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12.5【執事は坊ちゃんの婚約など認めません】

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※クライマックス前のこぼれ話①。
婚約会見を開くと決めたときのお屋敷での紆余曲折を書き出してみました



 カナリア暗殺未遂事件が起きてから、二日後の昼。

 俺は奏とユマ、エドワードの三人を自分の部屋に集めて今後の対策を練ることにした。
 この集まりで出た結論は、『相手の狙いはおそらく俺で、きっとまた刺客を送り込んでくるに違いない』ということだった。

 ――そして、なぜ俺が狙われているのか。

 そういえば、俺は原作のユーリとは違う行動をとっていたことを思い出した。


 まずはレジーナやユマ、お屋敷の人たちへの接し方を変えたこと。
 それから、東セントレア村の大虐殺を中止したことだ。


 この二つの理由のうちでも、特に後者の方が原因じゃないかと思う。
 なので処刑計画を中止した件について明かすと、奏は目を輝かせた。

「兄ちゃん、あれを止めたんだ? 英断だよ!
 じゃあフレデリックが兄ちゃんを責める理由はないわけだ」
「だと思うんだけどな。なぜか斬りかかられたけど」

 奏が頷く。

「まあその原因についてはおいおい調べるとして……。
 それにしても、よく止められたね」

 尊敬の目で見られることに若干の気恥ずかしさを覚えつつ、答える。


「決定権は俺にあったからさ。
 ……危うく何も知らないまま数百人殺すところだったけど」

「さっすが俺の兄ちゃん! 優しい!」


 喜んだ奏が、俺に飛びつこうとしたとき――。


「ええ。坊ちゃんは、大変お優しい方でおられます」


 銀のお盆がスッ、と二人の間に割り込んできた。

 『へぶっ』と変な鳴き声みたいなのが聞こえたと同時に、奏の顔面からガインと鉄がたわんだ音が響く。


「痛ああっ!?」

「失礼いたしました、ウィングフィールド伯爵」


 鼻を赤くして涙目になった奏に、完璧な笑みを浮かべたエドワードが一礼した。


「突然旦那様に抱き着かれようとされたので、驚いてしまいまして」

「は??? 俺の旦那さまなんだが?」


 お前の旦那ではないが? と言い返す間もなく、エドワードがにっこりと答える。


「お言葉ですが。
 ウィングフィールド様はあくまで私の旦那様の“仮”婚約者であり、旦那とお呼びになる立場ではいらっしゃらないかと」

「つーかあんた誰だよ?
 こんなモブ顔執事見覚えねーんだけど。なんで新キャラまで登場してきてるわけ?」


 『けど恋』厨の奏でもエドワードを知らないのか、と感想を抱く前にさらなる口撃が重ねられた。


「あいにくですが、私はユーリ様のお父上のリチャード様の代からこの家にお仕えしております。
 ですので、どちらかと言いますと見慣れぬ新顔なのはあなたの方かと存じますが……」

「ふざけんなこっちは五歳から兄ちゃん担当なんですー。同担拒否ですぅ!」


 バチバチすんのやめろよな……。


 ――と、途中若干話が逸れた後。
 今回俺が狙われた理由はどうも東セントレア村が関わっているんじゃないか、という予想が固まった。

「そういえば、あの村ではうちに対するクーデターが計画されてたって言ってたよな?」

 確認すると、奏と小競り合いをしていたエドワードが頷いた。

「はい。その後の偵察では目立った動きは見られなかったのですが……カナリアを仕掛けたのが彼らの手の者である可能性はおおいにあります」
「うーん……だからって、俺の指示で村を弾圧するわけにもいかないしなぁ……」

 頭を抱えていると、奏が爛々と輝く目で言った。

「だから、婚約会見開こうよ!! あちこちに招待状出して宴を開きますよーって各方面に大々的にアピールすれば、向こうから来てくれるんじゃない?」
「お前なあ、だからそれはナシだって言ったろ?」

