13 / 19
13
しおりを挟む
翌日、アシュレイとクライヴは吟遊詩人のコンサートを聴きに出かけた。
街の中心部にある劇場には多くの人が詰めかけていた。
クライヴがアシュレイと指を絡めた。
「はぐれないようにしないとな」
「大丈夫だ。俺は群衆のなかでも、クライヴを見つける自信がある。おまえは太陽みたいに輝いているから」
「アシュレイって結構、情熱的なことを言うんだな……」
ふたりが案内されたのは一階の座席だった。前から五列目なので壇上がよく見える。開演時刻が来るのを待っていると、周囲から話し声が聞こえた。
「あの人たち、氷撃のアシュレイと紅蓮のクライヴじゃない? どうして一緒にいるのかしら」
「実は仲がよかったとか?」
「付き合ってるんじゃないの」
「嘘でしょ。クライヴの恋人は、高級娼婦のセシリアだって聞いてたけど」
クライヴが街のみんなから注目されている美男だということを忘れていた。アシュレイはクライヴに囁いた。
「今日はもう帰るよ。俺と噂になるなんて、嫌だろう?」
「説明する手間が省けてちょうどいい」
「あっ、おい!」
肩を抱かれて、アシュレイは赤面しそうになった。クライヴは焦るアシュレイを愛おしそうに見つめている。
「戦ってる時のアシュレイはあんなに凛々しいのに、色恋が絡むと途端にウブになるんだな。すっげぇ可愛い」
「……俺は誰かと交際するのは初めてだから。経験豊富なおまえとは違う」
「俺だって両想いには縁がなかったよ。おまえがなかなか振り向いてくれなかったから」
「クライヴ……? おまえ、まさかずっと俺のことを?」
やがて幕が上がった。
壇上に立っているのは若い男性の吟遊詩人だった。吟遊詩人は一礼すると、竪琴の弦に指を這わせた。憂いを帯びた旋律がホールに満ちていく。吟遊詩人の歌声が竪琴の調べに重なった。
「恋人よ、わが腕に眠れ。この命は明日、果てるやもしれぬ。人は大海原に浮かんだ泡沫。なれど、この想いは永遠」
アシュレイは歌詞の一つひとつに心を震わせた。音楽とはこんなにも自分の気持ちを代弁してくれるものだったのか。
クライヴと手をつなぎながら、しっとりとした恋の歌に耳を傾ける。アシュレイの心が満たされていく。これまでのアシュレイは戦いばかりの日々を送ってきて、人として大切なことを取りこぼしていた。
これからはクライヴと共に喜びを分かち合いたい。
「轟け、わが剣よ。疾風のごとく戦場を駆けろ」
曲目が勇壮な英雄譚に変わった。
吟遊詩人が、伝説の魔法剣士ガルドを歌った楽曲を奏でる。ところどころ不協和音がかき鳴らされる。先ほど演奏された恋の歌とはまったく違った曲調である。
明日からはまた、ダンジョンの探索が始まる。クライヴと平和な時間を過ごせるのもあとわずかだ。
アシュレイの心に、死に対する恐怖が芽生えた。スウィングラーの名を高めるために危険なクエストをこなしてきた。でも、もう無茶な真似はしたくない。クライヴのそばにいたい。
──俺は弱くなったのだろうか。
吟遊詩人は生きる喜び、そして哀しみを歌い上げた。聴衆が拍手を送る。やがて幕が下り、終演となった。
「いい演奏だったな! 感動したぜ」
クライヴは上機嫌だった。
劇場を出ると、クライヴが鼻歌を歌った。相変わらず音程がところどころ外れている。アシュレイはそれでも堂々と歌い続けるクライヴが愛おしくてたまらなかった。
路地裏でふたりは手をつなぎ、ダンスを踊った。
「今日という日が終わらなければいいのに」
アシュレイは目を伏せた。クライヴはアシュレイの不安を吹き飛ばすような、明るい笑顔を浮かべた。
「また一緒に音楽を聴きに行こうぜ!」
「俺たちは命を賭けて戦っている。先のことは分からない」
「いつになく弱気だな、アシュレイ」
「軽蔑するか? おまえに恋をしてから心がずいぶんと感じやすくなってしまった」
クライヴがアシュレイをそっと抱きしめた。
「それは俺も同じだよ。さっき、恋の歌を聴きながら泣きそうになった」
「クライヴ……」
「あのさ、アシュレイ。おまえが嫌じゃなかったら、今夜……抱いてもいいか?」
どくんと心臓が跳ねた。
アシュレイは目を閉じた。この命は永遠ではない。生きているうちに想いを伝えきっておかないと、きっと後悔する。
「……道具屋に寄ってもいいか。いろいろ準備したいものがある」
「アシュレイ、俺を受け入れてくれるのか?」
クライヴが喜びを爆発させた。
素直な反応がとても可愛いと思う。アシュレイはクライヴの赤毛を撫でた。
街の中心部にある劇場には多くの人が詰めかけていた。
クライヴがアシュレイと指を絡めた。
「はぐれないようにしないとな」
「大丈夫だ。俺は群衆のなかでも、クライヴを見つける自信がある。おまえは太陽みたいに輝いているから」
「アシュレイって結構、情熱的なことを言うんだな……」
ふたりが案内されたのは一階の座席だった。前から五列目なので壇上がよく見える。開演時刻が来るのを待っていると、周囲から話し声が聞こえた。
「あの人たち、氷撃のアシュレイと紅蓮のクライヴじゃない? どうして一緒にいるのかしら」
「実は仲がよかったとか?」
「付き合ってるんじゃないの」
「嘘でしょ。クライヴの恋人は、高級娼婦のセシリアだって聞いてたけど」
クライヴが街のみんなから注目されている美男だということを忘れていた。アシュレイはクライヴに囁いた。
「今日はもう帰るよ。俺と噂になるなんて、嫌だろう?」
「説明する手間が省けてちょうどいい」
「あっ、おい!」
肩を抱かれて、アシュレイは赤面しそうになった。クライヴは焦るアシュレイを愛おしそうに見つめている。
「戦ってる時のアシュレイはあんなに凛々しいのに、色恋が絡むと途端にウブになるんだな。すっげぇ可愛い」
「……俺は誰かと交際するのは初めてだから。経験豊富なおまえとは違う」
「俺だって両想いには縁がなかったよ。おまえがなかなか振り向いてくれなかったから」
「クライヴ……? おまえ、まさかずっと俺のことを?」
やがて幕が上がった。
壇上に立っているのは若い男性の吟遊詩人だった。吟遊詩人は一礼すると、竪琴の弦に指を這わせた。憂いを帯びた旋律がホールに満ちていく。吟遊詩人の歌声が竪琴の調べに重なった。
「恋人よ、わが腕に眠れ。この命は明日、果てるやもしれぬ。人は大海原に浮かんだ泡沫。なれど、この想いは永遠」
アシュレイは歌詞の一つひとつに心を震わせた。音楽とはこんなにも自分の気持ちを代弁してくれるものだったのか。
クライヴと手をつなぎながら、しっとりとした恋の歌に耳を傾ける。アシュレイの心が満たされていく。これまでのアシュレイは戦いばかりの日々を送ってきて、人として大切なことを取りこぼしていた。
