【完結】サボテンになれない俺は、愛の蜜に溺れたい

古井重箱

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 アパートの工事が始まった。
 陽翔は××線沿いの玲司のマンションに身を寄せた。
 玲司の部屋はリビングにふたり掛けのソファがあった。アイボリーホワイトとダークブラウンで統一されたインテリアのせいか、室内が広く感じられる。

「俺はソファをお借りしますね」
「いや、ベッドで休んで。僕はソファで寝ることが多かったから、慣れてる」

 陽翔はドキドキしながらベッドルームを覗いた。
 ベッドが大きい。このサイズ感、シングルではない。玲司はどうしてダブルベッドを選んだのだろう。
 もしかして、誰かと暮らしていたのか?
 玲司は過去の恋愛についてあまり話したがらない。質問をするのははばかられた。陽翔は不安と好奇心をぐっと飲み込んだ。

「陽翔くん、お先にシャワーをどうぞ」
「ありがとうございます……」

 バスルームには大きな鏡があった。
 陽翔は自分の裸体を眺めて、ため息をついた。特に色が白いわけではないし、乳首だってピンクではなくベージュ色だ。玲司の目を愉しませるような要素がどこにもない。
 でも、玲司がもしも、そういう気分になったとしたら? 陽翔は逃げずに、玲司を受け入れるだろう。
 玲司はベッドの上でも優しいのか、それとも意地悪なのか。どちらでも大歓迎だと陽翔は思った。玲司の好きなようにこの体をもてあそんでほしい。
 性器が膨らみそうになって慌てていると、脱衣所から玲司の声が聞こえてきた。 

「おーい、陽翔くーん。大丈夫? 湯あたりしてない?」
「あっ、すみません。長くなっちゃって」
「無事ならよかった」

 もしかしてと期待しながらバスルームのドアを開けたが、脱衣所に玲司の姿はなかった。
 陽翔はいやらしい妄想ばかりしている自分を恥じた。玲司は一時退去というアンラッキーな出来事に便乗して、陽翔の体を求めてくるような人ではない。
 パジャマ代わりのスウェットを着てリビングに行くと、玲司はキーボードがセットしてあるタブレットに、夢中で何かを打ち込んでいた。

「お待たせしました」
「僕の方こそ、急かしてごめんね」
「お仕事ですか?」
「いや、副業の方」

 玲司は趣味が高じて、SF小説の書評家として活動しているらしい。

「ネットメディアへの寄稿ばかりで、紙媒体にはまだ載ったことがないんだけどね」
「すごいじゃないですか! 書評家って、本に詳しくないとなれないんでしょ?」

 陽翔が賞賛のまなざしを向けると、玲司が照れたように頬を指で掻いた。

「書評家としてはまだ駆け出しだよ」
「文章が書けるのっていいなあ。俺の日記なんて箇条書きだらけで」
「陽翔くん、日記書いてるんだ」
「語彙力アップになるって、動画でコウタが言ってたから」

 コウタの名前を出すと、玲司の顔が曇った。

「……玲司さんって、コウタは苦手ですか?」
「いや。彼の説明は分かりやすい。キャラクターも明るいしね。人気が出るのは当然だと思うよ」
「俺はあの人のファンです。コウタみたいに言葉を自由に操りたい! だから動画は全部チェックするし、本だって読むようになりました。小説はまだ無理だけど……」
「そんなに自分を追い込まなくていいのに。陽翔くんはそのままでも充分、魅力的だよ」

 陽翔としては努力を重ねて成長して新たな自分になりたいのに、玲司はさなぎのままでいいと言う。
 もしかして、知恵をつけたら生意気だと思われて、玲司に捨てられるのだろうか。

「先に休んで。僕はもうちょっとしてから寝るから」
「無理はしないでくださいね」
「陽翔くんも」

 ベッドルームに足を踏み入れた陽翔は、サイドテーブルの上に大学ノートを広げた。今日の日記に取りかかる。

『なんとなく、違和感がある。玲司さんと気持ちが通じていない気がする』

 言葉にすると、心が多少軽くなった。コウタが動画で言っていたことを思い出す。人間のメンタルはいろいろな荷物を背負い込んで重くなりがちだから、定期的に紙に書いて吐き出した方がいいらしい。
 陽翔は日記をボストンバッグにしまって、ダブルベッドに横たわった。
 玲司のマンションは壁が厚いのかとても静かで、陽翔はすぐに夢の世界の住人になった。
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