139 / 191
第四章:The Catcher in the "Lie"
4−9
しおりを挟む
コツ、と靴を鳴らして男が前方に回ってくると、そのやたら整った顔が浮かび上がった。
下を向いている懐中電灯が床全体を照らし、装飾過多な紺のスーツを浮き彫りにする。
その様はどう見ても『歌舞伎町のカリスマホスト・遥斗』で、鳳凰組と並んで東京を牛耳るヤクザ『彩極組の若頭の水無月春悟』にはとても見えない。
「やはり、僕の素性は知られてしまっているようですね。あの時のオネエさん――じゃなく、鳳凰組の師走伊吹さん」
にこりと微笑む彼は愛想がよく、ホストらしい。
「テメェ、若作りが相当にうまいらしいな。ホントはいくつだよ」
見た目年齢はせいぜい二十代半ばだが、さすがにその年であの規模の組の若頭を張ることは難しい。
本当は伊吹よりも年上じゃないかと踏んだが、水無月は答えることなく微笑を浮かべるだけだった。
「実のところ、こちらに無駄話をする余裕はないんです。ですから、簡潔に尋ねます。
――僕のことを知っているのは誰です?
誰が、どこまで知っている?」
「答えると思うか?」
鼻で笑うと、作り物めいた笑みがふっと消えた。
「僕はね、荒事は好きじゃないんです」
伊吹の顎を掴んで上向かせる。ひたりと頬に冷たい感触が当たって、伊吹はひそかに唾を飲み込んだ。
視界の外に銀色の鈍い光がある。
それを認めた瞬間、頬に鋭い痛みが走ったが、眉を一つ動かしただけで声は上げなかった。
「痛みには強そうだな。コレはやめましょう。こっちの気分も悪いし」
血が付着したナイフを床に放って、水無月はつまらなそうに言う。
「お前、アキを利用したな」
伊吹が口を開く。
すると意外そうに見られて無性に腹が立った。
「アキ? ――ああ、あのホモの子」
――自分は、元からそう気の長い方ではない。
商売敵や舎弟にキレ散らかすのもしょっちゅうだし、特に狗山にはその尻拭いをさせて面倒をかけている自覚もある。
けれど、脳の血管が沸き立つような怒りを感じたのは、数年ぶりだった。
「てめえ……」
低く声を絞り出す伊吹に対して、水無月は鷹揚な口ぶりで応える。
「意外だな。あの子と付き合いがあったんですか?
貴方は『ああいうの』、嫌いなタイプの方だと思っていましたが。
ああ、そういえばこないだも別のオカマさんと一緒でしたっけ? もしかしてそういうご趣味で?」
伊吹自身を侮辱されるのは腹が立つ。
だがアキや如月までコケにされるのは、その五倍苛ついた。
「テメエ、アキと付き合ってるんじゃねえのか」
「はい?」
「自分の女をそういう風に言うのかよ」
そのとき男が見せたのは、『何の話をしているのか分からない』とでも言いたげな表情だった。
煽りなどではなく、心底伊吹の言葉の意味がわからないという顔だ。
下を向いている懐中電灯が床全体を照らし、装飾過多な紺のスーツを浮き彫りにする。
その様はどう見ても『歌舞伎町のカリスマホスト・遥斗』で、鳳凰組と並んで東京を牛耳るヤクザ『彩極組の若頭の水無月春悟』にはとても見えない。
「やはり、僕の素性は知られてしまっているようですね。あの時のオネエさん――じゃなく、鳳凰組の師走伊吹さん」
にこりと微笑む彼は愛想がよく、ホストらしい。
「テメェ、若作りが相当にうまいらしいな。ホントはいくつだよ」
見た目年齢はせいぜい二十代半ばだが、さすがにその年であの規模の組の若頭を張ることは難しい。
本当は伊吹よりも年上じゃないかと踏んだが、水無月は答えることなく微笑を浮かべるだけだった。
「実のところ、こちらに無駄話をする余裕はないんです。ですから、簡潔に尋ねます。
――僕のことを知っているのは誰です?
誰が、どこまで知っている?」
「答えると思うか?」
鼻で笑うと、作り物めいた笑みがふっと消えた。
「僕はね、荒事は好きじゃないんです」
伊吹の顎を掴んで上向かせる。ひたりと頬に冷たい感触が当たって、伊吹はひそかに唾を飲み込んだ。
視界の外に銀色の鈍い光がある。
それを認めた瞬間、頬に鋭い痛みが走ったが、眉を一つ動かしただけで声は上げなかった。
「痛みには強そうだな。コレはやめましょう。こっちの気分も悪いし」
血が付着したナイフを床に放って、水無月はつまらなそうに言う。
「お前、アキを利用したな」
伊吹が口を開く。
すると意外そうに見られて無性に腹が立った。
「アキ? ――ああ、あのホモの子」
――自分は、元からそう気の長い方ではない。
商売敵や舎弟にキレ散らかすのもしょっちゅうだし、特に狗山にはその尻拭いをさせて面倒をかけている自覚もある。
けれど、脳の血管が沸き立つような怒りを感じたのは、数年ぶりだった。
「てめえ……」
低く声を絞り出す伊吹に対して、水無月は鷹揚な口ぶりで応える。
「意外だな。あの子と付き合いがあったんですか?
貴方は『ああいうの』、嫌いなタイプの方だと思っていましたが。
ああ、そういえばこないだも別のオカマさんと一緒でしたっけ? もしかしてそういうご趣味で?」
伊吹自身を侮辱されるのは腹が立つ。
だがアキや如月までコケにされるのは、その五倍苛ついた。
「テメエ、アキと付き合ってるんじゃねえのか」
「はい?」
「自分の女をそういう風に言うのかよ」
そのとき男が見せたのは、『何の話をしているのか分からない』とでも言いたげな表情だった。
煽りなどではなく、心底伊吹の言葉の意味がわからないという顔だ。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる