日常を取り戻せ

ゆとそま

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第三章 入院治療〜第二クール〜

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 この章でも、引き続き、入院治療の記録を記していきたいと思う。
 主治医や看護士からは、一回目の入院よりは気楽ではないか、と言われていたが、実際はそんなことはなかった。
 精神的にも肉体的にも、一回目の入院よりはるかにしんどかった。
 それは、一次退院で家族の温かさや、日常生活のありがたみを再度認識してしまったからかもしれない。それに加えて、次のクールで造血幹細胞移植を行う予定だったこともあるだろう。
 
 それでは記録の記述に入る。


ニ〇ニ一年一月十四日
 ついに、2回目の入院治療のため、入院した。
 今朝は長男と抱き合ったが、次男は熟睡してて寝顔しか見れず…
 奥さんも辛そうだったけど、お互いにまた頑張ろうとしか声をかけられなかった。
 前回ほどのネガティブな感じはないが、やはりすごく嫌なもの。
 またなっがーーーい入院生活が始まるかと思うと憂鬱で仕方ないけど、頑張るしかない。
 しかも、今回は廊下側のトイレから1番遠い病室なので、そういった面でも最悪だけど、仕方ない。頑張ろう。
そして初っぱなからcvカテーテルを入れた。一応、胃カメラとかやるときに使ってくれる鎮静剤で眠らせてくれ、ってお願いしたけど、あっけなく却下。
仕方なく、シラフのまま挑みました。
 痛さでいったらたぶんマルクのが痛いんだろうけど、何しろこの処置はなっがい。呼吸しずらい状況で何されてんだかわからず、突然、肩辺りに激痛が走る。
 これね、やっぱり鎮静剤使うべきだと思いますよ。

※cvカテーテルは、鎖骨の下の辺りからカテーテルを使って点滴の管を心臓付近の血管まで通す処置。腕の血管では抗がん剤などの強い薬剤には対応できないんだとか。なので、心臓付近の強い血管を使うらしい。ちなみに、腕の血管を使って抗がん剤を投与し、もし万が一血管から抗がん剤が漏れるような事があると、最悪、腕が壊死する、みたいなことを言われたような。抗がん剤は、それほど強力な薬剤であるということ。


一月十五日
 失礼だけど、病院食ってホントに味気ない。というか、すみません、食べれない。もしかしたらこのぐらい薄味の方が好みの方もいるかもしれないし、患者の事を考えてくれてるのはわかってるんだけど、食えない!
 一昨日まではなー、普通に家で飯食って、ビール飲んでたんだけどなー。
 入院ニ日目にして早くもホームシック。
 さて、本日から抗がん剤治療が始まった。なんと、前回行った抗がん剤の40倍の量を使うとのこと。主治医は吐き気は少ないと思うから大丈夫、って言ってたけど、正直、めっちゃビビってる。
 朝と夜に一回ずつ、三時間かけて投与。今日の朝の分が終わったけど、やはりちょっと吐き気が。
 そして、もう一つショックな出来事が。
 年末に、骨髄ドナーが血縁者で一致した、と連絡を受けていた。外来でも主治医から移植の説明があり、血縁者とそうでないドナーとではだいぶリスクが違うことがよくわかった。
 今回の病気は、最後の最後まで全然わからないので、期待しないように期待しないようにしていたつもりだけど、やっぱり期待してたみたいで。今日、移植できるかどうかの検診で引っ掛かってしまい、ドナーとなれないと連絡を受けて、とんでもないショックを受けている。吐き気の理由はこれもあるのかな。
 とにかく、本当にこの病気は治すって希望以外は何も期待しちゃいけないんだなって、改めて思った。
 つーか、確実な事が判明するまで伝えるなよ。良い話だったら期待しちゃうし、ダメになったときの反動もでかいじゃん。もう期待持たされて突き落とされるのはこりごりだよ。

※骨髄ドナーは兄弟がいる場合、まずは兄弟で一致するかを優先して検査するらしい。なぜなら、血縁者の方が色々とリスクが低くなるからだという。しかし、移植を行うには、白血球の型が一致している事が大事であり、兄弟で一致する確率は、わずか二十五パーセント。今回、僕は兄と見事完全一致していたのだが、ドナーの健康が一番に優先される。そのため、まずはドナーに健康異常はないか、移植を行っても問題ないか、検査が行われる。その検査で数値が基準値よりも高かったりした場合、ドナー候補から除外されてしまう。まさに今回が、そのケースである。


一月十六日
 今日は抗がん剤治療ニ日目。昨日に比べて少し胃がムカムカ。あと目の充血が出てる。まぁでも、全然我慢できるレベル。
 それにしても、昨日のドナーの件をまだひきずってる。なんか、もう治らないんじゃないか、っていうレベルで凹んでる。部屋のせいかな?廊下側の部屋だから、窓がない。だから、外の状況が全くわからない。明かりは電気だけ。太陽の光を思いっきり浴びたいなぁ。
 この病気になってから約二ヶ月。色んな精神状態になってきたけど、結局はここに戻ってくる。
 なんでこんな病気になっちゃったんだろ。
 なんで俺なんだろ。
 進歩しねーなー。もうどういうモチベーションで治療に取り組んだらいいかわからん!
 例えば同じ携帯ゲームをやっていても、家でやるのと病院でやるのとじゃ全然違う。病院のが時間もいっぱいあるし、一人で集中できるのに、もっとやりたい!ってならん。つーか、つまらん。ゲームに限らず、動画とかも同じ。でも、家でやってたら子供らが騒いで邪魔してちーっとも集中できない。でも、家でやってる方が楽しい。集中なんてできなくても良い。あの喧騒が愛おしい。


一月十七日
 昨日、ふともう一つの大部屋を見てみたら、一ヶ月前まで自分がいた場所が空いてた。しかも窓側。
 ダメ元で、移動できないですか?って聞いてみたらOKが出た!やったね!言ってみるもんだね!
 やっぱり窓側だと太陽の光が入るから気持ちいい。時間が経つのも感じれるし、陽が延びたなーとか、季節の変化も感じれる。戻ってきちゃった感はあるけど、どうせなら慣れたところがいいよね!!
 さて、今日で抗がん剤三日目。
 さすがにちょっと食欲ありません。
 吐きそうってほどではないけど、気持ち悪いというか、お腹がすかないというか、胃が働いてないというか。あと、なんか体が痒い気がする。
 あとでシャワー浴びる時に確認してみるか。また憂鬱な日々が始まったんだな、と感じる。


