たそがれ色の恋心

空居アオ

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東京公演編

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 予想外に着信だったものだから、もう顔は締まりを忘れた。

「トージ~」
『おまえ、スマホ弄ってる暇あったら、さっさと来いよ!』

 そう言って、トージはケイの返事も聞かずに、とっとと電話を切った。
 これにはケイも一瞬目が点になる。が、すぐにまたくしゃっと相好を崩した。

 お互いの時間が合うとき、二人は途中の駅で待ち合わせして、一緒に稽古場なり公演会場なりへ向かう。
 いつからともなくそれは二人の間では暗黙の了解になっていて、もちろん今日も待ち合わせしていた。
 まだ時間は早いので、トージがすでに着いているとは考えにくい。
 なのに「さっさと来い」とは、彼がもうすぐ着くということだろう。

 ――待ってくれる人がいる。
 一緒に喜び、悲しみ、そして高め合う。
 それはとても幸せなことだ。


 ……ヤバイ。


 そう思ったと同時に、ケイは歩行行為をしていた足を一瞬だけ揃えた。
 そしてすぐにまた歩き出す。
 一秒にも満たないわずかな間、ケイの様子が劇的に変化した。
 背筋がピンと伸び、腰の位置があがる。
 胸を張り、顎をわずかばかり引く。
 表情もすっと引き締まり、目にある種の力が宿る。
 すると瞬前までにやけ顔を一生けんめい我慢しようとしていた、どこにでもいるような今風の若者がいなくなり、凛とした空気を漂わせる青年が現れた。
 ただし難点がある。服装と雰囲気がまったくそぐわないことだ。
 上はアーミー柄のパーカー。少しだぼっとしているところがポイント。
 下は黒のイージーパンツ。こちらのポイントは左足側面にビーズで描いたスカルがついていることだった。

 イメージは主君の前に進み出る斐ノ介。絶対服従を誓っていても、へりくだることをしない。舞台上でしか存在しえない人間が、リアル世界の街を粛々とした足取りで歩いた。
 完全に役に入ったケイの、役柄の裏で息を潜めた本来の意識がホッと胸をなで下ろす。
 よかった。
 もしここでこの役に入らなければ、ケイは嬉しさ――幸せのあまり叫び出していたかもしれない。
 ここはまだ住宅街の近くだ。そんな粗相・・をしてしまえば、不審人物として警察に通報される可能性、大である。それくらいケイのなかで、何かが弾ける寸前まで突き抜けていった。
 まだ公演は残っているのに、もちろん(こんなくだらないことで)通報されるわけにはいかない。だから自分ではない誰かになるしかない。
 ――自分ではない誰かにでもならなければ、とてもではないが、今のケイには自分自身を止められなかった。
 これほどトージを好きなんだと改めて実感してしまったこの瞬間、世界はまた新しい色に塗り替えられた。

 ケイはトージの待つ駅に急いだ。





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