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神代 コウ

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海神の慈悲

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 突如現れたその穴に、思わずシンの名を呼ぶ少年。彼の顔は、先程見たウンディーネの何かに怯えた顔によく似ていた。視線の先を追うと、そこには彼女の話にもあった、リヴァイアサンの体表に空いた小さな穴があった。

 だが、シンにはそれが穴と呼ぶにはあまりに小さいと感じた。手帳やノートにメモをしている時に、髪の毛が落ちていると思い、手で払ったりつまもうとした経験はないだろうか。

 実際は、いつ書いてしまったか分からないようなただの線だったこと。今まさにシンの前にある光景は、それに近い。穴といえば穴に見えなくもないが、ただ単に真っ黒に塗りつぶされただけのようにも見える。

 「これが・・・穴か?」

 覗くように近づこうとする彼を呼び止めたのは、ウンディーネだった。直接穴の存在を確認した彼女には、そこにある穴が先程見た文字の羅列が繋がる穴に酷似していることが分かったのだろう。

 ウンディーネは指先で小さな水の塊を作り出すと、無言で穴の中にそれを放り投げた。本来であれば、何か物体に当たることで水が弾けるという光景が想像できる。

 しかし、穴に落ちた水の塊は、真っ黒なその影に飲まれた途端姿を消し、何かにぶつかるような音もなく彼らの前から、文字通り無くなってしまったのだ。まるで、ウンディーネが止めていなければ、シンがそうなっていたと言わんばかりに。

 「消えた・・・!?どこへ通じているんだ?」

 「分からないわ。でも一つ確かなことは、体内には通じていないと言うことだけね。それこそ別の次元とでも言うのかしら・・・」

 突拍子もない話に、唖然とするシンとヘラルト。だがここで疑問となるのは、何故ヘラルトの前に突然現れたのかと言うこと。少年の行動を思い返してみれば、何かヒントとなるものが見つかるかもしれない。

 ヘラルトがリヴァイアサンの背に飛び降りてからしたことと言えば、目の前にある異様な光景を写生したことと、文字を書き起こしたことくらいだろう。新たな穴は、ヘラルトの近くに現れた。彼の何らかの行動が関係しているに違いないと気づいたシンは、彼の写生したスケッチブックと文字の書き起こしを確認する。

 「文字を書き起こしていたら、いつの間にか穴がそこにありました。この文字の羅列によって生まれた、ということでしょうか・・・?」

 「分からない・・・。だが可能性は高い。もう一度文字を書き写してみよう。それで穴が増えるか、或いは変化があるかを確かめるんだ」

 いつ、どうやって出現したのか分からない以上、シンのいう通り行動を再現しもう一度確かめるしかない。シンはヘラルトから筆を借りると、少年の書き写した文字の羅列を、そっくりそのままリヴァイアサンの背に書いていく。

 今度は見逃すまいと、ウンディーネとヘラルトはシンの様子に気を配りつつも周囲の変化に目を光らせる。そして、暫くしてシンの文字を書く手が止まる。

 しかし辺り変化はなく、穴に変化もない。一度目に書かれた少年の文字の羅列と全く同じに書いたつもりだった。それはウンディーネもヘラルトも確認し、同じであることは確かだった。

 だが一体何が一度目と違うのか、それが分からなかった。

 「何故だ?何も起こらない・・・。どこか違うところがあったのか・・・?」

 「いいえ、それはないわ。文字の形も順番も全て同じ。使った筆も同じだもの・・・。ねぇ、もう一度この子に書かせてみたら?」

 「何か変わるでしょうか?正直、僕には違いがあるとは思えませんが・・・」

 「ウンディーネの言う通りだ、やってみよう。俺にあってお前にないものがあるのかもしれない。もう一度書いてみてくれないか?」

 二人から望まれ、少年は再び筆を手に取り、リヴァイアサンの背にまた同じものを描こうとした。

 その時、再び人ではない何者かの声が、彼らに直接語り掛けてきた。大きい声でも力強い声でもない。しかしそれは、ノイズを遮断するイヤホンのように鮮明に聞こえた。

 「理解セズ二 ソレヲ 使ウノハ 己ノ身ヲ 滅スコト二 ナルゾ」

 「またアンタか!?どういう事だ?」

 「言葉ノ 意味ノ ママダ。ソノ者 ガ 描ケバ 再ビ 作動スル。私 ハ 間モ無ク 自我 ヲ 保テナク ナル。 ソウナレバ コノ身体モ 朽チル。大人シク 退ケ。 ソレガ 私カラノ 最期ノ 慈悲ダ・・・」

 その声が、今彼らの乗るリヴァイアサン自身の声であることに、気が付いたシン達。何処か悲しく、苦しみのない安らかなその声は、彼らがその場を離れることが最善であると促し、最期であると語った。

 死期を悟ったモノのように、その言葉には偽りを感じさせない真っ直ぐさがあった。分かるのではなく、三人ともただそう感じたのだ。精霊であるウンディーネには、それがより一層ハッキリと伝わっていたことだろう。

 「引き返せ・・・と、いうことでしょうか?」

 「クソッ・・・!待ってくれ!これはこの世の文字じゃないってことなのか!?穴は何処へ通じているッ!?」

 黒いコートの男達以外の新たな手がかりになるのではないかと、シンは必死にその声の主に語りかけるが、返事は返ってこなかった。
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