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しおりを挟む僕たちは森を出て、お屋敷には戻らず脇道を歩いていった。
置いてきたユージーンのことが気になったけど、今はクレアが話してくれるという秘密のほうが気になる。
「本当はユージーンが自分で伝えるのがいいんだろうけど、あいつは自分語りなんて慣れてないだろうからな。概要はオレが話しましょう」
そう言って大股に進んでいったクレアは、森とお屋敷の中間くらいに建てられた小屋の前に立った。
小屋、といっても十分すぎるくらい立派な家屋だ。
そこまで連れて行かれ、鉄製の古びた扉の前に立った僕は、隣に立つ彼に訊いた。
「ここは……?」
扉には何重にも鎖が巻かれて南京錠が取りつけられていた。今は使われてないようだ。
灰色の石レンガを積み重ねた壁にはいくつか窓があったけれど、どれも板で塞がれ、家の中は見えない。
高級感のある離れなのに、陽もろくに当たらない、どこか陰惨な建物だった。
「見た目は綺麗なもんでしょ。だけど中身は生易しいもんじゃない……ここはね、代々のリベラ当主が監禁されてきた――子作り部屋なんです」
「子作り部屋……?」
クレアは固い表情で家を見つめていた。
「リベラ家の血筋に生まれたアルファは、先祖返りを起こすことがあります。それは知ってますか?」
「ユージーンが変身したところは何度か見たことがあるよ」
「そうですか」
クレアは頷きながら、スカートのポケットに手を突っ込む。鍵の束を取り出して、その中の古びた鍵を南京錠の穴にセットした。
「ダチュラでも、獣人の姿になれるアルファは珍しいでしょう?」
少なくとも僕はユージーンに出逢うまで獣人を見たことはなかった。
「うん、ほとんど伝説みたいな話だよ。だから初めてユージーンのあの姿を見たときはびっくりした」
「獣人はレアなだけじゃなく、戦力も甚大です。今の平和なユスラではあまり意識されないが、戦争が起こったときは獣人が一人いるだけで戦況ががらりと変わる」
「戦力……」
「有事の際にはね。単純に普通のアルファより知能が高いっていうのも言われてますが――それだけ優秀で、残すべき遺伝子とされているんです。
そして優れた獣人アルファの血をもっとも濃く子供に継がせることができるのは、オメガの母体」
そう言って、クレアは僕のほうをちらりと見た。
「ついてこられてますか?」
「う、うん。なんとか。リベラ一族はめずらしくて価値のある獣人アルファが生まれる家系で、みんなその遺伝子を保存するのを大切にしてる……ってことだよね? でも、子作り部屋っていうのは……」
続きを口にしようとして、絶句した。
ちょうど、ガチャリと南京錠が開いて鎖が解かれる。
クレアは鎖を地面に置いて、両開きの玄関を勢いよく開けた。
「そう。カナン様の考えている通りだと思いますよ」
「な……なに、これ」
真っ暗な部屋に、外の光が射しこむ。
チラチラと光る埃の中にあったのは、ひとつの大きなベッドだった。奥のほうに扉がひとつある以外には、他に何もない。
「こんな露骨な部屋……」
「この小屋、人目につかない場所にあって、窓は塞がれてるでしょ。取り繕う必要がないんですよ」
クレアは淡々と言う。表情がないので何を考えているのか分からなかった。
「リベラ家に生まれた獣人アルファは、次の跡取りになれる獣人が生まれるまで、ここでオメガとセックスし続けます。効率的に子作りを進めるために、正式な妻がいても妾をたくさん用意したり、独身でも大量の愛人を囲ったりしてとにかく性交をするんです」
「そんな、めちゃくちゃな……」
そこにユージーンの意志は?
