5 / 26
本編その5
しおりを挟む
休日になった。
俺は神保町に来ていた。
新刊のレビューを書くスピードでサラサラ脳髄に負けているのならば、昔のミステリーを読んでレビューを投稿してやればいい。俺の方がディープなミステリーマニアだということをサラサラ脳髄に知らしめてやる。
たくさんの古書店が連なる通りをゆっくりと歩く。
店頭に置かれたワゴンに掘り出し物があるかもしれない。立ち寄ろうかと考えていると、前方に子どもを連れた若い男性の姿が見えた。
「パパー! どこー!?」
四、五歳ぐらいの女の子が癇癪を起こしていた。隣に立っているスタイルのいいイケメンはオロオロしている。男女を問わず好感を持たれそうな顔立ち。こいつ、まさか竜岡か?
「もしかして大阪支社の竜岡さん?」
「はい! 虎ノ瀬さん、会うのは久しぶりやね」
「東京には仕事で来たのか?」
「ううん、私用。たまにこうやって上京して、古本を漁るんよ」
竜岡の足元で、女の子が地団駄を踏んだ。
「ねー! パパ、帰ってきてー!」
女の子が大粒の涙をこぼす。
俺はその場に屈んで、ティッシュで顔を拭いてあげた。
「ここにはパパと一緒に来たの?」
「うん。パパはね、すぐ戻るって言って、本を買いに行ったの」
「どうしよう、虎ノ瀬さん。警察に連れて行った方がいいかな?」
「ケーサツ? やだ、やだぁー!!」
女の子の泣き声が耳をつんざいた。
俺はその場に立ち尽くした。下手に抱っこでもしようものなら、ロリコンの疑いをかけられる恐れがある。
どうやってお姫様のご機嫌を取ればいい? あいにく、おもちゃやキャンディといった子どもが喜びそうなものを持ち合わせてはいない。
竜岡が「見てみてー」と言って、変顔を披露した。顔のパーツが中心に寄っている。渾身の一発芸だ。俺は思わず吹き出してしまった。
しかし、女の子はニコリともしなかった。
「パパー! パパ、どこー?」
俺は女の子に語りかけた。
「パパは今、怪人500面相と戦っているんだよ」
「ごひゃくめんそう?」
「いろいろな姿に変身する悪い奴だ」
女の子の瞳が輝き出した。
「悪い奴は、ダイナレンジャーがやっつけるの!」
「ダイナレンジャー、好きなの?」
「うん!」
ようやく女の子が笑顔になった。女の子はジャジャジャーンというイントロを歌い始めた。
「戦え、ダイナレンジャー!」
サビに差しかかったところで、両手に紙袋をぶら下げた男性が現れた。女の子が喜びを爆発させる。
「パパー!」
「すみません。もしかして、この子のお守りをしていてくれたんですか?」
男性が持っている紙袋から、洋モノのグラビア雑誌がのぞいている。セクシーな雑誌を取り扱っている店に子どもを連れて行くわけにはいかないと思って、ここで待機させたのだろう。
「本当に申し訳ない」
「今後は、お子さんが不安になるようなことはしないでくださいね」
「はい、そうします!」
俺の小言など聞きたくないのだろう。男性は女の子を連れて、その場からそそくさと立ち去った。
「虎ノ瀬さん、すごい! 子どもの相手、得意なんや!」
「まあ、嫌いじゃない。それにしても、ひどい親だ」
「せやなぁ。僕らが善良な市民だったからよかったけど」
「俺はあの父親を許せない」
竜岡が微笑んだ。砂場で宝石を見つけた子どものように嬉しそうな表情である。
「虎ノ瀬さんって優しいんだね」
「どこが」
「人のために怒れるのは、情が深い証拠や」
「あまりそんな風に言われたことはないが……」
照れ隠しに、俺は店頭に置かれた300円均一のワゴンを眺めた。
背表紙に『さかさまの霧』というタイトルが記された本が目に飛び込んでくる。作者は影山悠一。ひと時代を築いた覆面作家だ。
日に焼けている本を引き抜く。
竜岡が「おぉっ!」と言って、羨ましそうな表情になった。
「『さかさまの霧』やんか。僕、未読なんだよね」
「俺もだ」
「もう一冊ないかな……」
しかし残念ながら、ワゴンに並んでいるのは別のタイトルばかりで、竜岡の願いは叶わなかった。
俺はレジに進み、会計を済ませた。
「なあ、虎ノ瀬さん。お腹空いてない? 一緒にごはんでもどう?」
「……別に構わないが」
竜岡と仕事の情報交換をするのも悪くない。
「それじゃ、行こうか」
俺は竜岡と並んで、古書店街を歩いた。
俺は神保町に来ていた。
新刊のレビューを書くスピードでサラサラ脳髄に負けているのならば、昔のミステリーを読んでレビューを投稿してやればいい。俺の方がディープなミステリーマニアだということをサラサラ脳髄に知らしめてやる。
たくさんの古書店が連なる通りをゆっくりと歩く。
店頭に置かれたワゴンに掘り出し物があるかもしれない。立ち寄ろうかと考えていると、前方に子どもを連れた若い男性の姿が見えた。
「パパー! どこー!?」
四、五歳ぐらいの女の子が癇癪を起こしていた。隣に立っているスタイルのいいイケメンはオロオロしている。男女を問わず好感を持たれそうな顔立ち。こいつ、まさか竜岡か?
「もしかして大阪支社の竜岡さん?」
「はい! 虎ノ瀬さん、会うのは久しぶりやね」
「東京には仕事で来たのか?」
「ううん、私用。たまにこうやって上京して、古本を漁るんよ」
竜岡の足元で、女の子が地団駄を踏んだ。
「ねー! パパ、帰ってきてー!」
女の子が大粒の涙をこぼす。
俺はその場に屈んで、ティッシュで顔を拭いてあげた。
「ここにはパパと一緒に来たの?」
「うん。パパはね、すぐ戻るって言って、本を買いに行ったの」
「どうしよう、虎ノ瀬さん。警察に連れて行った方がいいかな?」
「ケーサツ? やだ、やだぁー!!」
女の子の泣き声が耳をつんざいた。
俺はその場に立ち尽くした。下手に抱っこでもしようものなら、ロリコンの疑いをかけられる恐れがある。
どうやってお姫様のご機嫌を取ればいい? あいにく、おもちゃやキャンディといった子どもが喜びそうなものを持ち合わせてはいない。
竜岡が「見てみてー」と言って、変顔を披露した。顔のパーツが中心に寄っている。渾身の一発芸だ。俺は思わず吹き出してしまった。
しかし、女の子はニコリともしなかった。
「パパー! パパ、どこー?」
俺は女の子に語りかけた。
「パパは今、怪人500面相と戦っているんだよ」
「ごひゃくめんそう?」
「いろいろな姿に変身する悪い奴だ」
女の子の瞳が輝き出した。
「悪い奴は、ダイナレンジャーがやっつけるの!」
「ダイナレンジャー、好きなの?」
「うん!」
ようやく女の子が笑顔になった。女の子はジャジャジャーンというイントロを歌い始めた。
「戦え、ダイナレンジャー!」
サビに差しかかったところで、両手に紙袋をぶら下げた男性が現れた。女の子が喜びを爆発させる。
「パパー!」
「すみません。もしかして、この子のお守りをしていてくれたんですか?」
男性が持っている紙袋から、洋モノのグラビア雑誌がのぞいている。セクシーな雑誌を取り扱っている店に子どもを連れて行くわけにはいかないと思って、ここで待機させたのだろう。
「本当に申し訳ない」
「今後は、お子さんが不安になるようなことはしないでくださいね」
「はい、そうします!」
俺の小言など聞きたくないのだろう。男性は女の子を連れて、その場からそそくさと立ち去った。
「虎ノ瀬さん、すごい! 子どもの相手、得意なんや!」
「まあ、嫌いじゃない。それにしても、ひどい親だ」
「せやなぁ。僕らが善良な市民だったからよかったけど」
「俺はあの父親を許せない」
竜岡が微笑んだ。砂場で宝石を見つけた子どものように嬉しそうな表情である。
「虎ノ瀬さんって優しいんだね」
「どこが」
「人のために怒れるのは、情が深い証拠や」
「あまりそんな風に言われたことはないが……」
照れ隠しに、俺は店頭に置かれた300円均一のワゴンを眺めた。
背表紙に『さかさまの霧』というタイトルが記された本が目に飛び込んでくる。作者は影山悠一。ひと時代を築いた覆面作家だ。
日に焼けている本を引き抜く。
竜岡が「おぉっ!」と言って、羨ましそうな表情になった。
「『さかさまの霧』やんか。僕、未読なんだよね」
「俺もだ」
「もう一冊ないかな……」
しかし残念ながら、ワゴンに並んでいるのは別のタイトルばかりで、竜岡の願いは叶わなかった。
俺はレジに進み、会計を済ませた。
「なあ、虎ノ瀬さん。お腹空いてない? 一緒にごはんでもどう?」
「……別に構わないが」
竜岡と仕事の情報交換をするのも悪くない。
「それじゃ、行こうか」
俺は竜岡と並んで、古書店街を歩いた。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
【完結】アイドルは親友への片思いを卒業し、イケメン俳優に溺愛され本当の笑顔になる <TOMARIGIシリーズ>
はなたろう
BL
TOMARIGIシリーズ②
人気アイドル、片倉理久は、同じグループの伊勢に片思いしている。高校生の頃に事務所に入所してからずっと、2人で切磋琢磨し念願のデビュー。苦楽を共にしたが、いつしか友情以上になっていった。
そんな伊勢は、マネージャーの湊とラブラブで、幸せを喜んであげたいが複雑で苦しい毎日。
そんなとき、俳優の桐生が現れる。飄々とした桐生の存在に戸惑いながらも、片倉は次第に彼の魅力に引き寄せられていく。
友情と恋心の狭間で揺れる心――片倉は新しい関係に踏み出せるのか。
人気アイドル<TOMARIGI>シリーズ新章、開幕!
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募するお話に、真紀ちゃん(攻)視点を追加して、倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる