」

スピカはアメジスが作られた経緯が気になったようだが、ディアはそれよりも精霊という言葉に反応した。

「待ってください。精霊を憑依させることができるということはもしかして……」

震える声で最後まで言えなかったディアだが、彼女が言いたいことが伝わっていることは王の表情からでも窺える。少し間をおいてから、ネイティフェラの横に座った王ははっきりとディアの質問に答えた。

「うむ。この国にしては珍しいセイレーン様の加護を受けし聖女であった」

そのことを知る人間は王族とごくわずかの貴族のみであるが、今となっては公表したほうが良かったかもしれんと後悔している。

「…母上はどうしてこうなっているのですか」
「それを話すためにはこの大樹の役割について知っておく必要がある。聖女の仕事の一つに国に結界を張ることが含まれていることは知っていような?」
「はい。ブラパーラジュでいうとアリア様が結界を張っておられますね」

王は大樹を見上げて、少し長くなるがと前置きして告げた。父でもある王から語られた言葉はスピカにとってもディアにとっても信じがたい真実だった。

精霊国であると有名なブラパーラジュではピンク色の結界が張られていて、いかなる攻撃も効かない。それは聖女がとある水晶に祈りを捧げているからである。それは国内だけではなく他国でもよく知られていること。もちろん、我が国でも伝わっている話だ。

「あの国と同じように我が国にも聖女が祈りを捧げる媒体がある。それがこの大樹である」

この大樹はセイレーン様の加護ではるか昔から生きている。機械の普及により、精霊の召喚をすることがなくなってからは加護も弱くなってしまったが、大樹を枯らすことは加護を失うことを意味するため、消えるよりはとあらゆる方法を使って維持し続けてきた。

ここまで話せばもうわかるであろうと王がスピカの方に視線を向けた。そしてスピカの方でも王が言いたいことを察し、なるほどと頷くように顎を押さえた。

「まさかあの城と大樹に機械やAIが埋め込まれているのは……」
「わが国の叡智を結集させて維持管理に務めるためだ。モーント国とのつながりもあってか、最低限の加護は得られているようであるが、精霊国のようにはいかん」

だがある日、この国に思いかげず聖女が生まれた。

「それがそなたの母であるネイティフェラだ。この国の歴史をよく知っていた我が父王はここぞとばかりにわしと聖女の縁談を決めたのだ」

これで我が国も安泰だととても喜んでいたことをよく覚えている。なにせ、機械大国となってから年々空気が悪くなっていて、精霊が住み着かなくなってしまっているからな。精霊との共存がうまくいけば、国の空気が変わるかもしれないと期待していたのだろう。だが、この数年前にとんでもないことが起きた。

「馬鹿な貴族どもが母上を殺さんと画策したことですね……」
「でも、アンドロイドを作れるほどの腕前だったのにどうして?」
「簡単なことよ。やつらは妻が一番不用心となる時を狙っておった」
「そうか、出産ですね!?」


思い当たって叫んだディアを前に王は当時を思い出して眉間にしわを寄せた。


「そうだ。だから、彼女の出産にはかなり神経を尖らせた。聖女の血を引く子どもが生まれるのも稀有なことだと我が王家にも伝わっておったことも大きい」

生まれてくる子が次代の聖女となる可能性もあると思い立った父のアドバイスも役立った。妻に何かあればセイレーン様の加護を失うおそれも否定できない。だから、わしはネイティフェルと相談して妻を秘密裏に隠し、別の場所で出産させたのだ。
表向きはそれとなくネイティフェルを妾にするかもしれないと態度で見せたことで奴らの気をそらし、妻の方に意識が向かないように画策した。

「妻はかつて娘がいたことも教えてくれたぞ。おそらくそなたのことであろう」
「お母さんは私のことを覚えていたんですか?」
「むろんだ。転生者は…前世での心残りがある者ほど記憶が鮮明になると聞いている。それを考えれば、彼女が相当悔やんでいたであろうことが容易に想像できるわ」

わしもできるだけ心を砕いたが、妻にとってはやはり前世への思い入れが強かったのだろう。たびたびそなたの名前を呟いていては悔やんでいたぞ。

「……お母さん」
「昔、そなたと見た星をいつかスピカとも見たいと言っておった。だからか、前世でみた星と符合する星を見つけた時はとても喜んでおったな」

スピカの名前はその星つながりで名付けたのだという王の言葉はいつになく柔らかった。確かな家族のつながりがちゃんとあったのだとほっとしていたディアを前に王は悔しげに拳を握りしめた。

