泡にはならない/泡にはさせない

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第3話 「そうだな……相手にされるわけがない……」

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 翌日、夏樹は大学の講義室へと向かっていた。”人魚”に謝ることは絶対にしても、夏樹の本分は大学生。講義を投げ出すわけには行かない。
「よう、夏樹」
「おはようございます」
「おっはー」
 講義室のドアを開けた夏樹を出迎えたのは3人の男子学生達だった。金髪の長身マッチョ――松山竜二まつやまりゅうじに、神経質そうな細身メガネ――唐竹乙也からたけおとや、そして小柄で可憐な男の娘――梅井奏うめいそう。彼等こそ夏樹と講義の部屋を同じとする同期であり、また夏樹が所属するバンドメンバーであった。
「げっ!?」
 不穏な空気を纏った3人に夏樹は思わず後退ったが、それを許す3人でない。夏樹が下がった分だけ詰め寄り、あっさり夏樹を壁際に追い込んでしまった。
「ちょっとー?休むならせめて連絡寄越してよー?僕達ずーっと待ったんだからねー?」
 最初に口を開いたのは奏だった。どうやら、昨日夏樹が練習をすっぽかした挙句、連絡も寄越さなかったことに御立腹らしい。
「そうですよ!ホウ・レン・ソウは社会の基本です!我々も既に大学生!大人としての自覚を持ち、気を付けて頂かないと!」
 乙也がズレてもいない眼鏡のフレームを直しながら言った。バンド結成の手続きや練習のスケジュール管理等の諸々をやってくれている生真面目な”運営様”の有難いお言葉だ。
「おい、後でジュースの一本でも奢れよ?」
 最後は竜二が締め括った。元々気のいい仲間達なのだ。これ以上引き摺るつもりはない様で、お説教はこれで終了らしい。

「それはそうとなっちゃんさー?」
 4人で纏まって席を確保した後、奏が話し掛けて来た。”なっちゃん”と言うのは、奏が付けた夏樹のニックネームだ。ちなみに竜二は”りゅー君”で、乙也は”おっちゃん”だったりする。
「あの”矢崎選手”に告って、フラれたんだってー?」
「は?ヤザキセンシュ?」
 奏の口から飛び出した聞き慣れない名前に、夏樹は首を傾げた。
「あー、それ俺も聞いた!プールに乱入して、”『運命』だ!オレの『番』になってくれ!”だったっけか?」
「ええっ!?」
 竜二から飛び出したのは、昨日夏樹が”人魚”に言った言葉だった。正直言って、寒かった。他人の口から聞かされる自分の告白程、恥ずかしい物はない。
「あの”人魚”、ヤザキセンシュって言うのか?」
「人魚って……まあ、確かに矢崎選手は世間では”人魚”と呼ばれていますから、間違いでもありませんが」
「はい?つまり……どゆこと?」
 全く状況が掴めない夏樹は頭に疑問符を浮かべるばかり。
「もしかして、なっちゃん知らずに告ったのー?うわー、だいたーん!」
「こちらをどうぞ」
 揶揄う奏を尻目に、乙也がスマホを差し出して来た。スマホに映し出されているのは、数年前の記事。オリンピックを特集した物の様だ。だが、重要なのはそこではない。
「あっ、”人魚”……」
 そこに映っていたのは、透き通る様な白い肌にネックガードと競泳水着を身に着けた濡烏色の髪の青年――間違いなく、昨日夏樹がプールで見掛けたあの”人魚”だった。首に下げられているのは銀色に輝くメダル。付けられた見出しは”オメガ初 メダリスト誕生”。

 今から2年前、オリンピックで日本どころか世界規模で見ても前代未聞の人事が行われた。別名”アルファの祭典”とも言われ、ベータの選手が選出されても世間の話題を呼ぶオリンピックの選手選考。そこを勝ち上がり、代表の枠を勝ち取ったのはまさかの”オメガ”。しかも、当時17歳の高校2年生だった言うのだから驚きだ。
 競泳の選手として出場した彼は、自由形の100mと200mでそれぞれ銀メダル、加えてメドレーリレーではアンカーを務め、こちらでは銅メダルの獲得に貢献した。
 日本のウィークポイントであった自由形の短距離泳者としての圧倒的な実力だけでなく、その端整な容姿でも世間の話題を搔っ攫った”現代の人魚様”。彼の活躍は、オメガの社会進出を一気に推し進めたと言う。その名前こそ……。

矢崎やざき……千歳ちとせ……」
 成程、既視感があるわけだ。当時は随分騒がれ、メディアで見ない日はなかった程だったから、あまり世間のニュースを気にしない夏樹でも知っている。
 昨日夏樹が言い寄ったのは、現代バース史における”生ける伝説”だったのだ。
「そうだな……相手にされるわけがない……」
 相手は、すでに世界規模で活躍しているオメガなのだ。当然、その最中、アルファから『番契約』を求められたこともあるだろう。それも地位、名声、家柄、財力、容姿――全てを兼ね備えたアルファの中のアルファ達に。それに対して、夏樹は”ただの学生”に過ぎない。初対面であることを差し置いても、これでは歯牙にも掛けられないのも当然だ。
「だから、何だってんだ!だからって諦められるかよ!」
 しかし、夏樹は沈み込んだ気持に鞭を討ち、強引に立ち上がる。『運命』を目の前に引くアルファがいるだろうか?いや、いない。
 何もない夏樹だが、それでも大きなアドバンテージがある。それは”近くにいること”と”時間がたっぷりあること”だ。アタックするチャンスだけは十二分にある。オメガを巡る争いでエリートアルファが勝者だなんて、誰が決めたのだろうか?仮に決まっているとしても、覆すのみ。
「見てろよ、矢崎!首の皮を洗って待ってろ!」
「なっちゃん、決闘にでも行くわけ?」
「突っ込まないで置いてあげましょう」
「だな。こうなったコイツは簡単にゃ戻って来ねぇ」
 暴走状態になった夏樹を、友人達は呆れ顔で見守っていた。人の恋路程、見ていて楽しい物はないのだ。
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