一月十八日
 抗がん剤治療四日目。今回の抗がん剤は『大量療法』というおっかないネーミングがついてはいるものの、前回の抗がん剤治療よりも吐き気は少ないと主治医から言われていたので、少し期待していた。が、しかし、やっぱり気持ちわりー。
 昨日の夜は、飲める薬は全部飲んだし、今朝もやっとこさっとこの、カロリーメイトニ本。
 普通に食事とれるかなーって思ってたけど、やっぱりダメだったみたい。抗がん剤やってるのにバクバク食えてる人ってすげぇな。
 まぁでも、食べる事がストレスになるのなら、いっそ食べなくてもいいや、って思うことにした。お家に帰ればバクバク食べられることが前回でわかったし。体重も五キロアップしての再入院だったから、まぁそこまで病院の食事に拘らなくても大丈夫でしょ!
 そして、先週末に話のあったドナーについて、主治医に聞いてみた。そしたら、やはり検診でダメになることはあるらしい。だったら検診とか全部やってから伝えてくれよ。
 そして、移植の成功率はさらっと言ってたけど、六十~七十パーセント。
 あれ?逆に言うと、三十~四十パーセントの確率で、俺は死んでしまうってことでしょうか?
 なんとも寝る前に気分が重くなる話題でした。


一月十九日
 抗がん剤最終日。前回だったら、それなりにテンション上がってたけど、なんでかな、今回は全くテンション上がらず。
 体調は心身ともに良くない。いや、心が良くないから体が良くないのか。 
 とにかく食欲がない。何も食べたくない。
 そして、昨日主治医に移植のドナーの話を詳細に確認したら、やはり検査の結果難しいかもとのこと。そして、さらっと言ってたけど、移植の成功率は六十~七十パーセント。え、思ったよりも低い。
 そして、他の方の体験談をネットで見たり、同部屋に移植した後っぽい人が自分の症状を別の人に語ってるのを聞いてると、ホントに怖い。
 正直、治る気がしないよ。
 元の生活に戻りたいなぁ。
 夜に歯を磨きながら、同じ患者さんと話をすることができた。
 その人は先月の半ばに移植をやって、今月末には退院するらしい。
 副作用も少なく、今もすごく元気そうで、辛くないはずはないだろうけど、辛いとは言わなかった。そして、何より主治医が同じというところに安心感が持てた。
『ぜっーたい大丈夫』
 その人が俺に何回か言ってくれたそのセリフが、すごく胸に響いて、今ひとしきり泣いた。
 泣いたら少しスッキリした。
 わかっちゃいたけど、やっぱり怖くて不安で孤独でどうしようもなかったんだな。
 ありがたい。


一月二十日
 昨日の夜の分で、今回の抗がん剤投与が終了した。寝てる時に投与されたので、目が覚めなかったらやだなー、って少し思ったけど、無事本日目覚めました。
 あとはこれから血球の数値が下がってくるので、感染症や転倒、出血などもろもろ気をつけて、また歯茎の痛みとか頭痛とかに耐えなきゃ。これがなかなかしんどいんだよなー。でも、これで血球の値が上がってくれば、また一時退院できる、と信じて頑張る!
 そしてさっそく、お昼ご飯食前の薬を飲んだ後、急激に腹痛がきた。あー、これはきたかなぁ、と思ったら、予想通り。そこから立て続けに四回下す。そして、今五回目。完全に水ですよ。
 そして、熱が出てきた。まだ三十七度台だけど、顔がすごい火照ってる。
 これはちょっと苦戦しそうな出だしだな。
 さらに追い討ちをかけるように入院している病院で某ウイルス出ました。
 果たして俺は生きて帰れるのだろうか。


一月二十一日
 相変わらずの下痢でしんどい。
 血球も下がってきてるのかな?なんか体がだるい。このダルさで何回も下痢に行くのはきついな。個室に移してくんないかな。
 やっぱ、前回の四十倍の量の抗がん剤を入れてるから嫌な予感はしたけど、こんなに下痢するんだ。
 まぁ移植に比べたら大したことないんだろうな。
 くっそー、また心が弱くなってる。
 午後になり、相変わらず腹痛と下痢。でも空腹感があり、食べてないせいか体が物凄くだるかったので、プリンとカロリーメイトを食べた。
 その後はとりあえず下痢して、シャワーへ。
 前回もあったが、なぜかシャワーに入ると体調が悪くなる時がある。今回はだるさと吐き気。これはなんなんだろう。エチゾラムを飲んで落ち着くってことは、自律神経関係とか精神的なものだろうか。
 そして、前回の記録を見返す。やはり、ちょうど同じぐらいの時期に体調を崩してる。
 抗がん剤は入れてる最中はもちろん、入れ終わった後も副作用がきついね。
 これから血球が下がって、頭痛、歯茎の痛みとかが出てくるのだろう。さらには感染症にも気を付けないと。
 あー、憂鬱だ。


一月二十ニ日
 体の症状が辛いのはもちろんだけど、なんか今回の入院は精神的に辛い。
 家族に会いたい。家に帰りたい。この気持ちがずっと消えない。
 一時退院の影響かな?テレビ電話を切った後の寂しさが物凄い。
 前回の入院では、電話すると元気になれたのに、今回は電話をすると寂しくなってどうしようもなくなる。
 子供も寂しがってるみたい。そんなの聞かされたらたまらない。今すぐ帰ってギュッてしてあげたいのに、それができない。
 辛いなー。
 なんでこんな病気になったかなー。
 なんで俺はいつも前向きじゃないんだろうなー。
 なんかもう、嫌になる。
 そこで、友人に精神的に追い詰められたらどうするか、聞いてみた。そしたら1つの方法を教えてくれたので、試しにやってみた。
 ダメだー!余計に悲しくなってきた!!友人いわく、これで号泣すればスッキリするとのことだが、号泣とまではいかず。
 ただ、昔が羨ましくなっただけだった。
 でも、聞いたら真面目に考えてくれる友人、ありがたい。
 夕方に妻が着替えとかの荷物を持ってきてくれた。妻がいる場所まで自動扉2枚。
 この2枚の隔たりと某ウイルスのせいで妻の顔すら見れない。
 距離にしたら5メートルあるかないか。
 もう、悲しい。


一月二十三日
 精神的にすごく辛い理由、それはたくさんあると思うけど、1つ確実に言えるのは、いまだに自分の病気を自分で受け入れられてないところだと思う。
 俺の場合、何か症状があったわけではない。痛いとか苦しいとかの症状があって、治療して楽になった実感があれば、治療にも前向きになれると思う。ただ、俺の場合は入院前の方が元気だったから、治療の効果を実感できてない。
 でも、ガンの人もそうだし、それ以外の病気でもそういうケースってあるよな…。
 それに、まぁ普通に考えて、病気じゃないと思ってるのに長期間入院させられてりゃ、必要以上に辛くなるのも当然。
 もうこの病気になって二ヶ月以上たつ。いい加減、受け入れていかないと。
 数日前から話すようになった人が、今日、本退院していった。
 移植を受けているので、平均的に二~三ヶ月は入院のはずなのに、その人はわずか三十日ちょっとでの退院。しかも年齢も五十八歳。
 そこまでひどい副作用もないようで、元気そうだった。
すごいな。もちろん、羨ましくてしょうがないけど、それ以上にすごいと思った。
 主治医も同じで、治療も同じような事をやると思うので、色々と励ましてくれた。
 ありがとうございます。
 退院、おめでとうございます。


一月二十四日
 今朝も腹痛。今回の腹痛と下痢は前回よりしんどいなー。これに加えて発疹が出てきてる。
 熱が下がったのは良かったな。でも、血球が下がってきてるから、まだまだこれから。
 歯茎の痛み、頭痛、感染症、前回あった症状でまだ出てきてないのがあるから、覚悟しなきゃなー。こえーなー。
 そして、久々に子供の夢を見た。理由はわからないけど、号泣してた。夢でも号泣してたら駆けつけたくなっちゃう。なんで泣いてるのか聞きたくなっちゃう。寂しいの我慢して、頑張ってるって言ってたもんな。あーーーーー早く帰りたい!
 午後になっても朝食べたカロリーメイトが良くなかったのか、下痢ピーがひどくなってる。今までは腹痛があってもガスが出ることが多かったのに、今日は百パーセント下痢ピー。さすがに疲れてくるわ。
 そんな中、読もう読もうと手付かずだった鬼滅の刃を全巻読み終えた。
 戦闘のシーンはそこそこのあれなので、具合悪い時に読まない方が良いかな?と思いつつ、暇なので読んじゃいました。
 結果、号泣しました。たぶん、病気じゃなければ号泣はしなかった、というか、泣くことすらなかったと思うけど、急に涙腺が崩壊してボロボロ泣いちゃいました。
 このマンガで得たことを胸に、また病気と日々闘っていくか。


一月二十五日
 今日も朝から腹が痛い。起きて速攻で下痢ピー。昨日の夜は何も食べてないんだけどなぁ。ちょっとしばらく絶食してみようかなぁ。前回はこんなにきつくなかったのに、今回の下痢はホントしんどいなぁ。いつになったら止まってくれるのやら。
 回診の際、相変わらず下痢ピーな事を先生に報告。すると、ちょっと長いみたい。ということで、明日は便の検査。全然許容範囲で、俺が特別に長すぎるってわけではないらしいけど、ちょっと不安。
 そして、前回同様、首・肩の凝り、残尿感?みたいな違和感、などなど、不快な症状が出てきました。いよいよこれからかなぁ。
 そして、大部屋のイヤなところ。同室の他の2人は移植も終えていて、日々退院へステップアップしていってる。今日もそんな話をしていた。
 俺は移植もしてないうえに下痢ピーで苦しんでるレベルなのに、一方では本退院に向けて着々とステップアップしている。正直、羨ましいし、焦る。自分は回復力が少ないのではないか、とか考えちゃう。
 できれば大部屋は同じぐらいの治療期間の人と一緒にしてほしいなぁ。
 そんな事考えてる時にやっちまったー。
 下痢、もれたー。
 もー情けない!!!!


一月二十六日
 今日も朝から下痢ピー。それに加えて熱が少し出てきた。頭痛もする。
 相変わらず食事はできそうもないので、体重が毎日〇.五キロぐらいずつ減っていく。点滴で栄養入れてるのに。
 しかも昨日は下痢を漏らしてシーツを汚してしまった。もうほんっとに情けない。
 まずいなー、体もだけど、心もどんどん弱っていくよ。
午後には血小板の輸血をやった。これ、前回入院時は三回やったけど、三回ともアレルギー症状が出る。今回も出ること想定して、予防でステロイド注入。でもね、結局出ちゃいましたー。しかも結構広範囲。そんでもって、ステロイドもう一回注入してなんとか輸血終了。量はそんなにないのに、百パーセントアレルギー出るから時間かかる。この輸血やだな。
 そして何やら病院が慌ただしくなってきた。
 まず、俺の主治医が今日は回診に来ないそう。血液検査をやってる日に回診に来ないなんて事は今まで一度も無かったのに。
 そして、同部屋の俺から見ても明らかにまだ具合悪そうな人が退院を勧められてた。
 その医者が言うには、病院の方針で退院できそうな人はどんどん退院させるという方針になったのだそう。
 まぁ推測だが、十中八九、某ウイルス関係だろうな。
 もう某ウイルス、いい加減にしてくれ。


一月二十七日
 今日は朝から節々や筋肉が痛くて、なーんか嫌な予感がしていた。
 口の中も痛くて、白血球も数値がかなり下がってるので、いよいよきたか、と。
 昼前ぐらいに三十七度八分になったので、一応、血液検査と抗菌薬の投与を開始。
 まぁこれぐらいなら大したことないや、と思っていたら、午後四時頃から物凄い寒気が。そっから二時間、ずーっとガタガタ震えてました。
 体温を計るのが怖かったので、とりあえず解熱剤が使える時間まではひたすら我慢。
 そして、いざ計ってみたら、三十九度八分。
 この病気になって初めての高熱。
 体中痛いし、吐き気はするし、マジでしんどかった。何より、家族とのテレビ電話が出来ないのもしんどかった。
 このまま治ると良いけど。


