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第2章 レカ
生まれ故郷
しおりを挟むレカが生まれたのは、『ミツカ』という国である。ミツカは、その昔『密華』と書かれていたという言い伝えがあるように、多くの者には『秘密』にされており、気づかれていない不思議な国だ。
エイギ王国とウカ国の間に流れる河川は、実は高山の裾野で2つに別れており、その両河川に挟まれた三角州のようなところにミツカは存在する。
河川はまた、海に近づき、パンニ共和国に入る前に1つに繋がっているため、ミツカはちょうど河川の中に隠れているような形になっている。
川の周りは深くて暗い森に囲まれており、3国からは誰も川の中に国があることを知らない。
ミツカは、河川の中に存在することから、昔から河川の氾濫に悩まされてきた。そこで、治水に関する技術が発達し、それに伴い、高度な学問も発達した。
先人たちの知恵のおかげで、今ではどんな自然災害に遭っても、たいていのことは乗り越えられる国策がある。
しかし、どうしても一点だけ、克服できないものがある。
それが『食糧』だ。
ミツカは極端に国土が狭い。いかに、治水に成功したとしても、もともと河川の中にあるため、国土を広げることは難しい。そして、狭い国土の中では、充分な食糧を生み出すことが叶わない。
そこで、ある一定の年齢に達すると、周りの3国へそっと出て行く。そこで、自分達の持つ学問の力を使って、お金を稼ぎ、そのお金でミツカへ食糧を送ってやるのだ。
この仕組みは、いつの間にかミツカ内で受け継がれ、ここ千年ほどは、そうすることでうまく生きながらえてきた。
ミツカの優秀な人材は、3国の政治内に入り込み、充分な資金を得ることに成功したため、今では食糧に困ることはない。
また、3国それぞれが力を合わせることもなく、逆に攻め合うこともなく、他国への関心もうまく逸らせて、気付かれないうちに、お互いに不可侵条約を結ばせてしまった。それは、ひとえにミツカからの使者達が、情報を伝え合い、根回しし、時には嘘も交えながら、うまく事を運ばせたからに違いなかった。
しかし、そのことを知っているのは、ミツカの国民のみ。
どこよりも国土の狭い、川の氾濫に悩まされていた弱小国が、実はこの『4』国を牛耳っているのである。
※※※※※
ミツカでは、1歳の誕生日に行われる行事と4歳になると行われる習慣の2つが特徴的だ。
まず、1歳の誕生日だが、やっと歩けるかというくらいの赤ちゃんの少し前に、『麺類』『お米』『パン』の3種類の食事を置いておく。
ハイハイでも、ずり這いでも、伝い歩きでも何でも良いので、その3つのお皿のうち、どれか1つを選ぶまで、周りで家族が見守るのだ。
時に、それぞれの家庭の事情もあるので、親が意図的にどれかを持って子どもを呼んだりすることもあるのだが、基本的には子どもが自分から選ぶことを推奨している。
これは『国選び』と呼ばれ、子どもがどの食事を選んだかによって、その子がどの国の言葉を第一言語として生きていくかを決めることになる。
レカは、親の思惑などはなく、自分から『パン』に寄っていきパンを選んだ。よって、第一言語は『エイギ語』だ。
ちなみに姉のユウサとヴィーは、米を選んだので『パンニ語』、麺を選べば『ウカ語』だったはずだ。
それぞれに、第一言語は違えど、結局ミツカでは3ヶ国語を全て学ぶため、意思の疎通はできる。
親は、子どもが小さいうちは、できる限りその子が選んだ第一言語で話しかけるように気をつける。
しかし、兄弟姉妹で選んだ言語が違うと、家庭で使う言語が難しい。
そのため、先ほどの『国選び』の際、親の思惑が入りやすい。上の子と同じ国を選んでほしいからだ。
レカは、ユウサと違う言語を選んだので、親はかなり苦労したようだが、幸いにも、父親はエイギ語、母親はパンニ語が第一言語だった。
なので、なんとなく、ユウサは母親が、レカは父親が面倒をみることが多かった。
そして、2つ目だが、それぞれ4歳になると、エイギ、パンニ、ウカの3国へ3年間ずつ留学することになっている。
まずは第一言語の国からスタートし、7歳になったら次の国、10歳になったら最後の国、と3年間ずつ住むことになる。住むことによって、その国の言語を身につけるのである。
