11 / 20
第11話 「命を懸けて、かかって来い」
しおりを挟む
「何だよ、それ……千歳は何も悪くないじゃん」
千歳の話を聞いた夏樹は、迷わずそう言った。話が正しければ、千歳に非があるとは思えない。オメガの社会進出を妨げる壁があることは話に聞いていたが、実際に聞くと、ここまで胸糞の悪い話だとは思わなかった。
「ありがとうございます。そう言って貰えるだけで嬉しいですよ」
千歳は静かに言った。
夏樹は、最初に会った時から感じていた千歳との距離感の正体がわかった気がした。これは『アルファ』を警戒していてもおかしくない。
「千歳はさ……『アルファ』が嫌い?」
「それは……」
千歳は、少し考えるそぶりを見せてから、言葉を続けた。
「正直、よくわかりません。悪い人ばかりではないのはわかっているんですが……もう、無条件に信じることは出来ないと思います」
「そっか……」
アルファの世界で戦うことを選んだ異色のオメガ“矢崎千歳”。
彼は戦いの中で“勝利”と“自由”の味を知った……だが、同時にアルファの“冷酷さ”も“傲慢さ”も知ってしまったのだ。
オメガがアルファに劣っていないのだと……アルファの庇護等なくとも歩いて行けるのだと……そして、アルファは絶対ではないのだと……一度知ってしまったオメガはもう“坐して守られる存在”には戻れない。
千歳は二度と、世間が求める“素直で従順なオメガ”にはなれないのだ。
いや、それは千歳にとって、人生の否定であり、心の死に等しい……戻ること等、出来るはずもない。
「オレは、そいつらみたいなことはしないよ」
これだけは夏樹でも誓える。千歳の過去に関しても、現場にいたらそいつらを(出来るかどうかは兎も角)殴ってやるところだ。
「『番』になっても、何も変わらない。千歳は千歳のやりたいことをやっていいよ。応援するからさ」
夏樹の中では、千歳は泳いでいる時が一番生き生きして見えるのだ。それを奪うなんてことはしない。それこそ、損失だ。
「なあ、どうしたら信じてくれる?」
「……夏樹は、俺と『番』になりたいんですか?」
真剣な夏樹の問いに、千歳は少し目をそらしながら返した。
「もちろん!最初に会った時も言っただろ?オレ達は『運命』だって!“諦めるつもりはない”って!」
これは、夏樹の中でずっと変わらないことだ。千歳を『番』にしたい。アルファとしての本能に根差した物だとしても、千歳を自分だけの物にしたくて仕方がないのだ。今首筋を差し出されたら、すぐ『番契約』することであろう。
「では、質問を変えます……夏樹は“なぜ”そうまでして俺と『番』になりたいんですか?」
「え……?なぜって……」
千歳から飛び出した思わぬ疑問に、夏樹は思考停止した。しかし、千歳の言葉は続く。
「今は抑制剤が進歩しているから、オメガも『ヒート』に煩わされずに暮らすことが出来ます。ネックガードも質が上がっているから、部外者がそうそう外せる物じゃありません。社会の仕組みも変わって来ていますから、必ずしもアルファの庇護下に入らなくても生きていけます。何より……『番契約』はオメガにとって一生物です。1回してしまえば、もう後戻りは出来ない。アルファと違って“やっぱりやめた”は出来ないんです」
「あ……」
千歳が言っていることは真理だ。アルファがオメガを逃がさない様に進化した仕組みなだけに、『番契約』はどうしてもアルファ優位に出来ている。昔、オメガの社会的地位が低く、アルファと番契約する以外『ヒート』を抑える術がなかった時代は、“それ”でよかったのかもしれない。しかし、今は医学や社会意識の進歩に伴い、諸々の問題は解消されつつある。敢えて指摘する者がいなかっただけで、オメガが背負いこむリスクは割に合わなくなって来ているのだ。
「“ベータの様に交際して、結婚する”……それじゃ、ダメなんですか?例え『番』としての契りを交わさなくても、共に在ることは出来ます。法律が繋がりを守ってくれます」
千歳が言っていることは正しい。論理的に考えるのなら、“ダメ”ではない。合理的に見るなら、寧ろ、それが最善だ。……しかし、それが感情的に受け入れられるかどうかは別物でもあった。
「(それでもオレは千歳と『番』になりたいんだ……!)」
