普通の勇者に、僕はなりたかった。

蛍さん

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前編

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昔のことだ。僕は眠れないと、いつも母に読み聞かせをねだった。
そんな時、母は決まって伝説の勇者のお話をするのだ。

伝説の勇者、ゼタ・バルセリア。

語られる彼の話に、僕は胸を躍らせた。
カッコいいと思った。

だけれども、自分でも不思議なほどに、僕は彼への憧れを抱かなかった。
カッコいいと思う。それだけだった。

僕が憧れたのは、民衆にも語られない、本の中でも名前しか出てこないような。
魔王を倒して歴史の表舞台から姿を消していくような。

そんな勇者に、僕はどうしようもなく心惹かれた。


だから僕は、時々母がしてくれるXXXの話が、大好きだった。
語る母の目元が、妙に優しい気がして。








普通の勇者に、僕はなりたかった。

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彼が15歳で勇者の祝福を受けた時、彼の村では三日三晩で宴が行われた。

田舎で王都から離れているといっても規模の大きい都市からはそこまで離れておらず、強い魔物におびえて生活することもない。
そんな彼の村は、良くも悪くも平凡で特徴のない村といったもの。
唯一の特徴といえば、規模は大きくないものの、村の人々を十分養っていけるような鉱山が近くにあることだけ。

そんな村から勇者が出現したという知らせは、大いに村人たちを沸かせた。
すぐに宴の準備が始められ、彼はあっという間に主役として中心に座らされていた。

そうして、村の誰もが満面の笑顔を浮かべ、次々と村人が彼に期待の言葉を投げかけていく中で、彼はきれいな笑顔でうなずくだけだった。

彼が宴の中でその笑顔を崩したのは一度だけ、ちっとも嬉しくなさそうな顔で、彼の母が心配の言葉を告げた時だけ。

彼は一瞬真顔になった後、諭すように優しい声色で言った。

「普通の勇者に、僕はなってくる。


だから、心配しないで。」

彼の母は、少し不思議そうな顔をしたけれど、安心したような顔になって、ゆっくりうなずいた。
それ以上は、何も言わなかった。




彼が勇者の祝福を受けて一週間後、街からいかにも位の高そうな容貌をした兵士たちがやってきた。
王都の大聖堂から勇者の情報が得られるらしい。

彼らは彼を王都へと案内する役割を担っているようだった。

村を出るとき、村人達は集まって入り口に立って彼を送り出した。
彼の母は、何も言わずに彼を抱きしめた。

村人達は、彼の乗った馬からは声が聞こえないほどの距離になっても、ずっと、手を振り続けた。
彼には、その激励する姿が、普通の勇者がされるものなのかわからなかったけれど、ずいぶん嬉しく思えて。
見えなくなった後も、大きく手を振る母の姿を思いだして、きれいに笑っていた。







彼が王都についたのは、村を出て、随分時間がたってからだった。
彼が行く街々で歓迎され、時間を取られたという事も原因の一つだ。
そして、彼がまだそれを上手くかわすすべを身につけていなかったことも、時間を遅らせる原因だった。

なにはともあれ、無事に王宮に入った彼がすることは、勇者パーティーのパーティーメンバーとの顔合わせ。

王宮といっても、王に謁見する機会はないそうだ。
ゼタの話を聞くと、少し不満に思えたが、どうやら歴代の勇者も最初に謁見することは無かったようだ。
それどころか最後まで謁見しない事の方が多い。
普通の勇者としての行動が取れているようで、一瞬浮かべた不満そうな顔を、すぐにいつもの笑顔に戻した。


パーティーメンバーとの関係は上々だった。

魔法使いの少年は、彼と同じような田舎から出てきたこともあって、馬があい、まるで初対面で無いかのような感覚を覚える程だった。

僧侶の少女は、王都の出身だったが、彼の故郷の話にもしっかり耳を傾けて、王都の案内もかって出たくれた。
いかにも名家のお嬢様といった容貌でありながら、田舎者の彼らに対しても態度を変えていなかった。

唯一問題だったのは、戦士の少年。
こちらも王都出身者だったようだ。
僧侶の少女に対しては気持ち悪い程の丁寧な態度を取るのに対して、
田舎から来た彼らをあざ笑っているのか、彼らに対しては雑な言葉使いに表面上には出さないものの、受け取った者には明らかな、触れたくないものを扱うような目線を投げかけてくる。

それでも彼らは戦士を咎める事はしない。


田舎では、15歳、つまり成人した瞬間に、一人前の大人として扱われる。
自分が耕す土地を与えられて、結婚までは親と同じ家で過ごすものの、金銭的支援はもちろんのこと、自分が食べる食料も、狩る、買う、収穫するといった手段で獲得して来なければならない。

彼らはただ年齢的に成人した訳ではなく、前段階の環境から成人という一つの変化を実感として理解している。

「大人」になった彼らが戦士を咎めることはない。
することは、折り合いをつけて落とし所を見つける事だ。

こうして勇者パーティーとして「普通」の形に落とし込んでいく。

無事に顔合わせが終わって宿に案内される道中も、
彼は綺麗に笑っていた。






王都を出て、勇者パーティーとして初めて街を訪れた。

勇者として平均的な時間、力の使い方を教わり、一式の旅の道具を受け取って王都を出た。

その受け取った旅の道具の中に、今までの勇者の旅の記録が書かれている本も入っていた。
随分細かく書いてあり、何処何処の街の近郊でこの種類の魔物と戦った。といった風。
一定の強さ以上の魔物との戦闘しか書いていなかったが、「普通」の勇者パーティーとして旅をする上では、最重要といっても差し支えない程のものであった。

問題視していた戦士との関係も、徐々に改善の兆しを見せていた。

この街に来るまでに、力をならすという名目でパーティーとしての戦闘を数回行ったが、戦士とのコンビネーションは悪くない。
むしろ良いと思えるものだった。

それに伴って、戦士の態度も少しずつ変わっていった。
戦闘がきっかけだったのか、彼らの態度によるものなのかは分からなかったが、何処か見下すような感情の入った視線を投げかける事は無くなった。
今は上手くいっているとはいえ、このままの態度だと徐々にパーティーとして崩壊しかけないと思うような事だったので、彼の態度の変更はありがたいものであった。

初めての街では、やはり沢山の人々が歓迎の態度を見せた。
基本的にはありがたいものではあったが、過度の物には僧侶が上手く対応して、受け取らないようにしているようだ。

善意で泊めさせて貰った宿の中で、今後の予定の事について話し合う。

初めての街で上手く対応出来たお陰で、彼が思い描く通りに予定を進めることが出来そうだった。
彼の提案した予定に対して、魔法使いと僧侶は肯定の意を示して見せる。
そうすると、3人の視線は、自然に言葉を発さない戦士へと集まこととなった。
肯定しか許さないような雰囲気の中、視線を受けた戦士は、おずおずとした口調で切り出す。

「その予定に対しては特に異論はねえ。

ただ、勇者。お前のその予定、旅の道具の中の歴代の勇者の旅の記録に似通ってないか?

何か…こだわりがあるのか?」

その言葉を聞いて、魔法使いと僧侶の戦士への目線が、勇者へと好奇の視線へと変わった。

勇者は一瞬驚いた顔をしたが、好奇の視線を受け止めて、ゆったりとした口調で話を始めた。

「僕は、普通の勇者になりたいんだ。」

そう切り出した彼の顔は、キレイに笑っていた。
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