……あるわけがない。
「そして、獣人アルファが生まれやすい家系でも受精率は一万分の一とされてますから、跡取りは一代に一人作るのがやっとです。その貴重な子が病気や事故で子孫を遺す前に死んだら大変ですから――無数のオメガとの子作りは、跡取りが精通した直後の十二、三歳からスタートする。
ユージーンは、あの人に子種がないと分かるまで十年間、ここで過ごしました」
僕もクレアも部屋の中に入ろうとはしなかった。室内にはもうなんの痕跡も残っていないのに、重い空気が漂っている。
「そこまでする家が……子供を作れないからって、ユージーンを解放したの?」
「いいや。正確には彼の父親、先代リベラ当主が亡くなるまで続きました。跡を継いだユージーンが『リベラ家は自分の代で閉じる』と宣言して、それでようやく終わったんです」
クレアは言って、長いまつ毛を伏せた。
「オレも見たことがあります。オレが引き取られたのは先代が亡くなる直前だったから、その一度きりだったけど。そのときに見たのが、たぶんカナン様が会った紫色の瞳をしたオメガでした」
「本当に?」
「めずらしい見た目だったし、あいつのことでしょうね。でも、間違いなく狂言だと思うよ。父親違いの子をわざと『ユージーンに孕まされた』って言ってる」
「よくあるって言ったよね……」
クレアは頷き、溜め息をついた。
「先代は、ユージーンの跡取りを作るために手当たり次第オメガをあてがいたかった。ですが、オメガはアルファ同様数が少ない。そのうえ、ユスラ人のオメガは人権も保障されてるから、そうそう子作り要員になんてできなかった。
困った先代は、当時の執事長と結託して、ダチュラ国の娼館からオメガを呼び寄せることがあったんです。それでユージーンと寝たダチュラ人のオメガは、あいつの子を妊娠したってことにすれば、国を出られると思ったんでしょう」
――勝手だ。
「みんな、身勝手すぎるよ……。子孫を遺したいとか、自由になりたいとか……みんな、自分のためにユージーンを利用することしか考えてないじゃないか」
そんな話があっていいのか。
まだ体が未熟なころから、ただ繁殖のためだけに好きでもない人間たちと交わらされて。
毎日、延々と望まない性行為を続けるなんてどんな地獄なんだろう。
用途が明白なベッドだけが置かれた部屋にぞっとした。
誰もユージーンをユージーンとして見てなかった?
周りが求めてたのは、獣人アルファの血と、ユスラの貴族家の跡取りっていう肩書きだけ。
あの人が受けてきた仕打ちは、僕たちオメガと同じだ。
「ユージーンが、君以外の使用人を信用してないのは……」
震える声で尋ねると、クレアは頭の後ろで両手を組んだ。
「あいつらも皆グルだったからです。どいつもこいつも、ユージーンが軟禁状態で犯され続けてることを知っていながら、黙って見ないふりをしていた」
「ユージーンは、自分にそんなことをさせた人たちを訴えたりしなかったの?」
「リベラ家っていうのは、ユスラ建国に貢献した偉大な一族です。法律に守られることはあっても、裁かれることはまずない。訴えても揉み消される」
僕は自分で訊いておきながら、納得していた。
弱い立場の人間は声を上げるのすら難しいってことは、オメガである自分がよく知っている。
「だから先代が亡くなって権力があいつに移ったあとは、きちんと報復してましたよ。ユージーンは当時の執事長をクビにして、他も、あいつの子作りを先導した使用人は全員屋敷から追い出した。ロウ執事長は主が替わるやいなや、真っ先にユージーンに謝ったけど……それは保身のためだろうな。あいつもそれは気付いてただろうが、屋敷の運営が分かる人間を急に全員辞めさせるのは難しい」
ユージーンはリベラ家を維持するため。使用人たちは食い扶持を守るため。それぞれの目的のために一緒に住んでいるだけなんだ。
どうして使用人とユージーンの間に溝があるのか、やっと分かった。
「クレアと出会うまで、誰がユージーンに寄り添ってあげてたんだろう……」
ぼそりと呟くと、クレアは唇を曲げてベンチにもたれかかった。
「そんな存在はいなかったんでしょう。屋敷の外の人間たちだって、リベラ家の“伝統”の噂を聞いていながら、誰もあいつに手を差し伸べなかった。それで人当たりのいい人間に育つほうがおかしいよ」
――ユージーンが『氷血辺境伯』と呼ばれるようになった理由。
ウォールデンの言葉が、脳内を駆け巡っていた。
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