一月二十八日
 昨日の今日なので、熱の影響が全くないわけではないが、昨日よりはだいぶ体調が良くなった。
 熱は三十七度台をウロウロしている。頭が重くて体のあちこちが痛いのはまだ残ってる。
 今日は昨日みたいな発熱をしないと良いなぁ。
 さっき、外を見たら雪が降ってた。今年初めて見る雪。
去年までは子供と一緒に見てはしゃいでた雪。
 今年は1人で見るんだなぁ。
 発熱のせいか、ひどく心が弱くなってる。
 自分は生きて帰れるのだろうか、某ウイルスは大丈夫なのか、移植は無事に終わるのだろうか、再発はしないだろうか、あと何年生きられるのだろうか。
 まだ治ってもいないのに再発のことまで考えて。
 そんな心境で見る雪。
 辛いなぁ。


一月二十九日
 今朝も熱が下がらず。三十七度六分。朝でこれじゃあ、また夕方以降上がってくるなぁ。
 口の中も相変わらず痛くて、なんか顎の骨の下?あたりが痛い。
 そして、下痢。相変わらずの水下痢。いい加減にしてくれよ。先生も薬剤師も長いねって言ってたけど、そんな事言われても。なんとかして止めてくれ。前回の入院の時よりも明らかに回復が遅い気がするなぁ。いまだに何も食べれないし、何より精神的にきつい。
 昨日の夜に熱はあったけど、精神的に限界だったのでテレビ電話した。なぜそこに自分がいないのか。自分の家なのに。今まであんまり考えなかった事を考えた。卒園式の話が出て、約二年後だけど、果たして自分はその時生きているのだろうか、とか考えたら涙が出てきた。早く治して帰りたい。お願いですから、お願いしますから、俺から幸せを取り上げないでください。まだ子供も小さいし、死ぬわけにはいかないんです。子供の成長を妻と見届けたいんです。お願いしますから、今までの日常を返してください。本当にお願いします。
 夕方に兄から連絡があり、骨髄ドナーの検査をパスしたとのこと。
 それ自体は嬉しいのだが、今までの経緯があるのでイマイチ喜べない。ダメ元だったのにあっさりパス。またなんかダメになるんじゃないか、とどうしても思ってしまう。
 なので、期待しません。
 頑張って数値を下げてくれた兄には感謝!
 でも、主治医からちゃんと俺が聞くまでは、自分の中で確定にしません。これでやっぱりダメでした、ってのは、さすがにもう立ち直れません。
 いずれにしても、治ればそれで良い。
 それだけが俺の願い。

※前回の検診でドナー候補から外された兄だが、兄が懇願してくれて、もう一度検診をしてくれる事になった。再検診までの二週間、ほぼ飲まず食わずで生活してくれていて、再検診に見事合格する事ができたのだ。


一月三十日
 今朝も発熱あり。三十七度七分。うーん、今回の熱はなかなかしぶといね。
 そして今日は色んなとこが痛い。頭、目、歯茎、口内炎、お腹。特に目とお腹は初めての痛み。
 もうなんなんでしょうか。入院して以来、体調の良い日がないですよ。
 でも、下痢は少しマシになったかも。ゼリーを飲んでも、まだ1回だけ。このままおとなしく引っ込んでくれると良いけど。
 テレビ電話で妻から聞いた話。
 今日、近所をお散歩してたら、長男が他のファミリーをずーっと見ていたそう。
 やっぱり、パパがいなくて寂しいとのこと。
 パパが帰ってきたら一緒にテレビ見るんだ、と、そんな些細な事に希望を持ってくれてること。
 寂しくて辛いのは俺だけじゃない。妻や子供だって同じ。ましてや子供は四歳。
 頑張らないと。頑張って治して、そんな悲しいことはもう二度と言わせないようにしないと。


一月三十一日
 今朝も熱が下がらず。三十七度八分。これ、結構不安。日中はカロナール飲んでるから熱も押さえ込まれてるけど、飲んでなかったらまだ発熱してるってことだよね。なかなか治らないなぁ。
 で、口の中がめちゃめちゃいてー!うがいしても染みるし、普通にしてても痛い。なんか塗り薬みたいのないのか看護士に聞いても、今は血球が下がってるからステロイドは塗らない方が良いとか。すみません、ちょっと意味がよくわかりません。でも、とりあえずは塗らない方が良いのね。
 下痢がもしかしたらおさまってきたかもしれないので、カロリーメイトを食べてみた。しかし、口の中が痛すぎて、たかが2本のカロリーメイトを食べるだけで脇汗びっちょり。冷や汗もびっちょり。舌に口内炎ができてるもんだから、味もくそもない。もう気合いで食べた。
 で、なぜか新しく右目が痛い。
 もういいですから。これ以上、どこも痛くならなくていいですから。
 そして、本日、同部屋の方が本退院した。その人は急性のGVHDという、移植特有の副作用が結構重篤な状態で出てしまったので、入院が長引いていた。それ以外でも、敗血症になったりと、結構色んな辛い経験をしている人だった。
 それでも、治療には常に前向きに、弱音を吐いてるとこは見たことがなく、常に強気で明るい人だった。
 まさに、絵に描いたような男らしい男。
 退院、おめでとうございます。
 肝心の自分は、昼に食べたカロリーメイトで下痢再発。どうもチーズ味がよろしくないらしい。
 まぁでも、まだ一回しか下痢してないので、まだ持ちこたえてるのかな?