これからはクライヴと共に喜びを分かち合いたい。
「轟け、わが剣よ。疾風のごとく戦場を駆けろ」
曲目が勇壮な英雄譚に変わった。
吟遊詩人が、伝説の魔法剣士ガルドを歌った楽曲を奏でる。ところどころ不協和音がかき鳴らされる。先ほど演奏された恋の歌とはまったく違った曲調である。
明日からはまた、ダンジョンの探索が始まる。クライヴと平和な時間を過ごせるのもあとわずかだ。
アシュレイの心に、死に対する恐怖が芽生えた。スウィングラーの名を高めるために危険なクエストをこなしてきた。でも、もう無茶な真似はしたくない。クライヴのそばにいたい。
──俺は弱くなったのだろうか。
吟遊詩人は生きる喜び、そして哀しみを歌い上げた。聴衆が拍手を送る。やがて幕が下り、終演となった。
「いい演奏だったな! 感動したぜ」
クライヴは上機嫌だった。
劇場を出ると、クライヴが鼻歌を歌った。相変わらず音程がところどころ外れている。アシュレイはそれでも堂々と歌い続けるクライヴが愛おしくてたまらなかった。
路地裏でふたりは手をつなぎ、ダンスを踊った。
「今日という日が終わらなければいいのに」
アシュレイは目を伏せた。クライヴはアシュレイの不安を吹き飛ばすような、明るい笑顔を浮かべた。
「また一緒に音楽を聴きに行こうぜ!」
「俺たちは命を賭けて戦っている。先のことは分からない」
「いつになく弱気だな、アシュレイ」
「軽蔑するか? おまえに恋をしてから心がずいぶんと感じやすくなってしまった」
クライヴがアシュレイをそっと抱きしめた。
「それは俺も同じだよ。さっき、恋の歌を聴きながら泣きそうになった」
「クライヴ……」
「あのさ、アシュレイ。おまえが嫌じゃなかったら、今夜……抱いてもいいか?」
どくんと心臓が跳ねた。
アシュレイは目を閉じた。この命は永遠ではない。生きているうちに想いを伝えきっておかないと、きっと後悔する。
「……道具屋に寄ってもいいか。いろいろ準備したいものがある」
「アシュレイ、俺を受け入れてくれるのか?」
クライヴが喜びを爆発させた。
素直な反応がとても可愛いと思う。アシュレイはクライヴの赤毛を撫でた。
20
あなたにおすすめの小説
オメガのブルーノは第一王子様に愛されたくない
あさざきゆずき
BL
悪事を働く侯爵家に生まれてしまった。両親からスパイ活動を行うよう命じられてしまい、逆らうこともできない。僕は第一王子に接近したものの、騙している罪悪感でいっぱいだった。
Sランク冒険者クロードは吸血鬼に愛される
あさざきゆずき
BL
ダンジョンで僕は死にかけていた。傷口から大量に出血していて、もう助かりそうにない。そんなとき、人間とは思えないほど美しくて強い男性が現れた。
世界を救ったあと、勇者は盗賊に逃げられました
芦田オグリ
BL
「ずっと、ずっと好きだった」
魔王討伐の祝宴の夜。
英雄の一人である《盗賊》ヒューは、一人静かに酒を飲んでいた。そこに現れた《勇者》アレックスに秘めた想いを告げられ、抱き締められてしまう。
酔いと熱に流され、彼と一夜を共にしてしまうが、盗賊の自分は勇者に相応しくないと、ヒューはその腕からそっと抜け出し、逃亡を決意した。
その体は魔族の地で浴び続けた《魔瘴》により、静かに蝕まれていた。
一方アレックスは、世界を救った栄誉を捨て、たった一人の大切な人を追い始める。
これは十年の想いを秘めた勇者パーティーの《勇者》と、病を抱えた《盗賊》の、世界を救ったあとの話。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?
灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。
オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。
ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー
獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。
そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。
だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。
話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。
そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。
みたいな、大学篇と、その後の社会人編。
BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!!
※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました!
※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました!
旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」
優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―
無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」
卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。
一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。
選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。
本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。
愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。
※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。
※本作は織理受けのハーレム形式です。
※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる