3 / 7
雪
雪の森
しおりを挟む
雪の森とは、サールデシュト王国の西に位置する一年中雪が降っている森のことだ。
一年中雪が降るのは雪の精がいるから、悪魔が森に住み着いているから……様々な噂がされているこの森は一年を通しての平均気温はマイナスになるほど寒く、サールデシュト王国の罪人の処罰としてここが使われている。
サールデシュト王国の罪人は、一枚の衣服が与えられたあとそのまま森のなかに放り出される。それは事実上の死刑だ。マイナスになるほど寒いこの森に一枚の薄い衣服を着た人間が生き続けられるわけがない。人も通らない、生き物もいない、そんなところに置き去りにされてしまったら、そのまま雪に埋もれて死んでしまうだろう。
殿下が最後に言った雪を纏うとは、つまりそういうことなのだ。
「おら、さっさと降りろ! 孤児の子供が!」
どさりと、荷物のように積もった白い雪に馬車から突き落とされる。ギルドから雇われている人間だと聞いたけれども、どうやらどんな人間を乗せるかまでも聞かされているらしい。
「大金を積まれなきゃ、こんな依頼受けなかったぜ! ほら、お前が森の奥まで行くのを見るまでが俺の仕事なんだよ。さっさといけ!」
「……はい、ここまでありがとうござました」
痛む足に無理矢理力を入れて立ち上がる。素足に直接冷たい雪が降れて、更に痛みを感じた。爪先はもうすでに感覚がない。
馬車から目を離して森の方へ目を向ける。森は、驚くほど静かだった。生き物の鳴き声もしない。噂は本当だった。自分が確かめることになるなんて思わなかったけれども。
(暗いわ……それもそうね。太陽は雲で隠れているもの)
ずるずると、足を引き摺りながら森の方へゆっくりと歩いていく。これから、私はどうなってしまうのだろうか。いや、もう決まっている。雪に埋もれて死ぬだけだ。私の未来に残されたのはそれだけ。
歩き続けていると、いつの間にか馬車は見えなくなっていた。ワンピースから出た腕を擦りながら、ため息を一つついた。
「さむい……」
ぽつりと、そう言葉を溢す。私に与えられた服は半袖のワンピース一枚だけ。体はどんどん冷えてくるし、足の感覚はもうあまりない。そろそろ限界が近そうだ。昨日から何も食べさせてもらえてないし、もうすぐ私の命も尽きることだろう。
暗い森を感覚だけを頼りに進んでいくと、大木があった。周りの他の木よりもかなり高く、空を覆い隠すほど枝を伸ばし、葉を広げている。この木だけ種類が違うのだろうか。
「……それに」
ここだけ空気が澄んでいる。太陽の光も入らないのに。この木から離れると淀んだような空気に変わるから、この木だけが特別なのだろう。何となく、この木に近づくと荒んだ心が落ち着くようだった。
「死ぬならここがいい。ちょっとだけ、貸してもらってもいいかしら」
幹の部分に手をあて、すがり付くようにペタリと地面に座り、寄りかかる。木の周りは葉に遮られているからか、雪はあまり積もっていないようだ。他の場所より暖かい。
目を閉じて幹を撫で擦る。父がいたら、手のひらに傷がつきそうだから止めろと怒られただろう。
「ごめんなさい、父様。私、家族を守れなかった。父様が必死に守ってくれたのに、何も出来なかった」
強い人になりたかった。誰にも負けない、父のような強く生きる人に。
「もう、駄目ね。私は父様の子供に相応しくなかった。ごめんなさい、父様。ごめんなさい……」
うわ言のように"ごめんなさい"を繰り返す。そうすれば、少しだけ救われたような気になった。救われるような人間ではないけれど、その言葉は自分自身を慰める言葉だった。
幹を撫でていた手の力が段々抜けていく。同時に凄まじい眠気が私を遅い始めた。
目を開けたら、私は何処にいるのだろう。父にあわせる顔がないから、いっそのことこのまま魂ごと消滅させてほしい。
これは、そう。私の我が儘だ。
でも、それが一番
『どうしたの?』
ピクリと、突然聴こえてきた言葉に身体が無意識に反応する。
死ぬ前にして、ついに幻聴が聴こえてきたのだろうか。ここは普通走馬灯というものが見えるのではないの?
