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番外編2
邪魔者
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その頃エステルは、マリナの予測した自室ではなく応接間の一室にいた。
目の前のローテーブルには、ロレッタの店の候補となる店舗の資料が広がっている。その資料を前に、クレト、ロレッタ、エステルの三人は額を突き合わせて話し合いをしていた。
生活の糧を求めてロレッタがクレトを頼ってきたのは一週間ほど前のことだ。
外出から帰宅すると邸に見知らぬ少年がおり、なぜかマリナが階段下で小さくなっていた。
イアンだと名乗ったその少年に、なぜここにいるのかと問いかけようとしたところ、応接間からクレトと、イアンによく似た緑の瞳の女性が現れた。
女性はロレッタと名乗った。クレトによると、帝都時代の知り合いらしい。夫が亡くなり、生活の糧を求めてクレトを頼ってきたという。
そんなロレッタに、クレトは港町でカフェを開くことを提案した。元々ロレッタは貴族の娘だがお菓子作りが得意であるらしく、実際、この邸に滞在している間にロレッタの作った菓子を頂いたエステルも感激したほどだ。店を構えてはどうかとクレトが提案したのも頷ける。
それにこの港町には、大通りを中心に何軒かカフェは並んでいるが、人の流入が多い港町とあってどこもよく繁盛しているのだ。需要はまだまだある。何か目玉となるお菓子を中心に、軽食とお茶を提供する店にしてはどうかと案を出したのはエステルだ。
また、店がうまく行けば将来的にイアンに継がせることもできるし、あるいは店は誰かに任せ自分はオーナーになり収入を得るという選択肢もできる。十分な儲けが出るようなら支店を出してもいい。
クレトが店の開店資金を融通し、徐々に返済していくということで話はまとまり、今は店舗選びとメニューの考案など、開店へ向けて準備をしているところだ。
「立地からすればこちらのほうがいいけれど、部屋がついていないのが惜しいな」
店舗を借りるといっても、ロレッタの場合、上階にアパートメントの部屋がついている場所が望ましい。別に部屋を借りるという手もあるが、できれば店舗兼住宅付きのほうが、幼いイアンのことを考えると望ましい。そうなると自然と選択肢は狭まる。クレトの知り合いの不動産屋であるベルナルドに頼んで、いくつか候補となる店舗をピックアップしてもらっている中から、クレトは一枚の資料を取り上げたが住宅付きではなかった。これはだめだなとクレトがその資料を脇へやると、ロレッタはその紙を取り上げ、
「立地はいいのでしょう? 住む部屋のことはなんとか自分で都合するから大丈夫よ」
そう言ってロレッタは元の候補となる束へと資料を戻した。
その時だ。息せき切ったイアンがいきなり飛び込んできた。
ノックもなしに現れた息子のイアンに、ロレッタは「ごあいさつは」とたしなめる。イアンは「いっけね」と舌を出すと律儀に一旦部屋を出ていき、ノックからやり直した。
「どうぞ」
クレトが入室を許可すると、再びイアンがひょこりと顔を出した。
「エステル、ここにいたんだな」
どうやら目的はエステルだったらしい。
「マリナに聞いたら部屋にいると言うから部屋に行ったのにいなかったぞ。それで邸中探し回った」
「何かご用かしら?」
エステルが問いかけると、イアンはエステルの袖を引いた。
「来て、エステル。僕と遊ぶぞ」
「まぁイアン。なんて口の利き方かしら。僕と遊んで下さい、でしょう?」
すぐにロレッタの小言が飛び、イアンはぼそぼそと「……遊んで下さい」と言い直すとふてくされたように俯いた。
話し合いはまだ終わっていなかったが、しょげた子供の頼みを断るのもいたたまれない。エステルは腰を上げた。
「クレト、わたし抜けてもいいかしら。続きはまた明日」
「……ああ。仕方ないね」
相手が子供とあってはクレトとて頷かざるを得ない。ロレッタは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさいね、イアンの相手をさせてしまって……」
「いえ。わたしあまり子供と遊んだことがないので楽しいです」
エステルには継母の妹と弟がいるが、公爵令嬢時代は自分のことで忙しく一緒に遊んだことはなかった。素直で無邪気な子供の相手はこちらにも新しい驚きと発見があって楽しい。
エステルが部屋を出るとき後ろを振り返ると、クレトとロレッタは再び資料へと目を通し始めていた。
「何して遊ぼうかしら」
応接間を出てイアンに向き直ると、イアンは「こっちだ」とエステルの袖を引く。連れていかれたのは自分の寝泊まりしている客間だった。自身はベッドに飛び乗り、エステルにはベッドサイドの椅子に座るよう言い、ロレッタの焼いたクッキーをすすめる。
「ありがとう」
「いっぱい食べろ」
イアンもクッキーをつまむと口に放り込んだ。それからおもむろに「あのさ」と切り出した。
「何かしら」
「あのさ、二人の邪魔をするのはよくないぞ」
「えっと……」
二人と言うのはどの二人なのだろう。よくわからない。エステルが首を傾げると、「エステルは鈍いな」とイアンは口を尖らせる。
「僕のお母様とクレトとのことに決まってるだろう」
「ロレッタさんとクレト? どうして?」
邪魔をしているというより仕事を手伝っているだけなのだが……。
ますます意味がわからない。するとイアンは、
「だからさ、お母様とクレトとの仲を邪魔したらだめだって言ってるんだよ。二人はさ、僕のお父様と結婚する前は恋人同士だったんだぞ」
「え……」
思いもよらないことを言われ、エステルはクッキーを口元にもっていったまま固まった。
目の前のローテーブルには、ロレッタの店の候補となる店舗の資料が広がっている。その資料を前に、クレト、ロレッタ、エステルの三人は額を突き合わせて話し合いをしていた。
生活の糧を求めてロレッタがクレトを頼ってきたのは一週間ほど前のことだ。
外出から帰宅すると邸に見知らぬ少年がおり、なぜかマリナが階段下で小さくなっていた。
イアンだと名乗ったその少年に、なぜここにいるのかと問いかけようとしたところ、応接間からクレトと、イアンによく似た緑の瞳の女性が現れた。
女性はロレッタと名乗った。クレトによると、帝都時代の知り合いらしい。夫が亡くなり、生活の糧を求めてクレトを頼ってきたという。
そんなロレッタに、クレトは港町でカフェを開くことを提案した。元々ロレッタは貴族の娘だがお菓子作りが得意であるらしく、実際、この邸に滞在している間にロレッタの作った菓子を頂いたエステルも感激したほどだ。店を構えてはどうかとクレトが提案したのも頷ける。
それにこの港町には、大通りを中心に何軒かカフェは並んでいるが、人の流入が多い港町とあってどこもよく繁盛しているのだ。需要はまだまだある。何か目玉となるお菓子を中心に、軽食とお茶を提供する店にしてはどうかと案を出したのはエステルだ。
また、店がうまく行けば将来的にイアンに継がせることもできるし、あるいは店は誰かに任せ自分はオーナーになり収入を得るという選択肢もできる。十分な儲けが出るようなら支店を出してもいい。
クレトが店の開店資金を融通し、徐々に返済していくということで話はまとまり、今は店舗選びとメニューの考案など、開店へ向けて準備をしているところだ。
「立地からすればこちらのほうがいいけれど、部屋がついていないのが惜しいな」
店舗を借りるといっても、ロレッタの場合、上階にアパートメントの部屋がついている場所が望ましい。別に部屋を借りるという手もあるが、できれば店舗兼住宅付きのほうが、幼いイアンのことを考えると望ましい。そうなると自然と選択肢は狭まる。クレトの知り合いの不動産屋であるベルナルドに頼んで、いくつか候補となる店舗をピックアップしてもらっている中から、クレトは一枚の資料を取り上げたが住宅付きではなかった。これはだめだなとクレトがその資料を脇へやると、ロレッタはその紙を取り上げ、
「立地はいいのでしょう? 住む部屋のことはなんとか自分で都合するから大丈夫よ」
そう言ってロレッタは元の候補となる束へと資料を戻した。
その時だ。息せき切ったイアンがいきなり飛び込んできた。
ノックもなしに現れた息子のイアンに、ロレッタは「ごあいさつは」とたしなめる。イアンは「いっけね」と舌を出すと律儀に一旦部屋を出ていき、ノックからやり直した。
「どうぞ」
クレトが入室を許可すると、再びイアンがひょこりと顔を出した。
「エステル、ここにいたんだな」
どうやら目的はエステルだったらしい。
「マリナに聞いたら部屋にいると言うから部屋に行ったのにいなかったぞ。それで邸中探し回った」
「何かご用かしら?」
エステルが問いかけると、イアンはエステルの袖を引いた。
「来て、エステル。僕と遊ぶぞ」
「まぁイアン。なんて口の利き方かしら。僕と遊んで下さい、でしょう?」
すぐにロレッタの小言が飛び、イアンはぼそぼそと「……遊んで下さい」と言い直すとふてくされたように俯いた。
話し合いはまだ終わっていなかったが、しょげた子供の頼みを断るのもいたたまれない。エステルは腰を上げた。
「クレト、わたし抜けてもいいかしら。続きはまた明日」
「……ああ。仕方ないね」
相手が子供とあってはクレトとて頷かざるを得ない。ロレッタは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさいね、イアンの相手をさせてしまって……」
「いえ。わたしあまり子供と遊んだことがないので楽しいです」
エステルには継母の妹と弟がいるが、公爵令嬢時代は自分のことで忙しく一緒に遊んだことはなかった。素直で無邪気な子供の相手はこちらにも新しい驚きと発見があって楽しい。
エステルが部屋を出るとき後ろを振り返ると、クレトとロレッタは再び資料へと目を通し始めていた。
「何して遊ぼうかしら」
応接間を出てイアンに向き直ると、イアンは「こっちだ」とエステルの袖を引く。連れていかれたのは自分の寝泊まりしている客間だった。自身はベッドに飛び乗り、エステルにはベッドサイドの椅子に座るよう言い、ロレッタの焼いたクッキーをすすめる。
「ありがとう」
「いっぱい食べろ」
イアンもクッキーをつまむと口に放り込んだ。それからおもむろに「あのさ」と切り出した。
「何かしら」
「あのさ、二人の邪魔をするのはよくないぞ」
「えっと……」
二人と言うのはどの二人なのだろう。よくわからない。エステルが首を傾げると、「エステルは鈍いな」とイアンは口を尖らせる。
「僕のお母様とクレトとのことに決まってるだろう」
「ロレッタさんとクレト? どうして?」
邪魔をしているというより仕事を手伝っているだけなのだが……。
ますます意味がわからない。するとイアンは、
「だからさ、お母様とクレトとの仲を邪魔したらだめだって言ってるんだよ。二人はさ、僕のお父様と結婚する前は恋人同士だったんだぞ」
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