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【最終話:灰簾石と永遠の誓い】
しおりを挟む波乱の舞踏会の翌日、僕たちはリベラ邸に帰宅した。
会場を出た直後ほどの気まずさはなくなったけど、帰りの車ではほとんど口をきかなかった。
――それから、一週間。
ジギタリスの間で、ユスラ国の歴史の教科書を読んでいた僕は、本を置いて窓の外を眺めた。
「いい天気だな……」
日が当たるように置かれた机の上で、ぼそっと呟く。
十二歳で教育を中断された僕に、ユージーンは家庭教師をつけてくれた。国や世界のことが分かる本も色々買い与えてくれて、課題を解いたり、その本を読んだりするので一日の時間は潰れる。
人に言えば外を散歩させてもらえるし、なにも不自由はしていない……はずなのに。
「はぁ……」
こんなに気分が晴れないのは、あれからいっさいユージーンと触れ合っていないからだ。
北斗と抱き合っているところを見られてしまった僕は、先祖返りで狼化した彼に手酷く抱き潰された。
と言っても、ユージーンはけっして正気を失わずに、僕の意思を尊重し続けてくれていた。
だから、ほぼ同意でされたことなのに……ユージーンは落ち込んでいるように見えた。
そもそも、僕がはっきりしないからあの人を不安にさせてしまってるんだろうか?
手が無意識のうちに冷たい首枷に触れていた。
ユージーンを愛すると断言することは、この下の項を彼に噛ませることを意味する。
オメガにとって、そこは生涯でただ一人にしか捧げられない場所。
ユージーンは僕を運命の番だと確信している様子だった。でも、僕にはまだそこまで信じきれるような、自分の番はユージーンしかいないと言いきれるような確証がなかった。
向こうが想ってくれているほど、僕はあの人のことを愛せるのか。
「ああ、駄目だ!」
部屋で一人でくよくよ考え込んでいても答えなんて出ない。
気持ちを切り替えて、外でも歩いてみよう。
◇
屋敷を出るなら誰かに声をかけたほうがいいかもしれない。
そう思って辺りを見渡してみたけれど、ジギタリスを出て一階に降りる間に誰ともすれ違わなかった。
そういえば今日は遠方からお客様が来ると言っていたから、そっちにかかりきりなんだろう。
――少し探してみよう。
「大っきいなぁ……」
いつもは私室と浴場、食堂を行き来するくらいで、広い範囲を一人で歩き回ったのは今日が初めてだった。
階段を降りて正面が玄関。そこから振り返ると、左右に通路が分かれている。
僕は一瞬迷ってから、右側の廊下を進むことにした。
たしかこっち側に応接室があったはずだから、ユージーンはそこでお客さんの相手をしてるんだろう。使用人たちもそこに集中しているはずだから、こっちに行けばきっと誰かに会える。
そう思って歩き始めたとき、バンッ! と勢いよく奥の扉が開いて、男の人が飛び出してきた。
「え!?」
「――っ!? 危な……っ!」
向こうはろくに前を見てなくて、直前まで僕に気付いていなかった。お互いが避けようとしたときにはもう遅く、僕を下敷きにして二人ともこけてしまう。
「うわあ! い、痛っ」
「ああ、すみません! 本当にすみません!」
慌てて飛び起きた彼は、整った顔立ちをしていた。短い白茶の髪に、アメジスト色の変わった瞳をしている。
その顔が、僕の首元を見るなり顰められた。
「あんた、オメガかよ」
「うん……? 君もじゃないの? その首輪……」
言いながら、『あれ?』と思った。
顰めっ面の彼の首には、僕と同じ鋼鉄の首輪ががっちりと嵌められている。
だけど、ユスラ国のオメガはみんなファッション性の高い、柔らかそうな材質の首輪をしているはずだ。こんないかにも奴隷用の物は身に着けていない。
しかも。
「その紋章……ダチュラの国章だよね?」
「…………っ」
首輪のまんなかには、ダチュラの花の模様が刻まれていた。
「なんで君が――」
訊ねようとしたとき、開け放たれた扉からロウ執事長とユージーンが出てきた。二人とも驚いた顔で僕を見ている。
そのさらに後ろから、でっぷりと太ったお腹のでかい男が出てきた。
男を見た瞬間。
ひゅ、と喉から変な空気が漏れた。
「いやあ、ウチの奴隷が粗相をしましてすみませんね! 辺境伯様!」
酒焼けしたしゃがれ声。禿げ頭の前髪だけが不自然に残ったその不快な顔は……。
「領主、さま?」
「ん?」
接待用のわざとらしい笑みを浮かべていた顔が、こっちを向く。タヌキのような目が丸くなった。
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