そんな私の困惑をよそに、幻聴は喋り続ける。
『あれ、あらら? 君ってもしかしてバハンデーズの親戚? わわわ、どうしてこんなところにいるの? 寒いでしょ、ここに居たら死んじゃう……バハンデーズの一族って死ぬのかな?』
なんだろう、幻聴にしてはしっかりと意思をもって喋ってるようだし、ここまで長く聞こえるものなのだろうか。おかしい、それにこの声頭に直接響いているような気がする。
「……だ、れ」
『わっ! 喋った! よかった、生きてたんだぁ。バハンデーズの親戚を死なせたらバハンデーズに怒られちゃうとこだったよ!』
口を開けて、絞り出すように幻聴の声の主へ話しかける。よかった、目を開けることは出来ないけれど、なんとかまだ話すことは出来るらしい。でも、どちらにしろ限界は近い。
『バハンデーズの子、死んじゃうの?』
「……い、きることはむずか……しい、わ」
『ありゃ、それじゃあ助けなくちゃね! バハンデーズには借りがいっぱいあるんだ! 任せて、この近くに知り合いがいるんだ』
この陽気な声をしている幻聴は何を言っているのだろう。ここから森の外へ出るのに人が動けない人を背負って行くのは無理がある。こんな怪しい女、捨ててくれてもいいのに。
『バハンデーズの子、寝ててもいいよ。君は酷く疲れているようだ。安心して、絶対に僕が守るよ』
「放っておいて」という言葉は口から出ることはなかった。ふわり、と柔らかく温かい何かに包まれる感覚がして体が浮き上がった。
ゆらりゆらりと揺りかごのように揺れるその感覚に、眠気が再び戻ってくる。まだ聞きたいことは沢山あるのに、バハンデーズとはなに?とか、あなたは誰?とか。
『おやすみ、バハンデーズの子』
そのまま私の意識は途切れた。
一年中雪が降るのは雪の精がいるから、悪魔が森に住み着いているから……様々な噂がされているこの森は一年を通しての平均気温はマイナスになるほど寒く、サールデシュト王国の罪人の処罰としてここが使われている。
サールデシュト王国の罪人は、一枚の衣服が与えられたあとそのまま森のなかに放り出される。それは事実上の死刑だ。マイナスになるほど寒いこの森に一枚の薄い衣服を着た人間が生き続けられるわけがない。人も通らない、生き物もいない、そんなところに置き去りにされてしまったら、そのまま雪に埋もれて死んでしまうだろう。
殿下が最後に言った雪を纏うとは、つまりそういうことなのだ。
「おら、さっさと降りろ! 孤児の子供が!」
どさりと、荷物のように積もった白い雪に馬車から突き落とされる。ギルドから雇われている人間だと聞いたけれども、どうやらどんな人間を乗せるかまでも聞かされているらしい。
「大金を積まれなきゃ、こんな依頼受けなかったぜ! ほら、お前が森の奥まで行くのを見るまでが俺の仕事なんだよ。さっさといけ!」
「……はい、ここまでありがとうござました」
痛む足に無理矢理力を入れて立ち上がる。素足に直接冷たい雪が降れて、更に痛みを感じた。爪先はもうすでに感覚がない。
馬車から目を離して森の方へ目を向ける。森は、驚くほど静かだった。生き物の鳴き声もしない。噂は本当だった。自分が確かめることになるなんて思わなかったけれども。
(暗いわ……それもそうね。太陽は雲で隠れているもの)
ずるずると、足を引き摺りながら森の方へゆっくりと歩いていく。これから、私はどうなってしまうのだろうか。いや、もう決まっている。雪に埋もれて死ぬだけだ。私の未来に残されたのはそれだけ。
歩き続けていると、いつの間にか馬車は見えなくなっていた。ワンピースから出た腕を擦りながら、ため息を一つついた。
「さむい……」
ぽつりと、そう言葉を溢す。私に与えられた服は半袖のワンピース一枚だけ。体はどんどん冷えてくるし、足の感覚はもうあまりない。そろそろ限界が近そうだ。昨日から何も食べさせてもらえてないし、もうすぐ私の命も尽きることだろう。
暗い森を感覚だけを頼りに進んでいくと、大木があった。周りの他の木よりもかなり高く、空を覆い隠すほど枝を伸ばし、葉を広げている。この木だけ種類が違うのだろうか。
「……それに」
ここだけ空気が澄んでいる。太陽の光も入らないのに。この木から離れると淀んだような空気に変わるから、この木だけが特別なのだろう。何となく、この木に近づくと荒んだ心が落ち着くようだった。
「死ぬならここがいい。ちょっとだけ、貸してもらってもいいかしら」
幹の部分に手をあて、すがり付くようにペタリと地面に座り、寄りかかる。木の周りは葉に遮られているからか、雪はあまり積もっていないようだ。他の場所より暖かい。
目を閉じて幹を撫で擦る。父がいたら、手のひらに傷がつきそうだから止めろと怒られただろう。
「ごめんなさい、父様。私、家族を守れなかった。父様が必死に守ってくれたのに、何も出来なかった」
強い人になりたかった。誰にも負けない、父のような強く生きる人に。
「もう、駄目ね。私は父様の子供に相応しくなかった。ごめんなさい、父様。ごめんなさい……」
うわ言のように"ごめんなさい"を繰り返す。そうすれば、少しだけ救われたような気になった。救われるような人間ではないけれど、その言葉は自分自身を慰める言葉だった。
幹を撫でていた手の力が段々抜けていく。同時に凄まじい眠気が私を遅い始めた。
目を開けたら、私は何処にいるのだろう。父にあわせる顔がないから、いっそのことこのまま魂ごと消滅させてほしい。
これは、そう。私の我が儘だ。
でも、それが一番
『どうしたの?』
ピクリと、突然聴こえてきた言葉に身体が無意識に反応する。
死ぬ前にして、ついに幻聴が聴こえてきたのだろうか。ここは普通走馬灯というものが見えるのではないの?
