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第七章 愛の歌
47. 愛の讃歌
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木々が紅葉に染まる頃、歌劇「百年の恋歌」が上演日を迎えた。
俺とアレス様は王立劇場の二階にあるボックス席で、舞台を見守った。
本日のアレス様は覆面作家のネイクとして王都に来ている。そのため、顔の上半分は銀色の仮面で隠れている。
やがて幕が上がり、歌劇が始まった。
「たとえ運命が牙を剥こうとも、私は未来へ進む」
主演の歌手ミシュレがヒロインの決意を力強く歌い上げる。
「ああ、あなたなくして、なんの人生か。私の隣にいてください」
ヒーローを演じるランディオスも美声を朗々と響かせている。よくぞ作品に命を吹き込んでくれた。俺はふたりに感謝の念を抱いた。
劇場に集まった人々は静まり返っている。みんな舞台に見入っているようだ。王都の人々は目が肥えているため、いまいちな作品に対してはブーイングを飛ばすことがあるという。
これまでの様子を見る限り、演者がブーイングを浴びる心配はなさそうだ。
「愛ある限り、私たちは生きていける」
ミシュレとランディオスが手を取り合って、フィナーレが終わった。緋色の幕がゆっくりと降りてくる。
観客が幕の向こうにいる演者たちに大きな拍手を送った。俺とアレス様も手を叩いて、好演を讃えた。
「大成功ね」
王妃様が俺とアレス様がいるボックス席にやって来た。ジョナス王子も一緒だった。
「久しいな、フィーラン・アレクシス。あ、いまはフィーラン・ガルヴァーンだったか」
「ジョナス様。お元気でしたか」
「毎日忙しいよ。魔法の練習と、弦楽器のレッスンで」
「音楽を続けておられるのですね」
俺は微笑んだ。
王妃様もまたジョナス王子に愛情たっぷりのまなざしを送っている。
「『百年の恋歌』はきっと後世にも残るわ」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」
「ネイクの新作を読んだわよ。主人公の健気なオメガ、どこかで会ったことがある気がするわ」
アレス様がふふっと笑う。
「モデルが誰かは秘密です」
「あら、そう? まあ、おおかた答えは分かっているけれども」
王妃様は意味ありげな微笑を残して去っていった。ジョナス王子も「これから魔法の実戦練習があるんだ!」と言って、ボックス席をあとにした。
その後、ボックス席に新聞記者が押しかけてきた。
「フィーランさん! 今回の公演はいかがでしたか?」
「ネイクさん! プロフィールを明かさない理由はなぜですか?」
「制作の過程で一番重視したことは?」
「おふたりはプライベートでも仲がいいのですか?」
次々と飛んでくる質問に対して、俺とアレス様は一つひとつ答えを返していった。
新聞記者たちから解放されたあと、セレンディア教授とユイットがボックス席に現れた。
「素晴らしい出来栄えだったよ、フィーラン」
「あなたの努力の賜物ね」
「いいえ。みなさんのお力添えのおかげです。その節は本当にありがとうございました!」
「ゼガルド領に帰ってからも、王立音楽学院の仕事を続けてくれるんでしょう?」
「もちろんです」
「よろしく頼んだわよ」
「またね、フィーラン」
セレンディア教授とユイットがボックス席から去っていった。
「これからも頑張らなくちゃいけませんね」
アレス様と笑い合っていると、ボックス席に見知った顔が現れた。
「レナート!」
双子の兄の登場に、俺は喜びを爆発させた。レナートの夫のメイユーズ様も一緒である。
「フィーラン、すごくいい舞台だったよ」
「演者と宮廷楽団のおかげさ」
「曲を作ったのはおまえだろ?」
レナートは、大きな目に涙を浮かべた。
「フィーラン、変わったな。昔は俺の後ろに隠れてて、いっつも自信なさそうだったのに」
「いまは違って見えるか?」
「うん。おまえ、成長したよ。お兄ちゃんは嬉しいぞ!」
俺とレナートは抱き合った。
「たまにはノヴィス領にも遊びに来いよ!」
「おう!」
レナートとメイユーズ様を見送ったあと、俺とアレス様は劇場の外に出た。王都の空は茜色に染まっている。
「アレス様。ゼガルド領に帰りましょう」
「はい」
アレス様が転移石を発動させた。
白い光に包み込まれ、俺たちはガルヴァーン家のお屋敷へと旅立った。
◆◆◆
「アレス様、お疲れ様でした。公演が終わってホッとしましたよ」
「そうですね」
夫夫の寝室で俺たちは抱き合った。
アレス様が真剣な表情で俺を求めてくる。
「抱いてもいいですか?」
「……もちろん」
身も心もとろけるような愛撫を受けて、俺は嬌声を上げた。
「あなたの処女にこだわっていた頃の私は……性行為をすることによってふたりの関係性が変わるのが怖かったのかもしれません」
事後、アレス様は俺を抱きしめながら、ぽつりとつぶやいた。
「いまは? 俺、閨事にどんどん積極的になっていますけど、お嫌じゃないですか?」
「嬉しいですよ」
「よかった」
俺たちはキスを交わした。
「アレス様、俺、思うんですけど、セックスっていやらしい行為じゃなくて。愛を伝え合う、大事な儀式なんじゃないでしょうか」
「そうですね。あなたと触れ合っていると気持ちが浄化されていきます」
「俺たち、遠回りもしたけど、本物の愛を手に入れられてよかったですね!」
「はい。私はもう、自分のプライドのためにあなたを傷つけたりはしません」
アレス様が藍色の目を潤ませた。
俺はアレス様の裸の胸に、頭を預けた。
◆◆◆
そして時が経ち、俺とアレス様のあいだに子どもが生まれた。
リンディスと名付けた息子は今年で三歳になる。
俺とアレス様、そしてリンディスはお屋敷の中庭で休日を満喫していた。
リンディスが芝生の上をトテトテと走り出す。
「おーい、リンディス! あんまりスピードを出したら転ぶぞ?」
「お母様、僕を捕まえてみろっ」
「はいはい」
俺は早足になって愛児を追いかけると、ちんまりとした腕を掴んだ。リンディスが信じられないという表情になる。
「捕まっちゃった! もしかしてお母様って足が速いの?」
「そうだよ、リンディス。おまえのお母様はなんだってできるんだ」
アレス様が微笑みを浮かべ、リンディスを抱き上げる。
リンディスは大好きなお父様の腕の中で、目を細めた。
やがて遊び疲れたのか、リンディスはアレス様に抱っこされたまま眠ってしまった。
俺は可愛い寝顔を眺めた。
「アレス様……俺、幸せです」
「私もですよ」
リンディスの幼い体を懐にかかえたアレス様の背中に抱きつく。
温かい。
俺たちは生きている──。
その時、中庭をユニコーンが横切った。処女を好む幻獣はもう俺に近づいてくることはない。
いいんだ、それで。
俺は処女を失った代わりに、アレス様との確かな絆と、リンディスを得たのだから。
「アレス様、愛してます」
「……フィーラン殿。私は命を賭けて、あなたとリンディスを守ります」
「信じてますよ……」
透き通った青空が、俺たち家族を見守っていた。
(了)
俺とアレス様は王立劇場の二階にあるボックス席で、舞台を見守った。
本日のアレス様は覆面作家のネイクとして王都に来ている。そのため、顔の上半分は銀色の仮面で隠れている。
やがて幕が上がり、歌劇が始まった。
「たとえ運命が牙を剥こうとも、私は未来へ進む」
主演の歌手ミシュレがヒロインの決意を力強く歌い上げる。
「ああ、あなたなくして、なんの人生か。私の隣にいてください」
ヒーローを演じるランディオスも美声を朗々と響かせている。よくぞ作品に命を吹き込んでくれた。俺はふたりに感謝の念を抱いた。
劇場に集まった人々は静まり返っている。みんな舞台に見入っているようだ。王都の人々は目が肥えているため、いまいちな作品に対してはブーイングを飛ばすことがあるという。
これまでの様子を見る限り、演者がブーイングを浴びる心配はなさそうだ。
「愛ある限り、私たちは生きていける」
ミシュレとランディオスが手を取り合って、フィナーレが終わった。緋色の幕がゆっくりと降りてくる。
観客が幕の向こうにいる演者たちに大きな拍手を送った。俺とアレス様も手を叩いて、好演を讃えた。
「大成功ね」
王妃様が俺とアレス様がいるボックス席にやって来た。ジョナス王子も一緒だった。
「久しいな、フィーラン・アレクシス。あ、いまはフィーラン・ガルヴァーンだったか」
「ジョナス様。お元気でしたか」
「毎日忙しいよ。魔法の練習と、弦楽器のレッスンで」
「音楽を続けておられるのですね」
俺は微笑んだ。
王妃様もまたジョナス王子に愛情たっぷりのまなざしを送っている。
「『百年の恋歌』はきっと後世にも残るわ」
「勿体無いお言葉、ありがとうございます」
「ネイクの新作を読んだわよ。主人公の健気なオメガ、どこかで会ったことがある気がするわ」
アレス様がふふっと笑う。
「モデルが誰かは秘密です」
「あら、そう? まあ、おおかた答えは分かっているけれども」
王妃様は意味ありげな微笑を残して去っていった。ジョナス王子も「これから魔法の実戦練習があるんだ!」と言って、ボックス席をあとにした。
その後、ボックス席に新聞記者が押しかけてきた。
「フィーランさん! 今回の公演はいかがでしたか?」
「ネイクさん! プロフィールを明かさない理由はなぜですか?」
「制作の過程で一番重視したことは?」
「おふたりはプライベートでも仲がいいのですか?」
次々と飛んでくる質問に対して、俺とアレス様は一つひとつ答えを返していった。
新聞記者たちから解放されたあと、セレンディア教授とユイットがボックス席に現れた。
「素晴らしい出来栄えだったよ、フィーラン」
「あなたの努力の賜物ね」
「いいえ。みなさんのお力添えのおかげです。その節は本当にありがとうございました!」
「ゼガルド領に帰ってからも、王立音楽学院の仕事を続けてくれるんでしょう?」
「もちろんです」
「よろしく頼んだわよ」
「またね、フィーラン」
セレンディア教授とユイットがボックス席から去っていった。
「これからも頑張らなくちゃいけませんね」
アレス様と笑い合っていると、ボックス席に見知った顔が現れた。
「レナート!」
双子の兄の登場に、俺は喜びを爆発させた。レナートの夫のメイユーズ様も一緒である。
「フィーラン、すごくいい舞台だったよ」
「演者と宮廷楽団のおかげさ」
「曲を作ったのはおまえだろ?」
レナートは、大きな目に涙を浮かべた。
「フィーラン、変わったな。昔は俺の後ろに隠れてて、いっつも自信なさそうだったのに」
「いまは違って見えるか?」
「うん。おまえ、成長したよ。お兄ちゃんは嬉しいぞ!」
俺とレナートは抱き合った。
「たまにはノヴィス領にも遊びに来いよ!」
「おう!」
レナートとメイユーズ様を見送ったあと、俺とアレス様は劇場の外に出た。王都の空は茜色に染まっている。
「アレス様。ゼガルド領に帰りましょう」
「はい」
アレス様が転移石を発動させた。
白い光に包み込まれ、俺たちはガルヴァーン家のお屋敷へと旅立った。
◆◆◆
「アレス様、お疲れ様でした。公演が終わってホッとしましたよ」
「そうですね」
夫夫の寝室で俺たちは抱き合った。
アレス様が真剣な表情で俺を求めてくる。
「抱いてもいいですか?」
「……もちろん」
身も心もとろけるような愛撫を受けて、俺は嬌声を上げた。
「あなたの処女にこだわっていた頃の私は……性行為をすることによってふたりの関係性が変わるのが怖かったのかもしれません」
事後、アレス様は俺を抱きしめながら、ぽつりとつぶやいた。
「いまは? 俺、閨事にどんどん積極的になっていますけど、お嫌じゃないですか?」
「嬉しいですよ」
「よかった」
俺たちはキスを交わした。
「アレス様、俺、思うんですけど、セックスっていやらしい行為じゃなくて。愛を伝え合う、大事な儀式なんじゃないでしょうか」
「そうですね。あなたと触れ合っていると気持ちが浄化されていきます」
「俺たち、遠回りもしたけど、本物の愛を手に入れられてよかったですね!」
「はい。私はもう、自分のプライドのためにあなたを傷つけたりはしません」
アレス様が藍色の目を潤ませた。
俺はアレス様の裸の胸に、頭を預けた。
◆◆◆
そして時が経ち、俺とアレス様のあいだに子どもが生まれた。
リンディスと名付けた息子は今年で三歳になる。
俺とアレス様、そしてリンディスはお屋敷の中庭で休日を満喫していた。
リンディスが芝生の上をトテトテと走り出す。
「おーい、リンディス! あんまりスピードを出したら転ぶぞ?」
「お母様、僕を捕まえてみろっ」
「はいはい」
俺は早足になって愛児を追いかけると、ちんまりとした腕を掴んだ。リンディスが信じられないという表情になる。
「捕まっちゃった! もしかしてお母様って足が速いの?」
「そうだよ、リンディス。おまえのお母様はなんだってできるんだ」
アレス様が微笑みを浮かべ、リンディスを抱き上げる。
リンディスは大好きなお父様の腕の中で、目を細めた。
やがて遊び疲れたのか、リンディスはアレス様に抱っこされたまま眠ってしまった。
俺は可愛い寝顔を眺めた。
「アレス様……俺、幸せです」
「私もですよ」
リンディスの幼い体を懐にかかえたアレス様の背中に抱きつく。
温かい。
俺たちは生きている──。
その時、中庭をユニコーンが横切った。処女を好む幻獣はもう俺に近づいてくることはない。
いいんだ、それで。
俺は処女を失った代わりに、アレス様との確かな絆と、リンディスを得たのだから。
「アレス様、愛してます」
「……フィーラン殿。私は命を賭けて、あなたとリンディスを守ります」
「信じてますよ……」
透き通った青空が、俺たち家族を見守っていた。
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