二月一日
 今朝は初めて腹痛で目が覚めた。
 朝の五時に朦朧としながら、なーんかお腹痛いなぁー、と思っていたら、あれよあれよというまに下痢が出そうに。
 一瞬で目が覚め、速攻でトイレへ。
 いやー、目覚め最悪。
 で、熱は三十七度四分。うーん、日に日に下がってきてはいるけど、まだかなー。なんか今朝は筋肉痛がするし、昨日から咳と鼻水が出るし。
 なかなか体調が良くなりませんなぁ。
 そして、なんだかんだ、下痢は現時点で六回。
 なんだよー、一回良くなったのにまたかよー。主治医に話しても、長いですねぇ、で終わり。
 いやー、止めてくれよー。長いのは俺もわかるよー。
とにかく、また腹痛で目覚めるのは嫌なので、夕飯は何も食べるのやめよう!
今日の体調不良
・頭痛
・発熱
・筋肉痛
・目の違和感、痛み
・吐き気
・腹痛
・下痢
・お尻の痛み
・咳
・鼻水
明日には何かしら減ってますように。


二月二日
 ここ数日間、舌先にできた口内炎と左ほっぺの内側が痛かったのだが、今回はやばい。
 夜中の三時になんとなく目を覚ますと、そこからズキズキしてるのに気づく。
 そのズキズキがやがて針で刺されてるような痛みに変わってくる。ズキズキというより、バチバチ?ビリビリ?とにかく、痛すぎて叫びたくなる。なんなのこれ。
 結局、そのまま一睡もできず、気が付いたら汗びっちょり。
 もーーーー、いってーーーなーーー!
 ホントにイライラするわ。
 後ほど看護士さんに見ていただいたら口内炎でした。口内炎ってこんな痛いの…?
 さて、明け方の口内炎騒動はとりあえず、いったん落ち着いたので、日中は同じ病気になった方々のブログを読み漁ってた。もちろん副作用の出方は個人差があるので、同じにはならないだろうけど、ぶっちゃけ、うわーこんな症状出んのかー、と怖くなる。でも、みんな前向きに治療に取り組んでいる。少なくともブログからはそう見える。
 みんな凄いなーって思ってたけど、今とは決定的に違うことが一つある。
 それは、面会できるかどうか。
 やっぱりね、家族からエネルギーをもらってる人が多いですよ。そりゃそうだよね。家族の顔見たら、絶対に死んでたまるか!って気になれるし、前向きにもなれる。やっぱりテレビ電話と生で会うのは違うよなぁ。
 まぁそんな事も言ってられませんが、本当に某ウイルスは迷惑極まりない。銀座はしご議員とかふざけんな。
 そして、午後の回診で血液検査の結果が出ましたが、またまた運命の別れ道に出くわしました。
 今日の血液検査の結果で、白血病細胞が一パーセント検出されちゃいました。
 先生が言うには、骨髄抑制してた血球が上がってくる時に、時々一パーセントとか出る時あるけど、まぁ心配する必要はないとのこと。
 でもねぇ。前回も同様の事がありまして。前回も多分大丈夫で、結果、大丈夫じゃなかったんですよ。
 お願いだから、先生の言うとおりであってくれー!
 頼む!頼む!頼む!


二月三日
 昨夜、カロナールを予防で寝る前に3錠飲んで寝たら、口内炎が痛くならなかった!
 五時にトイレで起きた時に、少し痛かったので痛み止め入りのうがい薬でうがいをしたら、何の問題もなし!これは嬉しいなぁ。ぜひ続きますように。
 それ以外の体調は、食欲イマイチ、関節痛あり、筋肉痛あり、発熱は微熱ってとこかな。この関節痛と筋肉痛、早く治らないかなぁ。また熱が出そうですごい嫌だ。
 そして、下痢がまた復活。
 昨日は〇回だったのに、現時点ですでに六回。しかもまだお腹が痛いので、六回越えそう。六回を越えると過去最高回数。
 え、ここへきて?
 もう回復期なんだから回復していかなきゃならないのに、なんでここへきて最高記録に王手かけるかな。もういい加減にしてくれよ、バカ下痢野郎。
 さて、今日は長男と散歩に行った夢を見ました。まぁ夢なんでね、曖昧な部分は多いですが、楽しかったなぁ~。
 自販機に長男が自分でお金入れてるのを見て、成長したなー、って感慨深かったなぁ。
 まぁ夢なんですけどね。
 早く現実にならないかなぁ。


二月四日
 今朝の体調。
 発熱三十六度四分、口内炎痛、咳、腹痛、食欲不振。まだ下痢は出てないけど、たぶんするだろうな。そして、新たに咳が出現。地味に心配。某ウイルスが流行ってますからね。今日もまた、一進一退の体調です。
 さて、トイレの中でふと思った。
 一回目の入院の時、突然主治医から移植しないと治らないタイプと告知を受け、ショックを引きずったままトイレに行くと、Yさんという方が、声をかけてくれた。移植することがショックであること、恐怖であることを話すると、Yさん自身も移植を受ける身であることと、この病院は移植に力を入れてるから心配しないで大丈夫と励ましてくれた。
 あの時はどれほど救われたか。
 そのYさんは、一月中旬より移植治療を行っている。まだデイルームとかで見かける事がないので、無菌室から出れる状態ではないのかもしれないけど、治療は確実に行われている。
 トイレで励まされてからそんなに時間が経ってないように思うけど、もうそんなに経ったのか、と、ふと思った。
ここ数日、白血病を完治させた人のブログを読んでみた。
もちろん苦しい治療もあったけど、とても前向きでポジティブで、治るべくして治ったんだな、と思った。
 その方も言っているのは、やはりポジティブになること。前向きになること。
 完治まで五年かかるこの病気で、五年間不安やネガティブな思考にとらわれて生きていくのか、ポジティブに前向きに生きていくのか、どちらが楽しい人生かは考えなくてもわかる。
 なので、できる限り、前向きに、ポジティブに毎日を過ごしたいと思う。
 そうは言っても、今も不安で、咳が出て、動悸がして、あれ?自分大丈夫?なんて思ってるし、たぶん、これからも不安な思いとか書くと思うけど。すごく病気が病気なだけに難しいけど。
 でも、できる限り最後はポジティブな言葉で締めたいと思う。
 大丈夫大丈夫。明日も俺は生きている。
 大丈夫大丈夫。必ず病気は治る。


二月五日
 今朝は四時頃に一回目が覚めて、口内炎が痛くなってきたので、トイレに行くついでに痛み止め入りのうがい薬でうがいをした。それで痛みは落ち着いたのだが、若干の寒気が。
 とりあえず布団を被りもう一眠りして起床時間。熱は三十七度二分。うん、まぁこんなんもんか。ただ咳が出るのが気になる。
 そして今日は血液検査の日。
 前回の血液検査で、白血病細胞が一パーセント検出されてしまったので、結構緊張している。
 ただ、思った。
 この病気が『完治』になるまで、五年はかかるわけで、その間、何回血液検査をするのかわからない。その度に緊張していたら、正直キリがないよね。まぁそうはいっても絶対に緊張するし不安にはなるんだろうけど。そーゆー時こそ、大丈夫大丈夫、と言い聞かせよう。
 血液検査の結果は返ってきたものの、白血病細胞の数値に関しては検査中だった。先生は、わかり次第お伝えするね、と言っていたけど、まだ来ない。
 看護士も採血結果は見られるはずなので、聞いてみたところ、数分の間があり『ちょっとパソコンが固まって見れないので、後でお伝えしますね』って。
 えーーーー、そんなことある??
 大丈夫大丈夫と思いたいけど、さすがに不安。
 個別に呼び出されたらアウトだなぁ。前回と同じパターンよ。
 まぁでもおまじないだ!
 大丈夫!白血病細胞は出てきていません!
 大丈夫大丈夫!
 そして、先生がやってきた。
 結果は、同じ一パーセント。
 んーー、微妙。
 先生が言うには、増えてないからそんなに心配しなくて大丈夫。また次の血液検査の結果を見ましょう。との事だが、明らかに前回の時より弱気ですよ!前回は全然気にする必要ない、ぐらいの感じだったのに。
 まぁでも、考えててもしょうがないし、先生がそう言うのなら心配しないようにしよう!
 大丈夫大丈夫!治る治る!


二月六日
 明け方の二時頃、寒気で一回目を覚ます。とにかく寒かったので、布団を被ってじっと耐えた。
 そしたら五時頃、今度は吐き気で目を覚ます。明らかに体がおかしかったので、熱を計ると三十九度二分。思わず二度見。
 フラフラしながらトイレに行って、もう一眠り。
で、起きたら、三十八度二分。
 実は来週、一時退院の話が先生からあったので、ワクワクしていたのに、また高熱かよ。
 もうやだわ。
 午前中は熱の事で凹んでたけど、凹んでてもしょーがない!と思い、昼ごはんに、約一ヶ月ぶりに米を食べました。まぁ米といっても卵粥なので、ほぼ原型はなかったけど。カロリーメイトよりは下痢しないんじゃないか、と思って食べてみたけど、決しておいしくはない。そもそも病院食の卵粥なんで、味は期待してなかったけど、それでも、久々にまともな食べ物食べたー、って感じだった。
 でもね、結局下痢。
 もうマジで勘弁してくれー。この下痢なんなのー?前向きに、ポジティブにいこうとしてるのに、心折れそう。
 まぁでもね!最終的には治ればそれで良いんで!
 治るのならこれぐらい我慢します!
 そして、絶対に治ります!!
 大丈夫大丈夫!!絶対に治る!!


二月七日
 つい先日、前向きにポジティブにと考えるようにしたけど、ちょっときついです。
 今朝の体温、三十八度四分。左の顎から肩にかけて痛みあり。
 昨日はしんどすぎて、家族とのテレビ電話もロクにできず。
 そして下痢。マジで原因不明。抗がん剤の影響はもうないのに、ゼリー以外を口にすると必ず下痢する。
 そして吐き気。下痢をしてるからなのかなんなのかよくわからんけど、すげー胃がムカムカする。食べてないのにね。
 そして原因不明の全身への発疹。看護士に言ってもわからない、医者に言ってもわからない。どんどんひどくなるので、このまま放置で本当に大丈夫か看護士に言ったところ、医者にまた見てもらうということに。でも、いまだに来ない。
 いやさ、日曜だからしょーがねぇかもしんねーけどさ、日曜だから診察はなかなかできませんじゃ入院してる意味なくね?その間に何かあったらどうすんの?
 もういやだ。
 疲れた。
 知らないおっさんのイビキを聞きながら寝て、知らないおっさんの咳払いで目を覚まして、目を覚まして最初に視界に入ってくるのが点滴棒で。
 今までは子供の夜泣きを聞きながら寝て、妻が起きる音で目を覚まして、視界には家族がいたのに、なんだよこれ。
 まだ俺三十三歳。周りの同世代は皆元気に働いたり遊んだりしてる。しかも、子供がまだ小さい。
 もう何回も言うけど、なんで俺なんだよ。
 マジでふざけんなよ、俺が何したっていうんだよ。
 なんだよ白血病って。
 もう自分で死んじゃおっか、って何回も考えたけど、それだけは絶対にやっちゃいけないって同じぐらい考えた。
ずーっとその葛藤。
 なっちまったもんは仕方ないとか、過去を振り返ったって時間は戻ってこないとか、そんなことはわかってんだよ。
 でも、どうしたって思い出す。
 だって、ついこの前まで一緒にいたんだもの。
 すぐそばにいたんだもの。
 色んなとこに出掛けて、笑ったり怒ったりしてたんだよ。
 それが急に奪われたんだ、白血病なんかに。
 白血病、許さない。
 殺してやる。
 二度と出てこれないように、ぐちゃぐちゃにぶっ殺してやる。
 てめぇになんか幸せを奪われてたまるか。


二月八日
 今朝の体温三十七度四分。発疹は悪化してる感じ。全身に真っ赤な発疹。見てて気持ち悪い。
 この発疹の原因はバンコマイシンという抗生剤の副作用らしい。
 まぁ薬だからしょうがないんだけどさ、何でもかんでも副作用多すぎ。副作用のない薬を作るのって無理なのかね。
 あとは頭痛、咳あり。食欲不振。食べる気が一ミリも起きず。
 下痢は不明。昨日一回も出なかったが、今日六回出る可能性あり。
 今日でCVが抜けた。抜けたのは嬉しいけど、栄養大丈夫かな?
 下痢が止まった感じもないし、食欲も全くわかない。
 昨日、妻に
『今回だけは頑張って移植して帰ってきてくれ。もう一回四人で呑気に暮らしたいんだ。もし万が一、再発した時には頑張れなんて言わないから、今回だけは辛いだろうけど頑張って』
と言われた。いや、言わせてしまった。
 辛いのは妻も同じなのに。
 子供だって辛いのに。
 死にたくない。早く帰りたい。また四人でのんびり暮らしたい。日常に戻りたい。ただそれだけで良いのに。
 恐くて不安でしょうがない。
 絶対に大丈夫。もうそう言い聞かせるしかない。


