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13【身体に刻まれた記憶】
しおりを挟むパーティが始まり、三十分ほどが経った頃。
俺や奏の元には次から次へと客人が押し寄せて、熱い応援の言葉をかけてくれては「二人の愛に祝福を!」と願われていったが、その中に怪しげな人物はいなかった。
「エドワード」
「はい。ユーリ様」
庭の周辺を見回っていた執事を呼び止め、不審な人影などがなかったか確認する。
「巡回のほうはどうだ? 植木の向こうから覗いている奴とか、招かれてないのに来た奴とかは」
「今のところは誰も。
カナリアの件もありますから、会場に魔物が仕込まれていないか等も注意して見張っていますが、何も異常はないようです」
そばで客に給仕していたユマにも訊いてみたが、ユマは晴れない顔で首を振る。それらしき人物はいないようだった。
二人にはまた引き続き監視を続けてもらうように言って、俺は奏を肘でつついた。
「……これ、本当にうまくいくのか?」
隣で客相手におべんちゃらを言っていた奏は、完全無欠な愛想笑いでご婦人方を軽くあしらう。その笑みを張りつけたまま小声で「大丈夫」と答えた。
「もう少し待とう。
心配はしなくていいよ、要所要所に結界魔法をかけておいたから。万が一敵が白昼堂々乗り込んできても、兄ちゃんはもちろん屋敷の人やお客さんたちにも被害が及ぶことはない」
言われて周りに視線を巡らせてみると、本当にあちこちに薄っすらと紫色の結界が張られていた。アニメで見たままの陣だ。
さすがはカイ――と言いたいところだが、中身は俺の弟なのになぁ……。
同じ時期に同じ世界から転生したのにこの実力差はなんだ、と納得いかない気持ちになるものの、頼もしさも感じられた。
「分かった。お前を信じるよ」
こいつは、あっちの世界にいた時から「やる」と決めたらやる奴だった。
その奏が大丈夫だと言うんだから、なにがなんでも大丈夫にするんだろう。
信頼をこめて肩を叩くと、奏はふふんと居丈高に頷いた。
「任せて。
それにエンタメ小説的には、事件が起こるならそろそろだよ」
「分かるもんなのかよ?」
メタっぽい台詞を吐く奏に苦笑いを浮かべた次の瞬間、
「ホワイトハート子爵にお目通り願う!!!!」
「!?」
――本当に、嵐が訪れた。
和やかだった会場の雰囲気に明らかに不釣り合いな怒鳴り声が響いて、皆の声もぴたりと止まる。
そしてぽつぽつと囁きが漏れてくるのを気にも留めず、『嵐』はもう一度声を張り上げた。
「ホワイトハート子爵、どこにおられるのか!?
お目通り願う!!」
門からずかずかと大股開きに歩いてきたのは――過剰に風を切る肩に、しゃんと伸びた背筋。腰に携えられた剣。
やたらぎらついている青い目に、ぴっちりと固められた金髪オールバック、そして……
……でこっぱちと言えば。
「げっ、フレデリック!?」
「! そこにいたか悪逆非道の冷血漢、ユーリ・ホワイトハートめ!」
フレデリックだ。
再びざわめきが大きくなってきた観衆の中から、「あれはフレデリック男爵では?」「【純白の貴公子】がなぜあんな激怒しているんだ?」と戸惑いの声が聞こえてくる。
フレデリックは誰かに呼び止められても聞く耳を持たず、俺をめがけて一直線に歩いてきた。
が、間に奏が割り込む。
「すみませんが、おたくに招待状を送った覚えはないんですがね?」
「うるさいっ! どけ!」
しかし奴はそんなことではひるまず、奏の肩を突き飛ばして俺の前に立った。
「悪逆非道の冷血漢、ユーリ・ホワイトハート!」
力強く人差し指を向けてきたフレデリックは、大階段のときと同じように俺を険しい目つきで睨み付けた。
……つーかその変な二つ名また復活してるし!
「下々の者に冷酷きわまりない仕打ちをしておきながら、自分はのうのうと結婚しようなどとは!
――しかも相手は男だと!?
カイ・ウィングフィールド公も、王につけ入って伯爵の位を掠め取ったとはいえ、やはり育ちが知れているな!」
これには周りの人たちからブーイングが起こったが、フレデリックはお構いなしだった。
合間にユマ様の姿をチラチラ確認しつつ喧嘩を売ってくるのが非常にうっとうしい。
「だが、ちょうどいい機会だ!
これを機に皆に貴様らの卑劣さを知らしめ、今度こそこのフレデリック・オズワルドが堂々と成敗してくれよう!」
この間はカイの地位にびびって逃げ帰ったくせに、今日は妙に自信過剰な様子だ。誰かの後ろ盾でも得られたのか?
――俺を狙ってたのはこいつなのか?
「覚悟しろ、ホワイトハート卿!」
が、皆の前でためらいなく剣を抜いて襲いかかってきたフレデリックを見て、この男に暗殺なんてずるがしこい真似をする頭はないと思った。
当然、考えなしの攻撃はあっけなく防がれる。
素早く自分の剣を抜いた奏にまた刃を弾かれて、フレデリックは舌打ちした。
「今日は引き下がらんぞ、ウィングフィールド公!」
「やってみろよ、ゆうには指一本触れさせない」
誰にもどうすることもできず、白日のもとで真剣による決闘が始まった。
――単純な奴だと思ってたけど、こんなやり方で俺をどうにかできると思ってるのか……?
ただ闇雲に奏へ斬りかかっているフレデリックを見て、拭えない違和感を抱く。
あのカナリアを仕込んだのはあいつじゃないにしても、俺が誰かに狙われているこのタイミングで突然乗り込んできたのは偶然か?
ふと他の皆の様子が気になって庭を見渡すと、ユマは居た。狭いテーブルの間でしのぎを削る奏とフレデリックを不安そうに見つめている。
「無礼にもほどがありますわよ、このデコスケ!」
レジーナもフレデリックを罵りつつ、奏たちの攻防を見守っていた。
――が、エドワードの姿がない。
「エドワード……?」
焦燥が胸を駆け巡る。
まさか敵を見つけたのか。
――あるいは、何か異変があったんじゃないか。
だけど魔法もろくに使えない俺が奏のそばを離れるわけにもいかず……。
漠然とした不安を覚えながら、早く二人の勝負の決着がつくように願っていると。
「なんだか随分な騒ぎになっているね」
後ろから、男の声が響いた。
「――――っ」
その瞬間、全身がすくみあがるような感覚に襲われた。
身の毛がよだつ嫌悪感に支配される。
「ああ、驚かせてしまったかい。すまないな」
男は俺に話しかけていた。
声の主は穏やかなのに、その声を聞いているとふつふつと憎悪がこみ上げてくる。――これは。――この感情は。
「そんな顔をしないでくれ。まるで手負いの獣を追い込んでるみたいだ」
「……っあんたは」
振り返った先に立っていた男は、背が高く、年は三十代半ばに見えた。
目鼻立ちがくっきりとして凛々しい顔だが、そこに浮かぶ笑みは甘い。
ひとつに結んで肩に流した黒髪や黒い瞳に、スーツも黒となると、全体として黒い男、という印象を抱いた。
「久しぶりだね、ユーリ」
怖い。
男は笑っているのに、恐ろしくてたまらない。
あんたは誰だ、と訊ねようとした声は、震えて音にならなかった。
――この恐怖は、俺のものじゃない。
この身体そのものに刻み込まれた――『ユーリ・ホワイトハート』のものだ。
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