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しおりを挟む「君が疲れているのに余計な時間を取らせてしまった。無駄話はおしまいにしよう」
「それでは、わたしは食後のお茶のご用意を急ぎます」
「ああ、頼む」
まばたき一つする間にクレアがさっといなくなり、ユージーンが食卓に向き直った。
「さあ、早く食べよう」
「は、はい」
な、なんだったんだ今の。
ぎくしゃくしながら食卓に向き直ると、周りの使用人たちもぎこちなく仕事に戻り始めた。
『ほっ』と分かりやすく溜め息をつく人もいれば、首を傾げながら不思議そうに食堂を出て行く人もいて、みんな自分と同じ気持ちだったんだと分かる。
この変わり身の早さが気になる僕がおかしいのかと思った。
「ユージーンさん、クレアと仲がよくないんですか……?」
おそるおそる訊ねてみると、彼は膝にナプキンを置きながら答えた。
「ううん、良いよ」
「いい!?」
それだけはなくない!? 今のやりとり見て「仲がよろしいことで」って思える人いなくない!?
あわあわしながら、僕も震える手でナプキンを広げた。失敗してくしゃくしゃになってしまう。
どうやって畳めばいいんだろう。
そもそもテーブルマナーなんて分からないんだけど、と焦っていると、すっと手が伸びてきて布を整えてくれた。
「君がここに来るまでは、あの子をいじめて遊んでいた。あれでも暇つぶしにはなる」
「い、いじめ……遊ん……」
さらりと言ってのけた彼は、最後にぽんぽんと僕の腿を叩いてナプキンの皺を伸ばしてくれた。
「本当にクレアのこと嫌いじゃないんですか?」
「少なからず好意がなければ、無駄な会話をしようとも思わないからね」
それって、向こうも同じ考えなのかな……?
違う気がする、と今までクレアから聞いた話を思い出す。拾ってくれた恩はあるって言ってたけど、どう見ても嫌われてるような……。いや、それは心の中に留めておこう。
「僕とクレアのことが気になる?」
ユージーンに訊かれて、うーんと首を捻る。
「というか……僕と話すときとは、全然違ったから」
「それはそうだろうね。君が特別なんだよ」
ユージーンの表情はあまり変化しない。
その代わり、放つ雰囲気はわりとコロコロ変わる気がする。
ほわ、と温かい空気が周りに広がって、さっきの極寒地帯との温度差で風邪を引きそうになりながら出された食事に手をつけた。
体力を消耗したあとでフルコースはきついだろうから、と、用意してもらったのは。
「カナン、オムライス美味しい?」
「はい! すっごく……!」
「そう」
ケチャップライスにとろとろ卵がかけられた、オムライスだった。
ひとくち口に入れて味わった瞬間、全身が総毛立つ。売られる前に、実家でお母さんに作ってもらってたオムライス。一番の好物だった。
「あたたかい……おいしい、です」
「食べたいものがあれば、いくらでも出してあげる。遠慮なく希望を出して。ここは君の家なんだから」
ユージーンは食事中にもかいがいしく世話を焼いてくれて、なんだか小さい子供に戻ったみたいで気恥ずかしかった。
「あ。口にケチャップついてる」
「え? わ、わぷっ」
ナプキンで口を拭いてくれたり、デザートで出てきたチョコレートケーキを食べる前にナイフで切り分けてくれたり。ケーキ、一人分なのに。
「ユージーン、僕ひとりで食べられるから……一口サイズにまで切ってくれなくても」
「いいの。僕がやりたいんだ」
使用人たちの視線がビシバシ刺さるのを感じて、気まずさからコップの水を一気に飲めば、その間にお給仕さんに水のおかわりを頼まれている。
辺境伯様ってそんなことやる必要あるんだろうか。
「カナン、食後にはコーヒーがいい? 紅茶にする?」
ケーキが終盤までくると今度はそう訊かれた。
「紅茶がいいです」
「砂糖とミルクは」
「両方入れてもらえたら……苦いのはあまり欲しくないんです。僕、甘いのが好きみたいで」
みたいで、なんて言い方をしたのは、今まではそれを自覚するほど砂糖を摂ってなかったからだ。奴隷館では嗜好品は上位者のもので、下等オメガに甘いものが行き渡ることなんてまずなかった。
ケーキも、たっぷりの牛乳と砂糖が入った紅茶も素晴らしい。甘くて柔らかくて、優しい味だ。
ユスラ国に来て、ユージーンに与えられて初めて知った糖分の魅力は、僕をとらえて離さない。
「じゃあ、とびきり甘くしてあげよう。すべて、君の望むままに」
ユージーン自身と同じように。
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