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しおりを挟むダチュラ製の首輪は、そう簡単には壊れない。なのに、象牙色の犬歯でかじられていると、鉄越しに首を噛まれているような恐怖があった。
――なんでこんなことに。
とっさにユージーンを探して会場を見たけれど、人が多くてどこにいるか分からなかった。
「やめて、ください……っ!」
必死に押しのけようとしても胸板は厚く、むしろより強く抱き締められるだけで太刀打ちできなかった。
「辺境伯は慣れない君を気遣ってここに置いていったんだろうが、過保護すぎるのも考えものだな」
耳元に唇を寄せてきて、少佐は笑い混じりに囁く。
「小鳥を籠に閉じ込めて、ひとり占めしたつもりでいても、何かのはずみで籠の鍵が開いて他人に侵されることもある。君をこうして奪えるのは僥倖だな」
酷薄な微笑みを浮かべた唇が、すぐそばに迫る。
「い、や……っ」
「ああ、そう抵抗しないでくれ。興奮する」
「ヒィッ!」
へ、へんたい。この人ぜんぜん話通じない、変態さんだ……!
唇が触れそうなほど距離を詰められたところで、低い声が囁いた。
「嫌か?」
「絶対に、嫌、ですっ」
彼はフッと鼻で笑って、美しい顔を歪めた。
「君はリベラ卿に惚れているのか?」
「え……」
どきりとするような問いかけをして、そのまま話し続ける。
「私は家同士の交流や、軍学校でともに学んだ由来で、卿とは浅からぬ縁がある。彼をよく知る私から、善意で君にアドバイスをしておくが――ユージーンと付き合うなら、並大抵の気持ちでは後悔することになるぞ」
ふざけた表情とは裏腹に、その声は真剣そのものだった。まさか、この話をするのが目的で……?
「どういう意味ですか」
「カナン、君はまだ知らないのかな。あの家で獣人のアルファに生まれるということが、一体どういうことなのか。リベラ家の者があの男に何をさせたのか」
頭が混乱する。言われている言葉は分かっても、内容がまるで理解できない。ウォールデンは僕の困惑を無視して、一方的に喋り続けた。
「ユージーン・リベラが『氷血辺境伯』と呼ばれるようになった所以を」
冷え切った瞳が僕を見つめる。
その片目を見つめ返して、どこか北斗の左目と色が似ている、と思った。
「僕は……何も知りません。教えてくれませんか? ウォールデンさん」
立場も忘れて訊ねると、瞳が半月型に細められた。
「私が話してやってもいいが……それは辺境伯に恨まれるだろうな。彼本人か、リベラ邸の者に訊いてみるといい」
「お屋敷の人に、ですか」
「彼らも当事者だ。あるいは、あのリベラ卿が拾ってきたおもちゃ、もといメイド少年にな」
クレア。
あの子もユージーンの秘密を知っているんだ。
どっちかに話を聞いてみようか、と考えたとき、僕を抱いていた少佐がほっぺたにキスしてきた。
「ぎゃっ!?」
悲鳴を上げると、少佐は心底楽しそうに笑いながらやっと身体を離した。
「色々と親切にヒントをやったのだから、これくらいは褒美に貰っていいだろう。秘密も明かして欲しいなら、今度は唇にするがな」
「いっいいです! 遠慮します!」
ハッハッハ、と人を喰った笑い声をあげていた少佐が、いきなり視界から消えた。
「えっ」
ドンッ、と鈍い音が聞こえたと同時に、「ハ」と笑い声の残像みたいなものが隣から聞こえてくる。
「失せろ、クズ野郎」
その直後に別の声が響いて、肩を抱き寄せられた。
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