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肯定しかしないパーティーメンバーと、僕の、限りある旅のお話。

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「今までの冒険の振り返りをする旅をしよう!」

野宿用のテントの中、食べかけのスープを床に置いて、僕は『皆に聞こえるように、声を張り上げた。』

そうしたら、パーティーリーダーで魔法剣士のゼルが、端正な顔から白い歯を覗かせて、
「それも、いいね。」って変わらない笑顔で答えた。




これは、肯定しかしないパーティーメンバーと、僕の、限りある旅のお話だ。




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「最初はここだよね。」

崖の上一面に広がる紫色の花畑。
その後ろにあるのは、壊された村の、残骸。もう何年も昔で、すっかり風化してしまっていた。

「都から結構離れてるし、時間、かかっちゃったね。」

大袈裟に疲れたポーズをとった後に、全身を覆う黒いローブから長年使いつづけた杖を、取り出した。

「初めて皆に会ったのは、ここだった。」

村の残骸に標準を向けて、広範囲の火属性魔法の詠唱をはじめる。

「僕の村に魔物が襲って来てさ、1週間前だったけど、<魔法使いの祝福>持ってた僕だけが、魔物を殺して、生き延びたんだ。」

詠唱はずっと続いている。
深呼吸を一回置いて、真っ直ぐ村の残骸を見据えた。

「次々と肉塊になっていく家族を見て、初めて魔物を殺して、
ボロボロになって、ドロドロになって、この崖の上で泣き続ける僕に、
『うちに来るか』ってゼルが、パーティーに誘ってくれたんだよね。

正直、胡散臭い勧誘だったし、信用してないところもあったけど、
初めてかけられたルミナの回復魔法の感覚は、今でも、覚えてるよ。」

放った魔法が、轟音とともに村の残骸を、跡形もなく消し去った。

「…確かにあの時から、このパーティーは僕の家族だったんだ。」

爆風ではだけたフードを被り直して、崖からどこまでも広がる青空に目をやった。
村の残骸があった方には目を向けず、少し震えた声色で、言った。

「次の場所、行こうか。」



僧侶のルミナが、きめの細かい金髪を少し揺らして、「そうね。」って優しく、微笑んだ。








「ここも、久し振りに来たね。」

街の中、黒で綺麗に塗られている、大きめの一軒家。
その横に、控えめに掲げられた「限りない冒険」と書かれた青い看板。僕らのパーティーの名前だ。

「ここ買ったのは、僕らがちょっと有名になって、名前を覚えられ始めた頃だったね。」

綺麗な模様が彫られたドアノブを握って、ゆっくり引くと、煙っぽい空気が流れ込んで来る。

「サプライズって言って、ゼルが勝手に買って来てさ、無責任だって怒ったルミナを皆で宥めるの、大変だったな~。」

リビングに置いてある大きな机。
少し埃を被ったそれに指を這わせると、しっとりとした触感の木の板が表れた。

「ゼルは、買って来てすぐに、でかでかとした看板つけようとしてたけど、ルミナが猛反対して、今の形になったんだよね。」

指先に水魔法を纏わして、付いた埃を落とす。
綺麗になった指先で部屋の真ん中を指差して、水魔法と風魔法の詠唱を並行して行い始めた。

「それから、大きな依頼達成した後はさ、絶対皆でリビングで飲んだくれて。」

詠唱が完了して、
まぶたを閉じた。
水しぶきと心地よい風が頬を撫でる。

「暫く飲んだら、グランとゼルは絶対腕相撲始めるんだ。ゼルが勝ったとこ、一回も見たこと無いけどね。
その頃にはルミナは寝ちゃってて、ティルはずっと笑い続けてる。」

まぶたを開けて、隅まで綺麗になった部屋を眺める。

「それで、皆眠っちゃって、グランと僕の二人きりになった時、必ずグランは同じ話をするんだ。

パーティーの名前の由来についての話。

何回もするもんだから、口調まで完璧だよ。」

少し情けなく笑って、
棚に飾ってある5つのカップに手を伸ばした。
木製でそれぞれの名前が彫ってあるそれは、いつも飲む時使っていたカップだ。
一つずつ手にとって、棚を綺麗にしてからまた戻す。

「俺達4人は同じ村で育ったんだがな、大人の目を盗んで、よく近くの森まで冒険に行ってたんだよ。
その時にゼルが言ったことがあるんだ。
お前にわかるか?わからんだろう!

正解はな、
『誰かが、冒険に行こうって言ったら、皆、笑顔で肯定するんだ。そしたらそれが、限りない冒険の、始まりだ。』だってよ

昔からそういう奴だったんだよ。ゼルは。

って。」

このカップは、まだ魔法の扱いが下手だった頃に作ったから、表面はガタガタで、持ち手も不自然に細かったりする。
それでも、直す事はしない。

「最初の頃は、『わかるか?』のところで突っ込んでたんだけど、グランは聞かずに話し続けるから、いつの間にか、何も言わずに聞くようになってたな~。」

綺麗になった棚の扉を閉めて、出口に足を向けた。

「そろそろ、次の所行こうか。」



戦士のグランは大きな体を豪快に揺らして、「ガハハッ!そうだなッ!」って満面の笑みを作った。








「ここに来るのは、2回目かな。」

暑い日差しが照りつける砂漠の中に、人の何十倍もありそうな、大きな入り口がある。
凶悪なトラップと、財宝を守る魔物の存在によって、沢山の冒険者達を呑み込んできたそれは、
通称『砂の迷宮』。

「僕達が初めて完全攻略した迷宮だ。」

迷宮内は、真っ暗だ。
中堅のパーティーが潜る程度の階層なら、ある程度は開発されて、整備されているが、僕達が潜るような所は、基本的に真っ暗。

「迷宮、僕は初めてだったから、何するにもびくびくしながらで。」

乾いた熱風と、視界を奪おうと飛んでくる砂に、どこか懐かしさを感じながら、立ち止まって光魔法と風魔法の詠唱を始める。

「皆でシーフのティルの後ろをついて行ってさ、ティル、ルミナ、ゼル、グラン、僕の順番だったかな。」

風魔法は、砂やトラップで飛んでくる矢を体まで到達させないために、体に纏い、光魔法は、松明のように等間隔に置いていく。

「一番後ろなんて責任重大な感じがして、光魔法のライト一つ操るのも気が気じゃなかったよ。」

何個かのトラップを踏みながらも、全て魔法で対応して、真っ直ぐ進んでいく。
落とし穴には風魔法で体を浮かせ、モンスターハウスは広範囲火魔法で一撃。爆風で焼けないように、風魔法を操るのも忘れない。

「ここのトラップ、覚えてる?」

足下の真っ白なタイルの中で、少しだけ霞んだ色のタイル。
踏むと、少し後ろ側に矢が飛び出して来る。

「これ以外のトラップは、ティルが解除してたんだけどさ、これはこの階層の魔物に合わせてるのか、かかった重量によって発動するトラップだったんだよね。」

タイルに付いた砂を、丁寧に手ではたいて落とす。すぐに新しい砂が付着して、手の甲がざらざらになっていた。

「ティルは重量に達してないから発動せずにそのまま歩いていけてたんだけど、次に通ったルミナが引っ掛かってさ。」

そのまま暫く歩くと、光魔法の松明の終わりが近づいてきた。風魔法を一度解除して、アイテムバックから野外用のテントを取り出す。

「勢いよく飛んできた矢がルミナの後ろのゼルの鼻を掠めて行くもんだから、ゼル真っ青な顔しちゃって。」

風魔法で、安全な地帯にテントを浮かして、土魔法で作った重りで固定した。

「ルミナは真っ赤になってうつむいちゃって、ゼルは何度も触って、鼻があることを確認してたね。」

テントの中に入って、土魔法で簡単にコップを形どる。水魔法と火魔法でお湯を沸かした。

「ティルは笑い過ぎて過呼吸になってて、グランは普段しないようなフォローしようとしてたんだけど、全然出来てなくて、ルミナはますます顔真っ赤にしてた。」

出来上がったお湯をコップに注ぐ。
土が溶け出さないようにコーティングした。

「その様子がおかしくって、おかしくって。
初めての迷宮でガチガチだった僕も、ついつい笑っちゃってさ。」

蒸気が溢れ出るカップの中に、焦げ茶色の粉末を落とす。
少しカップを揺らすと、透明だった中身が、みるみるうちに黒っぽい茶色に変色した。

「それから、緊張もほぐれて、ちゃんと出来るようになってたよ。」

水面の揺れが落ち着いて、色が均一になって来たとき、口をつけて、ゆっくりのどに流し込んだ。
のどを伝う熱さとともに、口の中に心地よい苦さが広がる。

「この飲み物、初めて飲んだのもここだったな~。」

カップを片手に、テントの中央部分を見上げた。
強風に煽られたそれは、不規則に揺れ続けて、生き物のようにも見える。

「夜、テントの中で、ゼルが美味しそうに飲んでたから、僕も貰って飲んだんだよね。
その当時はむちゃくちゃ苦くて不味く思えて、思わず吐き出したんだ。
『まだ早いか』って、笑われたの、今でも覚えてるよ。」

いつの間にかカップの底の土が見えいたから、土魔法をもう一度かけて、砂粒にしてから、熱風にのせた。

「あの時は、こんな不味いもの美味しそうに飲むし、頭おかしいのかなって思ってたけど…
今なら、わかるよ。」

テントの中で、光魔法と、風魔法の詠唱を始める。

「ゼルはいっつも正しかった。
この迷宮の時だって、ティルもルミナもグランも、そして僕も、皆ゼルの指示に従ってた。」

風魔法を纏って、光魔法をまた等間隔に設置していく。
テントの入り口を開けて、外に出る。

「そろそろ行こうか。今日中に攻略しよう。」

アイテムバックに野外テントを突っ込んで、
道に沿って歩き出す。
最奥は、すぐそこだ。

「ここも、懐かしいね。」

迷宮の一番奥、身長の何倍もある大きな門。
黒く厳つい構えのそれは、見た目と違って、さわるだけで開くようになっている。

「初めてこいつ見たときは、皆びびってたな~。
ゼルが声出して、初めて動いてた。」

撫でるように扉を触って、開ける。
すぐに目に入るのは、砂でできた化け物。
とてつもない大きさの巨体、赤い目、体の砂は流動性で、境界は不明瞭だ。
『迷宮の番人』最奥の財宝を守る、最後の守護者。

「皆で、立ち向かった。」

赤い目がこちらを捉えると、いきなり腕を振りかざして来る。
しかしその腕は、こちらに届くことなく爆散した。
火魔法だ。

「ゼルが指示出しながら削って、グランがボロボロになりながらもヘイトとってた。」

番人は少したじろいだものの、すぐに腕を再生させて、また殴りかかって来た。

「ルミナが一生懸命回復回して、ティルは投げナイフで急所ついてて、僕は支援魔法と攻撃魔法をバカみたいにずっと打ってた。」

その腕を火魔法で爆発させて、今度は風魔法で砂を拡散させる。
再生出来ないようにするために。
後はこの作業を繰り返すだけだ。

「何時間かかったかな、最後はゼルが決めたんだ。
番人が守ってた財宝の中身は、僕が今でも使ってる魔法使いしか使えないこの杖だったけど、売らずに、お前が使っていいよって皆が言ってくれた。」

外からの供給で再生出来なくなったら、自分の体の砂を使う。
あっという間に小さくなって、最後に爆発させたら、もう終わりだ。

「あの後は、拠点に戻って、起きても歩けなくなるほど飲んだね。
皆で叫んで、次の日にゼルが怒られてた。

…楽しかったなぁ」

無くなった、番人だったはずの砂の塊に少しだけ目をやった。
後ろの宝箱には目もくれず、入り口へと戻る転移石に手をおく。

「次で最後なんだ。付き合ってよ。」

シーフのティルが黒い目を猫のように細めて、からかうような声色で、「いいよ。」って意地悪く、笑った。








「最後は…やっぱりここだね。」

最初から決まっていた限りある旅の終着点。
視界を真っ白に染めるそこの森は、魔素の濃度が濃すぎて、木が葉を実らせる事はない。そして、朽ちることもない。
魔王城の近くにあるだけあって、出現する魔物は極めて凶悪。
ただ、そこにしか生息しない植物は利用価値が高く、挑む者は少なくない。

入ればすぐ人が認識できなくなるほどの霧と、葉の実らない木。
冒険者を呑み込み続けるこの森についた名前は、

『白霧の魔境』

「僕以外のパーティーメンバーの皆が、死んだ場所。」

入って数歩歩けばもう真っ白だ。
頼れるのは、帰りの方角を教える光魔法だけ。

「見えないところから魔物が襲って来る。
最初はいなして守りきっていたけど、ティルの片腕が使いものにならなくなった時からそうもいかなくなった。」

10分も歩けばもうそこら中は魔物だらけ。

「ティルのカバーがなくなったことの弊害はすぐに現れた。明らかに前線のダメージが多くて、ルミナの回復魔法が追い付かなくなっていった。」

一匹の魔物が襲いかかって来て、つられたように次々と霧から魔物が現れる。

「鎧は壊れて、剣も今にも折れそうだった。
最早、前進も後退も出来ない、そんな時に、ゼルが僕に向き直って言ったんだ。」

火魔法に風魔法に氷魔法。
持ちうるすべての範囲攻撃を、ノータイムで回し続ける。

「お前だけでも逃げろって。
ルミナもティルもグランも、皆こっちを見ずに、ただ攻撃から僕らを守ってた。

それで、意気地無しの僕は…逃げたんだ。」

黒いローブは、いつの間にかところどころが焦げて、穴が空いた。

「足を止める事はしなかった。振り返ることも。
醜く、滑稽なほどに生にしがみついて、こうやって逃げている弱い自分が情けなくて、無我夢中で走った。」

そこから覗く肌にはいくつもの擦り傷と火傷後が見える。

「結局、逃げ切った僕にの前に現れた勇者パーティーが渡して来たものは、

判別すら難しくなった、皆の、遺体。

その瞬間僕は悟ったんだ。」

少しずつ、風魔法と爆風によって周囲の霧が晴れていく。

「いくら迷宮を攻略したといっても、この森は僕らが行くには難し過ぎた。
普段から考えて、ゼルがこんなところを選ぶはずがない。

そして、僕らが失敗して一週間もかからず白霧の魔境に出発した勇者パーティー。

探して来るのは、ここでしか生息しない、奇病の治療に使う植物。」

足元には、山のように積み上げられた魔物の死体。

「考えてみれば最初からおかしかった!

明らかに高難易度なゼルの提案に、誰一人として疑問をもたず、肯定を即座に示した!

恐らくこれが僕らが断れないほどの高位の貴族からの依頼だったことを、僕以外の全員が知っていたからだっ!

そして!っそして…僕に教えなかった理由は…僕一人が生き残ることを予測して…
復讐に走らないようにするため。」

魔物の死体の山に、何度も、何度も何度も何度も。
火属性魔法を打ち続けた。
押し寄せる爆風が、肌の表面を焦がして通り過ぎていく。

「見てよ!

僕、こんなに強くなったんだ。

ずっと、一人で戦って、

ここの魔物を倒せるくらい。逃げなくて良いくらい。
皆を…守れるくらい。

強くなって…」

足に力が入らなくなって、思わず、膝をついた。
頬から流れた透明な液体が、地面に落ちては吸い込まれていく。

いつの間にか視界はぐらぐらになって、自分の輪廓さえわからなくなっていた。

「そしたらっ!…そしたら…

いつも、みたいにっ…僕がっ、冒険に行こって…言ったらっ

皆がっ…いいよって…笑ってくれて。

それで…」

ゼルが、僕の手を取って、立ち上がらせた。

それから、あの時みたいに真っ直ぐ僕を見て、ゆっくり、首を横にふる。

それは、さよならを告げているようで。

僕も、混ざりきってしまった白い雲と青空に、消えてしまいたかったけれど、
でも、そんな事は出来ないから。

僕も真っ直ぐゼルを見返した。

「最後のわがままなんだ…聞いて、くれる?」

皆が僕の目を見る。
ゼルが、静かに頷いた。



深呼吸を一回おいて、

僕はぐちゃぐちゃな笑顔を作って、言った。



「冒険に、行こうよ。」



少し震えたその言葉に、




ルミナが、「そうね。」って優しく微笑んで、

グランが、「ガハハッ!そうだなッ!」って豪快に笑って、

ティルが、「いいよ。」って意地悪そうににやけて、

ゼルが…「それも、いいね。」って、とびっきりの笑顔を作った。





涙を拭いた僕の目には、もう、彼らは映っていなかったけれど、

僕は、「行こう!」って『皆に聞こえるように、声を張り上げた。』

僕達の「肯定しかしないパーティーメンバーと、僕の、限りある旅は」、やっぱりここで終わりだけど、

ここからはきっと、「空の上のパーティーメンバーと、僕の、限りない冒険」の、始まりで、

いつかの勇者みたいに、人々に知られる事はないかも知れないけど。


このお話は、どんな物語より、きっと、ずっと、素敵だ。
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