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後編

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勇者の独白にたいしてのパーティーメンバー達の反応は様々であった。

魔法使いは好奇の眼差しを一転させて、真剣な顔つきで勇者を見つめた。

戦士は、どこか言うことを探しているかのように、何もない空間に目を走らせていた。

そして…僧侶は、不憫なものを見るような眼差しで黙って、見つめていた。

様々な視線が飛び交う中、その誰もに共通した感情が、勇者には手に取るように理解できた。

歪んでいる。と

その瞳達が何よりも雄弁に語っていた。

それでも、勇者は構わなかった。
別に構わなかった。
普通の勇者であったから。

構わなかった。







その後のパーティーメンバーとの関係は特に変わらなかった。
少しだけ、メンバーとの間に薄い膜が張ってあるような感覚に陥ったが、それだけ。

戦闘は今まで通り順調であり、魔王城の手前の白霧の魔境に入った今でさえも、特に危ないという魔物の出現が無かった。
それぞれの役割をきちんと理解して、冷静に対処していった。

歴代の勇者と比べても、進行具合に特に問題も無かった。

全てが順調であった。
彼は、キレイに、笑っていた。







「ちょっと、良いかしら。」

いよいよ明日に魔王の城に突入するというその前日。

白霧の魔境を抜けて、比較的安全な地帯で明日に備えて野宿をしていた時。
戦士と魔法使いがすっかり眠って、勇者が火の番をしているタイミングで、僧侶がそう言って話しかけた。

「うん、構わないよ。」

勇者はそう簡単に返して、座る位置を少しずらして僧侶が座るスペースを作った。

「明日は…いよいよ魔王城ね。」

勇者の隣のスペースに腰を下ろして、火の方を見つめながら、僧侶は呟いた。

「そうだね、魔王城だ。」

パチパチと音を立てて、小枝を飲み込む火をぼんやりと眺めながら、同じように勇者は呟いた。

「あなたの、予定通りの進行具合ね。」

「そうだね。
僕の予定通りだ。」

以前、二人とも火から目を離す事は無い。

「そう、あなたの拘った、『普通の勇者』の予定通り。」

今度は、勇者は答えなかった。
暫く、火の乾いた音だけが鳴り響く。

「あなたは、未だに父親の死と向き合ってすらいないわ。」

勇者は言葉を発さない。
じっと、真っ直ぐ火を見つめる。

「…目の前に父親の偶像を作り出して。

そしてそれを目標にして、憧れにして。

いつまでも、自分を守ってる。

こんな稚拙な自己防衛手段を盲目的に信じて。

そうやって、あなたは現状に目隠しをしてる。」

僧侶は、勇者の方に向き直った。

「こんな事に、先はないの。

分かるでしょ?