これは夏樹のエゴだ。千歳を『番』にすることで、夏樹自身の証を刻みたいのだ。理性の部分で“千歳は物ではない”と分かっていても、本能の部分が所有欲を促して来る。“このオメガを己のモノにせよ”と……。正直、千歳が他のアルファのところへ行こうものなら、狂って死ぬかもしれない。相手のアルファを殺すかもしれない。アルファの衝動がこんなにも乱暴で恐ろしいとは思っていなかった。
だが、夏樹は、そんなことは間違っても口には出来なかった。ここでそれを口にすれば、これまで千歳を傷つけて来たアルファ達と同じに為り下がってしまう様な気がしたのだ。
「はぁ……」
黙り込んでしまった夏樹に、千歳は溜息を吐いた。そもそも、答えを“期待していなかった”のかもしれない。
「ただ1つ、言えることがあるのだとしたら、俺は“アルファに従属するだけのオメガ”にはなりたくない。俺が『番』に求める条件は1つ。“絶対的な庇護者”ではなく、“対等なパートナー”になってくれることです」
「パートナー?」
夏樹の口から言葉が零れた。
「はい」
千歳は頷くと、夏樹の顔を覗き込んだ。
「俺と『番』になりたいのなら、“誠意”を見せてください。『番契約』は対等じゃありません。『番契約』をした瞬間、オメガはアルファに自分の“人生”を……ひいては“命”を預けることになります。ならば、アルファもオメガに“全て”を懸けてください。その“覚悟”を見せて欲しい」
夏樹の胸が深く高鳴った。“好き”だとか、“守りたい”だとか、そんな感情だけでは足りない……もっと奥にある覚悟を突き付けられた様な気さえした。
固まる夏樹の目を真っ直ぐに見据えた千歳は、挑戦的な笑みを浮かべながら、言葉を重ねる。
「俺が欲しければ……“命を懸けて、かかって来い”」
「……っ!」
刃の切っ先を突き付ける様な……鋭い千歳の言葉に、夏樹は思わず息を呑んだ。目の前にいるはずなのに、千歳が遠い。
千歳の話を聞いた夏樹は、迷わずそう言った。話が正しければ、千歳に非があるとは思えない。オメガの社会進出を妨げる壁があることは話に聞いていたが、実際に聞くと、ここまで胸糞の悪い話だとは思わなかった。
「ありがとうございます。そう言って貰えるだけで嬉しいですよ」
千歳は静かに言った。
夏樹は、最初に会った時から感じていた千歳との距離感の正体がわかった気がした。これは『アルファ』を警戒していてもおかしくない。
「千歳はさ……『アルファ』が嫌い?」
「それは……」
千歳は、少し考えるそぶりを見せてから、言葉を続けた。
「正直、よくわかりません。悪い人ばかりではないのはわかっているんですが……もう、無条件に信じることは出来ないと思います」
「そっか……」
アルファの世界で戦うことを選んだ異色のオメガ“矢崎千歳”。
彼は戦いの中で“勝利”と“自由”の味を知った……だが、同時にアルファの“冷酷さ”も“傲慢さ”も知ってしまったのだ。
オメガがアルファに劣っていないのだと……アルファの庇護等なくとも歩いて行けるのだと……そして、アルファは絶対ではないのだと……一度知ってしまったオメガはもう“坐して守られる存在”には戻れない。
千歳は二度と、世間が求める“素直で従順なオメガ”にはなれないのだ。
いや、それは千歳にとって、人生の否定であり、心の死に等しい……戻ること等、出来るはずもない。
「オレは、そいつらみたいなことはしないよ」
これだけは夏樹でも誓える。千歳の過去に関しても、現場にいたらそいつらを(出来るかどうかは兎も角)殴ってやるところだ。
「『番』になっても、何も変わらない。千歳は千歳のやりたいことをやっていいよ。応援するからさ」
夏樹の中では、千歳は泳いでいる時が一番生き生きして見えるのだ。それを奪うなんてことはしない。それこそ、損失だ。
「なあ、どうしたら信じてくれる?」
「……夏樹は、俺と『番』になりたいんですか?」
真剣な夏樹の問いに、千歳は少し目をそらしながら返した。
「もちろん!最初に会った時も言っただろ?オレ達は『運命』だって!“諦めるつもりはない”って!」
これは、夏樹の中でずっと変わらないことだ。千歳を『番』にしたい。アルファとしての本能に根差した物だとしても、千歳を自分だけの物にしたくて仕方がないのだ。今首筋を差し出されたら、すぐ『番契約』することであろう。