そんな私の困惑をよそに、幻聴は喋り続ける。
『あれ、あらら? 君ってもしかしてバハンデーズの親戚? わわわ、どうしてこんなところにいるの? 寒いでしょ、ここに居たら死んじゃう……バハンデーズの一族って死ぬのかな?』
なんだろう、幻聴にしてはしっかりと意思をもって喋ってるようだし、ここまで長く聞こえるものなのだろうか。おかしい、それにこの声頭に直接響いているような気がする。
「……だ、れ」
『わっ! 喋った! よかった、生きてたんだぁ。バハンデーズの親戚を死なせたらバハンデーズに怒られちゃうとこだったよ!』
口を開けて、絞り出すように幻聴の声の主へ話しかける。よかった、目を開けることは出来ないけれど、なんとかまだ話すことは出来るらしい。でも、どちらにしろ限界は近い。
『バハンデーズの子、死んじゃうの?』
「……い、きることはむずか……しい、わ」
『ありゃ、それじゃあ助けなくちゃね! バハンデーズには借りがいっぱいあるんだ! 任せて、この近くに知り合いがいるんだ』
この陽気な声をしている幻聴は何を言っているのだろう。ここから森の外へ出るのに人が動けない人を背負って行くのは無理がある。こんな怪しい女、捨ててくれてもいいのに。
『バハンデーズの子、寝ててもいいよ。君は酷く疲れているようだ。安心して、絶対に僕が守るよ』
「放っておいて」という言葉は口から出ることはなかった。ふわり、と柔らかく温かい何かに包まれる感覚がして体が浮き上がった。
ゆらりゆらりと揺りかごのように揺れるその感覚に、眠気が再び戻ってくる。まだ聞きたいことは沢山あるのに、バハンデーズとはなに?とか、あなたは誰?とか。
『おやすみ、バハンデーズの子』
そのまま私の意識は途切れた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ざまぁはハッピーエンドのエンディング後に
ララ
恋愛
私は由緒正しい公爵家に生まれたシルビア。
幼い頃に結ばれた婚約により時期王妃になることが確定している。
だからこそ王妃教育も精一杯受け、王妃にふさわしい振る舞いと能力を身につけた。
特に婚約者である王太子は少し?いやかなり頭が足りないのだ。
余計に私が頑張らなければならない。
王妃となり国を支える。
そんな確定した未来であったはずなのにある日突然破られた。
学園にピンク色の髪を持つ少女が現れたからだ。
なんとその子は自身をヒロイン?だとか言って婚約者のいるしかも王族である王太子に馴れ馴れしく接してきた。
何度かそれを諌めるも聞く耳を持たず挙句の果てには私がいじめてくるだなんだ言って王太子に泣きついた。
なんと王太子は彼女の言葉を全て鵜呑みにして私を悪女に仕立て上げ国外追放をいい渡す。
はぁ〜、一体誰の悪知恵なんだか?
まぁいいわ。
国外追放喜んでお受けいたします。
けれどどうかお忘れにならないでくださいな?
全ての責はあなたにあると言うことを。
後悔しても知りませんわよ。
そう言い残して私は毅然とした態度で、内心ルンルンとこの国を去る。
ふふっ、これからが楽しみだわ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
結婚するので姉様は出ていってもらえますか?
基本二度寝
恋愛
聖女の誕生に国全体が沸き立った。
気を良くした国王は貴族に前祝いと様々な物を与えた。
そして底辺貴族の我が男爵家にも贈り物を下さった。
家族で仲良く住むようにと賜ったのは古い神殿を改装した石造りの屋敷は小さな城のようでもあった。
そして妹の婚約まで決まった。
特別仲が悪いと思っていなかった妹から向けられた言葉は。
※番外編追加するかもしれません。しないかもしれません。
※えろが追加される場合はr−18に変更します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる