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第2章 レカ
第3日目〜前半〜
しおりを挟むいつもレカは、誰も人が来ない裏庭のベンチで、のんびりお昼ご飯を食べることが多い。
寄宿舎なので、お弁当を作ることは難しいが、売店で簡単に食べられるサンドイッチなどを買ってから、そこに行く。
1歳の儀式でパンを選んだだけあって、レカはパンが大好きだ。かと言って、パンだけが好きかというと、実は定食や麺類も、普通に好きで…つまり何でも食べる食いしん坊である。
今週の食堂は、『ラーメンフェスティバル』なるものを開いており、普段はメニューに無い、『豚骨塩ラーメン』が食べられる。レカは密かにそれを楽しみにしていた。
しかも、昨日の嫌なことを、好物を食べることによって、払拭したいと思っていた。つまり、ラーメンフェスティバルは、今のレカには渡に船である。
そんなこんなで、今日のお昼は珍しく食堂で食べることにしたのだった。
食堂は食券制で、まずは券売機で食べたい物のチケットを購入する。そこで出てきたチケットとお盆を持って、『麺』『定食』『一品』などに分かれている、それぞれのメニューを作っているコーナーに並ぶのだ。
今日は、遠目に見ても、『麺』コーナーに並ぶ列が長い。
レカは楽しみにしていた『豚骨塩ラーメン』のチケットを購入しようと、前の人が購入し終わるのを今か今かと待っていた。
その時だ。
「あの~…」
声と同時に肩に手をかけられる。
学校で誰かに話しかけられることなんて、今まで一度も経験したことのないレカは、ビックリしてパッと後ろを振り返った。
すると、そこには昨日の夜、レカを寝不足に陥らせた、張本人のイナギが、不思議そうな顔をして、レカのことを見ていたのだ。
(…なになに?なんなの?)
昨日の夜、散々考えた後、今度会えたら感じの良い対応をしたいと思っていたのに…。心構えをする時間がないままに、しかも学校で慣れないことをされてしまっては、どうして良いのかわからない。
とりあえず、思いっきり嫌そうな顔をして、イナギを見上げる。
(昨晩の反省が生かされてない…)
そうは思うものの、今から笑顔を作るのも不自然極まりない。
仕方なく、そのまま相手の出方を待つことにする。
「………。」
こちらから特に話すことは何もないので、レカは黙っている。しかし、何を言われるかわからないため、本当はすごく緊張しており、身体中に力が入ってしまっていた。
(もしかしたら、昨日のことかしら…ここでそんな話になったら困るけど…)
昨日についての、感謝だろうと、怒りだろうと、ただの世間話だったとしても…例えどんな話だったとしても気まずいことに変わりはない。
なぜなら、ここは食堂で、多くの生徒が活用している。近くにはもちろん人がいるし、変なことを話したら、それこそ紙に火がついたみたいに、すごい勢いで全校に広まってしまうだろう。
事と次第によっては、ヴィーに迷惑をかけてしまうかもしれないのだ。
対して、イナギは、何か言いたいような顔をして、しばらくレカの様子を窺っていた。
しかし、突然に何かを思い出したのだろう。
「すみません。間違えました!」
と発した。
(…?ま…間違え?)
予想もつかないことを言われ、拍子抜けするレカだったが、同時にとても安堵し、全身から力が抜けるのを感じた。しかし、それを顔に出すようなことはしない。
(…いったいなんだっていうのよ…)
何が目的なのかさっぱりわからないイナギに対して、レカは、訝かしげにイナギを一度見上げる。
(まぁ、何も起こらなくてよかったわ。このまま、知らんぷりしちゃいましょ。)
レカはそう考えると、またスッと前に向き直る。
そして、ちょうどレカの順番になったため、何事も無かったかのように、食券を購入し始めた。
正直に言えば、昨晩の反省が全く生かされなかったことが、とてもとても残念だった。
※※※
(やっぱり豚骨塩ラーメンは最高だったわ!)
レカは心から満足して、食器返却の列に並んでいた。
食券購入の際は、意外なことが起こり、心を乱され、『なんで食堂なんかに来ちゃったのか』と後悔していたほどだったのだが、今のレカは、それを覆すほどの満足感に包まれている。
(今日は、食堂に来て、塩豚骨ラーメンを食べられたから、良い日ね!)
きっと後でよくよく思い返してみたら、快い対応が取れなかったことを、しみじみ後悔しそうだった。だから、こうして気分が良い時だけは、その良い気持ちを満喫しよう、と前向きな気持ちでいることにした。
そして、そんな幸福感に浸っていたレカの耳に、ふいに大きな声が聞こえてきた。
「今日も、ヴィンス先生のところへ寄ってから帰ろうと思う。どうしても明らかにしたいことがあるんだ。」
(!?)
すぐ後ろから聞こえてきたその声と、言葉の内容に、レカはドキッとする。
昨日から何度も聞いているからわかる。これはイナギの声だ。
しかも、内容はレカに対して発せられたように聞こえる。
(…明らかにしたいことって、もしかしたら私のこと…?)
イナギの隣に立っていたイナギの友人が「わかった。」と答えているのが聞こえた。ただの会話だったのだろうか。
そうなると、自分に当てた言葉ではなかったようにも思える。
(ただの男の子同士のお喋りだったのかな…)
確信がもてず、聞き直したいくらいだったのだが、そんなことはとてもじゃないが、怖くてできない。
だって、今まで『人に話しかける』なんてこと、全くしたことがないのだ。
レカはどうすることもできず、機械的にラーメンの器を返却する。
(…でも…)
どちらにしろ、レカは今日もヴィーの部屋へお風呂を借りに行かなくてはならない。急に行くのを辞めたら、ヴィーが心配するだろうし、やっぱり毎日お風呂には入りたい。
(変に話しかけられないためには、イナギが来ない時間を見計らって行かないといけないのかな…)
一度はそう思ったが、ふと気づく。それではまるで逃げたようではないか。
(私が逃げる必要なんてある!?)
ムクムクともたげる、負けず嫌い精神が、レカを奮い立たせる。
(上等じゃない!受けてたってやる!)
別に宣戦布告されたわけでもなく、自分に向けての言葉だったかどうかもわからないのに、レカは1人でそう思い込んだ。
昨日の夜、あんなに悲しくて悔しくて、眠れないほどに考えたのに…。
2回目の出会いでも、レカはうまく立ち回ることができなかった。
そのことについて深く考え出すと、今夜も反省のために眠れなくなりそうだったので、レカは全ての気持ちを『怒り』に変えることにする。
それが、今までのレカのやり方だったし、それ以外の方法で、自分を奮い立たせるやり方なんて知らない。
(宰相家の長男だからってなんなのよ!)
レカは、蹲まってしまいそうな心を、無理矢理に強い言葉で鼓舞すると、前を向いて歩き出した。
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