「では、質問を変えます……夏樹は“なぜ”そうまでして俺と『番』になりたいんですか?」
「え……?なぜって……」
千歳から飛び出した思わぬ疑問に、夏樹は思考停止した。しかし、千歳の言葉は続く。
「今は抑制剤が進歩しているから、オメガも『ヒート』に煩わされずに暮らすことが出来ます。ネックガードも質が上がっているから、部外者がそうそう外せる物じゃありません。社会の仕組みも変わって来ていますから、必ずしもアルファの庇護下に入らなくても生きていけます。何より……『番契約』はオメガにとって一生物です。1回してしまえば、もう後戻りは出来ない。アルファと違って“やっぱりやめた”は出来ないんです」
「あ……」
千歳が言っていることは真理だ。アルファがオメガを逃がさない様に進化した仕組みなだけに、『番契約』はどうしてもアルファ優位に出来ている。昔、オメガの社会的地位が低く、アルファと番契約する以外『ヒート』を抑える術がなかった時代は、“それ”でよかったのかもしれない。しかし、今は医学や社会意識の進歩に伴い、諸々の問題は解消されつつある。敢えて指摘する者がいなかっただけで、オメガが背負いこむリスクは割に合わなくなって来ているのだ。
「“ベータの様に交際して、結婚する”……それじゃ、ダメなんですか?例え『番』としての契りを交わさなくても、共に在ることは出来ます。法律が繋がりを守ってくれます」
千歳が言っていることは正しい。論理的に考えるのなら、“ダメ”ではない。合理的に見るなら、寧ろ、それが最善だ。……しかし、それが感情的に受け入れられるかどうかは別物でもあった。
「(それでもオレは千歳と『番』になりたいんだ……!)」
これは夏樹のエゴだ。千歳を『番』にすることで、夏樹自身の証を刻みたいのだ。理性の部分で“千歳は物ではない”と分かっていても、本能の部分が所有欲を促して来る。“このオメガを己のモノにせよ”と……。正直、千歳が他のアルファのところへ行こうものなら、狂って死ぬかもしれない。相手のアルファを殺すかもしれない。アルファの衝動がこんなにも乱暴で恐ろしいとは思っていなかった。
だが、夏樹は、そんなことは間違っても口には出来なかった。ここでそれを口にすれば、これまで千歳を傷つけて来たアルファ達と同じに為り下がってしまう様な気がしたのだ。
「はぁ……」
黙り込んでしまった夏樹に、千歳は溜息を吐いた。そもそも、答えを“期待していなかった”のかもしれない。
「ただ1つ、言えることがあるのだとしたら、俺は“アルファに従属するだけのオメガ”にはなりたくない。俺が『番』に求める条件は1つ。“絶対的な庇護者”ではなく、“対等なパートナー”になってくれることです」
「パートナー?」
夏樹の口から言葉が零れた。
「はい」
千歳は頷くと、夏樹の顔を覗き込んだ。
「俺と『番』になりたいのなら、“誠意”を見せてください。『番契約』は対等じゃありません。『番契約』をした瞬間、オメガはアルファに自分の“人生”を……ひいては“命”を預けることになります。ならば、アルファもオメガに“全て”を懸けてください。その“覚悟”を見せて欲しい」
夏樹の胸が深く高鳴った。“好き”だとか、“守りたい”だとか、そんな感情だけでは足りない……もっと奥にある覚悟を突き付けられた様な気さえした。
固まる夏樹の目を真っ直ぐに見据えた千歳は、挑戦的な笑みを浮かべながら、言葉を重ねる。
「俺が欲しければ……“命を懸けて、かかって来い”」
「……っ!」
刃の切っ先を突き付ける様な……鋭い千歳の言葉に、夏樹は思わず息を呑んだ。目の前にいるはずなのに、千歳が遠い。
27
あなたにおすすめの小説
ジャスミン茶は、君のかおり
霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。
大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。
裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。
