オネエとヤクザ

ちんすこう

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第三章:ボロアパートとワンピースと“アタシ”

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 「あ、えっ? えっ……なんで?」

 『いるの?』という言葉までは声にならなかったものの、ママには伝わった。

 「あー、ちょっとさぁ。お店の設備がトラブっちゃったらしくて。今日は営業できないから帰れって言われたから」

 まだアルコールも入っていないので、ママはけろりとしている。

 めずらしくネギや人参や、食材がたくさん入ったレジ袋を二つ手に提げていた。それを床に置いて、襖にもたれかかった。呆然と立ちつくすアタシ。

 「あんた、学校は?」

 「お、終わった……」

 「そ」

 頭が混乱して、何か言わなきゃいけない焦燥感に駆られる。

 「あっ、あの、ごめんなさい。ママの服と口紅、勝手に使っちゃった……」

 ワンピースの裾を握り締めて、唇を引き結んだ。
 小学校低学年でも、自分のしていることが変だっていうのは分かっている。

 「ごめんなさい……」

 俯いて、もう一度繰り返す。
 そのまま顔も上げられず黙っていると、ママがアタシの前に立った。

 「美冬」

 びくっと体を竦める。

――怒られる。
 『なんであんたがそんな格好してるの』って、
 『男の子のくせにおかしいでしょ』って、怒られる……。

 「可愛いじゃん」

 だけど、かけられたのは――予想よりずっとずっと、柔らかい声だった。

 「……え」

 頭を撫でられる。
 驚いて顔を上げると、ママは微笑んでいた。
 柔らかい手が、結んだ髪を乱さないようにアタシの頭のてっぺんをぽんぽん叩く。それから何事もなかったように「ご飯作るよ」と言って、踵を返した。

 「ママっ」

 『怒らないの?』と訊こうとしたアタシに、ママは茶目っ気のある笑顔を浮かべて、ワンピースを指差した。

 「それ、あげる」

 「いいの!?」

 「だって、あたしより似合ってるんだもん。あんた」

 勝手に服や化粧品を借りたことを怒られもしなければ、女の子の格好をしていることを否定されることもなかった。

 似合ってる。ママより似合ってる、だって。

 アタシは、この上ないくらい嬉しくて、顔を綻ばせた。
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