二月九日
 急遽、本日、一時退院が決まった。
 嬉しいは嬉しいに間違いないのだが、不安もあって素直にテンションが上がらない。
 まだ体調が良くなってない。
 食欲不振、発疹、咳、これら自覚症状に加え、今日の血液検査で肝臓の数値がやたら高いこと、貧血気味なこと、白血球もまだ退院基準に満たしてないが、今後上がるだろうと想定の元での退院ということ、白血病細胞がまだ一パーセント残ってるということ。
 それぞれ不安な点については主治医から説明してもらったのだが、やはり不安はある。
 先ほど外来受付に行ってきたが、フラフラするし、人が複数いると、やはり感染症が怖い。
 看護士からもとにかく感染症に気を付けろ、と言われた。家の中でもマスクかなー。
 移植前最後になると思われる一時退院。
 何事もなく、家族との時間を満喫したい。


 こうして、第二クールの治療は終わった。当時も思ったが、第一クールの治療よりもきつかった。確かに主治医や看護士の言う通り、入院生活の勝手や治療の流れはわかっていたのはあったが、その分、辛さも知っている。何がなんだかわからない第一クールの時とは違って、次はこうなる、というのがなんとなくわかる。そして、その想像を上回った時、不安は増していく。
 また、一度退院をして家族と触れ合ったことによって、寂しさが第一クールの時とは比較にならない。絶対に死にたくない、という思いが増幅する。
 そして、一度きつかったのは、次の入院の時に移植をするという事、だ。移植前最後の入院治療で、ただでさえしんどいのに次は移植か、という精神的ダメージというか、プレッシャーがとてつもなかった。
 そんな心境だったので、本当は体調は良くなかったが、すぐに一次退院することを志願した。病院側もベッドを空けたがっていたので、簡単に了承してもらえたが、色々とリスクはあった。
 
 それでは、移植入院前の一次退院の記録を記していきたい。


二月十三日
 急遽の一時退院で体調に不安があったが、発疹も消え、徐々に食欲も出てきた。子供らが風邪をひいたのがちょっと怖い。
 でも、それよりも深刻なこと。
 次の入院では移植をするが、その事が頭から離れない。
 無事移植は成功するのか、副作用は辛くないか、死なないか、どんな状態になってしまうのか、また元の生活に戻れるのか、やっぱり苦しむのか、などなど。
 せっかくの一時退院なのにこんなことばかり考えてしまって、全然家での生活を満喫できない。
 何かにつけて、自分がこんな病気じゃなかったら、とか、なんで自分が白血病なんかにかかるんだ、とか、まだ現実感がわかない。
 情けない。ここまできて、本当に情けない。
 もうやるしかない。やらない選択肢はない。
 わかっちゃいるけど、怖い。文字通り、死ぬほど怖い。
 とりあえず、火曜日は外来。そこで、ずーっと恐怖だった口腔外科の診察がある。
 何本歯抜かれるのかな。
 怖いなぁ。


二月十六日
 今日は一時退院後、初の通院。
 移植前ということもあり、検査検査検査の嵐。
 まずは血液検査。いつもなら4本ぐらいなのに、今日は11本。多すぎてやる前から具合悪くなったので、寝ながらやってもらった。
 次に歯のレントゲンと胸のレントゲン。まぁレントゲン自体はたいした検査じゃないけど、こういう病気でやると大層な検査に感じる。
 そして、口腔外科受診。今日はこれが一番不安だった。親不知はもちろん、虫歯も抜歯されると聞いていたので、不安と恐怖でガクガク。
 結果、抜歯するような歯はなかった!
 本当によかった。
 次にCT。
 これも検査自体は大したことないんだけど、なんか大層な感じがして、妙に緊張。途中、パニック発作が出そうになるが、なんとかこらえてクリア。
 そして、最後に血液内科受診。予約から二時間遅れでかなりイライラした。そして、何気に血液検査の結果も気になってたので、尚更イライラ。結果、血液検査は問題なし。よかった!
 そして、移植の治療計画の説明を受けた。
 放射線+エンドキサンの前処置。あー、やっぱりこの組み合わせなのかー。体験ブログとか読んでると、大体これがきつい組み合わせなんだよなー。恐怖でちょっと泣きそうになってるところに、追い討ちをかけるように、マルクやりましょう、との発言。
 マジかよ、と思ったけど、当然、無理ですとは言えず、泣く泣くやりました。
 今日のは痛かったなー。
 朝八時過ぎに出て、家に着いたのは十七時前。
 残り少ない、貴重な家での時間なのにな。
 あーー、移植こわい。


二月十八日
 朝起きると、一瞬現実がわからなくなる。
 家のいつもの景色で、自分が白血病である事を一瞬忘れる。
 そして、すぐに思い出す。
 あー、俺は今白血病で、仕事は休職してるんだ。今は一時退院中で、またしばらくしたら病院に戻らなきゃいけないんだ。
 病院にいる時は、朝目を覚ますとまた一つ退院に近づいたと思えた。
 しかし、今は入院にまた一つ近づいてる。あと何日で病院に戻るんだっけ?と、カウントダウンを無意識に行う。
 んー、辛いな。
 もっと家を楽しみたいけど、精神状態が良くないし、俺以外みんな風邪ひいて熱を出してるから、家庭内隔離。
 いっそ、早いとこ治療をやって、早く終らしたい気持ちもあるけど、次が移植なだけにやっぱり怖い。
 できることなら、このままバックレたいし、時間を止めたい。死にたくない。苦しみたくない。でも、そんなことも言ってられない。
 今もこうしてる間に、刻一刻とその時は迫ってきている。
 大丈夫だとは思ってる。
 主治医の事も信頼してる。
 でも心の底から言いたい。
 怖い。


二月二十二日
 今日は通院日。
 前回の通院の時には三月二日からの入院と言われたが、急遽三月一日からの入院に。
 たった1日ではあるけど、結構ショック。
 もちろん死ぬつもりはないし、主治医からも大丈夫だと思いましょう、と言われたので大丈夫だと思うことにするが、移植をしちゃえば、移植後の体になってしまう。
移植前の体に、元通りに戻ることはたぶんない。
 そう考えると、残された時間はあと1週間。
 何をしようか。
 何ができるだろうか。


二月二十四日
 入院まであと五日。
 色々あって、今日からみんな仕事やら保育園に行っていて、久々に家で一人きり。
 いやー、一人って良くないですね。
 色々よろしくない事を考えて、調べて、怖くなって、不安になって、勝手に辛くなってる。
 おまけに、なんかしらんけど、下痢気味。ストレスで自律神経乱れたか?お尻も切れて痛い。入院前に体調崩してどうするんだ。
 残りホントに少ない日数。明日、明後日も1人きりになるけど、よろしくないことを考えたくない。
 最も無駄な時間。
 頭ではわかってるんだけどなー。


二月二十六日
 移植治療入院まで、残りわずか。
 今度の土日があければ、入院。
 そこから、長ければ半年、短ければ二ヶ月間の入院生活が始まる。最悪、戻ってこれないこともありえる。それほどリスクの高い治療になる。
 今まで、移植が怖いとか不安とか言ってきたが、改めて、入院前の今の気持ちを記録に残し、土日をしっかり満喫して入院に突入したいと思う。
気持ちとしては、やはり怖い。怖くて怖くてたまらない。
 最近では夜も眠れない。下痢もしている。病棟を思い出すだけで吐き気がしてくる。
 過去二回の入院も決して楽なものではなかったが、体験談とかを見る限り、今回の入院はそれの比じゃないでしょう。何より、主治医がそう言っている。
 移植の前に僕の血液細胞を破壊する処置が行われる。処置的には放射線と致死量の抗がん剤である。
 副作用は、吐き気・嘔吐、倦怠感、発熱、唾液減少、口内炎、出血性膀胱炎、心不全、白内障、性機能不全、感染症、などなど。もちろん、全て出現するわけではないでしょうが、まぁどれもこれも恐ろしいものばかり。
 そこに加えて、移植の副作用も出てくる。症状的には似たようなものが多いが、GVHDという、移植特有の合併症がある。これは軽い発疹や消化器障害から死に至るような重いものまで様々である。さらに、一生改善しないような症状も出ることもあるらしい。
 このGVHDを予防するために、免疫抑制剤が使われる。免疫を抑制するわけなので、当然感染症などにかかりやすくなり、かかれば重症化する恐れがある。ものによっては死に至ることもあるそう。
 副作用、副作用、副作用…。
 不思議ですよね。今は僕は元気です。食事もとれてるし、酒も飲んでます。でも、これからやる治療で、上記に記載した症状と戦わなければなりません。何年戦えば良いのかわかりません。
 今はまだ、僕です。母親に産んでもらって三十三年間、変わらぬ体で生活しています。
 しかし、移植をすれば、確実に今の体ではなくなるでしょう。何かしら後遺症が残るのかな?って思ってます。少なくとも血液型は変わります。
 例えば家の外の景色、家具、隣人、変わらぬものが僕の回りにはたくさんあるけど、僕だけが変わってしまった。
 白血病という憎い病気のせいで、何もかもが変わってしまった。
 家族も変わってしまった。もちろん、冷たくなったとか、そういう事ではないが、みんな疲弊してる。妻と母親はケンカをし、修復不可能なのでは?というところまできてる。病気になる前はあんなに仲良かったのに。
 どこまで元に戻るのだろうか。
 果たして戻れるのだろうか。
 僕は帰ってこれるのだろうか。
 また家族と笑って生活できるのだろうか。 
 再発しないだろうか。
 何歳まで生きられるのだろうか。
 趣味はまたできるのだろうか。
 治療はどれだけ苦しむのだろうか。
 治療期間はどれぐらいだろうか。
 孤独に耐えられるだろうか。
 死なないだろうか。
挙げたしたらキリがない不安。
 なぜ僕は白血病になったのか。
 なぜ僕なのか。
 未だに考える。たぶん、そう思わない日は完治するまでないだろう。
 そんな中で、あと二日後に治療をしてきます。
 くどいが、怖くて怖くてたまらない。気が狂いそう。
 でも、やらなければ死にます。
 本当になぜ神様はこんな過酷な試練を僕に与えたのだろうか。
 一つだけ、白血病になってわかった事がありる。
 それは、いかに日常が尊くて愛しいものかということ。
 入院をすれば、病棟に監禁され、季節もクソもない、三百六十五日同じ気温の室内にいる。
 窓も開かないようになってて、風を感じる事すらできません。
 一時退院をしても、某ウイルスの影響もあるが、それなりに制限がついた生活をしている。何より、体力が落ちたのと、感染症が怖くて行動的になれない。
 本退院後もそうなるだろう。まだ詳しくはわからないが、ブログなどを見てると、やはり制限のある生活を送っている。
 いかに自由で何も制限がない生活が、その日常が貴重なものなのか。
 朝起きて、朝ごはんを食べて、子供を叱りながら保育園の準備をさせ、保育園に送って行って、電車に乗って職場に行き仕事をして、お昼ご飯を食べ、食後の一服をし、また電車に乗って家に帰り、帰る途中に自分のビールとお土産を少し買い、ただいま・おかえりのやり取りをし、夕飯と晩酌をし、風呂に入って、子供寝かせて、寝る前に録り貯めしたドラマ見て、ちょっとゲームやって寝る。
 土日は趣味のバスケやったり、飲みに行ったり、家族で出かけたり、家でダラダラしたり。
 これが僕の日常でした。
 ぜーんぶ奪われた。白血病に。
 たぶん、なんてことない、平凡な毎日だったと思います。
 そして、それに対して特に幸せを感じていませんでした。
 でも今は、それがどれだけ幸せだったのか、涙が出るほどわかります。
 平凡な日常ほど幸せな事はない。
 どこまで取り戻せるかわかりません。 
 次の治療で僕の体がどうなるのかわかりません。
 完治するかもわかりません。
 生きて帰れるかもわかりません。

 でも、どうかお願いします。

 またあの幸せな平凡な日常を、返してください。

 それだけが、今の願いです。


 こうして、本当に、ただただ日常を取り戻すために、移植治療へと向かっていった。



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