【完結】新婚のオメガですが、旦那様が処女厨のため抱いてもらえません!

古井重箱

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第六章 つないだ手を離さない

36. 王妃様のサロンにて

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 謎の覆面作家ネイクの正体は、アレス様なのか?
 確かにアレス様は詩を書いていて、文芸に興味がおありだった。でも、まさか恋愛小説を書くだなんて。しかもその作品が国内外でベストセラーに?
 いや、待て。
 ネイクがアレス様と決まったわけじゃない。他人の空似かもしれない。この世には三人、自分と似た人がいるというしな。 
 俺は書店の店頭に立ち尽くした。
 ネイクが去ってしまったので、集まっていた人々は散り散りになった。俺は近くにいた男性の書店員にたずねた。

「あの、先ほどの黒いローブの方はネイクご本人なのでしょうか」
「はい。サインをする様子をご覧になったでしょう?」

 男性の書店員が言った。

「ネイク先生に関するご質問はそれ以上、お答えできません。サイン本はまた入荷する予定ですから、今日のところはお引き取りください。そろそろ閉店時刻なので」
「分かりました」

 俺は書店をあとにした。
 王都の繁華街を歩きながら、気持ちを整理する。
 ネイクがアレス様だったとしても、アレス様が俺との再会を望んでいるとは思えない。アレス様にとって俺は消したい過去にすぎないから。
 職員宿舎に帰宅した俺は、ネイクが書いた「百年の恋歌」を手に取った。運命のいたずらによって引き裂かれた男女が、数々の困難を乗り越えて結ばれるラブストーリーだ。「愛を貫くためには強くならなければいけない」という台詞が特に印象に残っている。
 強さか。
 アレス様はアルファだからか、強くあることにとてもこだわっていた。俺は弱いアレス様も受け止めたいと思っていたのに。
 ああ、やっぱりアレス様に会いたい。
 伝えたいことがたくさんある。
 俺はアレス様とつながっている交音器こうおんきを握りしめた。しかし、自分から発信する勇気は湧いてこなかった。


◆◆◆


 王妃様のサロンが開かれる日がやって来た。
 俺は仕立て屋が作ってくれた晴れ着を着て、馬車で宮殿に向かった。そして門兵にジロリと睨まれながら、宮殿に足を踏み入れた。
 広々とした回廊に手入れの行き届いた中庭。どこを切り取っても美しい。俺も一応、貴族の子弟だけれども、王族の財力はスケールが違う。
 俺は近衛兵の案内によって、王妃様が待つ「琥珀の間」へと向かった。
 階段を上って、長い廊下の突き当たりにたどり着いた。扉の色から、ここが「琥珀の間」だと分かった。
 近衛兵が扉をノックする。

「楽士のフィーラン・アレクシスをお連れしました」
「お入りなさい」

 扉が開いて、俺は室内に招かれた。
 部屋の中には数名の男女がいて、くつろいだ表情でドリンクを飲んでいた。

「みなさん、彼は新進気鋭の音楽家フィーラン・アレクシスよ」
「あ、いえ。俺はまだまだ修行の身です」
「謙虚なんだね。せっかく王妃様のお気に入りになったんだからさ。もっと大胆に自分をアピールしてみては?」

 そう言っていたずらっぽく笑った男性は、予約が取れないことで有名な画家リヴァルタ氏だった。リヴァルタ氏の隣にいる美女は舞踏家のミレイさん。高名な彫刻家のアスリッド氏もいた。
 うわー。
 俺、本当に王妃様のサロンに来ちゃったんだ。みんな一流の芸術家じゃないか!
 ガチガチに緊張して棒立ちになっている俺を見て、王妃様がやわらかく微笑んだ。本日の王妃様は群青色のドレスをお召しになっている。

「あら。私とフィーラン、お揃いね」

 俺のジャケットも群青色だった。

「恐れ多いことでございます!」
「ふふっ。そんなに畏まらないで。堅苦しいことは苦手だと言っているでしょう?」

 ジョナス王子が近づいてきた。手には小型の弦楽器を持っている。

「フィーラン・アレクシス。よく来たな」
「ジョナス様。弦楽器を始められたのですか?」
「暇つぶしにな。俺の演奏、聴いてみるか?」
「是非ともお願いいたします」
「仕方ないなあ。少しだけだぞ?」

 嬉しそうに微笑むと、ジョナス王子は弦楽器を弾き始めた。
 澄んだ音の連なりが軽やかなメロディになって俺の耳に流れ込んだ。ジョナス王子は音楽初心者らしいが、かなり筋がいいのではないか? 何よりもジョナス王子ご自身が楽しんで演奏しておられるのが伝わってくる。

「どうだ。参ったか」
「素晴らしかったです!」
「フィーラン・アレクシスも歌曲を披露しろ」
「かしこまりました。曲目は何にいたしましょうか」
「咲き始めた恋の歌がいいわ」

 王妃様がジョナス王子にウインクをする。

「ジョナスは最近、テルネア公国の公女様とお近づきになったのよね」
「茶会で一度会っただけだ」
「あの日からずっと、テルネア公国に関する本を読んでいるじゃない」
「単に興味を持っただけだ! 別に公女様がどうというわけでは……」

 甘酸っぱいなあ。
 俺は「琥珀の間」に置かれている鍵盤楽器の前に座った。そして前奏を弾いて、恋の歌を歌い始めた。
 初恋か。
 俺の場合はアレス様だ。初めてキスした時のときめきを思い出して、歌に情感を込める。
 ふたり並んで立っているだけで幸せだった。アレス様は俺に恋する喜びを教えてくれた。
 初恋は実らないという。
 俺の歌声に切なさが滲んだ。しかし、今日のお題は咲き始めた恋の歌である。俺は切なさを拭い去って、明るい高音を響かせた。
 ジョナス王子の恋がどうか実りますように。
 伸びやかにメロディを歌い上げたところで、俺は演奏を終えた。

「フィーラン・アレクシス! 貴君に死角はないのか? いまのは即興演奏だろう」
「ふだんから思いついたメロディをメモしているんです」
「まあ、そうなの。努力の賜物なのね」

 王妃様はサロンに集ったメンバー全員に笑いかけた。

「芸術家のみなさんはまるで白鳥ね。水面下では必死に動いているのに、私たちには華麗な姿しか見せない。私はみなさんを誇りに思います。これからもコクウォル王国の文化振興に尽力いたしますので、どうかのびのびと芸術活動を続けてちょうだい」

 みんなから拍手と歓声が湧き起こった。
 
「芸術家といえば、文芸も忘れてはいけないわね。今日はネイクにも参加してもらう予定なの。そろそろ来る頃じゃないかしら」
「えっ。ネイクが……!?」

 俺は驚きのあまり心臓が止まりそうになった。
 脈拍が加速していく。耳が熱い。

「どうしたの、フィーラン。お部屋が暑いのかしら?」
「いえ。大丈夫です」

 その時、扉がノックされた。
 先ほど俺を案内してくれた近衛兵の声が聞こえてきた。

「王妃様。ネイクが到着しました」
「どうぞ。中へお入りなさい」

 扉がゆっくりと開いた。
 そこには、アレス様が立っていた。
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