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5【第一回・お兄ちゃん添い寝合戦開幕】
しおりを挟む諸事情により(俺がユーリ・ホワイトハートとして生きるにはあまりに非力すぎるため)、奏扮するカイ・ウィングフィールド伯爵をうちに招き入れることになったその後。
「兄ちゃん、今日は一緒に寝ようね♡」
「なぁにを世迷い言を仰ってますの!? 許されませんわよそんなこと!?!?」
「カイ、レジーナ、俺はひとりで寝たいんだけど……」
俺は自室の前の廊下で、寝間着に着替えた弟とネグリジェ姿の妹に挟まれています。
「ふう……レジーナ嬢。
ここは、ユーリの婚約者である俺に添い寝の権利を譲るべきだと思うな。
俺たち、仲良くしないか? 俺にとって君は義妹になるんだし」
「誰が義妹ですってえ!
婚約者って、“仮”婚約者の間違いでしょう!?
かりそめの肩書きなんかであまりいい気にならないことですわね?
あなたに譲るくらいなら、妹のわたくしがお兄さまと添い寝いたしますのよ!!」
「いや、二人とも聞いてるか? 俺はひとりでのんびり寝るつもりで――」
どっちが俺と添い寝するかで揉めてるのに、二人は俺そっちのけで火花を散らしていた。
「お兄さまと一緒に寝るのはわたくしです!!!!」
「いーーーや、兄ちゃんと寝るのは俺です!!!!」
……俺はいまのうちに部屋にこもって、中から鍵をかけてもいいでしょうか?
【第一回・お兄ちゃん添い寝合戦開幕】
一度解散したのに、うちに戻ってきて「この家に婿入りします」と勝手に断言してきたウィングフィールド伯爵こと俺の弟。
奏は俺がユーリのように強くないという弱点を突き、ホワイトハート邸で同棲することになった。
……あくまで(仮)だけどな!
フレデリックの件や『けど恋』世界に関する基礎知識とか、諸々の問題が解決するまでの一時的な同棲生活だけども。
「あっ。
確かこの家って一番奥にある部屋使ってないっしょ?」
荷馬車にいっぱいの本や服、パジャマやマイ枕まで持ちこんできた奏は、にこにこ笑顔で言う。
「あの『初代当主の幽霊が出る』って言い伝えがある、開かずの間。俺の部屋はそこ貸してもらえればいいから!」
着々と進む引っ越し作業を唖然と眺めていたレジーナが、その言葉に反応した。
「あ、あなた何故そんなにこの家に詳しいんですの!?」
「あ、レジーナ嬢。
うちの人たちに荷物搬入してもらってる間に、俺風呂借りるね!
やー、貴族の服って暑苦しくて仕方なくてさ」
「あなた遠慮って言葉を知らないんですの!?」
「浴場は大階段を右に曲がってまっすぐ行ったところだったよな」
「他人の家を迷いない足取りで進んでくんじゃありませんわよーーーー!」
風呂へ向かってスタスタ、勝手知ったる風に歩いていく奏にレジーナが叫んだ。
奏は『けど恋』のコアなファンだから、悪役兄妹宅の間取りもしっかり把握してるんだよなぁ。
なんだっけ? あの設定資料集とかいうやつで。
これもある意味チートってやつなのか?
「はあ、はあ……! まったく、なんなんですのあの男は……!」
「あの男て」
畳み掛けるようなツッコミで疲弊して、レジーナは華奢な肩を激しく上下させていた。
「んっとに、信じられませんわ!
わたくしに公衆の面前で赤っ恥を掻かせるだけじゃ飽き足らず、よりによってお兄さまと婚約するだなんて!」
「そうだよな」
レジーナの言葉に、俺はしきりに頷いた。
うちの弟が中に入ったばっかりに、カイは俺と結婚するなんて言い出してしまった。
……いやおかしくね!?
前世で兄弟だったから結婚って、それはそれでおかしくない!!?
“俺と婚約してください、お兄ちゃん”
「うう……」
衝撃のプロポーズを思い出して、頭を抱えてしまう。
奏は、俺が『けど恋』の世界に転生すると知ってついてきちゃった、と言っていたが、その言葉からすると自分で選んで俺の後を追ってきたらしい。
――生まれ持った美貌と気さくな性格で、スクールカーストの頂点に君臨していたあいつが。
それに比べて平々も凡々な兄である俺からすると、気後れするくらい眩しいあの元の生活を捨ててまで?
まあ、びっくりするくらいオタクでバイト代を全部書籍やソシャゲの課金に注ぎ込むような奴だから、『けど恋』の世界に行けると聞いて飛びついたのかもしれないけど。
「それでも、だよなぁ……」
それならそれで、せっかく正ヒーロ―たるカイ・ウィングフィールドに転生したんだから、主人公のユマ様とくっつきたいと思うのがファン心理ってもんじゃないのか?
“俺は兄ちゃんが大好きだからですっ!!!!!!!”
階段から落ちた俺を受け止めて、あいつが放った言葉。
あれも思い出すと頭が痛くなってくる。
――奏って、元からあんなんじゃなかったよな?
転生する前からブラコン気味ではあったけど。
この世界に来ていきなりユーリと……俺と結婚するなんて言い出して。
――あいつ、何考えてるんだ?
「だいたい、お兄さまもお兄さまですのよ!」
「えっ!?」
弟の不自然な言動に頭を悩ませていると、レジーナがキッとこちらを振り向いた。
彼女は鋭い口調でそう言うと、俺の胸をずどんと人差し指で刺す。
「痛た! は、はいっ!?」
思わず背筋を伸ばして畏まる俺に、レジーナは両手に腰を当てて鼻を鳴らした。
「お兄さま、あなたまだ体調が戻っていらっしゃらなかったんですの?
それならどうしてわたくしや執事に知らせてくださらなかったの!」
「ああ、それは……」
お腹の調子が悪いっていうのは、あの場をしのぐための方便だった。
だからいまは別にどこも痛くもかゆくもないんだけど、レジーナは片頬を膨らませて拗ねていた。
「まあ……そうと聞いて納得ですわ。
いつものお兄さまならフレデリックなんて絡んできた時点で撃ち落としてますもの」
「ハハ……」
さすがユーリの妹だけあって、その言葉は正しい。
いつかこの子に正体がバレやしないかと冷や汗を掻いていると、レジーナはふいに真顔になって手を伸ばしてきた。
「ちょっと、ごめんあそばせ」
「へ?」
その手には、白いシルクのハンカチが握られている。
それを見つめていると、俺の額にふわりと柔らかい布地が触れた。
「顔色が優れませんわ。本当に調子がよろしくないのですわね」
「……ありがとう」
ぽんぽんと何度かおでこを抑えてからハンカチを仕舞ったレジーナは、猫っぽいブルーの目を緩めた。
「一週間前に怪我をなさってから、まだ充分に回復しておられませんのね」
「ああ……」
一週間前。
それは、俺が『けど恋』の世界に転生した日だ。
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