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20【弟、もう一度お兄ちゃんにプロポーズする】
しおりを挟む異世界転生して、一週間と少し。
俺は弟と結婚するみたいです。
……展開早すぎない?
「だから婚礼。結婚準備だよ」
奏は俺が聞き取れなかったと思ったのか、もう一度笑顔で言い直した。
聞こえなかったわけじゃないんだが……今、『結婚準備』って言ったか?
「誰と誰の?」
奏は俺の質問に、抜群のスマイルで答える。
「兄ちゃんと、俺のだよ!」
「おととい婚約発表したばっかりなのに???」
「そうだよ?」
あっさり言ってのけるので、俺がおかしいのかと思ってしまう。が、周りを見るに全員ぽかんとしていたので、やはり変なのは俺ではなく奏のほうだった。
話も聞かずに『馬鹿なのか?』と叱るのはよくないので、一度食堂に戻って落ち着いて理由を訊ねてみた。
「なんで急にそんな話になったのか、教えてくれるか?」
俺の左隣に座った奏は快く頷いて、皆の前で改めて今回の騒動の顛末について語った。
「昨日兄ちゃんが寝落ちてすぐ、デイビッドのことを調べてさ。
俺が爆破した倉庫は全焼したみたいなんだけど、今のところ犯人が俺だとは分かってないみたい」
「それで、変態伯爵は?」
「行方不明らしい。でも、死体がない以上はほぼ生きてると見て間違いないね」
ふむ。それは憂うべき事態だな。
「暗殺騒動の犯人がモーリス伯爵だと分かった以上、こっちもじっとしてはいられないよね。
向こうの目的がユーリそのものってことは、兄ちゃんがこのまま俺の傍にいるのをあいつが見逃すはずはない。必ずまた何か仕掛けてくるだろう」
奏の言い分はもっともに聞こえる。
デイビッドの俺への――というよりユーリへの執着は、普通じゃなかった。
生きているというなら必ずもう一度対峙するときが来るだろう。それまでに早急に対策を練る必要がある。
「だから、結婚式を挙げよう!」
「うん、なんで???」
発想が成層圏を突っ切っとるんよ。
どこぞのツッコミ芸人の顔を思い浮かべながら首をひねると、奏は懐から何かの冊子を取り出しながら言った。
「婚約お披露目パーティの件で思いついたんだよ。
あいつは嫉妬心でわざわざ自ら乗り込んできたんだから、結婚式なんて開けば確実にそれをぶち壊しにくる。間違いないね」
「何で断言できるんだよ……?」
奏はにっこり笑って、冊子をテーブルの上に置いた。
「俺ならそうするから」
……そういえば、粘着質といえばこいつもなかなかのもんだよな。
俺を前世から追いかけてくるくらいだし、デイビッドとの違いは俺自身が嫌か嫌じゃないかくらいで――伯爵って変態しかいないのか?
ぞくっとするものを感じつつ、置かれた冊子を手に取ってみる。
――ゼ〇シィだった。
「なにこれ」
「ゼ〇シィ今月号です!」
「『けど恋』の世界にゼ〇シィねえだろ!」
「召喚しました♡」
えへっとピースサインを作る天才魔導士こと奏は、「結婚式といえばやっぱこれだよね~」と幸せそうに笑っている。まさに入籍を控えた彼女ヅラだ。
「こんなもん召喚すんなよ!」
「兄ちゃんはドレス派? それとも白無垢がいいかなあ」
ガン無視でるんるんイメージを膨らませている奏に呆れる。
「第一おまえ、この世界で同性婚は無理だって分かっただろ」
「それなんだけどさぁ? 実は婚姻制度はそろそろ変革するめどが立ってきたんだけど。
それはさておき、そもそも式は入籍前に挙げたっていいんじゃね? と思いまして」
え、もう法律改正の審議進んでんの? まだ一週間くらいしか経ってないのに。
奏の仕事の速さに愕然としていると、俺の後ろに立っていたエドワードが申し訳なさげに言う。
「婚約発表の場では、私が至らぬばかりにユーリ様を危険にさらしてしまいました。同じことが起こらないように……またそのようなリスクの高い作戦を実行するのは、賛同しかねます。
前回もフレデリック公が乱入されましたし、不測の事態も起こりかねません」
奏は一旦妄想の世界から戻ってきて、「それは分かってる」と頷く。
「前回の件は、俺に責任がある。
正直警戒が甘かった上、フレデリックに気を取られて兄ちゃんから目を離してしまったからな。
ただ、今回はそういった心配はしなくていい」
奏はそう断言する。
前のとき以上に自信があるようなので、何か策を練ってあるんだろう。
「そういうわけで、結婚しよう。兄ちゃん」
あるんだろうが……お前のその目の輝きっぷりを見るに、やっぱりデイビッドうんぬんより挙式したいだけなんじゃないかって疑惑が浮かぶんだが……。
だけど他に有効な策を思いつく人もおらず、会議は一度お開きになった。
前回と同様に細かい計画を練るのは後にして、他の皆には解散してもらった。
俺は奏と二人で話したいことがあったため、二人だけが食堂に残る。
「ユーリの過去を見たんだ」
まずはそこから切り出すことにした。
デイビッドに襲われたときに見せられた奇妙な回想、本物のユーリが経験したことだと考えると納得のいくあの記憶について説明すると、奏は何か考えるように目線を落としていた。
「……アニメで見たあいつの姿とは、ちょっと違う気がしたんだ。原作じゃいかにも悪役です!ってキャラだったけど、あの記憶を見るにユーリが悪事に走ったのはデイビッドの影響みたいだし」
ユーリの悲惨な半生についても話すと、奏は考察オタクの顔で頷いた。
「モーリス伯爵なんて、原作者のツイッターでも見たことがないキャラだと思ってたんだ……だけど裏設定として元からユーリの生い立ちの陰にいたんだとすれば、おかしくはない。
準主役のカイ役の俺が、ユマ様ではなくユーリをヒロインに選んだから、その裏設定が明るみに出始めたんだ。ヒロインのトラウマキャラは物語に登場して当たり前だしな」
デイビッドという存在が、俺と奏が原作にない行動をとった結果なわけだ。
ただ、それはそうとして気にかかることがある。
「俺が見た記憶って、なんなんだろう」
「え?」
紙やテレビの画面上で見ていたユーリとは違う心の声を聞いてから、ずっと引っかかっていたことだった。
「最初は皆、たんなる創作キャラクターだって思ってたんだ。決まった行動に対して決まった反応しか見せない、舞台装置的な存在だって。
でも実際は原作でほとんど目立たない執事が生き生きしてたり、悪役令嬢が意外と人間的で可愛かったりする。
ただの当て馬だったはずの悪役令息が辛い過去を抱えて、好きな女の子に詫びながら『消えてしまいたい』って願ってた」
消えたい――と口にした途端、またこめかみに痛みが走る。
「本編にない感情をもつあの人たちには、魂があるんじゃないかと思う」
抽象的で伝わらないかと思ったが、奏は顔を上げて俺を見つめた。
「俺は最初『けど恋』の物語の中に入れたんだって喜んだんだけど、今は少し違うんじゃないかって考えてるよ」
奏におうむ返しに問う。
「違う?」
「そう。この世界には色も匂いもあって、何かを食べればお腹が満たされる。怪我をすれば血が出て痛む。外に出て歩けば、土や草を踏む感触がある。
『けど恋』の世界にそのまま入ったというより、『けど恋』の二次元と俺たちがいた三次元との間――ちょうど中間みたいな、異空間に転生したんじゃないかって。
みんな自我があるし、俺たちが何か行動すればそれに見合った変化が起こる、一つの現実なんだよ。
だから兄ちゃんの言う通り、個々に魂があってもおかしくないんじゃないかな」
だとすれば。
「俺の中に元々入っていた『ユーリ』は……奏が成り代わった『カイ』は、どこに行ったんだろう?」
今までこの疑問を抱かなかったのも、ここがただの小説の世界だと思っていたからだ。
だけどユーリの本音を聞いて、そうじゃないんじゃないかと思い始めている。
「考え出したら、きりがないんだよ。
そもそもなんで俺たちは『けど恋』の世界に転生したんだ? 人が死んだって、フィクションの世界に行くなんて……普通そうはならないだろ」
「なんでこの世界に転生したのか……誰かが、俺たちを呼んだのかも」
奏が呟いた言葉に反応する。
「誰かって、誰だよ」
「さあ。そんな人がいるかも分からないけどさ」
奏はけろりと言って、左手に小さな俺の人形を浮かべた。フィギュアの練成術も習得しているらしい。
そして呑気に、そいつに白いタキシードや色鮮やかなドレスを試着させ始めて――
「俺で遊ぶな」
「兄ちゃん、『けど恋』のラストは覚えてるよね?」
しれっと衣裳の吟味を始めた奏が訊ねてくる。
俺は右手を伸ばして奏の手から人形を引ったくりつつ、日本にいる時に見たアニメの内容を思い出した。
「最終回の後半でカイがユマにプロポーズするんだったよな?」
「そう。そうして最後に王宮で式を挙げてエンディングに入るんだ。
つまり誰が実行するかはともかくとして――『結婚』が物語を終わらせるキーワードになる」
奏は俺が握っている人形に遠隔操作で小さなブーケを持たせながら、真面目な顔をした。
「俺はユマ様と婚約してないし、兄ちゃんも国外追放はされてない。元の筋書きと違う流れがたくさんあって、完璧な予想はできないけど。
きっと、式を挙げる日に全ての決着がつく」
奏は最後に俺の左手に、白タキシードを着た貴公子――奏の人形を出現させて、微笑を浮かべた。
「この先どうなるかは分からない。
でも……約束する。
これから何が起こっても、俺は必ず兄ちゃんを守る。
どんな世界でも、これだけは変わらない。
だから」
一拍おいて、奏は奏人形に向かって指を振った。
すると小さい奴が俺人形の両手を握って、そこにキスをする。
「俺を信じてついて来て、兄ちゃん」
……何度義弟にガチ告白されてきたか知れないが、俺は未だに顔が熱くなってしまう。
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