困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。
その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。
僕の追憶と運命の人-【消えない思い】スピンオフ
樹木緑
BL
【消えない思い】スピンオフ ーオメガバース
ーあの日の記憶がいつまでも僕を追いかけるー
消えない思いをまだ読んでおられない方は 、
続きではありませんが、消えない思いから読むことをお勧めします。
消えない思いで何時も番の居るΩに恋をしていた矢野浩二が
高校の後輩に初めての本気の恋をしてその恋に破れ、
それでもあきらめきれない中で、 自分の運命の番を探し求めるお話。
消えない思いに比べると、
更新はゆっくりになると思いますが、
またまた宜しくお願い致します。
三ヶ月だけの恋人
perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。
殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。
しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。
罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。
それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
【完結】番になれなくても
加賀ユカリ
BL
アルファに溺愛されるベータの話。
新木貴斗と天橋和樹は中学時代からの友人である。高校生となりアルファである貴斗とベータである和樹は、それぞれ別のクラスになったが、交流は続いていた。
和樹はこれまで貴斗から何度も告白されてきたが、その度に「自分はふさわしくない」と断ってきた。それでも貴斗からのアプローチは止まらなかった。
和樹が自分の気持ちに向き合おうとした時、二人の前に貴斗の運命の番が現れた──
新木貴斗(あらき たかと):アルファ。高校2年
天橋和樹(あまはし かずき):ベータ。高校2年
・オメガバースの独自設定があります
・ビッチング(ベータ→オメガ)はありません
・最終話まで執筆済みです(全12話)
・19時更新
※なろう、カクヨムにも掲載しています。
36.8℃
月波結
BL
高校2年生、音寧は繊細なΩ。幼馴染の秀一郎は文武両道のα。
ふたりは「番候補」として婚約を控えながら、音寧のフェロモンの影響で距離を保たなければならない。
近づけば香りが溢れ、ふたりの感情が揺れる。音寧のフェロモンは、バニラビーンズの甘い香りに例えられ、『運命の番』と言われる秀一郎の身体はそれに強く反応してしまう。
制度、家族、将来——すべてがふたりを結びつけようとする一方で、薬で抑えた想いは、触れられない手の間をすり抜けていく。
転校生の肇くんとの友情、婚約者候補としての葛藤、そして「待ってる」の一言が、ふたりの未来を静かに照らす。
36.8℃の微熱が続く日々の中で、ふたりは“運命”を選び取ることができるのか。
香りと距離、運命、そして選択の物語。
僕の目があなたを遠ざけてしまった
紫野楓
BL
受験に失敗して「一番バカの一高校」に入学した佐藤二葉。
人と目が合わせられず、元来病弱で体調は気持ちに振り回されがち。自分に後ろめたさを感じていて、人付き合いを避けるために前髪で目を覆って過ごしていた。医者になるのが夢で、熱心に勉強しているせいで周囲から「ガリ勉メデューサ」とからかわれ、いじめられている。
しかし、別クラスの同級生の北見耀士に「勉強を教えてほしい」と懇願される。彼は高校球児で、期末考査の成績次第で部活動停止になるという。
二葉は耀士の甲子園に行きたいという熱い夢を知って……?
______
BOOTHにて同人誌を頒布しています。(下記)
https://shinokaede.booth.pm/items/7444815
その後の短編を収録しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる