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第1章 イナギ

第4日目〜後半〜

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 レカが誰のものでもないと言う真実に、思った以上に浮かれ上がったイナギは、その後も浮かれながらお喋りを続ける。

「レカはお姉さんといくつ違うの?」

 嬉しそうにニコニコしながら質問してくるイナギを少し訝しみながら、とりあえずレカは聞かれたことに答えていく。

「5つ上よ。ヴィーはもう2つ上。」

 レカとイナギは15歳、レカの姉が20歳、ヴィンス先生は22歳ということになる。

「ふーん。…あ、そういえば、レカはどこの国の出身なの?黒い髪に黒い瞳ってことは、パンニ?それともウカ?」

 何気なく聞いた質問に、レカはうっと息を止める。

「…………。」

 先ほどの年齢の時と同じように、スラスラと答えてくれると思っていたイナギは、拍子抜けする。

「えっ、あれっ?」

 たしかに、黒い髪と黒い眼は、パンニでもウカでも一般的な色合いだ。エイギだけが、茶髪に灰色や緑の目、まれに金髪碧眼もいるし、肌の色もエイギだけが白い。
 だからてっきりパンニかウカのどちらかだと思ったのだが、すぐに答えないということは、言いたくないのだろう。

「…答えない選択肢もあるって昨日言ったじゃん。言いたくないなら言わなくて良いよ?」

 イナギがそうレカに助け舟を出す。
 すると、レカは申し訳なさそうな顔でイナギを見た。

「そりゃあ、何でも答えてくれたら嬉しいけどさ。答えたくないことだって、レディにはあるんでしょ?それはそれで仕方ないよ。」

 イナギは苦笑しながら言う。

「レカが『僕に嘘をつきたくない』って思ってくれてることが、僕は1番大事なことだと思ってるんだ。」

 それは、イナギの心からの本心で、そのことが伝わったレカは、泣き笑いのような顔で、口を開いた。

「出身国についてはノーコメントで。」

「うん。わかった。」

 イナギは、なんでもないことのように頷くと、また違った質問を始める。

「じゃあさ、眼鏡が伊達だって言ってたけど、それならかけてるのはなんで?眼鏡が無い方が、かっ…可愛いのに…。」

 最後に少し噛んでしまって、カッコがつかない。そこが1番大事だったのに…。

 自分がカッコ悪すぎて、ジワリと顔が熱くなる。
 そんなイナギの顔を、レカは覗き込んで見に来た。

「…ちょっ…やめて…。」

 レカと反対側に顔を逸らして、レカの肩を自分から離れた方へ押しやる。

「…カワイイとか、言い慣れてないってバレて…カッコ悪いのわかってるから…。」

 レカは何も言わずにクスクス笑い出した。

「…わかってるんだよ。僕は女の子にモテる方じゃないし、誰も近寄ってこないから、こうやって長い時間女の子とお喋りすることも無くて…。」

 直そうと思えば思うほど、顔がドンドン熱くなっていくのがわかる。
 
「あぁぁ~…カッコわる…」

 レカを押しやっていた手を離して、イナギはその手で顔を覆う。

 はぁぁ~とため息をつきながら、どうやったら顔の色って戻るんだろう、なんて考えていると、いつの間にか笑っていないレカが、静かに言った。

「宰相家長男は、モテないわけじゃないわ。あまりに高貴すぎて、まばゆすぎて、誰も近寄れないだけよ。あなたは…女子生徒全員の、憧れの星よ。」
 
 あまりにいつもの話し方と違う様子に驚いて、イナギは顔を覆っていた手を外すと、急いでレカの顔を見た。

「…女子生徒全員って…。」

 レカも入るの?と聞きたくて、でも聞けなくて、その言葉は飲み込んだ。
 そんなイナギの言葉に、レカはフッと笑うと

「それは言いすぎか!」

 とペロッと舌を出した。
 
 赤くて小さなその舌は、すぐに引っ込められてしまったが、舌のせいで濡れた唇に、イナギの心臓がドキンッと大きく鳴った。

「それから、私の眼鏡のことだけど…」

 レカは外していた眼鏡を、優しく指でなぞりながら、

「1つには、目立ちたく無いから、かなぁ…。」

 と呟く。
 イナギは、黙ってその先が続くのを待つ。

「もう1つには、…自分と世界との間に、1枚ガラスがあることが、安心に繋がるっていうか…。この世界は…あまりにも…」

 レカは言葉を途切れさせると、一度息を大きく吐いてから、

「あまりにも…過酷だから。」

 と続けた。
 その時の表情は、大人びていて、イナギと同じ歳にはとても見えなかった。
 それを聞いたイナギは、とっさに

「…何か…辛いことでも…?」

 と、心配して聞いてしまう。

 そんなイナギを見て、レカはふふっと軽く笑うと、

「のーこめんとぉ!」

 と答えた。
 でも、その言い方が全然つらそうじゃなかったから、イナギは肩の力を抜いた。

「ま、眼鏡無しの私だと、可愛いすぎて、男の子たちが寄ってきちゃって、大変なことになりますからね~」

 冗談っぽく言うレカに安心して、イナギは、うんうん、と頷きながら笑っていた。
 すると、レカは突然イナギをパッと振り返り、

「ちょっとぉ!今は、『そんなわけあるかい!』ってツッコむところでしょお~?それが無かったら、なんだか痛い人じゃない!」

 と顔を赤くして、言い募る。

「へっ?」

 全くその通りだと思っていたイナギは驚く。

「今の反応で、僕怒られちゃうの?…うわぁ、レカの対応難しい…。」

 イナギは困ったように言った。そして、主張する。

「だって、本当に可愛いと思うから、きっと眼鏡無かったら、男の子たちが色めきたつと思うし…。」

 それなのに、どこをどうツッコむの?

 とブツブツ言いながら、レカのいる方を向いた。

(えっ…!?)

 イナギは動きが止まる。

 なぜなら、先ほどまでも赤い顔をしていたと思われるレカが、もっともっと顔を赤くして、プルプルと震えていたのである。唇をぎゅっとむすび、目も閉じている。さきほどの『可愛い』の時よりも、恥じらいかたが激しい。

(なにこれ…すごく可愛い…)

 レカの赤さがうつったのではないかと思われるくらい、イナギもポーッと赤くなる。

「だからっ…かっ…かわいいとか…簡単に…言わないで…ってば。」

 そう、精一杯の抗議をするレカ。

「…え~…。」

(こんな可愛いレカが見れるなら、何回だって言いたい…)

「言わないでっ!」

 レカが目を開けて、怒りながら言ってくる。

「…うーん。でも、僕も嘘はつけないから、可愛いと思った時は言いたいよ。」

 イナギがそう正直に言うと、

「…言い慣れてないって言ってたくせにぃ~…。」

 とレカは悔しそうに返す。
 
「あはは!レカのおかげで言い慣れそう。」

 イナギは、怒った顔も悔しそうな顔も、どんな顔のレカも可愛いと思ったけれど、今は言わないでおくことにした。


※※※※※


「あっ…」

 レカが、壁にかけてある時計を見上げてから、声を上げた。

「もうこんな時間。そろそろお風呂に入らないと。」

 最初はイナギが座っていた椅子に、途中からレカを座らせ、イナギは、その隣に立って2人で資料を読んでいた。

 楽しい時間はあっという間で、意外にも博識なレカとの話は尽きなかった。

「もうそんな時間かぁ。」

 たしかに、ここに来てから2時間近くの時間が過ぎていた。
 イナギは軽く伸びをしてから、資料を集めて棚に戻し始める。

「長男も、早く帰らないと、ヴィーと鉢合わせした場合、ちょっと気まずいんじゃない?」

 『宰相家の長男』呼びが、長くて言いづらかったのだろう。この短時間で、『長男』という続柄で呼ばれるようになっていた。

「ヴィーは、ちょっと過保護なところがあるから。私と2人きりで部屋に居たことを知ったら、きっと大変なことになるわよ。」

 慌てふためき、イナギを問い詰めるヴィンス先生を想像したのだろう、レカは悪戯っぽい顔をして笑った。

「それは大変だ。」

 イナギも笑いながら、棚に向かった。そして、さっきからずっと言いたかった言葉を何気なさを装って、言ってみる。

「明日も今日と同じ時間にここに来て良いかな。」

 レカは明日まで、お風呂を借りにここへ来る予定だと言っていた。
 学校では話しかけることができないけれど、ここでなら自由に話すことができる。
 イナギは、レカと話すことが楽しくて仕方がなくなっていた。だから、少なくとも明日までは、ここで一緒に過ごしたい。

『明日もここで会ってくれないなら、学校で話しかけるよ』

 と脅したならば、きっと渋々ながらOKしてくれることだろう。
 しかし、それではなんだか一方的で悲しい。
 レカからの許可というか、レカからも会いたいと思って欲しいという欲が、イナギの中に芽生えていたのだ。

「それは…」

 レカが答えようとしたその時、

「カチャッッガチャガチャッ」

 と、玄関の鍵を開ける音が聞こえてきた。
 鍵を開けてここに入ってくる人物は、ヴィンス先生以外にいない。
 2人は共に『ピャッ』となって、目を合わせると、レカがすぐに動いた。

「こっち!」

 鋭く囁くと、イナギの手首を掴んで、隣の寝室へと駆け込んだ。
 そして、急いで寝室のドアを閉める。

 そのままレカは、すぐにドアに背中をつけて、向こうの部屋の様子を窺った。

 どうやらヴィンス先生は、こちらの存在に気付かずに、洗面所へ入っていったらしい。
 レカは一度ホッと息をついてから、

「…この後、私が洗面所にヴィーを引きつけておくから、その隙に外へ出て。」

 と囁く。
 そのまますぐドアを開けようとしたその時、イナギは掴まれていた手を解いてから、逆にレカの腕を掴む。
 レカは驚いてイナギを見上げた。

 最初、イナギはレカの手首の細さに、少し意識ををもっていかれそうになってしまった。しかしすぐに気を取り直すと、じっとレカの目を見続ける。そして、

「…明日も…。」

 と息で発する。

 レカは掴まれた自分の手首を見た後、イナギの顔をもう一度見上げる。少しだけほっぺたがピンク色になっていた。

 コクン

 頷いたレカを見て、やっと安心したイナギは、柔らかく微笑んで自らも頷いた。

 レカは、恥ずかしさもあって、すぐに顔を背け、ドアノブを回す。

 レカが出て行ってからたっぷり10秒後、イナギはそぉっと寝室を出る。

 洗面所から、『排水口が…』とかなんとか言ってるレカの声が聞こえる。
 
 抜き足、差し足、忍び足。

 イナギはドキドキしながらも、玄関から脱出することに成功した。

 そして、廊下を何食わぬ顔で歩きながら、先ほどの自分の間男っぽい行動が笑えてくる。

 クックック

 喉の奥で笑いながら、イナギは宿舎に足取り軽く帰って行った。







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