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6【転生直後、俺は謎の美形執事に見守られていました。】
しおりを挟む「う……っ」
暗く、澱んだどこかから意識が浮上したとき、目の前は真っ暗だった。
「――お兄さま!」
「旦那様!? お気づきになりましたか!」
――誰かが俺の手を握っている。周りに、たくさん人がいる。
それを自覚したとたん、全身が激しく痛み始めた。
「い、痛て……っ」
「いけません、急に起き上がられては! お体に障ります」
反射的に飛び起きようとした俺を、近くにいた誰かが慌てて押しとどめた。
――誰だ?
「覚えてらっしゃいます?
お兄さまは地方視察に行っている最中に、落馬事故に遭われてしまいましたのよ」
「う…………」
重い瞼をこじ開けると、大勢の人たちが覗き込んでいた。
「うわっ」
俺は、白くてでかいベッドに寝かされている。
「よかった、目が覚めましたわ!」
お嬢様言葉で話していたのはこの金髪の女の子だったらしい。
ていうか、なんでこの人たちみんなドレスやモーニングスーツを着てるんだ?
「旦那様がお目覚めになったわ!」
「ユーリ様!」
しかも、あちこちから変などよめきが聞こえてくる。ユーリって、誰のことを言ってるんだろう。
「う……っ」
ズキズキと痛む頭を抑えつつ、今度はゆっくり体を起こそうとすると、そばに居た男の人が俺の背中に腕を回した。
ひときわ存在感のある、黒髪オールバックのとんでもないイケメンだった。この人も黒スーツだ。
「旦那様、ゆっくり体を起こしになってください。ゆっくりでよろしいですからね」
……ん?
この美形、いま俺に『旦那様』って言ったような。
わずかな違和感を覚えたもののすぐには頭が回らず、とりあえず言う通りに半身を起き上がらせた。
「さいわい骨折などはされていないそうですが、主治医からは数日安静にするようにと」
俺を助け起こしてくれたとても品の良い、しかも超のつく美形な若い男の人に、俺はひとまず礼を告げることにした。
「ありがとうございます」
全然状況把握できてないけど。
と、顔を上げた瞬間、
『は???』
その場にいた十数人の人たち、全員の目が点になった。
「えっ? お、俺なにか失礼なこと言っちゃいました?
や、介抱してくれたみたいだからありがとうって、お礼を言っただけなんですけど」
『だ、旦那様が我々に感謝をっ!!!???』
比喩じゃなく、そのとき屋敷中に衝撃が走った。
「ユーリ様っ!! 落馬したときに頭を打たれたのではないですかっ!?」
「ゆ、ユーリ? さっきから何言って……」
美形黒スーツさんが優しげな顔を悲壮に歪めて、声を荒らげる。
「ああ、おいたわしい……! 旦那様が使用人にお礼を言うなんて!」
「ありえないわ!」
「あの医者、『どこも怪我してない』なんて大嘘じゃないの!」
彼だけじゃなく俺を取り囲む全員が口を覆い、胸元を引き絞り、ある者は言葉を失い、まさに阿鼻叫喚だった。
ありがとうって言っただけなのに。
それに、この人たちはやっぱり俺のことを『ユーリ』とかいう別人と間違えてるらしい。
『けど恋』にそんな悪役キャラがいたっけなあ、なんてのんきに考えていると。
「ユーリ様がお目覚めになったと」
メイドさんの格好をした女性が一人、部屋に駆け込んできた。
「ユマ!」
俺の手を握って落涙していた金髪の美少女が、キッと目を吊り上げる。
「お前はこの部屋に入るなと言っておいたでしょう!」
「申し訳ございません、お嬢様」
お嬢様?
じゃあこの女の子、もしかしてコスプレじゃなくて本物の人なのか?
いや、それよりも。
「あの、そんな言い方しなくても」
「えっ!?」
つい口走ると、金髪カールお嬢様が目を剥いて俺を見つめる。
「あ、すみません。人の家の事情に口出しして」
「お兄さま……? どうしましたの、様子がおかしいわ……」
「そのお兄さまって言うのも人違いだと思うんすけど」
俺の言葉を遮って、黒スーツお兄さん――状況から判断すると、ひょっとしてこの人は執事なのか――が、お嬢様に言う。
「レジーナ様、私がユマに頼んだのです。
旦那様がお目覚めになったら、お湯とタオルを持ってくるようにと」
「エディ、勝手なマネしないで!」
エディ……エドワードの愛称か?
それが彼の名前なんだろうか。
黒髪オールバックだけど顔は西洋風のエドワードさんが、お嬢様に叱られていたメイドさんを中に招き入れた。
「ユマ、盥はここに」
「はい」
こつ、と、靴を鳴らして中に入ってきたメイドさんは、赤毛にグリーンの目をしていた。
お嬢様より年上で、たぶん俺と同年代。
身なりは質素で化粧もしていないけれど、自然な美しさがある女性だった。
――す、すっげえ美ッ少女……! こんな人いるんだ!?
と、いうか。
ユマ?
メイドで、赤毛緑目の女の子で。
この人、『けど恋』のユマにそっくりじゃね?
「さあ、ユーリ様。まずはお顔をお拭きになって」
「あ、はあ……?」
ユマから盥を受けとったエドワードは、俺にそれを差し出した。
よく分からないまま盥をもらって、中のタオルを取ろうとした瞬間――
――鉄製の盥に張られた水に、自分の顔が映っていた。
否。ユーリ・ホワイトハートの顔が、だ。
「うええええええええええええ――――――」
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