たそがれ色の恋心

空居アオ

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東京公演編

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 タカヤは逃げた。
 この年になって、まさか一目散に逃げる羽目になるとは思わなかった。
 建物を出て、全力疾走で駅に向かう。

 心臓は今にも飛び出さんばかりに激しく伸縮を繰り返す。
 頭の中はゴンゴン、ガンガンとわけのわからない不協和音が鳴り響いている。

 稽古場に行けるはずもない。
 いったいどんな顔をしてケイに会えばいいのだ。
 今ケイの――二人の顔を見たら絶対普通にできない。
 役者失格と言うならそれでいい。
 タカヤは叫び出しそうになる自分を抑えるのに精いっぱいだった。

「俺も。トージのこと、大好き」

 ケイのセリフが脳内をループする。
 あんなケイの声、聞いたことがない。
 優しくて、切なくて、甘くて……真剣で。
 たとえ最高の演技をしたとしても、あんな心が締めつけられるような声を、たぶんケイは出さない。
 あれはただ一人に向けられて出す声。
 たった一人にしか聞かせない声。

「……ッ」

 タカヤの頬が否応にも熱くなる。
 被っているキャップを慌てて下げ、できるだけ周囲から顔を隠す。
 表情筋がこんなにも言うことを聞いてくれないとわかっていたら、電車ではなく、タクシーにするのだった。
 大いに後悔して、緊張をほぐすためばかりでなく、タカヤは深呼吸を繰り返した。

 なんとはなしに視線を上げると、車窓から見えたのは沈みゆく夕日の柿色。
 穏やかに燃え盛るその色がいやに心を打ち、思わずじっと見つめた。
 火の玉はたなびく薄雲の向こうで揺らめく。
 力強さと儚さを共存させて、終わりと始まりを暗示しているかのように見えた。
 どこか物悲しい気持ちになったのは、普通とは言えない恋人たちを目の当たりにしたからか。


 ……まさかケイの恋人が男で、それもあの吾妻統司とは思わなかった。
 だけど仮にケイに同性の恋人がいるというのであれば、あの男以外、いったい誰が考えられるのだろうか。少なくとも現時点ではタカヤには吾妻以外思いあたらない。
 そういうふうに考えると、ある意味、納得できる。――といって納得したいのかと自問してみると、答えは必ずしも「はい」とは限らないのだが。

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