19 / 53
12【弟、お兄ちゃんと婚約会見を開く】
しおりを挟むユーリ・ホワイトハート子爵(旧名・羽白ゆう)、十八歳。
このたび、二つ年下の義弟で伯爵のカイ・ウィングフィールド氏(旧名・羽白奏)と、婚約します。
「いやですわあああああああお兄さまああああああああ!!!!」
「レジーナ、落ち着け。あくまで『仮』会見だから」
青を基調としたザ・貴族みたいな衣装を着せられた俺は、涙を流してすがりついてくる妹に苦笑を浮かべた。
一昨夜の暗殺未遂事件から三日後の今日、ホワイトハート邸の庭で婚約会見が開かれることになった。
庭には特設のパーティ会場が設置され、青空の下に白い長テーブル、その上に豪勢な料理やアフタヌーンティーが置かれている。
急な招待にもかかわらずあちこちからお客さんが押し寄せてきて、会場は人々の笑い声で溢れていた。
そんな中で、悲壮な顔をしたレジーナが涙ぐむ。
「また『仮』ですの!!? 嫌ですわ! 認めませんわ!
こうして外堀から埋めていくつもりなのですわその露出狂男はあああ~~!!!」
“愛しのカイ様”から“露出狂”に格下げされた当の本人は、勝ち誇った笑みを浮かべて俺の隣に立っていた。悠長に首元のスカーフなんかを正している。
……その横顔を見ていると、先日の件を思い出してしまう。
“次は抱くから”。
「…………っ」
あのときの奏の声を思い出して、心臓の動きが速くなる。
俺は服の上から胸を掴み、唇を引き結んだ。
よく平然としてられるよな。
――こっちは気が気じゃないってのに。
格好つけやがって、と面白くない気持ちになるものの、その立ち姿はやっぱり様になっていた。
羽織っているのは、俺の着ているものより数段階濃い青のコート。
これでもかというほど意匠をこらされた金刺繍や、きらびやかな純白のシャツにも奏の顔は負けていなかった。
栗色の髪は日本にいたころと同じハーフアップにまとめられていて、イケメンぶりに拍車がかかっている。それ以上突っ走ったら事故るぞお前!
という感じで、日本の現実社会的な感覚で言えば奏は非の打ち所のない美男子だったが、レジーナはしょっぱい顔をしていた。
「だいたいなんですの、そのだらしのない髪は!」
「これが一番しっくりくるんだもん」
レジーナに牙を剥かれてもどこ吹く風だ。
同じ日本人のくせに……と男としてやっかみまじりの視線を送っていると、美貌の伯爵はぱっとこちらを向いて貴公子スマイルを輝かせた。
「兄ちゃん、その服似合ってるね♡ さすが俺の旦那さま♡」
旦那さま♡ じゃねーんだよ。
「おい、奏!」
「いでで」
締まりのない笑顔を浮かべる奏の耳を掴んで、強引に引き寄せる。
レジーナや周りの人に聞こえないように、その耳元に囁きかけた。
「お前、これで本当に暗殺者の正体なんて分かるのか!?」
――――そう、これはただの婚約発表会ではない。
一昨日のカナリア暗殺未遂事件が起きてから、俺は奏やユマ、エドワードたちと対策を練った。
そして紆余曲折あって、結局最初に奏が言っていた『盛大な婚約パーティを開く』という突拍子もないアイデアが採用され、今日に至る。
奏いわく、お祝いパーティというイベントは要人を暗殺したい人間にとって格好の舞台らしい。
たしかに暗殺者にとって、人が雑多に入り乱れる会場は身を隠すのに都合がいいかもしれない。
だからこの婚約会見の目的は、あえて派手な催しを開き、暗殺者をこっちのテリトリーにおびき寄せることだ。
理にかなっていて悪くない案だとは思うけど、
「大丈夫。俺に任せといて」
「なんかノリが軽いんだよなお前、――――っ!?」
奏の顔が急にこっちを向いて、ぐっと近付く。
避けきれず、ほんの一瞬奏の唇が俺のそれをかすめて去っていった。
「おまえなあ!!!!」
「顔近かったからしちゃった」
エヘッと笑う奏に顔から火を吹きそうになっていると、後ろからパーティの参加客のおじさんに声をかけられた。
「ホワイトハート子爵。ホワイトハートさん」
「はっはい!!!」
い、今の見られてなかったよな!?
心臓をドキドキさせながら振り向くと、白髪で恰幅のいいタキシードのおじさんがニコニコと俺たちを見つめていた。
「ホワイトハートさん、ウィングフィールド卿。
この度はご婚約おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
おじさんは持っていたシャンパングラスを揺らしながら、あたたかい笑みを浮かべて言う。
「男性同士で結婚なさると聞いたときはたまげましたが、お二人のご決断に胸を打たれました」
手を差し出され、握手の合図だと察した俺は自分の右手を出す。
それをふっくらした手に固く握られ、何度か揺らされた後で二の腕を叩かれた。
「社会の波は、ときに弱い立場の人々に牙を剥く。
けれども、くれぐれも負けてはなりませんぞ!!」
「えっ」
硬直する俺に代わって、奏が満面の笑みで応える。
「はい、もちろん! ユーリ子爵と私とで手に手をとって頑張りますよ!」
「おお、子爵の婚約者殿はじつに頼もしいお人だ!」
おじさんのつぶらな瞳が感動に潤んでいる。
……これ、後から『僕たちの婚約は仮のものでした! 結婚はしません!』って言えなくね?
おじさんは今度は奏の手を両手で握り締めて、ありったけのエールを込めるように揺さぶった。
「ウィングフィールド卿は、今後の議会で同性結婚の審議を申し立てなさるとか。がんばってくださいね!」
「ええ! 私とユーリ子爵は性別など越えた絆で固く結ばれていますからね! かならずこの愛で世界を変えてみせますよ!」
「ああ、素晴らしい! 世界は愛に満ちている!」
「はい、愛で溢れてますよ世界は! 私と子爵の未来をどうぞ応援よろしく!」
やたら熱のこもったやりとりに周辺にいた客たちも集まってきて、拍手喝采、口笛の嵐になった。
「ウィングフィールド伯爵、頑張れー!」
「ホワイトハート子爵、我々もついておりますぞ!」
「愛し合う二人に結婚の自由を!」
「二人の未来に幸あれ!」
「ありがとうございます!」
奏に右手を繋がれ、上に上げさせられる。
やんややんやと盛り上がっていく群衆を呆然と見つめていると、脳裏にレジーナの言葉がちらついた。
……俺、もしかして嵌められた?
外堀から埋められちゃってない? コレ?
「か、奏」
「兄ちゃん、凄いね! 皆が俺たちのこと応援してくれてる!」
「おう……?」
――お前、まさかこのためにこんな会見開いたんじゃないだろうな!?!?
31
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令息の従者に転職しました
* ゆるゆ
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
透夜×ロロァのお話です。
本編完結、『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編、完結しました!
時々おまけを更新するかもです。
『悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?』のカイの師匠も
『悪役令息の伴侶(予定)に転生しました』のトマの師匠も、このお話の主人公、透夜です!(笑)
大陸中に、かっこいー激つよ従僕たちを輸出して、悪役令息たちをたすける透夜(笑)
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている
迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。
読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)
魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。
ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。
それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。
それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。
勘弁してほしい。
僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる