2 / 5
架城兄妹
しおりを挟む
今から十六年前。あの日、確かにそこには皆居たのだ。架城家の当主だったあの男も。
「あいつ餓鬼のくせに妙に大人びてやがって、いけ好かん」
御所の廊下を歩きながらその男は言った。男の名前は架城彪。架城家_の現当主だ。
彪が向けた視線の先にいたのは、貴族らに立ち話の相手をさせられていた泪蘭家当主の次男。十歳になったばかりだというのに落ち着き払った少年だ。つまらない貴族の話に笑顔で頷くその姿は、社交辞令を知っている大人そのものだ。
この少年こそ、後に出家し泪蘭家の当主として絶大な権力を振るう胤我楼渦洛である。
「兄上…そうおっしゃいますな」
彪の隣にいた弟、十八歳の流は呆れたように応えた。 彪はその言葉を聞くや否や嘲るように鼻で笑った。
「俺は泪蘭家の奴らとは仲良くやっていく気はないがな」
彪の妙に自嘲めいた言葉に、流は沈黙した。流の返事も待たず、彪は話を続けた。
「俺はこんな所でのうのうと生きてるだけの人生は真っ平御免なんだよ。この狭い塀の中で一生を終えるなんざ。俺は何かでかい事を一発してやりたいんだ」
流はまだ沈黙している。そして、また同じことを言っている、と思った。
彪は毎日のように、自分は何か一発してやりたいと言うのだ。それが何なのか、流には理解出来ないしそもそも彪は教えようとしなかった。 しょしてその発言の後、最後に彪は必ずこう言うのだ。秀の面倒ちゃんと見ろよ、と。
流はこの言葉を聞く度に眉をひそめてしまう。まるで自分がいなくなるとでも言っているように思えたからだ。
ふいに立ち止まった彪は、流の態度に意も介さず庭を見遣った。桜の花びらが風に乗せられて舞っている。
「あと十何年もすれば、血気盛んな若い奴が政治の表舞台に立つ」
彪は咲き乱れる桜を見ながら言った。
「架城家にはお前、御載歌家には留馬の坊ちゃん、泪蘭家にはあの餓鬼がいる。どいつもこいつも餓鬼のくせにやたら頭がきれるときた。こいつらが当主になった時に権力争いが起こらないわけがない」
彪の目はまるで未来を見透かしているようだった。
「…俺は、権力争いなどする気はありません」
流が彪に冷たく言うと、彪は口角を上げた。
「巻き込まれる可能性もある」
彪はそう言うと、歩き出した。 流は立ち止まったまま、その後ろ姿が小さくなるまでただただ見つめていた。
その次の日だった。彪はいなくなった。 架城家の次期当主となる長男が突如いなくなり、朝廷内は騒然とした。 國を上げて捜索したものの、彪が見つかることはなかった。
流は何も思わなかった。わかっていたのだ、彪がいつかいなくなることを。
彪が何処にいったのか、そんなことまで流にはわからない。ただ、彪はそこで何かをするのだろうということだけは感じていた。
「彪兄さんは、遠くへ行ってしまったの?」
流の隣にいる、まだ十一歳の妹の秀が流に尋ねた。
「…あぁ」
流はぽつりと呟くように応え、庭を見た。 昨日彪と見た桜がはらはらと静かに舞っていた。
「あいつ餓鬼のくせに妙に大人びてやがって、いけ好かん」
御所の廊下を歩きながらその男は言った。男の名前は架城彪。架城家_の現当主だ。
彪が向けた視線の先にいたのは、貴族らに立ち話の相手をさせられていた泪蘭家当主の次男。十歳になったばかりだというのに落ち着き払った少年だ。つまらない貴族の話に笑顔で頷くその姿は、社交辞令を知っている大人そのものだ。
この少年こそ、後に出家し泪蘭家の当主として絶大な権力を振るう胤我楼渦洛である。
「兄上…そうおっしゃいますな」
彪の隣にいた弟、十八歳の流は呆れたように応えた。 彪はその言葉を聞くや否や嘲るように鼻で笑った。
「俺は泪蘭家の奴らとは仲良くやっていく気はないがな」
彪の妙に自嘲めいた言葉に、流は沈黙した。流の返事も待たず、彪は話を続けた。
「俺はこんな所でのうのうと生きてるだけの人生は真っ平御免なんだよ。この狭い塀の中で一生を終えるなんざ。俺は何かでかい事を一発してやりたいんだ」
流はまだ沈黙している。そして、また同じことを言っている、と思った。
彪は毎日のように、自分は何か一発してやりたいと言うのだ。それが何なのか、流には理解出来ないしそもそも彪は教えようとしなかった。 しょしてその発言の後、最後に彪は必ずこう言うのだ。秀の面倒ちゃんと見ろよ、と。
流はこの言葉を聞く度に眉をひそめてしまう。まるで自分がいなくなるとでも言っているように思えたからだ。
ふいに立ち止まった彪は、流の態度に意も介さず庭を見遣った。桜の花びらが風に乗せられて舞っている。
「あと十何年もすれば、血気盛んな若い奴が政治の表舞台に立つ」
彪は咲き乱れる桜を見ながら言った。
「架城家にはお前、御載歌家には留馬の坊ちゃん、泪蘭家にはあの餓鬼がいる。どいつもこいつも餓鬼のくせにやたら頭がきれるときた。こいつらが当主になった時に権力争いが起こらないわけがない」
彪の目はまるで未来を見透かしているようだった。
「…俺は、権力争いなどする気はありません」
流が彪に冷たく言うと、彪は口角を上げた。
「巻き込まれる可能性もある」
彪はそう言うと、歩き出した。 流は立ち止まったまま、その後ろ姿が小さくなるまでただただ見つめていた。
その次の日だった。彪はいなくなった。 架城家の次期当主となる長男が突如いなくなり、朝廷内は騒然とした。 國を上げて捜索したものの、彪が見つかることはなかった。
流は何も思わなかった。わかっていたのだ、彪がいつかいなくなることを。
彪が何処にいったのか、そんなことまで流にはわからない。ただ、彪はそこで何かをするのだろうということだけは感じていた。
「彪兄さんは、遠くへ行ってしまったの?」
流の隣にいる、まだ十一歳の妹の秀が流に尋ねた。
「…あぁ」
流はぽつりと呟くように応え、庭を見た。 昨日彪と見た桜がはらはらと静かに舞っていた。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
行き場を失った恋の終わらせ方
当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」
自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。
避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。
しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……
恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。
※他のサイトにも重複投稿しています。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる