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番外編2
そんなのだめよ
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イアンから思いもよらない話を聞かされ、エステルの思考はしばらく停止した。
クレトからは、ロレッタはただ帝都時代の知り合いだと聞かされていた。
帝都時代の知り合いってそういう意味だったのだろうか。けれどクレトからは一言もそんなことは聞いていない。
「あの、何かの間違いではないの……?」
「間違いなもんか。僕はお母様がお母様の友達と話しているのを聞いたんだぞ。ほんとはお母様は、僕のお父様ではなくてクレトと結婚する予定だったんだって。だけどクレトが帝都を出て行ったから、お母様の親がクレトはだめだっていって僕のお父様と結婚したんだぞ」
「……そうだったの?」
ありえない話ではない。過去にクレトに恋人がいなかったとは思えないし、相手が貴族のロレッタならば十分に考えうる話だ。けれどそれならそうと、エステルに話してくれればいい。まさかイアンからこんな話を聞かされるとは思ってもみなかった。
エステルは不安になってきた。応接間にクレトとロレッタ二人を残してきたことが、急に気になりだした。クレトに限ってエステルを裏切るようなことはしない。そう信じているのに思わず腰をあげると、イアンがベッドに立ち上がり、その肩を押しとどめた。
「だからだめだよ。邪魔したら」
「邪魔って、わたしはその……」
「エステルってクレトのことが好きなんだろう? お母様とクレトが仲良くするのを邪魔したいって思うのはわかるけどさ。僕が相手してやるから我慢しろ」
そしてもっと食べろとクッキーを差し出してくる。
イアンはエステルがクレトの恋人だとは知らないらしい。だから邪魔者はエステルの方で、母親の恋路を邪魔するエステルを引き留めようとしてる……。
過去はどうあれ、今のクレトの恋人は自分なのだと本当のことを言おうか迷ったが、それを聞くことでイアンがどう思うのか心配だ。小さな子相手に本気になって言い訳するのもおかしな気もする。
「イアンはその、嫌ではないの? お母様が自分のお父様とは違う方と一緒にいたりしたら気にならないの?」
普通、自分の母親が父親とは違う男性と仲良くしていたら複雑な心境にならないのだろうか。エステルも父親が再婚した時は、亡くなった母のことを思い複雑な気持ちがしたものだ。
けれどイアンは「ぜんぜんっ」とクッキーを口に放り込んだ。
「お母様はさ、お爺様とお婆様に言われて僕の父上と結婚したけど、ほんとはクレトと結婚したかったんだと思うんだよ。クレトと一緒にいるお母様を見てたら僕わかるよ。お母様、とっても楽しそうなんだ。お父様が死んでから、お母様はいつも泣いてたけど、ここに来てから一回も泣いてない。だからさ、このままお母様がクレトと結婚できたらいいなって―――」
「―――そんなのだめよ!」
思わず大きな声が出た。イアンが驚いてぽかんと口をあけてエステルを見、ついで「なんだよ、大きな声出してさ。びっくりした」とふてくされる。
「……ごめんなさい」
子供相手に大きな声を出して驚かせたことは申し訳なく思う。でも、イアンの無邪気な想像に付き合えるほど、エステルだって冷静ではなかった。クレトがロレッタと……、そう考えるだけでも涙が出そうになる。
「……泣くなよエステル。こういのって仕方ないことなんだろ? みんなそう言うぞ」
「……泣いてなんかないわ」
本当はもう少しで泣きそうだった。エステルは顔を上げると何でもない風を装い、ずっと片手に持ったままだったクッキーをようやく口に運んだ。
ロレッタの店舗選びはなかなか進まず、ベルナルドに連日物件を案内してもらう日々が続いた。
そして夜にクレト、ロレッタ、エステルの三人で出店のことで話し合っていると、必ずイアンがやって来てはエステルを連れ出した。
イアンがエステルを連れ出す目的が、ただ遊んでほしいというものではなく、母のロレッタとクレトとを二人きりにするためなのだと知ったエステルとしては、二人を残して自分だけ退出するのは嫌だった。
こんなことでクレトとの絆が切れるとは思わなかったが、ロレッタにその気がある限り、余裕を持って構えていられるほど自分に自信もない。
エルテルが退出を渋ると、イアンは「遊んで遊んでー!」と子供らしく駄々をこねる。それで仕方なくエステルが先に部屋を出るということが続いた。
今日もいつものようにエステルはイアンに連れ出され、やっと解放されたのは深更だった。
子供なのにずいぶん夜更かしだと思ったら、マリナによるとイアンは昼間エステル達が外出している間にたっぷりと昼寝をしているらしい。
それもこれもエステルを引き離し、クレトとと母親二人きりの時間を作るためなのだ。
「はぁ……」
ベッドにワンピース姿のまま行儀悪く寝転び、エステルは天井を見上げた。
ロレッタが邸に滞在するようになってから、クレトと二人の時間が全くとれていない。クレトは元々抱えている仕事にロレッタの件が加わり日中は忙しそうだし、夜は夜でエステルがイアンにつかまる。その後にクレトの部屋を訪ねてもいいのだけれど、疲れているだろうクレトの睡眠時間を奪いたくはない。
今のところ、全てイアンの思惑通りの展開だ。
エステルはそっと自分の唇を指先でなぞった。
大通りのショーウインドウ前でのことを思い出して一人赤面し、まだそこから進展のないことにため息が漏れる。その後すぐにロレッタがやって来て二人の時間がなくなったからだ。
エステルはぼんやりと天井を見上げながら、ついまたため息を漏らした。
その時、遠慮がちに部屋の扉がノックされた。
クレトからは、ロレッタはただ帝都時代の知り合いだと聞かされていた。
帝都時代の知り合いってそういう意味だったのだろうか。けれどクレトからは一言もそんなことは聞いていない。
「あの、何かの間違いではないの……?」
「間違いなもんか。僕はお母様がお母様の友達と話しているのを聞いたんだぞ。ほんとはお母様は、僕のお父様ではなくてクレトと結婚する予定だったんだって。だけどクレトが帝都を出て行ったから、お母様の親がクレトはだめだっていって僕のお父様と結婚したんだぞ」
「……そうだったの?」
ありえない話ではない。過去にクレトに恋人がいなかったとは思えないし、相手が貴族のロレッタならば十分に考えうる話だ。けれどそれならそうと、エステルに話してくれればいい。まさかイアンからこんな話を聞かされるとは思ってもみなかった。
エステルは不安になってきた。応接間にクレトとロレッタ二人を残してきたことが、急に気になりだした。クレトに限ってエステルを裏切るようなことはしない。そう信じているのに思わず腰をあげると、イアンがベッドに立ち上がり、その肩を押しとどめた。
「だからだめだよ。邪魔したら」
「邪魔って、わたしはその……」
「エステルってクレトのことが好きなんだろう? お母様とクレトが仲良くするのを邪魔したいって思うのはわかるけどさ。僕が相手してやるから我慢しろ」
そしてもっと食べろとクッキーを差し出してくる。
イアンはエステルがクレトの恋人だとは知らないらしい。だから邪魔者はエステルの方で、母親の恋路を邪魔するエステルを引き留めようとしてる……。
過去はどうあれ、今のクレトの恋人は自分なのだと本当のことを言おうか迷ったが、それを聞くことでイアンがどう思うのか心配だ。小さな子相手に本気になって言い訳するのもおかしな気もする。
「イアンはその、嫌ではないの? お母様が自分のお父様とは違う方と一緒にいたりしたら気にならないの?」
普通、自分の母親が父親とは違う男性と仲良くしていたら複雑な心境にならないのだろうか。エステルも父親が再婚した時は、亡くなった母のことを思い複雑な気持ちがしたものだ。
けれどイアンは「ぜんぜんっ」とクッキーを口に放り込んだ。
「お母様はさ、お爺様とお婆様に言われて僕の父上と結婚したけど、ほんとはクレトと結婚したかったんだと思うんだよ。クレトと一緒にいるお母様を見てたら僕わかるよ。お母様、とっても楽しそうなんだ。お父様が死んでから、お母様はいつも泣いてたけど、ここに来てから一回も泣いてない。だからさ、このままお母様がクレトと結婚できたらいいなって―――」
「―――そんなのだめよ!」
思わず大きな声が出た。イアンが驚いてぽかんと口をあけてエステルを見、ついで「なんだよ、大きな声出してさ。びっくりした」とふてくされる。
「……ごめんなさい」
子供相手に大きな声を出して驚かせたことは申し訳なく思う。でも、イアンの無邪気な想像に付き合えるほど、エステルだって冷静ではなかった。クレトがロレッタと……、そう考えるだけでも涙が出そうになる。
「……泣くなよエステル。こういのって仕方ないことなんだろ? みんなそう言うぞ」
「……泣いてなんかないわ」
本当はもう少しで泣きそうだった。エステルは顔を上げると何でもない風を装い、ずっと片手に持ったままだったクッキーをようやく口に運んだ。
ロレッタの店舗選びはなかなか進まず、ベルナルドに連日物件を案内してもらう日々が続いた。
そして夜にクレト、ロレッタ、エステルの三人で出店のことで話し合っていると、必ずイアンがやって来てはエステルを連れ出した。
イアンがエステルを連れ出す目的が、ただ遊んでほしいというものではなく、母のロレッタとクレトとを二人きりにするためなのだと知ったエステルとしては、二人を残して自分だけ退出するのは嫌だった。
こんなことでクレトとの絆が切れるとは思わなかったが、ロレッタにその気がある限り、余裕を持って構えていられるほど自分に自信もない。
エルテルが退出を渋ると、イアンは「遊んで遊んでー!」と子供らしく駄々をこねる。それで仕方なくエステルが先に部屋を出るということが続いた。
今日もいつものようにエステルはイアンに連れ出され、やっと解放されたのは深更だった。
子供なのにずいぶん夜更かしだと思ったら、マリナによるとイアンは昼間エステル達が外出している間にたっぷりと昼寝をしているらしい。
それもこれもエステルを引き離し、クレトとと母親二人きりの時間を作るためなのだ。
「はぁ……」
ベッドにワンピース姿のまま行儀悪く寝転び、エステルは天井を見上げた。
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今のところ、全てイアンの思惑通りの展開だ。
エステルはそっと自分の唇を指先でなぞった。
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その時、遠慮がちに部屋の扉がノックされた。
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