同期×ライバル=恋?

古井重箱

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本編その5

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 休日になった。
 俺は神保町に来ていた。
 新刊のレビューを書くスピードでサラサラ脳髄に負けているのならば、昔のミステリーを読んでレビューを投稿してやればいい。俺の方がディープなミステリーマニアだということをサラサラ脳髄に知らしめてやる。
 たくさんの古書店が連なる通りをゆっくりと歩く。
 店頭に置かれたワゴンに掘り出し物があるかもしれない。立ち寄ろうかと考えていると、前方に子どもを連れた若い男性の姿が見えた。

「パパー! どこー!?」

 四、五歳ぐらいの女の子が癇癪を起こしていた。隣に立っているスタイルのいいイケメンはオロオロしている。男女を問わず好感を持たれそうな顔立ち。こいつ、まさか竜岡か?

「もしかして大阪支社の竜岡さん?」
「はい! 虎ノ瀬さん、会うのは久しぶりやね」
「東京には仕事で来たのか?」
「ううん、私用。たまにこうやって上京して、古本を漁るんよ」

 竜岡の足元で、女の子が地団駄を踏んだ。

「ねー! パパ、帰ってきてー!」

 女の子が大粒の涙をこぼす。
 俺はその場に屈んで、ティッシュで顔を拭いてあげた。

「ここにはパパと一緒に来たの?」
「うん。パパはね、すぐ戻るって言って、本を買いに行ったの」
「どうしよう、虎ノ瀬さん。警察に連れて行った方がいいかな?」
「ケーサツ? やだ、やだぁー!!」

 女の子の泣き声が耳をつんざいた。
 俺はその場に立ち尽くした。下手に抱っこでもしようものなら、ロリコンの疑いをかけられる恐れがある。
 どうやってお姫様のご機嫌を取ればいい? あいにく、おもちゃやキャンディといった子どもが喜びそうなものを持ち合わせてはいない。
 竜岡が「見てみてー」と言って、変顔を披露した。顔のパーツが中心に寄っている。渾身の一発芸だ。俺は思わず吹き出してしまった。
 しかし、女の子はニコリともしなかった。

「パパー! パパ、どこー?」

 俺は女の子に語りかけた。

「パパは今、怪人500面相と戦っているんだよ」
「ごひゃくめんそう?」
「いろいろな姿に変身する悪い奴だ」

 女の子の瞳が輝き出した。

「悪い奴は、ダイナレンジャーがやっつけるの!」
「ダイナレンジャー、好きなの?」
「うん!」

 ようやく女の子が笑顔になった。女の子はジャジャジャーンというイントロを歌い始めた。

「戦え、ダイナレンジャー!」

 サビに差しかかったところで、両手に紙袋をぶら下げた男性が現れた。女の子が喜びを爆発させる。

「パパー!」
「すみません。もしかして、この子のおりをしていてくれたんですか?」

 男性が持っている紙袋から、洋モノのグラビア雑誌がのぞいている。セクシーな雑誌を取り扱っている店に子どもを連れて行くわけにはいかないと思って、ここで待機させたのだろう。

「本当に申し訳ない」
「今後は、お子さんが不安になるようなことはしないでくださいね」
「はい、そうします!」

 俺の小言など聞きたくないのだろう。男性は女の子を連れて、その場からそそくさと立ち去った。

「虎ノ瀬さん、すごい! 子どもの相手、得意なんや!」
「まあ、嫌いじゃない。それにしても、ひどい親だ」
「せやなぁ。僕らが善良な市民だったからよかったけど」
「俺はあの父親を許せない」

 竜岡が微笑んだ。砂場で宝石を見つけた子どものように嬉しそうな表情である。

「虎ノ瀬さんって優しいんだね」
「どこが」
「人のために怒れるのは、情が深い証拠や」
「あまりそんな風に言われたことはないが……」

 照れ隠しに、俺は店頭に置かれた300円均一のワゴンを眺めた。
 背表紙に『さかさまの霧』というタイトルが記された本が目に飛び込んでくる。作者は影山悠一。ひと時代を築いた覆面作家だ。
 日に焼けている本を引き抜く。
 竜岡が「おぉっ!」と言って、羨ましそうな表情になった。

「『さかさまの霧』やんか。僕、未読なんだよね」
「俺もだ」
「もう一冊ないかな……」

 しかし残念ながら、ワゴンに並んでいるのは別のタイトルばかりで、竜岡の願いは叶わなかった。
 俺はレジに進み、会計を済ませた。

「なあ、虎ノ瀬さん。お腹空いてない? 一緒にごはんでもどう?」
「……別に構わないが」

 竜岡と仕事の情報交換をするのも悪くない。

「それじゃ、行こうか」

 俺は竜岡と並んで、古書店街を歩いた。
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