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第2章 レカ
第1日目の前日
しおりを挟む「あと6日…」
レカの宿舎のシャワーが壊れて、水しか出なくなった時、寮監さんに申告すると、『直す間の1週間は、お友達のお部屋のシャワーを借りて下さい』と言われてしまった。
この学校に入ってから、誰とも喋っていない『口無しちゃん』に、一体どんなお友達ができるというのだろうか。
ミツカから指示された『目立たないこと』は『喋らないこと』だと信じて疑わないレカは、この国に入ってから、ほとんど喋っていない。
『話すことは言語を身につける上で大事なこと』だとは言われているが、レカはそれを上回る読み書きで努力をしていた。また、周りの人の言葉を腹話術のように唇を動かさずに復唱することで、日常会話は完璧だ。
それを知っているヴィーは、『友達作って喋っていれば、その努力の半分で身につくのに…』といつも呆れ顔で言う。
そうは言っても、出自を打ち明けるわけにもいかず、3年経てばまた移動する自分に、親しい友達なんてできないとも思っている。『出自を言わないことは、嘘をつくことではない』と、周りの大人達はみんなそう言うけれど、レカは納得できなかった。
出自すら言えないのに、そんな上っ面の関係は友達だとは思えないのだ。
深く突き詰めると、『友達とはなんぞや』という難しい話になってしまうから、考えないようにはしているが、結局レカは誠実であり、臆病なのである。
しかし、今回ばかりは、友達がいないということが裏目に出てしまった。1週間シャワー無しは厳しい。
1日目は、とりあえず我慢してみた。たしかに、1日くらい入らなくても、誰にも迷惑かけないと思う。これが夏ならまだしも、まだうすら寒い4月。汗もそんなにかいていない。
でも、2日目からは無理だった。
自分の匂いが気になってしまうし、今まで毎日当たり前のように入っていたシャワーができなくなると、なんだか気持ちが悪いのだ。
(この手は使いたくなかったけど、仕方ないか…)
レカにとって最終手段である、ヴィーこと、ヴィンス先生にシャワーを借りることにした。
突然家に行っても居ないかもしれないが、日曜日であるため、事前に学校で連絡することも出来なかい。
2、3日、シャワーができなくても、死にはしない…けど…女子としては死ぬ!
そう覚悟して、ヴィーが居なくても、何度か家に行って、運良く居る時に遭遇したら、シャワーを借りるつもりだった。
そして、意を決してドアチャイムを押すと、思いの外1発で会えて、家に入れてもらえた。
「もう、レカは~。前から言ってるけど、せっかく同じ国の同じ学校に通っているんだから、もっと僕を頼ってくれて良いんだよ!」
ミツカ出身であることは、内緒にしなくちゃいけないけど、それ以外は別に大丈夫だよ。
とも、続けて言ってくれた。
「ありがとう。でも、それだと、私の出身地がバレたら、ヴィーも疑われることになっちゃうし…。」
レカは、そういうところが心配で、なかなかヴィーを頼ることができない。
「そんなの!バレた時はミツカのお偉いさん達がなんとかしてくれるでしょ!」
ヴィーは楽観的にそう言うが、レカはヴィーほどお偉方を信用していない。
大好きな姉と、その旦那さんをこうしてバラバラに配置するところも気に食わない。
三つの国に、自分達のことを伝えないくせに、お金だけはもらって栄えているとか、そういう姿勢も、フェアじゃないと思っている。
青年期特有の反抗期の一種なのか、青臭い理想ばかりが高すぎるのか。
このことについて語り合える友達もいないため、よくわからない。
「とりあえず、今日、今すぐにでもお風呂に入れるけど、どうする?」
「えっ?ヴィーの部屋にはお風呂もあるの?」
驚くレカに、ヴィーはニヤリと笑う。
「もちろんだよ。僕がこの部屋を選んだのは、教員住宅だからじゃない。浴槽が付いているからなんだ!」
ミツカは、水には恵まれた土地だ。
実は、温泉も湧き出ており、公衆浴場はもちろん、各家庭に浴槽がある。
レカはそれほどではないが、ヴィーは無類の温泉好きで、どこの国へ行っても、浴槽を見つけ出し、時には作らせてでも、毎日入浴しているそうだ。
「良いなぁ。毎日お風呂なんて。贅沢だぁ!」
嬉しそうなレカの顔を見て、ヴィーも同じように嬉しそうな顔をすると、
「じゃあ、お湯を溜めてあげるから、少しこの部屋で待っていて。」
と、レカをリビングに残して、1人お風呂場へ行ってしまった。
※※※
(っっくぅぅぅぅ~~っ!)
レカは久しぶりの湯船に浸かると、心の底から湧き出てくる、大きな歓声を、胸の中に収めるのに苦労した。
親父臭いうめき声を、胸の奥で叫びながら、レカはそっと足を伸ばす。
「…はぁぁ~」
気持ちよさに、勝手にため息がもれる。
ヴィーの家の浴槽は、少しピンクがかった白いホーローでできており、滑らかな手触りだ。大きさも、きっとヴィーが足を伸ばしてもちょうど良いような、けっこう大きな物である。
(リビングは少し狭いように思ったけど、きっとヴィーは、この浴槽に一目惚れしてここに住むこと決めたんだろうなぁ。)
わかりやすいヴィーの考えに、クスッと笑うと、さきほど一度体を洗うのに使ったシャワー室を見やる。
浴槽のすぐ横に、ガラスで四方を仕切られたシャワー室がある。そこに置いてあるシャンプーやボディソープは、レカに馴染みの深い物が多く、もともとは、姉のユウサが教えてくれた物だ。
夫婦なのだから、何度かここに来たこともあるのだろう。
ユウサが来る時にわざわざ差し入れしているのだろうか、それらはここでは簡単に手に入らない、パンニ製の物だ。
柔らかな香りが、レカもユウサもとても気に入っており、使用後のしっとり感も相まって、ここ数年は姉妹の間で絶大な人気を誇っている。
(わざわざお風呂道具を持って来なくても良いから、助かったな…)
温かくて、気持ちの良いお風呂に入り、大好きなアメニティに囲まれたことで、レカの部屋のシャワーが壊れてしまったことも、悪いことばかりじゃなかったかな、と思えた。
※※※
残りのあと5日間も、できれば放課後にお風呂に入らせてもらいたい、とヴィーに言ってみると、すぐに了解の返事が返って来た。
シャワーが直った後も、いつでも入りに来て良いんだよ。とも言ってくれた。
ヴィーは昔から優しいし、本当の妹みたいに思っているレカに頼られることは、心から嬉しいと思っているようだ。
シャワーが直った後は、大義名分も無くなるから、もう来ることは無い気がしたけど、それを今すぐここで言うつもりもなかった。
「ありがとう。」
そう笑顔で言うと、ヴィーも笑顔になってくれた。
湯上がりのレカのために、お茶を淹れてきてくれたので、ヴィーと2人で少しお茶をする。
リビングには、椅子が1脚しか無いので、ヴィーは立ったままだった。
(お姉ちゃん来てる時はどうするんだろ。)
と、思いながら、周りを見回す。
「…相変わらず、本がたくさんあるんだね。」
レカがポツリと呟くと、
「ああ…。これでも一応減らす努力はしているんだけど…。なかなかね…。」
と、ヴィーが困ったように笑った。
ヴィーは今後も長くこの国にいるのだろうか。長く一つの国に留まる人もいれば、3つの国を定期的に回りながら生きていくミツカ人もいる。
どちらにしろ、ヴィーとユウサが仲良く一緒に暮らせる未来を、レカは願っている。
少々頼りなく見える義兄を見ながら、最後の一口を飲み干すと、レカは立ち上がる。
「お邪魔しました。また明日、4時頃に来ます。」
そう伝えると、レカは一度も振り返らずに、自分の部屋に戻って行った。
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