悪役令嬢の兄に転生した俺、なぜか現実世界の義弟にプロポーズされてます。

ちんすこう

文字の大きさ
20 / 53

13【身体に刻まれた記憶】

しおりを挟む

 パーティが始まり、三十分ほどが経った頃。

 俺や奏の元には次から次へと客人が押し寄せて、熱い応援の言葉をかけてくれては「二人の愛に祝福を!」と願われていったが、その中に怪しげな人物はいなかった。

「エドワード」
「はい。ユーリ様」

 庭の周辺を見回っていた執事を呼び止め、不審な人影などがなかったか確認する。

「巡回のほうはどうだ? 植木の向こうから覗いている奴とか、招かれてないのに来た奴とかは」
「今のところは誰も。
 カナリアの件もありますから、会場に魔物が仕込まれていないか等も注意して見張っていますが、何も異常はないようです」

 そばで客に給仕していたユマにも訊いてみたが、ユマは晴れない顔で首を振る。それらしき人物はいないようだった。
 二人にはまた引き続き監視を続けてもらうように言って、俺は奏を肘でつついた。

「……これ、本当にうまくいくのか?」

 隣で客相手におべんちゃらを言っていた奏は、完全無欠な愛想笑いでご婦人方を軽くあしらう。その笑みを張りつけたまま小声で「大丈夫」と答えた。

「もう少し待とう。
 心配はしなくていいよ、要所要所に結界魔法をかけておいたから。万が一敵が白昼堂々乗り込んできても、兄ちゃんはもちろん屋敷の人やお客さんたちにも被害が及ぶことはない」

 言われて周りに視線を巡らせてみると、本当にあちこちに薄っすらと紫色の結界が張られていた。アニメで見たままの陣だ。
 さすがはカイ――と言いたいところだが、中身は俺の弟なのになぁ……。
 同じ時期に同じ世界から転生したのにこの実力差はなんだ、と納得いかない気持ちになるものの、頼もしさも感じられた。

「分かった。お前を信じるよ」

 こいつは、あっちの世界にいた時から「やる」と決めたらやる奴だった。
 その奏が大丈夫だと言うんだから、なにがなんでも大丈夫にするんだろう。
 信頼をこめて肩を叩くと、奏はふふんと居丈高に頷いた。


「任せて。
 それにエンタメ小説的には、事件が起こるならそろそろだよ」

「分かるもんなのかよ?」


 メタっぽい台詞を吐く奏に苦笑いを浮かべた次の瞬間、

 
「ホワイトハート子爵にお目通り願う!!!!」


「!?」


 ――本当に、嵐が訪れた。


 和やかだった会場の雰囲気に明らかに不釣り合いな怒鳴り声が響いて、皆の声もぴたりと止まる。
 そしてぽつぽつと囁きが漏れてくるのを気にも留めず、『嵐』はもう一度声を張り上げた。


「ホワイトハート子爵、どこにおられるのか!?
 お目通り願う!!」


 門からずかずかと大股開きに歩いてきたのは――過剰に風を切る肩に、しゃんと伸びた背筋。腰に携えられた剣。
 やたらぎらついている青い目に、ぴっちりと固められた金髪オールバック、そして……

 ……でこっぱちと言えば。


「げっ、フレデリック!?」

「! そこにいたか悪逆非道の冷血漢、ユーリ・ホワイトハートめ!」


 フレデリックだ。

 再びざわめきが大きくなってきた観衆の中から、「あれはフレデリック男爵では?」「【純白の貴公子】がなぜあんな激怒しているんだ?」と戸惑いの声が聞こえてくる。
 フレデリックは誰かに呼び止められても聞く耳を持たず、俺をめがけて一直線に歩いてきた。

 が、間に奏が割り込む。

「すみませんが、おたくに招待状を送った覚えはないんですがね?」
「うるさいっ! どけ!」

 しかし奴はそんなことではひるまず、奏の肩を突き飛ばして俺の前に立った。


「悪逆非道の冷血漢、ユーリ・ホワイトハート!」


 力強く人差し指を向けてきたフレデリックは、大階段のときと同じように俺を険しい目つきで睨み付けた。
 ……つーかその変な二つ名また復活してるし!


「下々の者に冷酷きわまりない仕打ちをしておきながら、自分はのうのうと結婚しようなどとは!
 ――しかも相手は男だと!?
 カイ・ウィングフィールド公も、王につけ入って伯爵の位を掠め取ったとはいえ、やはり育ちが知れているな!」


 これには周りの人たちからブーイングが起こったが、フレデリックはお構いなしだった。
 合間にユマ様の姿をチラチラ確認しつつ喧嘩を売ってくるのが非常にうっとうしい。


「だが、ちょうどいい機会だ!
 これを機に皆に貴様らの卑劣さを知らしめ、今度こそこのフレデリック・オズワルドが堂々と成敗してくれよう!」


 この間はカイの地位にびびって逃げ帰ったくせに、今日は妙に自信過剰な様子だ。誰かの後ろ盾でも得られたのか?

 ――俺を狙ってたのはこいつなのか?


「覚悟しろ、ホワイトハート卿!」


 が、皆の前でためらいなく剣を抜いて襲いかかってきたフレデリックを見て、この男に暗殺なんてずるがしこい真似をする頭はないと思った。

 当然、考えなしの攻撃はあっけなく防がれる。

 素早く自分の剣を抜いた奏にまた刃を弾かれて、フレデリックは舌打ちした。


「今日は引き下がらんぞ、ウィングフィールド公!」

「やってみろよ、ゆうには指一本触れさせない」


 誰にもどうすることもできず、白日のもとで真剣による決闘が始まった。

――単純な奴だと思ってたけど、こんなやり方で俺をどうにかできると思ってるのか……?

 ただ闇雲に奏へ斬りかかっているフレデリックを見て、拭えない違和感を抱く。
 あのカナリアを仕込んだのはあいつじゃないにしても、俺が誰かに狙われているこのタイミングで突然乗り込んできたのは偶然か?

 ふと他の皆の様子が気になって庭を見渡すと、ユマは居た。狭いテーブルの間でしのぎを削る奏とフレデリックを不安そうに見つめている。

「無礼にもほどがありますわよ、このデコスケ!」

 レジーナもフレデリックを罵りつつ、奏たちの攻防を見守っていた。


 ――が、エドワードの姿がない。


「エドワード……?」


 焦燥が胸を駆け巡る。

 まさか敵を見つけたのか。
 ――あるいは、何か異変があったんじゃないか。

 だけど魔法もろくに使えない俺が奏のそばを離れるわけにもいかず……。

 漠然とした不安を覚えながら、早く二人の勝負の決着がつくように願っていると。


「なんだか随分な騒ぎになっているね」


 後ろから、男の声が響いた。


「――――っ」


 その瞬間、全身がすくみあがるような感覚に襲われた。
 身の毛がよだつ嫌悪感に支配される。


「ああ、驚かせてしまったかい。すまないな」


 男は俺に話しかけていた。

 声の主は穏やかなのに、その声を聞いているとふつふつと憎悪がこみ上げてくる。――これは。――この感情は。


「そんな顔をしないでくれ。まるで手負いの獣を追い込んでるみたいだ」
「……っあんたは」


 振り返った先に立っていた男は、背が高く、年は三十代半ばに見えた。
 目鼻立ちがくっきりとして凛々しい顔だが、そこに浮かぶ笑みは甘い。
 ひとつに結んで肩に流した黒髪や黒い瞳に、スーツも黒となると、全体として黒い男、という印象を抱いた。


「久しぶりだね、ユーリ」


 怖い。


 男は笑っているのに、恐ろしくてたまらない。

 あんたは誰だ、と訊ねようとした声は、震えて音にならなかった。


 ――この恐怖は、俺のものじゃない。


 この身体そのものに刻み込まれた――『ユーリ・ホワイトハート』のものだ。



しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

シナリオ回避失敗して投獄された悪役令息は隊長様に抱かれました

無味無臭(不定期更新)
BL
悪役令嬢の道連れで従兄弟だった僕まで投獄されることになった。 前世持ちだが結局役に立たなかった。 そもそもシナリオに抗うなど無理なことだったのだ。 そんなことを思いながら収監された牢屋で眠りについた。 目を覚ますと僕は見知らぬ人に抱かれていた。 …あれ? 僕に風俗墜ちシナリオありましたっけ?

転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?

米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。 ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。 隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。 「愛してるよ、私のユリタン」 そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。 “最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。 成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。 怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか? ……え、違う?

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?

  *  ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。 悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう! せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー? ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください! できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放

大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。 嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。 だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。 嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。 混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。 琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う―― 「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」 知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。 耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています

水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。 そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。 アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。 しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった! リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。 隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか? これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。

処理中です...