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第15話 無償の愛
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居室に入ってくると、パパは「ふむ」と小さくつぶやいた。
サファイアブルーの瞳が、ボロボロになったまま床に這いつくばっている俺とヴァンを見つめている。
「パパ、ごめん。俺たち退学になっちゃうかも」
「詳しく話を聞かせてくれるかな?」
「魔法学園で、天才的な力を持つ姉弟に出会ったんだ。そしたら、彼らは兵器として育てられてるっていう話じゃないか。俺、そのことがどうしても許せなくて。だから、二人の祖父である学長に直訴しに行ったんだ」
「それで、ボロボロにされたというわけか」
パパは腕組みをした。
俺は何度も頭を下げた。
「……すみません。本当にすみません」
「お馬鹿だな」
「うん……。軽率な行動だったよ。本当にごめん。俺が退学処分になったら外聞が悪いよな。アゼルクの家名が落ちるかもしれない」
「エドゥアール。私はね、おまえがそうやって謝罪の言葉を連ねることがお馬鹿だと言っているんだ」
パパは俺に肩を貸してくれた。
そして立ち上がった俺の背中にそっと手を当てた。
「外聞? アゼルクの家名? はははっ。そんなものは問題ではない。エドゥアールよ。わが家がなぜ爵位を得たのか、教えただろう?」
「ご先祖様が戦場で功績を上げたんだったよね? 確か、歌と剣舞で相手の戦意を喪失させたとか」
「左様。初代のアゼルク公爵は踊る馬鹿領主と陰口を叩かれていた。農耕期には民と一緒に農作業をして、戯れ歌を口ずさんだり、ともかく破天荒な人物だった」
「俺、ご先祖様に似たのかな」
「そうかもしれんな。その後の当主だって、日和見主義の馬鹿だの、戦闘意欲のないなまくらだの、無数の批判を浴びながらもラルムの文化を担ってきた」
パパは俺と目線を合わせると、ニヤリと微笑んだ。
「エドゥアール。『揺りかご計画』に一矢報いたか。でかしたぞ」
「……その『揺りかご計画』ってまさか、天才児を作るっていう話?」
「そうだ。強いラルムを体現するため、過激な優生思想のもと、活動している一派がいるのだ。魔法学園の学長は『揺りかご計画』の中心人物だよ」
「そんなっ。あのじいさん以外にも、可哀想な子どもを作ろうとしている奴がいるのかよ!」
俺は悔しさのあまり涙が出てきた。
自分はなんと無力なんだろう。マルクトとユーネリアを助けられなかった俺に、他の子どもたちを救えるわけがない。
「先ほど学長から、エドゥアールが危険思想に染まっているという連絡があった。だが、平和主義の何が悪いと言い返したよ」
「パパ……」
「わがアゼルク一門はラルム王国を文化によって守ってきた。わが一族は詩才に富み、音楽を奏で、平和を希求する舞を奉納してきた。そのことを恥じる必要はない」
パパは終始にこやかだった。
「学長に言ってやったよ。優生思想もまた危険思想なのではないかとな。おまえたちがたとえ退学処分になったとしても、わがアゼルクは揺らがない」
ヴァンが「公爵閣下。発言してもよろしいでしょうか」と手を挙げた。
「うむ。許す」
「俺は……エドゥアール様と一緒に魔法学園を卒業したいです。退学は嫌です。ちゃんとケジメをつけたいのです」
「おまえらしい考えだな、ヴァンよ」
「俺たちはまだ学ぶべきことがあります」
「学長は、おまえたちを出席停止にすると言っていたよ。実家でたっぷりと説教をくらえば、おまえたちが反省して、平和主義を諦めると思ったのだろう」
パパは俺とヴァンに微笑みかけた。
「しばらくはアゼルクの領地で自習に励みなさい」
「パパ! 俺、パパの息子でよかったよ!」
嬉しさのあまり、俺はパパに抱きついた。パパは「甘えん坊め」と言いながらも俺の頭を撫でてくれた。
ヴァンがそんな俺たちを笑顔で見守っている。
「話は済んだかしら? じゃあ、エドゥアールちゃんとヴァンくんはとりあえずお風呂に入ってきなさい。あなたたち、打ち身がすごいじゃないの。薬湯を用意させましたからね」
「ママ。ありがとう」
「エドゥアールちゃんは昔から、曲がったことが嫌いだったもんねぇ。よく戦った。それでこそ私の息子よ!」
両親の愛を感じながら、俺は鼻の奥がツンとなった。
マルクトとユーネリア、それに『揺りかご計画』によって生まれた他の子どもたちは無償の愛に包まれたことがあるだろうか? 兵器として育てられるっていうのは、役に立たなくなったら捨てられるってことだろう? そんなの間違ってる。
この世界を回しているのは愛だと信じたい。
ヴァンと一緒に薬湯に浸かりながら、俺はふうっと息を吐いた。
今はとりあえず体力を回復させよう。そして、俺にできることを探そう。
薬湯が持つ独特の匂いを嗅いでいると、疲れが引いていった。
サファイアブルーの瞳が、ボロボロになったまま床に這いつくばっている俺とヴァンを見つめている。
「パパ、ごめん。俺たち退学になっちゃうかも」
「詳しく話を聞かせてくれるかな?」
「魔法学園で、天才的な力を持つ姉弟に出会ったんだ。そしたら、彼らは兵器として育てられてるっていう話じゃないか。俺、そのことがどうしても許せなくて。だから、二人の祖父である学長に直訴しに行ったんだ」
「それで、ボロボロにされたというわけか」
パパは腕組みをした。
俺は何度も頭を下げた。
「……すみません。本当にすみません」
「お馬鹿だな」
「うん……。軽率な行動だったよ。本当にごめん。俺が退学処分になったら外聞が悪いよな。アゼルクの家名が落ちるかもしれない」
「エドゥアール。私はね、おまえがそうやって謝罪の言葉を連ねることがお馬鹿だと言っているんだ」
パパは俺に肩を貸してくれた。
そして立ち上がった俺の背中にそっと手を当てた。
「外聞? アゼルクの家名? はははっ。そんなものは問題ではない。エドゥアールよ。わが家がなぜ爵位を得たのか、教えただろう?」
「ご先祖様が戦場で功績を上げたんだったよね? 確か、歌と剣舞で相手の戦意を喪失させたとか」
「左様。初代のアゼルク公爵は踊る馬鹿領主と陰口を叩かれていた。農耕期には民と一緒に農作業をして、戯れ歌を口ずさんだり、ともかく破天荒な人物だった」
「俺、ご先祖様に似たのかな」
「そうかもしれんな。その後の当主だって、日和見主義の馬鹿だの、戦闘意欲のないなまくらだの、無数の批判を浴びながらもラルムの文化を担ってきた」
パパは俺と目線を合わせると、ニヤリと微笑んだ。
「エドゥアール。『揺りかご計画』に一矢報いたか。でかしたぞ」
「……その『揺りかご計画』ってまさか、天才児を作るっていう話?」
「そうだ。強いラルムを体現するため、過激な優生思想のもと、活動している一派がいるのだ。魔法学園の学長は『揺りかご計画』の中心人物だよ」
「そんなっ。あのじいさん以外にも、可哀想な子どもを作ろうとしている奴がいるのかよ!」
俺は悔しさのあまり涙が出てきた。
自分はなんと無力なんだろう。マルクトとユーネリアを助けられなかった俺に、他の子どもたちを救えるわけがない。
「先ほど学長から、エドゥアールが危険思想に染まっているという連絡があった。だが、平和主義の何が悪いと言い返したよ」
「パパ……」
「わがアゼルク一門はラルム王国を文化によって守ってきた。わが一族は詩才に富み、音楽を奏で、平和を希求する舞を奉納してきた。そのことを恥じる必要はない」
パパは終始にこやかだった。
「学長に言ってやったよ。優生思想もまた危険思想なのではないかとな。おまえたちがたとえ退学処分になったとしても、わがアゼルクは揺らがない」
ヴァンが「公爵閣下。発言してもよろしいでしょうか」と手を挙げた。
「うむ。許す」
「俺は……エドゥアール様と一緒に魔法学園を卒業したいです。退学は嫌です。ちゃんとケジメをつけたいのです」
「おまえらしい考えだな、ヴァンよ」
「俺たちはまだ学ぶべきことがあります」
「学長は、おまえたちを出席停止にすると言っていたよ。実家でたっぷりと説教をくらえば、おまえたちが反省して、平和主義を諦めると思ったのだろう」
パパは俺とヴァンに微笑みかけた。
「しばらくはアゼルクの領地で自習に励みなさい」
「パパ! 俺、パパの息子でよかったよ!」
嬉しさのあまり、俺はパパに抱きついた。パパは「甘えん坊め」と言いながらも俺の頭を撫でてくれた。
ヴァンがそんな俺たちを笑顔で見守っている。
「話は済んだかしら? じゃあ、エドゥアールちゃんとヴァンくんはとりあえずお風呂に入ってきなさい。あなたたち、打ち身がすごいじゃないの。薬湯を用意させましたからね」
「ママ。ありがとう」
「エドゥアールちゃんは昔から、曲がったことが嫌いだったもんねぇ。よく戦った。それでこそ私の息子よ!」
両親の愛を感じながら、俺は鼻の奥がツンとなった。
マルクトとユーネリア、それに『揺りかご計画』によって生まれた他の子どもたちは無償の愛に包まれたことがあるだろうか? 兵器として育てられるっていうのは、役に立たなくなったら捨てられるってことだろう? そんなの間違ってる。
この世界を回しているのは愛だと信じたい。
ヴァンと一緒に薬湯に浸かりながら、俺はふうっと息を吐いた。
今はとりあえず体力を回復させよう。そして、俺にできることを探そう。
薬湯が持つ独特の匂いを嗅いでいると、疲れが引いていった。
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