あなたはもっと他に目を向けられる。
今のままじゃ、あなたはずっと父親の死と向き合えない。

あなたは…魔王討伐後に、何をして生きていくの?」

勇者は、何も答えなかった。
何も答えられなかった。

ただ、じっと火を見つめるばかりだった。

そんな勇者は、綺麗に笑っていた。

「そうやって、私の言葉に耳を塞いで、考えようとしない事自体が、稚拙な自己防衛手段だって言ってるのよ。

…その、不自然なほど綺麗な笑顔もね。」

そう言い残して、僧侶はテントの方へと戻っていった。

座ったままの勇者の耳には、小枝を食し続ける火の音だけが、いつまでも響いていた。








魔王城には、ほとんど魔物が存在しない。

四天王と呼ばれる魔物を率いる司令官のような役割の一際強い魔物は、4方向へと散らばっていて、勇者達はそれを倒して回ってから、魔王城へ突入する。

そして、比較的強い魔物は、白霧の魔境へと配置されているのだ。

つまり、魔王の城の中で魔王に対峙するまでの時間は、ほぼ城にたどり着くまでの時間といっても過言では無い。

パーティーメンバーは、それぞれ真剣な面持ちで、しっかりとした足取りで歩いていた。

それでも、どこか焦りが見て取れた。
本人達は意識していないだろうが、魔王のいる最上階に近くに連れ、どんどん歩くスピードが速くなっていた。

魔王の居場所に着くまで、話し声が聞こえる事は無かった。

あんなに、道中話し込んでいた魔法使いとも。
和解してから、様々な戦術的な事を話しあった戦士とも。

そして、昨日の返答を僧侶にする訳でもなく、ただ、真っ直ぐに歩いていった。

歩きながら、ぼんやりと思うのは、この旅の思い出。

様々な敵と戦って、仲間とも打ち解けて。
食事なんかは誰も作れる人がいなかったから、最初は食材を鍋にぶちまけるだけの、食べることが苦行に思える程の代物。

洗濯だって、テントの建て方や片付け方だって。

最初は全部出来なかった。
全部、この旅の中で出来るようになった。

でも、それも終わりなんだ。


僕は、普通の勇者になって、この旅を終わらせる。








勝負は、一瞬だった。

禍々しい体を大きな椅子に預けた魔王は、勇者達を視認すると、特に何を話すわけでもなく、いきなり魔法攻撃を仕掛けてきた。

それが、戦闘の合図だ。

魔王との戦闘は、奇妙な程に順調だった。
魔王の攻撃は厄介だったが、全員が上手く回避していたし、戦士が魔王の攻撃を潰して、魔法使いの詠唱が終わるまでの時間を稼いでいた。
削られる戦士も、僧侶の回復で補える程のダメージだった。
勇者も、火力のある攻撃を当て続けた。

時間をかけて魔王を攻撃し続けて、後一歩というところまでたどり着いた。


だから、勝負は、一瞬だった。


今までとは違う、明らかに長い溜め攻撃。
それでも、戦士は引かなかった。

疲弊している魔王は、魔法使いの次の魔法で倒しきれると。
そして、自分が引けば、魔法使いの詠唱が中断されてしまうと。

そうして繰り出される、魔王の攻撃。

映ったのは、衝撃的な映像だった。
戦士の体は、構えた大きな盾もろとも、真っ二つに引き裂かれた。

次の瞬間に着弾する、魔法使いの聖属性の特大魔法。

反響する轟音と共に巻き上がる砂煙が視界を奪った。


顔に襲いかかる風が止んで、目を開ける。

その目に映し出されるのは、無惨に散った戦士の亡骸と魔王の死体。


戦士の亡骸の前で膝をついて、そして思い馳せる。

戦士は、彼は、何を思って引かなかったのだろうか。

変わった行動パターンに危機感を覚えて、ここで殺さなくてはならないと思っての自己犠牲の精神だったのだろうか。

それとも、今までの旅を普通のペースで行った事。
つまり、戦闘における恐怖心の欠如からくる弊害だったのだろうか。

今となってはもう分からない。


分かる事は、僕は、「彼にとっての普通の勇者」では無かったと言うこと。

魔王戦での勇者パーティーの死亡は、何も珍しい事ではない。
一人の死亡は、「普通の勇者」の範疇だ。


そうだ、僕は、どうしようもなく、憧れたままの「普通の勇者」だった。

「彼の普通の勇者」でも無く、
「僕の普通の勇者」でも無く、

「普通の勇者」だった。


この旅の思い出も、この苦しみだって。
全部僕達のもので、僕達の、物語だったはずなのに。


自然と溢れ出る感情が、視界をぼかして、少し傷ついた頰を微かな痛みとともに流れ落ちていった。
硬い、硬くなってしまったそれに。


「僕には、やっぱり良く分からないよ。君の問いに対する答えは。」

両手を組んで、静かに祈りを捧げていた僧侶が、ゆっくりと目を開けて、勇者の方を見やった。
勇者は、俯いたままだ。

「一つ…ひとつだけ。最後に、これだけ教えてくれないかな。」

座り込んで俯いていた勇者が乱暴に袖で拭って、顔を上げた。
こちらを見ていた僧侶と目が合う。

「普通の勇者の僕は…今、きれいに、笑えてるかな?」

問いかけられた僧侶の目に映るのは、



とても笑顔とは言えないような、涙でぐちゃぐちゃになっている











そんな、「普通の勇者」だった。
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