「よりによってわしが外交していた時に敵襲がくるとは卑劣なやつらどもよ」

突然の敵襲のせいで、妻は出産ばかりであるのに逃げざるをえなかった。ネイティフェルの報告では、妻はこの城と繋がっていた湖へと逃げたらしい。スピカを守りながら逃げた姉をなんとしても助けようとおいかけたネイティフェルはその時のことを今でも悔いておる。

「妻はスピカを人質に取られ、湖に沈められそうなところだったらしい。だが、ネイティフェラの意識が消えたことで妻のオーラが水色になり、別人格が現れたというのだ」

『私の聖女を傷つけんとする愚かな者共に慈悲などいりませんね』
『あ、あなたは何者なのですか?』

ネイティフェルが恐る恐る声をかけたところ、妻の体を借りた別人格はとんでもない人物であることがわかった。

『わたくしは女神の一人であるセイレーン。我が加護を受けし聖女に害をなすというのであればこの国に加護を与えるわけには参りません』


まさかの女神の登場にディアもスピカも思わず声を上げた。


「セイレーン様がそうおっしゃったのですか?」
「そうだ。そして、セイレーン様の発言と同時にかろうじて城を守っていた結界が完全に消えてしまった。それだけではない。それまでアメジスのように憑依していた精霊のほとんどが消えてしまったのだ」
「―――では、アメジスに憑依していた精霊が消えなかったのはどうしてです?」
「アメジスに憑依していた精霊はわが妻に仕えていた大樹の精霊だ。おそらく彼が一番力が強い精霊だったのだろう、いつも妻のそばに付き添っていたからな」
「特殊な精霊だったのですね。ということは、大樹を復活させることができたらアメジスも復活する可能性があるのでしょうか?」

ディアの言葉に王は肯定したが、その顔は険しいままだった。

「おそらくはな。だが、セイレーン様がお怒りである以上、加護の復活は厳しい」
「今の貴族どもは……わかってないんだろうな」
「機械の発明で文明を作り上げてきたという自負心が目を曇らせておるのよ。実際、魔物の巣がわんさかと出没しているのも魔素が溢れ出ているせいであろう……。武器や兵器で撃退できているものの、魔物のレベルは未だに上がり続けている。どうせなら、魔力を吸収したり消費するような仕組みにすればよかったものを」
「そうか。ラティスさんが言っていたのってそういうことだったんだ」
「そもそも、我がツニャル大国が空に浮かんでいるのも地上が住めない状態になっているせいであるからな。それを鑑みれば、大樹の結界が機能しておらんのも当然であるわ」

あの精霊大国でさえどうしようもないと匙を投げた土地となれば、どれほど精霊の加護を失っているかがわかるというものよ。

「え、そうなの!?」
「確かに湖以外は森のような状態だな。それも魔物の巣があちこちにいるほどの」
「広大な森の中には魔物がうようよしておるからうかつに入ることも叶わぬ。ディアよ、そちの国はセイレーン様の加護があるゆえ、小国なれど魔物が出ることはないだろう。我が国は狩っても狩っても出続けるのだよ……」

―――国を空に浮かべたのも、きりがない魔物の出現に対応するための苦肉の策だというのだから驚きだ。

「それで、父上はどうしてこちらに?」

本題とばかりに話を戻したスピカを前に王は居住まいをただし、今度はディアの前に膝をついた。それも、王としてではなく、聖女に対しての臣下の礼を。
目を見開いたディアの前で、王は頭を下げ続けながら願いを口にした。

「―――ディアよ。そなたが聖女であることは息子から聞いた。心配せずとも、この国の聖女になれなどと言わぬし、この国を今更どうしようとも思わぬ」


儂の妻の命を狙ったあやつらのために加護を願うのもまっぴらである。


「だが、せめて……せめて、我が妻の眠りだけを一時でも解除していただけるよう、セイレーン様にお願いしてもらえまいか」


王たちの視線の先には決して起きることのない女性が横たわっている。
その女性はディアにとっては前世の母であり、スピカにとっては実の母親。




その母を愛するがゆえに深く頭を垂れた王を前にディアは大樹を見上げた。




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