37 / 47
第六章 つないだ手を離さない
37. 愛する資格
しおりを挟む
アレス様は仮面をつけておらず、黒いローブの代わりに紫紺の軍服を着ていた。夢にまで見たアレス様との再会だったけれども、いざ現実となると驚きのあまり言葉が出てこなかった。
王妃様が手招きをして、アレス様をみんなの前に立たせた。
「こちらがネイクよ。彼の正体について答えを知っている方もいるかもしれないわね。でも、サロンの外ではネイクのプロフィールについて口にしないでちょうだい」
「ご紹介にあずかりました、ネイクです」
「ネイク、よく来てくれたわね。私のサロンに新しいメンバーが加わったの。音楽家のフィーラン・アレクシスよ」
俺はアレス様と視線を合わせた。アレス様の藍色の瞳が揺れている。
見つめ合ったまま俺たちが沈黙していると、侍女が王妃様に耳打ちをした。
「えっ!? そんな、私としたことが」
王妃様の花のかんばせがさっと青ざめる。
「ネイク、フィーラン。私と一緒にバルコニーに来てちょうだい」
「承知しました」
俺とアレス様は王妃様の言葉に従って、「琥珀の間」のバルコニーに移動した。
庭園を一望できるバルコニーに立つと、軽やかな風が吹いてきた。
王妃様は声をひそめて言った。
「あなた方は元夫夫なのね?」
「はい。私たちはかつて婚姻関係にありました」
「貴族の婚姻事情を失念するだなんて。私は王妃失格ね」
「お気になさらず。昔の話ですから」
俺は努めて明るい声を出した。
一方、アレス様は唇を引き結んで、両の拳をギュッと握りしめている。何かに耐えているような、辛そうな表情だ。
王妃様は俺たちふたりの顔を見比べた。
「ネイクの作品をイメージした曲をフィーランに作ってもらいたかったのだけれど、そういったコラボレーションはお嫌かしら?」
「俺は大歓迎です」
「……私も喜んでお受けいたします」
「そう? それならばよかったわ! 積もる話もあるでしょうから、あとはふたりきりでどうぞ」
バルコニーから王妃様が退出していった。
俺とアレス様は視線を絡め合った。
「お元気そうでよかったです、フィーラン殿」
「アレス様も」
「まさか、かようなところで再会するとは思いませんでした」
「俺もです」
「音楽家になられたのですね」
「いつまでも実家の世話になるわけにはいきませんから」
どうしよう。
再会できたことが嬉しいのに、会話が弾まない。心も顔も強張っていて、笑うことができなかった。
アレス様も厳しい表情のままである。
ふたりの沈黙を埋めるように、風がひゅうっと吹き抜けていった。
「アレス様、いまは作家としても活動されているんですね。『百年の恋歌』、拝読しましたよ。運命に抗うヒロインの勇気ある姿勢が印象的でした」
「あのヒロインのモデルはフィーラン殿です」
「えっ」
「あなたの強さ。献身的な優しさ。あなたを形づくるすべてを忘れられませんでした。私は自分の心から想いを切り出して、物語を綴るようになった」
アレス様は視線を庭園に向けた。庭園には色とりどりの花が競い合うように咲いている。
「フィーラン殿の笑顔が、私の心の中に咲き続けておりました」
「……そう、ですか」
「都合がいい台詞ですよね。自分から別れを言い出したくせに、未練たっぷりなのですから」
俺は目を伏せた。
アレス様は俺と一定の距離を保ったまま、話を続けた。
「私はつまらないプライドを守るためにあなたに別れを告げた。あなたが心理的にも社会的にも傷を負ってしまうことに当時は気づいていなかった。ただ、自分の感情だけで先走った。私は本当に愚かな男です」
「……アレス様」
「あなたを捨てた事実は消えません。それでも、あなたの人生から離れた場所で
あなたを想い続ける資格くらいは、欲しいと願ってしまった」
俺の心は揺れていた。
アレス様は俺との復縁を願っているのだろうか?
自分の胸の内側に問いかければ、よりを戻しても同じことの繰り返しではないだろうかという疑念があった。理想的なヒロインのモデルが俺だなんて。アレス様は相変わらず俺に夢を見ている。
「フィーラン殿」
「はい」
アレス様は膝をつくと、俺に向かって深々と頭を下げた。
「私の過ちをどうかお許しください。ちっぽけなプライドにしがみついて、あなたを傷つけてしまった。あなたのいない毎日は想像以上に暗くて、私は物語に慰めを見出すしかなかった」
「……アレス様」
「図々しい願いだというのは百も承知です。ですが、フィーラン殿。どうか私の元に戻って来てください」
俺は拳をギュッと握りしめた。
そして、自分よりも高い位置にあるアレス様の藍色の瞳をのぞき込んだ。
「俺……いまでもアレス様のことが大好きです」
「フィーラン殿……! 本当ですか」
「でも、アレス様にとって俺は相変わらず、生身の人間というよりも天使と呼ぶべき存在で、俺を抱くのはお嫌なのでしょう?」
「それは……」
アレス様が何かを言いかけたその時のことだった。
バルコニーに侍女がやって来た。
「国王陛下がおいでになりました」
「分かった。部屋に戻るよ」
俺とアレス様はちらりと視線を交わしたあと、「琥珀の間」に足を踏み入れた。
王妃様が手招きをして、アレス様をみんなの前に立たせた。
「こちらがネイクよ。彼の正体について答えを知っている方もいるかもしれないわね。でも、サロンの外ではネイクのプロフィールについて口にしないでちょうだい」
「ご紹介にあずかりました、ネイクです」
「ネイク、よく来てくれたわね。私のサロンに新しいメンバーが加わったの。音楽家のフィーラン・アレクシスよ」
俺はアレス様と視線を合わせた。アレス様の藍色の瞳が揺れている。
見つめ合ったまま俺たちが沈黙していると、侍女が王妃様に耳打ちをした。
「えっ!? そんな、私としたことが」
王妃様の花のかんばせがさっと青ざめる。
「ネイク、フィーラン。私と一緒にバルコニーに来てちょうだい」
「承知しました」
俺とアレス様は王妃様の言葉に従って、「琥珀の間」のバルコニーに移動した。
庭園を一望できるバルコニーに立つと、軽やかな風が吹いてきた。
王妃様は声をひそめて言った。
「あなた方は元夫夫なのね?」
「はい。私たちはかつて婚姻関係にありました」
「貴族の婚姻事情を失念するだなんて。私は王妃失格ね」
「お気になさらず。昔の話ですから」
俺は努めて明るい声を出した。
一方、アレス様は唇を引き結んで、両の拳をギュッと握りしめている。何かに耐えているような、辛そうな表情だ。
王妃様は俺たちふたりの顔を見比べた。
「ネイクの作品をイメージした曲をフィーランに作ってもらいたかったのだけれど、そういったコラボレーションはお嫌かしら?」
「俺は大歓迎です」
「……私も喜んでお受けいたします」
「そう? それならばよかったわ! 積もる話もあるでしょうから、あとはふたりきりでどうぞ」
バルコニーから王妃様が退出していった。
俺とアレス様は視線を絡め合った。
「お元気そうでよかったです、フィーラン殿」
「アレス様も」
「まさか、かようなところで再会するとは思いませんでした」
「俺もです」
「音楽家になられたのですね」
「いつまでも実家の世話になるわけにはいきませんから」
どうしよう。
再会できたことが嬉しいのに、会話が弾まない。心も顔も強張っていて、笑うことができなかった。
アレス様も厳しい表情のままである。
ふたりの沈黙を埋めるように、風がひゅうっと吹き抜けていった。
「アレス様、いまは作家としても活動されているんですね。『百年の恋歌』、拝読しましたよ。運命に抗うヒロインの勇気ある姿勢が印象的でした」
「あのヒロインのモデルはフィーラン殿です」
「えっ」
「あなたの強さ。献身的な優しさ。あなたを形づくるすべてを忘れられませんでした。私は自分の心から想いを切り出して、物語を綴るようになった」
アレス様は視線を庭園に向けた。庭園には色とりどりの花が競い合うように咲いている。
「フィーラン殿の笑顔が、私の心の中に咲き続けておりました」
「……そう、ですか」
「都合がいい台詞ですよね。自分から別れを言い出したくせに、未練たっぷりなのですから」
俺は目を伏せた。
アレス様は俺と一定の距離を保ったまま、話を続けた。
「私はつまらないプライドを守るためにあなたに別れを告げた。あなたが心理的にも社会的にも傷を負ってしまうことに当時は気づいていなかった。ただ、自分の感情だけで先走った。私は本当に愚かな男です」
「……アレス様」
「あなたを捨てた事実は消えません。それでも、あなたの人生から離れた場所で
あなたを想い続ける資格くらいは、欲しいと願ってしまった」
俺の心は揺れていた。
アレス様は俺との復縁を願っているのだろうか?
