夜明けの月★

v 04 情熱

　「おまえのせいだ！！」

　「おまえにさえ会わなければ！」
　女はハァハァと息を上げながら哀しみに顔を歪ませた。

　「おまえに会わなければ私はっ！！」
　哀しみに満ちた顔で唇を噛む。

　「全部！おまえの、、せいだ！！」

　女はそう言いながら男に殴りかかろうとするが、両腕を捕まれ壁に押しつけられる。
　　
　「お前さえ！、、私の前に現れなければ、、」
　女は目を見開いて今にも泣きそうな表情で男を見つめた。

　男は包み込むように壁に女ごと体を押し付けて体温を移す。
　激しくなった鼓動が合わさるのを感じた。
　女の両眼から涙が溢れる。
　窓から差し込む月明かりが部屋を照らして

　部屋の隅の照らさられる事のない暗闇で、二人はそのまま視線を合わせることもなく荒くなった息が静かになるのを待っていた。
　


　『暗闇の中で
　　一度でも光を見つけてしまったら
　　光が見える度に近付きたくなってしまう
　　いくら駄目だと言い聞かせても
　　体は光に向かっていく
　　
　　光のない生活は
　　慣れれば段々と
　　色んな物が見えてくる

　　月明かりの美しさや
　　霞んだ朝陽に舞う埃でさえ
　　愛おしく　思えていた
　　鳥の声や遠くで聞こえる
　　街や車の音　
　　ただそれを穏やかに
　　聞いているだけで　
　　幸せだったのに』




1999年6月19日　17:03

　ふわぁぁ、、、
　剣士は両手を伸ばして上半身だけで思い切りのびをする。
　二階であぐらをかいて絵画の枚数と特徴をひたすら紙に書き込んでいた。

　大量の絵画を前に、そろそろ集中力も切れてきたのを感じていた。朝からの疲れも合わさり、眠気も増してくる。
　ひとまずチェックした物とそうでないものを分けて、部屋の端にまとめて置いた。

　(今日はこの辺にしておこう。)
　剣士は固くなった股をトントンとほぐしながら立ち上がり、階段へ向かう。

　階下を見下ろすと視界の端に彼女の姿がちらりと覗いた。

　「、 、 、あの、 、 。」と彼女が見上げながら声を漏らす。

　トントンと階段を降りながら剣士は笑顔で
　「まだ途中なんですが、今日はこの辺で、 、 。」

　そう伝えると彼女はフッと目を逸らして
　「はい、 、 、 。明日も、いらっしゃいますか？」

　剣士はその仕草を見て少しキョトンとすると、
　「明日は、 、多分もう一人、詳しい者を連れて来ます。」
　「金額が付く物、寄贈出来そうな物、、全部は私は分からないんで。」と頭をかきながら剣士は笑った。

　彼女は彼のその仕草を見ながら、
　「分かりました。、、じゃあ、また、明日お願いします。」と微笑んで頭を下げた。

　明日の詳しい時間を告げて剣士は車に乗り込む。

　「では、また。」エンジンをかけようとすると、

　「、、、、あの、！、」
　彼女が顔をあげて口を開いた。

　「はい、、、？」キーを回す手を止めて剣士が聞き返す。

　「、、、、お時間、取らせてしまって、すみません。」

　暫く間を置いて、彼女はそう言った。

　「いえいえ、こちらこそ。」

　剣士はそう言ってお辞儀をして、車を走らせた。

　バックミラーを覗くと、彼女が刹那そうな顔で車を見送っているのが見えた。

　その表情を彼はミラー越しに暫く見つめていた。
　そのうち彼女の姿は小さくなり、車が角を曲がる頃にはもう見えなくなっていた。