ミツカからの留学は、秘密裏のうちに3国それぞれで流れができており、受け入れ側の準備は万端だ。
そして、レカの場合、『エイギ』➡︎『パンニ』➡︎『ウカ』の順に留学することになっていた。
4歳では、まだ舌足らずなところもあるが、子どもの吸収力は早く、すぐに喋れるようになる。しかし、読み書きが難しい。3国は文字もそれぞれ独立しており、それらを日常生活で困らない程度まで習得することは、かなりの努力を要する。
ミツカで産まれた子ども達は、小さな頃から先輩たちにみっちり仕込まれる。それは、今後生きていくうえで、とても大切なことだからだ。
ミツカを栄え続けさせることはもちろん、自分自身が生きていくために、必死で言語を習得する。
使い物にならないと判断されると、もう2度とミツカの外に出ることはできなくなる。
それは、とても不名誉なことだった。
そうして、適性を見ながら、だいたい18歳になった頃に、どの国へ潜入するのかを決められる。本人の意思は一応訊ねられるが、『ミツカの限られた人材を最大限に発揮する』という大義の下ミツカ中枢の人物による、政治的采配によるものが大きい。
※※※※※※
15歳になったレカは、もともと真面目な性格であることと、言語習得の才能が高かったことが功を奏し、3カ国語の全てをそれなりに優秀な成績で習得することができている。
そして、今のところはどこへ配属されても良いと思っている。3国全ての国の言葉を充分に身につけているし、ユウサやヴィーのように想う相手がいるわけでもない。
ただ、エイギには、少しだけ思い入れがある。それは意外にも第一言語である、という理由ではなく、自身の思い出によるものだ。
まだ6歳だった頃、それはそれは美しい子どもに、話しかけられたことがある。金色の輝く耳の上までの髪に、青空のような澄んだ青い瞳。その瞳を縁取るまつ毛まで金色で、肌はなめらかな白さだった。
クリクリとした瞳を動かしながら、ピンクの唇から真珠のような歯が見え、レカに向かって何度か話しかけてくれたのだ。
あの頃は、目立った行動をしてはいけない、と言われていたため、レカはどこへ行っても喋らないようにしていた。特に話すことを禁止されていたわけではないが、『目立たないこと』は『喋らないこと』だと思っていた。
すごく美しい子どもに話しかけられたことが嬉しくて、レカはニコニコして聞いていた。
女の子と言われても、信じてしまうくらいの可憐さであったが、服装はもちろん、『坊ちゃん』と呼ばれたことから、やっぱり男の子だったようだ。
その子は、きっとレカを耳や口に問題を持つ子だと思っただろう。
それがなんだか寂しくて、本当の自分を知って欲しくて、レカは自分自身に課していた『喋らない』という枷を、一度だけ外してみた。
「またね…」
小さな声で囁いてみた。
それは、なんだかとても恥ずかしい気がして、言ったすぐに、物陰に隠れてしまった。
男の子は驚いて振り返ったが、レカを見つけることはできなかったらしい。
不思議そうな顔をしてから去って行く後ろ姿をレカは見続けた。
驚いた顔が面白くて、レカは1人でふふふと笑った。
(いつかあの子とお友達になりたいなぁ)
そんな夢みたいな気持ちは、すっかり忘れていたのに、レカは13歳になってエイギに戻ってきた途端、あの美しい子どもと再会した。
彼は、相変わらず美しかった。
あの時は女の子と言ってもわからなかったが、13歳になった今は、背も伸び、顔の丸みも取れ、どことなく男らしい骨格をした、どこからどう見ても男の子だった。
もちろん、こちらが一方的に見知っているだけだ。
むこうはこちらを知らないし、気付きもしない。
レカとは、生まれも育ちも階級も違う。そんなことは、よくよくわかっている。
あの時以上に、お友達になるなんて『夢のまた夢』であった。
それでも、あの時の美しい子は、レカの中に強烈に存在している。
その思い出が、レカをエイギに惹きつける。
相手は全くこちらを知らないというのに…。
そんなレカにとって、15歳は人生を決める転機となる。
それは、ほんの5日間の出来事だった。
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