宰相家長男が地味系女子と恋に落ちていく5日間(➕アルファ)

相鵜 絵緒

文字の大きさ
27 / 27
第4章 プラスアルファ(+アルファ)

エピローグ

しおりを挟む

「はぁぁぁ~、涼しい!」

 ワルツを一曲踊った後、2人は美しくライトアップされている庭園へと、広間から抜け出してきた。

 レカは、ダンスで熱くなった身体を涼ませに、イナギは嫌な視線(特にヴィンス先生からの痛いような視線)から逃れるために…。

 レカの左手は、イナギの右肘にちょこんと添えられ、イナギの行くところはどこへでも付いてきてくれるようだ。
 そのことに、イナギは幸福と安堵を覚える。
 そうして、2人は少しだけ庭園内を歩くことにした。

 庭園は、生垣によって道が作られており、中央部分には大きな丸い噴水がある。その噴水へと続く道の所々に、咲き誇る花をよく観ることができるよう、いくつかのベンチが用意されていた。

 赤いシクラメンが綺麗に咲き並んでいる所にある、2人掛けのベンチに、2人は並んで座った。

「ねぇレカ。」

 イナギはニコニコしながら話しかける。

「なぁに?」

 レカも優しく微笑んで返す。

「レカは、僕の恋人ってことで良いんだよね?」

 そのことが、嬉しいからなのか、イナギはもう一度レカに確認をとった。先程、ダンス会場で聞いてきた時よりは、不安そうな顔をしていない。
 レカは、クスッと笑ってから答える。

「うん。私はイナギの恋人だよ。」

 その答えに、イナギは眉尻を下げて、フニャっと笑った。

「…だよねぇ…。」

 その答えに、レカは微笑みで答える。

「じゃぁさぁ、レカ。ここからがとても大事なんだけど…。」

 言いながら、イナギはベンチにしっかりと座り直し、身体ごとレカの方を向く。

「友達と恋人の違いってなに?」

「…えっ?」

 イナギは心なしか、質問を開始した時よりも、前のめりの姿勢でレカに詰め寄っている。

「今までは友達だったでしょう。で、今日からは恋人。その違いはいったい何かな。」

 イナギは、言い直して聞いた。

「…違い…。」

 レカは今までそんなことを一度も考えたことがなかったため、突然のその質問に明確な答えを用意できなかった。
 レカは人差し指でほっぺをトンと突きながら、考える。
 イナギは大人しくレカの答えるのを待っていた。

「えっと…これからも一緒にいるって約束したこと?」

 レカの疑問形に、イナギは即答する。

「一緒にいるのは友達でも同じだよね。」

 イナギの返事から、イナギが納得していないことを感じ取ったレカは、また考える。

「友達よりも、…特別な関係?」

「特別ってどんな風に?」

 イナギの返答は早い。

「んー…理由がなくても一緒にいられる、とか。周りからも認めてもらっている、とか?」

「それも、友達でもできることだよね。」

「…………。」

 イナギの笑顔なのに笑ってない顔から発せられる容赦ない返事に、レカは考え込む。

(恋人、恋人…恋人ならできること…)
 
 レカはふと思い浮かんだことがあり、嬉しそうにパッと顔を上げて、イナギの方を向く。そして、人差し指を立てながら、自信満々にこう言い出した。

「わかった!手を繋いだり、デートしたり、キスした…り…。」

 最後は、言いながら、自分がひどく恥ずかしいことを言ってしまったことに気が付き、レカは語尾をにごらせる。

 それに対して、イナギはにーっこりと笑った。

「手を繋いだり?」

「…………。」

「デートしたり?」

「…………。」

「あとは何だっけ?」

「…………。」

「ねぇ、レカ。何だっけ?」

 下から窺うように、イナギがレカの視線を捕まえる。
 暗がりでも、レカのほっぺがなんとなく赤いのは見えていそうだ。

 ただでさえ、なんだか言わされた感が強いのに、そこも改めて言わせるのか。と、レカは思うものの、しかし、そこで恥ずかしがったら、負けてしまうような気がして、レカは思い切って言う。

「………キ…ス……。」

「していいの?」

 今度は間髪入れずにイナギが問うた。
 イナギの返しに、レカはピャッと肩が上がる。

「しっ…してっ……、して……は…ダメ。」

 レカは、いつの間にか握りしめていた両手を、胸の前まで持ってきていた。

「ダメかぁぁぁぁぁ~~。」

 イナギは、レカへの前のめりの姿勢から一転、身体を噴水側に戻すと、ガックリとこうべを垂れる。開いた膝の上に、両肘をつき、その間に頭を垂れているのだ。

 あまりにもガッカリしているイナギに、レカは首を少し下げてからイナギの顔を窺うように見る。

 すると、イナギはクルッと顔をレカの方に向けて、じっと目を見た。
 そして、ビクッとしたレカを見てから、ふふふと笑う。

 ガッカリしてるかと思ったのに、笑っているイナギを見て、レカは少しホッとする。

「まぁ、レカが恋人がどんなものなのかわかってるってだけで、今日のところは良しとするかぁ。」

 悪戯っぽい顔をして笑うイナギに、レカは一旦はホッとしたものの、その後になって、持ち前の負けず嫌い精神がむくむくと湧き上がるのを感じた。

「…そんな悠長なことを言っていて良いのかしら?」

 レカは軽く目をすがめてイナギを見ると、エイっとばかりに、イナギのほっぺにチュッとリップ音のするキスをした。

「…へっ……!?」

 完璧に不意打ちだったイナギは、最初、何が起こったのか全くわからなかった。そして、そっと自分の右手で右のほっぺをさする。
 そこには、今までレカの唇をキラキラと輝かせていた、口紅が少し残っており、イナギの指先にしっとりとした物を感じさせた。
 軽く拭って、指先を見ると、思った以上にキラキラと輝いている。

「レ…レカ……」

 目を見張って自分の指先を見ているイナギに、レカは少しだけ胸のすく思いを味わう。
 余裕を持って、イナギの慌てる様子を見ながら、ふふん。と鼻で笑う。

「私だって、恋人のすることくら……」

 レカは、最後まで言い切ることができなかった。

 その前に、イナギの顔が近付いてきたかと思うと、距離がゼロになってしまったうえ、言葉を発する器官を塞がれてしまったのだ。

 目を閉じていたイナギに対して、突然のことに、レカは目を見開いたままだった。

 知らない間に、レカの右頬はイナギの大きな手の平に覆われており、顔を反らすことすら許されない。

「……ふっ……」

 2人の唇が少し離れた瞬間に、どちらのものともいえない、空気が漏れる音がした。

 唇は離れても、鼻と鼻がくっつきそうな距離に顔がある。
 ゆっくりと目を開けたイナギは、目を見開いているレカの顔を見ると、

「…目…閉じて…」

 と一言だけアドバイスをすると、自分もまた目を閉じる。
 レカはイナギの言われるままに、急いでギュッと目を閉じると、イナギの柔らかな唇が、またしてもレカのものに押しつけられた。

「……んっ………っっ。」

 レカの鼻から抜ける声に、イナギはますます唇を押し付けると、少し唇を開いて、レカの唇をなぞるように擦り付ける。

 レカは、イナギにされるがままだった。固く瞑っていた瞼も、イナギが何度も何度も唇を擦り付けているうちに、身体の力が抜けた際に一緒に力が抜けてしまった。

 夢中でキスをしていたイナギは、ふとした瞬間に、目をうっすらと開けて、レカの顔を見るとも無しに見た。

(………っっっっ!!!)

 レカの、脱力したぽやんとした顔は、一瞬でイナギの身体に電気を走らせた。
 つまり、アレがアレしてしまったのである。

 イナギは掴んでいたレカの肩をバッと離すと、先ほどの、足の間に頭を落とす、ガッカリスタイルに戻った。

「……イナギ……?」

 突然に自分を支える腕がなくなったレカは、ポヤポヤした不思議そうな顔をした。
 レカの呼びかけにも、イナギは答える余裕がない。
 足の間に頭を据えたまま、

「……7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、47……」

 と、ブツブツと素数を数え続けた。
 頭の中には、邪念ばかりが湧き上がり、そうでもしていないと、レカの貞操が危機に瀕してしまう。

 よくわかってないレカは、ポヤポヤした顔のまま、イナギを見つめていた。


 ※※※

 97までの素数を3回数え直したイナギは、少しだけ冷静さを取り戻すと、レカの顔を見上げる。

 やっぱりすごく可愛くて、なかなか劣情は去ってはくれないが、このままレカを放っておくわけにはいかない。

「…レカ…ちょっと冷静さを欠いたことに関しては、謝るよ。了承を得ずにキスしたことも…。」

 レカの顔を見ながら、イナギが何とかそう言うと、レカはキスしたことを思い出して、顔をカッと赤くした。
 そして、レカが何かを言おうとするより先に続ける。

「でも!キスしたことは謝らないよ。だって、ずっとずっと、僕はレカとキスしたかったんだ!」

 イナギの真剣な告白に、レカは言おうとしていた言葉を飲み込み、開きかけていた口も閉じた。
 そして、もう一度自分の想いを確認すると、

「…謝ってもらわなくって良いよ。だって…私もイナギのことが好きだから…。」

 と少し小さな声で告げた。

 恥ずかしそうなそのレカの様子に、イナギはたまらなくなって、レカに抱きつきたかったけれど、付き合ってすぐにキスしたり、抱きついたりするのは、ガッついているようで憚られた。
 両手をグッと握り締めることで、嬉しい気持ちをやり過ごす。

「じゃあ、キスは認可されたということで。」

 イナギが改めてそう言うと、レカはギョッとして右手を顔の前で大きく振る。

「ちょっと待って!キ…キスは…嫌じゃないけど、時と場所を考えてね!いつでもどこでも良いわけじゃないから!」

 そんなレカの必死な様子に、イナギは可愛いなぁ、と思う。そして、

「時と場所って…いつなら良いわけ?」

 と真剣に尋ねる。
 レカはそう言われると…と自分の考えを纏めながら話し出す。

「2人だけの時…とか?」

「2人だけならどこでも良いの?」

「…んー…外はダメ。」

「こうした暗闇でも、外はダメなの?」

「外は…落ち着かないから…」

「落ち着くなら、外でも良いの?」

「ええっ?…そう言われると…」

「基準は何なの?」

 レカよりも、イナギの方が真剣だ。

「思い切って許可制ってのはどう?」

 レカの提案に、イナギは断固反対する。

「すっごく良い雰囲気の時に、僕は毎回『キスして良いですか?』って聞くの?雰囲気ぶち壊しじゃない?」

「雰囲気って…。でも、『キスしよ』とかで良いんじゃない?」

「聞き方の問題?うわ、難しいな…」

 イナギが考え込む。
 真剣というよりも必死そうな顔に、レカは笑えてきてしまう。

「…ふふっ」

 実際に笑ってしまったレカに、イナギは目を吊り上げる。

「笑いごとじゃないよ!僕が今後どんな時にレカへキスできるかどうかは、死活問題なんだよ?」

 そんな言い方にも笑えてしまう。

「まぁまぁ…」

 宥めるレカに、またしても文句を言おうとしたイナギは、レカに黙らされてしまう。
 文句を言う器官を塞がれてしまったからだ。

 今度は、レカが目を閉じており、イナギは目を開けたままだった。
 しかし、なかなか離れない唇に、イナギの瞼も閉じてくる。
 最初に仕掛けたのは、レカのはずなのに、いつの間にか両頬を挟まれ、唇で唇を食べられているのはレカの方だった。

「…はぁっっ……」

 またしても、トロンとしてしまったレカの顔を、イナギは反対側を向くことで直視することを避けた。

「あ…私もキスの許可取らなかった…。ごめんね、イナギ…。」

 ぽやんとした顔のまま、そう呟いたレカに、イナギは

「…レカはいつでも僕にキスして良いから。許可とか要らないから。」

 と力のない声で返した。
 そして、その後にまた素数を呟く声が聞こえてきたのだった。


※  ※  ※  ※


 第23代エイギ国王の時代に、3つの国の歴史が大きく動いた。

 その後、エイギ国だけでなく、他の2国も交えて、永い時を平和に円満に過ごすことができたため、その変革はどこの国からも歓迎された。

 歴史を動かした仕掛け人は、当時のエイギ国の宰相と、1人の女性外交官である。その当時、女性の外交官はとても珍しく、それだけでもとても話題になったのだが、驚くべきことに、彼女はその宰相の妻でもあった。

 歴史を動かした夫婦は、とても仲睦まじく、お互いを常に尊敬していた。そして、特に、宰相が妻の外交官を溺愛していたというのは、エイギ国ではとても有名な話である。

【出典『ミツカによる3国の歴史図鑑』より】


 

 
 

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ“自分の居場所”を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

P.S. 推し活に夢中ですので、返信は不要ですわ

汐瀬うに
恋愛
アルカナ学院に通う伯爵令嬢クラリスは、幼い頃から婚約者である第一王子アルベルトと共に過ごしてきた。しかし彼は言葉を尽くさず、想いはすれ違っていく。噂、距離、役割に心を閉ざしながらも、クラリスは自分の居場所を見つけて前へ進む。迎えたプロムの夜、ようやく言葉を選び、追いかけてきたアルベルトが告げたのは――遅すぎる本心だった。 ※こちらの作品はカクヨム・アルファポリス・小説家になろうに並行掲載しています。

処理中です...