 俺はまだ婚約を正式なものとして受け入れたわけじゃないので、奏の提案は一度ボツになっていた。ここに来てまた同じ案を出してくる奴に俺は呆れかえったが、意外にもユマが賛同する。


「んー……アリじゃないかしら?」

「えっ!?」「ユマ、あなたは一体何を」


 驚く俺とエドワードに対して、奏はパッと笑顔を輝かせる。

「さすがユマ様!」

 ユマは「その“様”ってなに……?」と訝しげな顔をしつつ、細い顎を指で擦る。

「だって、カイの言う通りじゃないですか? パーティ会場なんて暗殺するにはもってこいの場で、カナリアを放った人物も潜入しやすいと思います。
 その案なら、敵の正体が分からなくても私たちは前もって対策ができますし。
 私たち、まず犯人が誰なのかも特定できていませんよね」

 ……一理ある。

 いつの間にか東セントレアの人たちが悪徳領主を討つために動いていると信じこんでしまっていたけれど、俺はかのユーリ・ホワイトハートだ。
 俺が知る他にも誰かの恨みを買っていると考えるほうが自然だ。

「……そうだな。勝手に彼らが犯人だと決めつけてしまってたよ。ありがとう、ユマ」

 お礼を伝えると、ユマは新緑色の目を大きく見開いて息を呑んだ。

「いいえ。メイド風情が過ぎた口をきいてしまいました」

 すぐに目を逸らされてしまったけれど、彼女の薄桃色の唇には微笑みが浮かんでいた。

「……『メイド風情』なんて、そんなこと俺は思ってないよ」

 現代っ子の感覚からすると、この国の身分制度は微妙だ。創作として楽しむぶんにはいいんだけど、自分が支配者階級の立場をやらされるとなぁ。
 そう言ってもユマには恭しく「お心遣いいただきありがとうございます」と会釈されてしまったけれど。

「坊ちゃんは、本当に人が変わられたようですね」
「えっ!?」

 横からぽそりと聞こえた呟きに驚くと、エドワードが俺をじっと眺めていた。

「だ……駄目か? こんなのユーリらしくない?」

 俺がユーリじゃないことがこの世界の人にバレたらどうなるのか。それが分からないから、危ない橋は渡りたくない。
 おっかなびっくり尋ねると、エドワードは静かに首を振って微笑んだ。

「いいえ。むしろこの一、二年が……大旦那様がお亡くなりになられてから、ずっと張り詰めておられました。
 私が敬愛する坊ちゃんにお戻りになった、と言った方が正しかったですね」
「そう……? よく分からないけど、喜んでもらえたならよかった」
「はい」

 にっこりと頷くエドワードは、やっぱり年のわりに可愛い感じがする人だった。いや、男に可愛いも何もねぇんだけどな。

「……なんか気に入らねー雰囲気ぃ。俺の兄ちゃんなんですけど~」

 横で静観していた奏がジト……っと混ざってくる。
 エドワードは俺に向けていた笑顔をそのまま、しかしなぜかスンッと温度の抜け落ちた笑みで即断した。


「そもそもユーリ様はレジーナお嬢様の兄であり、あなたの兄ちゃんではございません」

「なぁにぃ!? 俺と兄ちゃんの麗しき思い出を出会い編から同居編まで解説してやろうか!? 絶対お前より兄ちゃん歴長いんだからな!」

「失礼ですが仰る意味が分かりません。私と坊ちゃんの主従歴のほうが長いかと存じますので」

「なにいいい!?」


 またしょうもない言い争いを始めた二人を、隣のユマは苦笑気味に見守っていた。

「ハハ……」

 俺も空笑いするばかりだ。
 とりあえず、婚約会見はさせられることになりそうだ……と諦めつつ。


 似たようなやりとりが結婚式前夜にも繰り広げられるということは、この時の俺たちはまだ知らない。


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