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2人の出会い
しおりを挟むやばい。何がやばいかって、こんな猛吹雪の中で……遭難したからだ。
俺は今年大学を卒業する。卒業旅行ってことで皆で山にでも登ろうかって話になって、仲のいいメンバーである岡野、七島、山部と俺──同じサークルの仲間だ──で飛鳥山にやってきた。3泊4日の卒業旅行。1日目はこのあたりを観光して、2日目の今日、山に登る。明日は自由にブラブラしようって話になって、最終日に有名な温泉に行って帰る。そういう予定だった。
昨日は4人でいろんな場所を回った。美味しそうな甘味処を見つけたから、団子と抹茶を食べた。団子はスーパーなんかで買う量産型のとはもう全然ちがって、温かくて優しい味がした。少し醤油が辛めで、濃い味が好きな俺は思わず2本目に手を伸ばしたほどだ。抹茶は綺麗な浴衣を着た人が立ててくれて、山部は立てる様子というよりは浴衣を着た女性に視線が一直線だった。綺麗な手つきだった。抹茶はとても美味しかった。山部は抹茶が苦手だと言っていたが、一口小さく飲んだあと、その美味しさに驚いたのか、目を輝かせながら残りを飲んでいた。岡野は団子と抹茶だけでなく、せんべいや最中など、和菓子をたくさん買ってきては全部平らげていた。あの時の店の人の表情といったら…なんとも言い難い、苦笑いだった。
それから小さな公園に入って皆でブランコに乗って遊んだ。誰が一番高くこげるかなんて山部が言い出すもんだから、みんな大人気なく勝負し始めた。みんな楽しそうだった。まだまだ子供なんだなあと心の中で思いながら、それでもみんな笑顔だからいいやと、年甲斐もなくこぎまくった。負けず嫌いの岡野なんかは、ぐんぐんこいであっという間に一番高くなった。しかし岡野はその後ブランコからジャンプして、両手を広げて着地した。何がしたかったのかよくわからないが、なんというかまぁ結局勝負は決まらなかった。岡野は満足げだった。
夕方前に泊まる予定の旅館に戻って、みんなで風呂に入った。こうやって風呂に入るのは久しぶりだな、と誰かが言った。考えてみると、1年生の時に1度だけ、3人が俺の家に泊まりに来たことがある。その時以来だ。俺らも大人になったなぁ、また誰かが言った。きっとみんな思い返している。この4年間を。
夜は熱い鍋をつつきながら、様々な話をした。大学での思い出話、好きな子の話、就職の話…鍋が冷えた頃には話も尽きて、一人、二人と眠り始めた。もうすっかり冷えてしまった肉を頬張りながら、3人の寝顔を眺めた。もう見られなくなるのか…そう思うと、不意に悲しくなった。しかし同時に嬉しくもなった。同じ仲間と4年間も一緒にいられるなんて、こんなに合う仲間に出会えるなんて……自分は恵まれている。絶対に楽しもう。てっぺんで、写真を撮ろう……。
いつの間にか自分も寝てしまったらしい。朝起きると、すっかり片付けられた机が目に入った。
「あっ……七島、山部」
「よう柊二!起きたか??お前箸持ったまま寝てるから驚いたよ(笑)なぁ、山部?」
「ほんとだよ!朝起きたら箸持って突っ伏してるんだもんな(笑)」
「はは、いつの間にか寝ちゃってたみたいだな!机の上、七島達が片付けてくれたのか?」
「七島がやったんだよ、俺が起きたらもう綺麗だった」
「おう、一番先に寝たからな、一番先に起きてやったよ」
「そっか、ありがとう」
「うぅ~ん、おはようさん……飯はまだかぁ?」
「岡野、おはよう」「起きてすぐ飯かよ!」
山部のツッコミがいいタイミングで続く。朝から調子がいい。
山へ向かう準備を早々に済ませた俺達は、朝早くに旅館を出発した。今日は朝からすごく天気が良くて、一歩外に出ると、もう春を迎えるんだなぁとしみじみと感じる暖かさがあった。旅館から山まではバスで行った。山への道のりにはいろんな風景があった。バスに乗ってすぐ、畑が見えた。まだ何も植えられていないが、手入れされた綺麗な畑だった。その先に菜の花が広がっていた。山に近づくにつれて、冬の名残が見えてきた。雪がまだ少し溶けずに残っている。ここら辺の外は冷えているのだろう。
1時間ほどバスに揺られて、そこから数十分歩いたら山の麓が見えてきた。旅館とは全然気温が違う。頬を撫でるヒンヤリとした風が、気持ちよくさえ感じられた。このあたりはまだ雪が沢山残っていて、さっき通った、雪が残っていた道よりもずっと冬の香りがした。もしかしたら天気が悪くなるかもしれないな、なんて思いながら、ゆっくりと一歩踏み出した。
案の定、山に登り始めるとすぐに天気が悪くなってきた。しかしそれも山登りの醍醐味だと、楽しい気持ちでいっぱいだった。途中に岩を見つけたので、そこで雑談をしながらお菓子の袋を開ける。一緒に来た岡野はすぐに1袋を空にしてしまった。それを山部と七島が見て驚く。みんなで笑う。…楽しい時間だった。みんなで集まることが出来なくなると思うと、貴重な時間なのだなとふと考えてしまう。きっと他の3人もそうなのだろう。少し肌寒いが、心はなんだかじんわり暖かくなった。10分ほど休憩すると、またすぐに歩き出した。
高度が高くなってくると、雪が降り出した。
「おいおい、雪だぞ!!」
「大丈夫なのかこれ…?」
そうやって話しながら、はぐれないようにゆっくり歩みを進めていく。しかしどうしたことか、いつの間にかみんなが見えなくなっていた。情けないことだ。きっと3人は俺がいなくなったことに気づいて、心配してくれているのだろう。申し訳ない気持ちになった。
しかしまぁ卒業旅行で遭難するなんて、万が一本当に見つけられなかったらどうしようか。このままこの寒い山の中でたったひとりで死んでいくのだろうか…?だとしたらあまりにも呆気なさすぎる。まだやりたいことはたくさんあるんだ。ここで死ぬわけにはいかない。
悪い視界の中なんとか前へ進み、洞窟らしき場所を見つけた。吹雪はしのげそうだ。幸い食べ物は沢山持ってきておいたし、服も暖かい。数日間は過ごせると思う。だが…数日の間に見つけてもらえるだろうか、あとの3人は無事だろうか。そんな心配が頭の中を巡り、ほかのことを考えることが出来なかった。
いつの間にか寝てしまっていたらしい。目が覚めると吹雪はやんでいた。しかし洞窟の外は一面真っ白、自分がどの道を通ってきたのかもわからない。洞窟の外に出てみると、暖かい日差しが身体を包み込んだ。積もった雪に日差しが降り注ぐ。美しい景色だった。自分がこんな状況に置かれてなければ、きっと見入っていたことだろう。
「はぁ……」
ため息をついた俺は、洞窟へ戻る。が…
「ん…………?」
何かが違う。雰囲気というか、温度感というか…とにかく何かが違うのだ。俺が洞窟を出た時とは。周りを見回してみる。すると、
「やっと気づいたね!こんにちは!」
白い髪の女性が、俺に向かって手を振っていた。にかっと笑った彼女の顔は、なんだか今日の日差しのように暖かかった。
「…………誰?」と問う。
「誰でしょうー!」と答える。
こういうやりとりが基本めんどくさい俺は、ため息をついて無言で中に入り、腰掛ける。
「あー!ごめんって!私はさ、妖精だよ!君は信じる?!」
「は??」
ばかばかしい。付き合ってられるか。
「君も遭難したの?」と聞いてみる。今度は俺が「は?」と言われる番だった。「妖精だって言ってるでしょう?人の言うことは信じないとさー」と、冷たい目で見られるほどだった。あの明るい笑顔とは全く逆の、突き刺さるような目だった。こわい。
とりあえずぼっちでこの洞窟の中で助けを待つよりはマシかと思い、彼女と一緒にいることにした。
「で、どういうこと?君が妖精だとか。俺信じられないんだけど。」
彼女はにやりと笑う。歳は俺と同じくらいか少し下くらいに見えるのに、彼女のコロコロ変わる表情を見ていると、小さな少女と接している気分になった。
「聞きたいの?」
「うん」
「じゃあ教えてあげるよ。私はね───」
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