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神戸公演編
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吾妻統司はいわゆる男が憧れる男というヤツである。
礼儀正しくて、まだ若いのにきちんと物事をわきまえるため、年上によくかわいがられる。
真面目である一方けっしておカタくはなく、後輩の面倒もちゃんと見るため、年下からも頼られ、慕われる。
若者特有の自信と向上心、そしてがむしゃらな姿勢が役者仲間ばかりでなく、スタッフにも好かれた。
だから自然と周りには人が集まり、トージ自身もいろんなところで、自分は人に恵まれていると話している。
SNSに登場する人間も、職業だけをとっても多岐にわたり、業界外も少なくなかった。
駆け出してまだ数年しか経たない若手役者からすれば、これは非常に得難い環境であった。
いつ何時、どんな方向から仕事が舞い込むかわからない。
実際これまでも予想外なところから声をかけられたことが何度もあった。
それがどんなに小さな仕事でも――たとえ演技と関係のない内容でも、仕事であることに変わりはない。
いくら年若くても、このことのありがたさを理解できないトージではなかった。
役者にとって何が一番怖いか。
意外にも仕事がないことではない。
少なくともトージはそうだ。
本業の仕事がなくてもアルバイトして食いつなげればいいし、その期間を利用して自分を磨くのも仕事の内だ。
怖いのは本業の仕事がないことで段々と気持ちが腐っていくこと。
見てもらうことが最優先事項なのに、書類審査すら通らない。
なんとか通ってオーディションに行っても、落ち続ける日々。
すると疑問と迷いが生まれる。
自分の何がだめなのか。
本当は向いてないんじゃないのか。
そもそも道を選択する時点で間違っていたのか。
夢は夢のままで終わる――自分も数多存在する人間の中の一人にすぎないのか――そうなるのか。
演技をさせてもらえなければ役者である意義がない。
不確かな未来を見続ける意味を自分に問い続けては迷い続ける。
迷いが払われないまま、ただ機械的に自分を磨く。
でも――だから、それが無駄でないと誰に言い切れる?
吹っ切れて、もしくは恐ろしくなって、別の道を進む者。
逆に諦めず腐らず精進し続けて、30代、40代になってから花開く者。
もしかすると前者はより幸福な人生を手に入れたかもしれない。
もしかすると後者は芝居以外のすべてを捨てざるを得なかったかもしれない。
結果論ですら視点を変えれば簡単に白黒がひっくり返る。
無限深淵のような未知がもたらす未来は、果たして己が欲していた未来なのか。
二十歳をいくつも出ていない若者にとって、まだ未来は夢と完全に分離しきっていない場合が多い。
何もかもが漠然としていて、ひた向きに突っ走ることで世の中を見極めようとする。
役者だと余計にそうだ。
体力も精力もあり余っているのに、経験と技術が不足しているため、はけ口であるところの仕事が途切れることがある。
その不安と戦い、打ち勝つには常人以上の固い意志と精神力が必要だった。これを内的勢力というのなら、外的増援も不可欠である。
それが「認められる」ことなのだ。
トージは暁役で名前と人となりを知られるようになり、出会いも増えた。
この外的増援のおかげで、大なり小なり仕事は途切れなくなっていった。
すると一方で外野の雑音がうるさくなるのも、ある意味正しい状況といえるだろう。
媚びを売るのがうまい。
いいヤツを気取っているが実は計算高い腹黒。
本当は人には言えない手段で仕事を得ているんじゃないのか。
などなど…
誹謗中傷は日常茶飯事で、嫉妬ゆえの嫌悪を面と向かってぶつけられたことも少なくなかった。
しかし何を言われても、どう思われても吾妻統司は吾妻統司でしかありえない。
彼を知る人間は流言飛語を一蹴する。
変わらぬ態度でこの若者を、彼の未来を硬く守ってきた。
トージもそれを知っているからこそ、周りをいっそう大切にするし、自分を磨き続けることに一厘の怠慢もない。そうすることが最も感謝の気持ちを表せるからだ。
