【完結】新婚のオメガですが、旦那様が処女厨のため抱いてもらえません!

古井重箱

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第六章 つないだ手を離さない

37. 愛する資格

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 アレス様は仮面をつけておらず、黒いローブの代わりに紫紺の軍服を着ていた。夢にまで見たアレス様との再会だったけれども、いざ現実となると驚きのあまり言葉が出てこなかった。
 王妃様が手招きをして、アレス様をみんなの前に立たせた。

「こちらがネイクよ。彼の正体について答えを知っている方もいるかもしれないわね。でも、サロンの外ではネイクのプロフィールについて口にしないでちょうだい」
「ご紹介にあずかりました、ネイクです」
「ネイク、よく来てくれたわね。私のサロンに新しいメンバーが加わったの。音楽家のフィーラン・アレクシスよ」

 俺はアレス様と視線を合わせた。アレス様の藍色の瞳が揺れている。
 見つめ合ったまま俺たちが沈黙していると、侍女が王妃様に耳打ちをした。

「えっ!? そんな、私としたことが」

 王妃様の花のかんばせがさっと青ざめる。

「ネイク、フィーラン。私と一緒にバルコニーに来てちょうだい」
「承知しました」

 俺とアレス様は王妃様の言葉に従って、「琥珀の間」のバルコニーに移動した。
 庭園を一望できるバルコニーに立つと、軽やかな風が吹いてきた。
 王妃様は声をひそめて言った。

「あなた方は元夫夫ふうふなのね?」
「はい。私たちはかつて婚姻関係にありました」
「貴族の婚姻事情を失念するだなんて。私は王妃失格ね」
「お気になさらず。昔の話ですから」

 俺はつとめて明るい声を出した。
 一方、アレス様は唇を引き結んで、両の拳をギュッと握りしめている。何かに耐えているような、辛そうな表情だ。
 王妃様は俺たちふたりの顔を見比べた。

「ネイクの作品をイメージした曲をフィーランに作ってもらいたかったのだけれど、そういったコラボレーションはお嫌かしら?」
「俺は大歓迎です」
「……私も喜んでお受けいたします」
「そう? それならばよかったわ! 積もる話もあるでしょうから、あとはふたりきりでどうぞ」

 バルコニーから王妃様が退出していった。
 俺とアレス様は視線を絡め合った。

「お元気そうでよかったです、フィーラン殿」
「アレス様も」
「まさか、かようなところで再会するとは思いませんでした」
「俺もです」
「音楽家になられたのですね」
「いつまでも実家の世話になるわけにはいきませんから」

 どうしよう。
 再会できたことが嬉しいのに、会話が弾まない。心も顔も強張っていて、笑うことができなかった。
 アレス様も厳しい表情のままである。
 ふたりの沈黙を埋めるように、風がひゅうっと吹き抜けていった。

「アレス様、いまは作家としても活動されているんですね。『百年の恋歌』、拝読しましたよ。運命に抗うヒロインの勇気ある姿勢が印象的でした」
「あのヒロインのモデルはフィーラン殿です」
「えっ」
「あなたの強さ。献身的な優しさ。あなたを形づくるすべてを忘れられませんでした。私は自分の心から想いを切り出して、物語を綴るようになった」

 アレス様は視線を庭園に向けた。庭園には色とりどりの花が競い合うように咲いている。

「フィーラン殿の笑顔が、私の心の中に咲き続けておりました」
「……そう、ですか」
「都合がいい台詞ですよね。自分から別れを言い出したくせに、未練たっぷりなのですから」

 俺は目を伏せた。
 アレス様は俺と一定の距離を保ったまま、話を続けた。

「私はつまらないプライドを守るためにあなたに別れを告げた。あなたが心理的にも社会的にも傷を負ってしまうことに当時は気づいていなかった。ただ、自分の感情だけで先走った。私は本当に愚かな男です」
「……アレス様」
「あなたを捨てた事実は消えません。それでも、あなたの人生から離れた場所で
あなたを想い続ける資格くらいは、欲しいと願ってしまった」

 俺の心は揺れていた。
 アレス様は俺との復縁を願っているのだろうか? 
 自分の胸の内側に問いかければ、よりを戻しても同じことの繰り返しではないだろうかという疑念があった。理想的なヒロインのモデルが俺だなんて。アレス様は相変わらず俺に夢を見ている。

「フィーラン殿」
「はい」

 アレス様は膝をつくと、俺に向かって深々と頭を下げた。

「私の過ちをどうかお許しください。ちっぽけなプライドにしがみついて、あなたを傷つけてしまった。あなたのいない毎日は想像以上に暗くて、私は物語に慰めを見出すしかなかった」
「……アレス様」
「図々しい願いだというのは百も承知です。ですが、フィーラン殿。どうか私の元に戻って来てください」

 俺は拳をギュッと握りしめた。
 そして、自分よりも高い位置にあるアレス様の藍色の瞳をのぞき込んだ。

「俺……いまでもアレス様のことが大好きです」
「フィーラン殿……! 本当ですか」
「でも、アレス様にとって俺は相変わらず、生身の人間というよりも天使と呼ぶべき存在で、俺を抱くのはお嫌なのでしょう?」
「それは……」

 アレス様が何かを言いかけたその時のことだった。
 バルコニーに侍女がやって来た。

「国王陛下がおいでになりました」
「分かった。部屋に戻るよ」

 俺とアレス様はちらりと視線を交わしたあと、「琥珀の間」に足を踏み入れた。 
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