氷血辺境伯の溺愛オメガ

ちんすこう

文字の大きさ
42 / 65

13

しおりを挟む

 ダチュラ製の首輪は、そう簡単には壊れない。なのに、象牙色の犬歯でかじられていると、鉄越しに首を噛まれているような恐怖があった。

 ――なんでこんなことに。

 とっさにユージーンを探して会場を見たけれど、人が多くてどこにいるか分からなかった。

「やめて、ください……っ!」

 必死に押しのけようとしても胸板は厚く、むしろより強く抱き締められるだけで太刀打ちできなかった。

「辺境伯は慣れない君を気遣ってここに置いていったんだろうが、過保護すぎるのも考えものだな」

 耳元に唇を寄せてきて、少佐は笑い混じりに囁く。

「小鳥を籠に閉じ込めて、ひとり占めしたつもりでいても、何かのはずみで籠の鍵が開いて他人に侵されることもある。君をこうして奪えるのは僥倖だな」

 酷薄な微笑みを浮かべた唇が、すぐそばに迫る。

「い、や……っ」
「ああ、そう抵抗しないでくれ。興奮する」
「ヒィッ!」

 へ、へんたい。この人ぜんぜん話通じない、変態さんだ……!
 唇が触れそうなほど距離を詰められたところで、低い声が囁いた。

「嫌か?」
「絶対に、嫌、ですっ」

 彼はフッと鼻で笑って、美しい顔を歪めた。

「君はリベラ卿に惚れているのか?」
「え……」

 どきりとするような問いかけをして、そのまま話し続ける。

「私は家同士の交流や、軍学校でともに学んだ由来で、卿とは浅からぬ縁がある。彼をよく知る私から、善意で君にアドバイスをしておくが――ユージーンと付き合うなら、並大抵の気持ちでは後悔することになるぞ」

 ふざけた表情とは裏腹に、その声は真剣そのものだった。まさか、この話をするのが目的で……?

「どういう意味ですか」
「カナン、君はまだ知らないのかな。あの家で獣人のアルファに生まれるということが、一体どういうことなのか。リベラ家の者があの男に何をさせたのか」

 頭が混乱する。言われている言葉は分かっても、内容がまるで理解できない。ウォールデンは僕の困惑を無視して、一方的に喋り続けた。


「ユージーン・リベラが『氷血辺境伯』と呼ばれるようになった所以を」


 冷え切った瞳が僕を見つめる。
 その片目を見つめ返して、どこか北斗の左目と色が似ている、と思った。

「僕は……何も知りません。教えてくれませんか? ウォールデンさん」

 立場も忘れて訊ねると、瞳が半月型に細められた。

「私が話してやってもいいが……それは辺境伯に恨まれるだろうな。彼本人か、リベラ邸の者に訊いてみるといい」
「お屋敷の人に、ですか」
「彼らも当事者だ。あるいは、あのリベラ卿が拾ってきたおもちゃ、もといメイド少年にな」

 クレア。
 あの子もユージーンの秘密を知っているんだ。

 どっちかに話を聞いてみようか、と考えたとき、僕を抱いていた少佐がほっぺたにキスしてきた。

「ぎゃっ!?」

 悲鳴を上げると、少佐は心底楽しそうに笑いながらやっと身体を離した。

「色々と親切にヒントをやったのだから、これくらいは褒美に貰っていいだろう。秘密も明かして欲しいなら、今度は唇にするがな」
「いっいいです! 遠慮します!」

 ハッハッハ、と人を喰った笑い声をあげていた少佐が、いきなり視界から消えた。

「えっ」

 ドンッ、と鈍い音が聞こえたと同時に、「ハ」と笑い声の残像みたいなものが隣から聞こえてくる。

「失せろ、クズ野郎」

 その直後に別の声が響いて、肩を抱き寄せられた。

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

番に囲われ逃げられない

ネコフク
BL
高校の入学と同時に入寮した部屋へ一歩踏み出したら目の前に笑顔の綺麗な同室人がいてあれよあれよという間にベッドへ押し倒され即挿入!俺Ωなのに同室人で学校の理事長の息子である颯人と一緒にα寮で生活する事に。「ヒートが来たら噛むから」と宣言され有言実行され番に。そんなヤベェ奴に捕まったΩとヤベェαのちょっとしたお話。 結局現状を受け入れている受けとどこまでも囲い込もうとする攻めです。オメガバース。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

処理中です...