だからトージの言う「人に恵まれる」ことは、言葉以上の意味が込められているのである。
礼儀正しくて、まだ若いのにきちんと物事をわきまえるため、年上によくかわいがられる。
真面目である一方けっしておカタくはなく、後輩の面倒もちゃんと見るため、年下からも頼られ、慕われる。
若者特有の自信と向上心、そしてがむしゃらな姿勢が役者仲間ばかりでなく、スタッフにも好かれた。
だから自然と周りには人が集まり、トージ自身もいろんなところで、自分は人に恵まれていると話している。
SNSに登場する人間も、職業だけをとっても多岐にわたり、業界外も少なくなかった。
駆け出してまだ数年しか経たない若手役者からすれば、これは非常に得難い環境であった。
いつ何時、どんな方向から仕事が舞い込むかわからない。
実際これまでも予想外なところから声をかけられたことが何度もあった。
それがどんなに小さな仕事でも――たとえ演技と関係のない内容でも、仕事であることに変わりはない。
いくら年若くても、このことのありがたさを理解できないトージではなかった。
役者にとって何が一番怖いか。
意外にも仕事がないことではない。
少なくともトージはそうだ。
本業の仕事がなくてもアルバイトして食いつなげればいいし、その期間を利用して自分を磨くのも仕事の内だ。
怖いのは本業の仕事がないことで段々と気持ちが腐っていくこと。
見てもらうことが最優先事項なのに、書類審査すら通らない。
なんとか通ってオーディションに行っても、落ち続ける日々。
すると疑問と迷いが生まれる。
自分の何がだめなのか。
本当は向いてないんじゃないのか。
そもそも道を選択する時点で間違っていたのか。
夢は夢のままで終わる――自分も数多存在する人間の中の一人にすぎないのか――そうなるのか。
演技をさせてもらえなければ役者である意義がない。
不確かな未来を見続ける意味を自分に問い続けては迷い続ける。
迷いが払われないまま、ただ機械的に自分を磨く。
でも――だから、それが無駄でないと誰に言い切れる?
吹っ切れて、もしくは恐ろしくなって、別の道を進む者。
逆に諦めず腐らず精進し続けて、30代、40代になってから花開く者。
もしかすると前者はより幸福な人生を手に入れたかもしれない。
もしかすると後者は芝居以外のすべてを捨てざるを得なかったかもしれない。
結果論ですら視点を変えれば簡単に白黒がひっくり返る。
無限深淵のような未知がもたらす未来は、果たして己が欲していた未来なのか。
二十歳をいくつも出ていない若者にとって、まだ未来は夢と完全に分離しきっていない場合が多い。
何もかもが漠然としていて、ひた向きに突っ走ることで世の中を見極めようとする。
役者だと余計にそうだ。
体力も精力もあり余っているのに、経験と技術が不足しているため、はけ口であるところの仕事が途切れることがある。
その不安と戦い、打ち勝つには常人以上の固い意志と精神力が必要だった。これを内的勢力というのなら、外的増援も不可欠である。
それが「認められる」ことなのだ。
トージは暁役で名前と人となりを知られるようになり、出会いも増えた。
この外的増援のおかげで、大なり小なり仕事は途切れなくなっていった。
すると一方で外野の雑音がうるさくなるのも、ある意味正しい状況といえるだろう。
媚びを売るのがうまい。
いいヤツを気取っているが実は計算高い腹黒。
本当は人には言えない手段で仕事を得ているんじゃないのか。
などなど…
誹謗中傷は日常茶飯事で、嫉妬ゆえの嫌悪を面と向かってぶつけられたことも少なくなかった。
しかし何を言われても、どう思われても吾妻統司は吾妻統司でしかありえない。
彼を知る人間は流言飛語を一蹴する。
変わらぬ態度でこの若者を、彼の未来を硬く守ってきた。
トージもそれを知っているからこそ、周りをいっそう大切にするし、自分を磨き続けることに一厘の怠慢もない。そうすることが最も感謝の気持ちを表せるからだ。
だからトージの言う「人に恵まれる」ことは、言葉以上の意味が込められているのである。
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