千年廻りー短編集ー

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架城兄妹

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 今から十六年前。あの日、確かにそこには皆居たのだ。架城家かしろけの当主だったあの男も。

 「あいつ餓鬼のくせに妙に大人びてやがって、いけ好かん」

 御所の廊下を歩きながらその男は言った。男の名前は架城彪かしろひゅう。架城家_の現当主だ。

 ひゅうが向けた視線の先にいたのは、貴族らに立ち話の相手をさせられていた泪蘭家るいらんけ当主の次男。十歳になったばかりだというのに落ち着き払った少年だ。つまらない貴族の話に笑顔で頷くその姿は、社交辞令を知っている大人そのものだ。

 この少年こそ、後に出家し泪蘭家の当主として絶大な権力を振るう胤我楼渦洛いんがろうからくである。

 「兄上…そうおっしゃいますな」

 彪の隣にいた弟、十八歳のりゅうは呆れたように応えた。 彪ひゅうはその言葉を聞くや否や嘲るように鼻で笑った。

 「俺は泪蘭家るいらんけの奴らとは仲良くやっていく気はないがな」

 彪の妙に自嘲めいた言葉に、流は沈黙した。流の返事も待たず、彪は話を続けた。

 「俺はこんな所でのうのうと生きてるだけの人生は真っ平御免なんだよ。この狭い塀の中で一生を終えるなんざ。俺は何かでかい事を一発してやりたいんだ」

 流はまだ沈黙している。そして、また同じことを言っている、と思った。

 彪は毎日のように、自分は何か一発してやりたいと言うのだ。それが何なのか、流には理解出来ないしそもそも彪は教えようとしなかった。 しょしてその発言の後、最後に彪は必ずこう言うのだ。しゅうの面倒ちゃんと見ろよ、と。

 流はこの言葉を聞く度に眉をひそめてしまう。まるで自分がいなくなるとでも言っているように思えたからだ。

 ふいに立ち止まった彪は、流の態度に意も介さず庭を見遣った。桜の花びらが風に乗せられて舞っている。

 「あと十何年もすれば、血気盛んな若い奴が政治の表舞台に立つ」

 彪は咲き乱れる桜を見ながら言った。

 「架城家かしろけにはお前、御載歌家みさいかけには留馬の坊ちゃん、泪蘭家るいらんけにはあの餓鬼がいる。どいつもこいつも餓鬼のくせにやたら頭がきれるときた。こいつらが当主になった時に権力争いが起こらないわけがない」

 彪の目はまるで未来を見透かしているようだった。

 「…俺は、権力争いなどする気はありません」

 流が彪に冷たく言うと、彪は口角を上げた。

 「巻き込まれる可能性もある」

 彪はそう言うと、歩き出した。 流は立ち止まったまま、その後ろ姿が小さくなるまでただただ見つめていた。

 その次の日だった。彪はいなくなった。 架城家の次期当主となる長男が突如いなくなり、朝廷内は騒然とした。 國を上げて捜索したものの、彪が見つかることはなかった。

 流は何も思わなかった。わかっていたのだ、彪がいつかいなくなることを。
 彪が何処にいったのか、そんなことまで流にはわからない。ただ、彪はそこで何かをするのだろうということだけは感じていた。

 「彪兄さんは、遠くへ行ってしまったの?」

 流の隣にいる、まだ十一歳の妹の秀が流に尋ねた。

 「…あぁ」

 流はぽつりと呟くように応え、庭を見た。 昨日彪と見た桜がはらはらと静かに舞っていた。
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