宰相家長男が地味系女子と恋に落ちていく5日間(➕アルファ)

相鵜 絵緒

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第1章 イナギ

第3日目〜後半〜

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 思った通り、ヴィンス先生の部屋のドアを開けてくれてのは、お昼に会った『口なしちゃん』だった。


 部屋に入った後、ドアを後ろ手に閉めるイナギを見て、改めて腕組みをすると、精一杯怖い顔をしてイナギを見上げてくる。

「…ちょっと。どういうこと?」

 どこが『口なしちゃん』か。とイナギは思う。

 そして、自分に対して喋ってきてくれることが、思っていた以上に嬉しく感じていた。

「…すみません…。なんだかいろんなことが気になっちゃって…。」

 イナギは正直な気持ちを伝える。

「何が気になるの?」

 『口なしちゃん』は、イナギよりはだいぶ小さいはずなのに、精一杯威圧感を出そうと、腕組みしたままイナギに詰め寄る。

「…えっと…」

 イナギが答えようとするよりも先に、彼女はどんどん話し出す。

「学校で、宰相家の長男に話しかけられるなんて、私が目立つようなこと辞めてよね!!」

 言いながら、一歩前に出てくるので、イナギは距離を取るために、一歩後ろに下がろうとして…そもそもドアの前から動いていないことを思い出す。

 彼女は続ける。

「私はね、平穏で静かな学校生活を送る予定なのよ!」

 また一歩、前に出てきたために、イナギと彼女は体が触れ合いそうだ。

「だいたいねぇ…」

 まだまだ続きそうな説教を辞めさせないと、体が触れ合ってしまう。そのことばかりが気になって、イナギは必死で言葉を放った。

「ぼ…僕からの質問に答えなければ、また…また今日みたいに学校で話しかけるからねっっっ!」

 ドアに背をくっつけて、できるだけ彼女から離れるような体勢をとっていたイナギは、自らの言った言葉が、かなりの威力を持っていたことに気が付いた。

 というのも、彼女はとても悔しそうに唇を噛み、そして、何か言いかけていた言葉を発することを辞めていた。

「………。」

 顔を赤くして、これはきっと怒っているのだろう。彼女は、キッとイナギを下から睨みつけると、本意ではない、といった表情をしながら、なんとか詰め寄った分の2歩、後ろに下がった。

「…わかったわよ…。」

 両手をぐっと太ももの横で握り締めながら、聞こえるか聞こえないかの小さな声でそう言った。

 あまりに呆気なく、自分の要求が通ったことに、イナギは驚いた。

「…質問して…良いの…?」

 恐る恐るイナギが尋ねると、

「学校で聞かれるより、ここで聞かれた方がずっとずぅっとマシよ!」

 『イーっ!』と歯を剥き出しにして、彼女は答えた。
 彼女にとって、その仕草は、威嚇以上のなにものでもなかったのだろうが、イナギとしては、なんだか可愛くて仕方がない。

 そして、彼女の気が変わってしまう前に、と、イナギはさっそく質問を始めることにした。

「えっと…君の名前は…?」

「レカ。」

「学年は?」

「3年。」

「えっ!?」

 レカが同学年だということに、イナギはとても驚いていた。1つの学年は3クラスしかなく、男女合わせても100人いない。
 イナギはレカと3年間一緒の学舎まなびやにいて、一度も彼女を見た記憶が無いのだ。

 そんな反応は予想していたのだろう。レカはふふんと笑うと、

「私が、どれだけ大人しく、地味に、目立たないように生きてきたか、わかったでしょ!」

 と得意げに言った。

「…うん。ごめん、周りに興味が無いにもほどがあるね…。」

 イナギは、3年間も一緒の学校に居て、レカに会ったことが無いだなんて、なんて勿体無いことをしたのだ、と感じた。
 
「…こっちは、イナギ・サイファルって知ってるよ。」

 シュンとしたイナギに、素直に謝られてしまうと、なんだかさっきの言い方は意地悪だったような気がして、レカはトゲトゲしい言い方をひっこめた。

「宰相家の長男だし、見た目もすごく目立つ、有名人だから。」

 レカの言葉に、自分だけ一方的に知らなかったことが、間抜けみたいで嫌だった。

「じゃあ、今から僕はレカのことをたくさん知るよ!」

「…私のことを知ってどうするの?」

「どうするとかじゃないけど、同学年の人のことを知らないのは寂しいし…。とにかく、知りたいことを知るのは僕の自由じゃないか!」

 イナギ自身も、なぜこんなにムキになってまでレカのことを知りたいのかわからなかった。
 でも、知りたい気持ちは大きくなりはしろ、小さくはならない。

「じゃあ、質問を続けるよ!」

 ムキになっているイナギが興味深いうえ、勢いに押されたレカは小さく頷く。

「家族構成は?」

「…お姉ちゃんと、両親と、おばあちゃん。」

「好きな色は?」

「…白…。」

「誕生…」

 どんどん聞かれる質問に、レカも勢いに押されて正直に答えていたが、突然ハッとして、イナギの質問を遮る。

「ねぇ!」

「な…なに?」

「答えたく無い質問はどうしたら良いの?」

 イナギを下から窺うように問う。

「私、できる限り嘘はつきたくないの。もともと嘘をつかないことを信条としてるところもあるんだけど、私のことを知ろうとしてくれてる宰相家長男は、悪い人じゃ無いと思うし…。」

 一旦言葉を切ってから、また腕組みをする。

「だからといって、レディには、言いたくないことだってあるのよ!それを答えないからって、学校でまた声をかけられるのは嫌だわ。」

 言い切ったレカは、フンっと鼻息を付け足した。

「…そっかぁ。それもそうだよね。嘘を付かずに、真摯に答えてくれてるのに、答えなかったからって、レカの嫌がることをするのは、フェアじゃない。」

 イナギは、何も考えずに質問していたこともあり、答えたくないことがあることを失念していた。

「わかった。じゃあ、レカが嘘をつかないって約束してくれるなら、言いたくない質問は『言いたくない』って言ってくれたら良いよ。僕は、答えがなかったからって、学校で声をかけたりしない。」

 イナギは真剣な顔でそう言った。
 イナギのその答えに、レカはホッとして少し肩の力を抜いたようだ。

「うん。嘘を付かないって約束する。」
 
 レカはそう、イナギの目を見て答えた。

「体重を聞かれたら、どうしようかと思ったわ!」

 そう笑いながら言った。

 イナギは、レカの笑う顔を見て、やっぱり昨日お風呂場で見たのはレカだったんだな。と確信した。
 外見はなんとなく違っても、笑った時の顔はおんなじだったのだ。

「…レカは…ここに住んでいるの?」

「まさか!」

 レカは驚いた顔で答えた。

「私はちゃんと宿舎に住んでいるのよ。今は、宿舎のシャワーが壊れてしまっていて、直るまでヴィーに貸してもらっているの。」

 レカは面倒臭そうに続ける。

「直すのに、1週間かかるって言ってたから、あともう2日かな。」

 指折り数えながら、レカは顔を上げる。

「そう言えば、宰相家長男は、どうしてここに来ているの?」

 その質問に対して、イナギは咄嗟に答えることができなかった。
 もともと最初に来た時は、ちゃんとヴィンス先生に用事があった。しかし、昨日はまだしも、今日は、特に用事はない。
 そのうえ、レカがあと2日はここに通うことを知った今、イナギもあと2日、ここに来たいと思ってしまった。

「…商品祭のクラス発表について、今週末が生徒会への提出期限なんだ。その調べ物や打ち合わせが、ヴィンス先生の家であって…。」

 嘘ではないが、本当でもない。
 商品祭についての提出期限は今週末だが、実際には、別にもう調べることも、打ち合わせることもない。
 だが、『嘘をつかない』と約束したのはレカであって、イナギではない。

「ふーん。そっかぁ。宰相家長男も大変だね。」

 レカはイナギの言葉を全く疑いもせずに受け入れた。

「…ねぇ。ところで、その『宰相家長男』って呼び方、なに?」

 イナギはさっきから、自分を呼ぶ呼び名が不満に感じていたので、思い切って聞いてみる。

「えぇっ?だってあなた、宰相家の長男でしょ?」

 レカは、ニンマリしながら言った。これは、僕が嫌がるだろうことをわかってやっているな、とイナギは思う。

「それはそうだけど…レカは僕の名前は知ってるって言ってたじゃないか。」

「知ってるけど…今ここで呼んで、つい学校でもそう呼んじゃったら、嫌だもの。」

 と、レカは唇を尖らせながら答える。
 そんな顔も可愛い。

「どうしてそんなに、学校での僕を嫌がるの。」

 はぁ、とため息を吐きながら、イナギが聞いた。

「…目立ちたくないの…。」

 さっきまでの笑顔が嘘のように、暗く小さな声で答えるレカに、それ以上は聞けなかった。本当は『どうして学校では喋らないの?』と聞きたかったのだが、きっと答えてもらえないだろうし、何よりこれ以上レカの暗い顔を見たくなかった。

「さてと!」

 レカは大きな声を出して、雰囲気を変える。

「私はこれからお風呂に入ります。宰相家長男は、調べ物とやらをして下さい。でも、私が上がるまでには帰ってよね。」

 レカは軽くイナギを睨むフリをすると、お風呂場の方へ歩き出した。

「レカ!」

 思わず名前を呼んでしまったイナギは、振り向いたレカに何と言おうか一瞬迷う。だが、これは聞いておきたい、と勇気を出して聞いてみる。

「明日も…僕の質問に答えてくれる?」

 思いの外、真剣な声が出てしまった。
 そのことに、レカが少し驚いた表情をしたが、すぐにパッと華やかな笑顔になると、

「学校で質問しないなら、ここで答えてあげる!」

 そう言ってお風呂場へ消えて行った。

 昨日の作ったような笑顔じゃなくて、心底楽しそうな笑顔に、イナギは心がきゅぅぅぅぅっとなるのを感じ、急いで心臓の辺りを握り締めた。


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