自分の胸の内側に問いかければ、よりを戻しても同じことの繰り返しではないだろうかという疑念があった。理想的なヒロインのモデルが俺だなんて。アレス様は相変わらず俺に夢を見ている。
「フィーラン殿」
「はい」
アレス様は膝をつくと、俺に向かって深々と頭を下げた。
「私の過ちをどうかお許しください。ちっぽけなプライドにしがみついて、あなたを傷つけてしまった。あなたのいない毎日は想像以上に暗くて、私は物語に慰めを見出すしかなかった」
「……アレス様」
「図々しい願いだというのは百も承知です。ですが、フィーラン殿。どうか私の元に戻って来てください」
俺は拳をギュッと握りしめた。
そして、自分よりも高い位置にあるアレス様の藍色の瞳をのぞき込んだ。
「俺……いまでもアレス様のことが大好きです」
「フィーラン殿……! 本当ですか」
「でも、アレス様にとって俺は相変わらず、生身の人間というよりも天使と呼ぶべき存在で、俺を抱くのはお嫌なのでしょう?」
「それは……」
アレス様が何かを言いかけたその時のことだった。
バルコニーに侍女がやって来た。
「国王陛下がおいでになりました」
「分かった。部屋に戻るよ」
俺とアレス様はちらりと視線を交わしたあと、「琥珀の間」に足を踏み入れた。
25
あなたにおすすめの小説
夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。
伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。
子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。
ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。
――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか?
失望と涙の中で、千尋は気づく。
「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」
針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。
やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。
そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。
涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。
※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。
※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
回帰したシリルの見る夢は
riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。
しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。
嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。
執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語!
執着アルファ×回帰オメガ
本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。
性描写が入るシーンは
※マークをタイトルにつけます。
物語お楽しみいただけたら幸いです。
***
2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました!
応援してくれた皆様のお陰です。
ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!!
☆☆☆
2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!!
応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
第13回BL大賞奨励賞頂きました!
最終17位でした!応援ありがとうございます!
あらすじ
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
【完結】末っ子オメガ
鉾田 ほこ
BL
「晴にいさま、大好き」
アルファばかりのエリート一家の四人兄弟の末っ子に生まれた 亜季。
思春期の第二性検査を受けるまで、誰もがアルファだと信じて疑っていなかったが、結果は「オメガ」だった。確かに他の息子たちに比べて、身体も小さく、性格もおっとりしていた末っ子オメガ。親戚を含めてアルファばかりで、オメガがいないゆえに扱いがわからない。
だが、はじめは家族の誰一人として末っ子がオメガであることを疎むことなく可愛がっていた。
ある日、転機が訪れる──
末っ子オメガに発情期(ヒート)が訪れ、事故が起こってしまう。それを理由に亜季はひとり家族と離れて暮らすことになった。
そして末っ子は──男娼になって……長男 晴臣と再会する。
すれ違いオメガバース。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる