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しおりを挟むいつもより遅く家を出た。
昨日の朝くらいの、寝坊した時に出る時間。
いつもの時間に家を出たら、彼女に出会ってしまうかもしれないから。
…彼女を見て、どんな顔をすればいいか分からなかったから。
朝の通学路で、時々彼女と会った。
別に、待ち合わせをしていたわけでも、ストーキングしているわけでもなく、時々会って、ちょっとした話をした。
天気がどうだとか。
あの子がどうしただとか。
授業の話とか。
初めて彼女に会った時の夢を見た。
朝の通学路だった。
彼女は、とてもよく笑う女の子で。
何が面白いのかわからないような話でも、彼女につられてよく笑ってしまった。
いつもより遅くに行こうと決めていたのに、いつもよりも大分早く目が覚めた。
携帯のしょうもないニュースで時間を潰して、時間通りになった目覚まし時計の騒音を見送った。
布団を頭までかぶって、無機質な文字の羅列に感情移入した気になっていた。
「こんな文字にすら悲しい振りが出来るのに、僕は、あの場所で、憤りも、悲しみも、簡単な何をかもを、なんで…なんで…」
いつもと違って、僕は一番最初に顔を洗って、焦ったように家を出た。
教室のざわつきに、心臓を握られたように感じた。
入口に人が集まっていた。
窓際の僕の席に近い、彼女の席から離れたほうに。
背がそこまで高くない僕が分かったのは、彼女の机に何か書かれているということと、中途半端な高さの花瓶があるということ。
詳しい状況は分からないけれど、また、「それ」は起こってしまったということ。
それと、僕が初日よりも彼女にはっきりとした感情を抱けたということ。
自分でも吐き気がするほど最低な感情。
最も最低で、クズの僕らしい、「憐れみ」という感情。
それに安堵を抱ける程、自分が腐りきっているということ。
彼女が自分の席をあらかた片付け終わって、入口に集まっていた人たちが自分の席に戻り始めて、僕の体はようやく意思の通りに動き始めた。
誰かと話すわけでもなく、彼女を窺うわけでもなく、少し遠回りに窓際の席に向かって、何もなかったかのように、鞄を置いた。
そうして、椅子を引いて、足を動かした時
いつもならならない筈の「パキッ」という甲高い音が響いた。
上履きに、確かな感触があった。
小さな音だったはずなのに、ざわついた教室がやけに静かになったように感じた。
視線がこちらに集まって、何故か、「やってしまった。」という焦りが全身を支配した。
彼女が、自分の席を立って、こちらに向かってきた。
俯いていて、表情は見えなかった。
彼女が足元でかがんで、僕は足をのけた。
音とともに、粉々になったガラスが姿を現した。
花瓶のガラスだ。
彼女は、小さな両手でそれを一つ一つ拾い上げて、一言、呟いた。
「ごめんね。」
その瞬間に、色んな言葉が込み上げてきた。
『謝らないでよ。謝らなくていいんだよ!
素手は危ないよ。
僕が拾うから。
先生に相談しようよ。
嫌だって言おうよ。
昼ご飯だって、朝だって、いつもみたいに…
…いつもみたいに、笑ってよ。』
恥ずかしかった。
彼女に憐れみを覚えた自分が。
憐れみを覚えたことに安堵した自分が。
彼女にこんなことを言わせてしまった自分が。
言えもしないような、出来もしないような。
彼女のことを何も考えていない考えを当たり前のように思い浮かべた自分が、恥ずかしかった。
結局僕は彼女に何も言えなくて、ただ俯いた。
彼女は、割れた花瓶の入った袋に、破片を入れた。
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